愛から始まる物語


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俺さま☆執事!?11



   *   *

 ようやくパーティはお開きになり、佳山家の人たちを連れてお屋敷に戻る。
 水分も食べ物もまったく口にできなかったので、食堂に行って軽くなにか作ってもらうようにお願いして部屋に戻って着替える。着替えてから食堂に行くと、サンドウィッチとスープが用意してあった。席に着くのももどかしく、歩きながら口にする。

「行儀が悪いな」

 思ったより帰りの早かった兄貴が苦笑しながら食堂に入ってきた。

「仕方がないだろう、なにも食べられなかったんだから」
「ああ、お疲れさま。文緒の評判も上々だったぞ。おまえのおかげだな」
「そりゃどうも」

 文緒のことが褒められているのはうれしいけど、うれしくない。それは柊哉とお似合いだ、という意味だからだと気がつき、ますます気持ちが乱れる。

「それにしてもおまえのその無節操な下半身、どうにかしろ」

 昨日の出来事を見られてとがめられていると知り、顔をしかめる。

「毎回思うけど、そういうところだけピックアップして見るなんてほんと変態の極みだな」
「おまえに言われたくないわ、この『歩く下半身』」

 昔のあだ名を蒸し返すなっ!

「そういう兄貴だって智鶴さんと結婚する前は──」
「おまえのように節操なしではない。俺は複数人を相手にする深町や蓮、おまえとは違う」

 蓮さんもそうなの? 初めて知って、ちょっと親近感がわく。あの人ももてそうだから選り取り見取りだろうねぇ。深町さんは鬼畜で有名だから今更驚きはしない。

「柊哉からおまえにターゲットが変わっただけだからなぁ。困ったな」

 サンドウィッチを食べ終わり、どうにかお腹が落ち着いた。お屋敷の料理はいつも美味しくてうれしい。

「あの親子は執念深くて有名なんだ。今度はおまえの婚約発表でもするか?」
「冗談。遠慮しておくよ」
「それなら自分であの親子をどうにかしろよ」

 ひらひらと手を振り、今日はじいのところに行って泊まることを告げて食堂を出る。
 コック長があわてて出てきて、俺にお弁当を手渡してくれた。

「申し訳ないです」

 突然の外泊にコック長が気を利かせて詰めてくれたらしい。お礼を述べるとものすごく恐縮されてしまった。無駄に仕事を増やさせてしまった。
 お弁当を大切に持ち、俺はじいの元へと向かう。

 病室に行くと、じいは眠っているようだった。冷蔵庫を勝手に開けてお弁当を入れさせてもらう。暇をつぶせるようなものをなにも持ってきていなかったので、売店に行って雑誌と飲み物を買う。
 病室に戻ってもじいはまだ眠っていた。
 本当に眠っているのか心配になり、近寄る。手を握ると温かく、少し身じろぎしたことでほっとする。
 雑誌を隅から隅まで読んでもじいはまだ起きてこない。夕食が運ばれてきた。起こした方がいいかな、と思って遠慮がちに起こす。

「睦貴さま、いらっしゃっていたのですね」

 つらそうな表情をしているじいを見て、倒れた時も同じような表情をしていたな、と思うと嫌な予感がする。

「大丈夫か?」

 ベッドのリクライニングをあげて起き上がるじいを見て切ない気分になる。ここにきてますます年を取ったように見える。時間がもうない、と言っていたことを思い出し、死期を察していることに涙が出そうだった。
 じいが食事を食べ始めたのを確認してからお弁当を冷蔵庫から出し、食べる。冷めても美味しい料理がうれしかった。
 食器が下げられ、ベッドにもたれるようにして横になっているじいに今日の話を聞かせる。そして、早乙女の話を聞いたじいは眉をひそめる。

「あのお人もずいぶんとしつこいですね」

 そして、会場で文緒に抱いた気持ちをじいに素直に話す。

「睦貴さま、まだ自分の気持ちにお気づきではありませんか?」

 じいの困ったようなそれでいて少し楽しそうな表情を見て、首をかしげる。

「睦貴さまがお母さまのこともあって悩まれるのはよーく分かります。しかし、文緒さまとはまったく血がつながっていないのです。躊躇するお気持ちの方がさっぱりじいには分かりかねます」

 そう言われても……。『娘』に対してこんな気持ち、持たないだろう、普通。

「じいにもひとり娘がおりまして」

 初めて聞くじいの身の上話に耳をそばだてる。

「睦貴さまはミズキをご存知ですか?」

 ミズキ? ああ、このお屋敷の専属カメラマン。かなり背の高いスレンダー美人。何度か肌を合わせた覚えが。

「あれはじいの娘ですよ」
「……はい?」

 じいを見て、記憶の中のミズキを思い出し。
 ……似ている部分が確かに、ある。

「あの放蕩ぶりにはじいが参っておりまして」

 確かにあれは手を焼くな。
 一時期、兄貴にもいいよっていたらしい。兄貴が無理と分かって俺に乗り替えてくるあたり、したたかだ。
 だけど俺としてはお屋敷の使用人に手を出すのはどうかと思いつつ、熱烈なアピールに根をあげ、何度かそういう関係は持った。
 しかし、思ったよりあいつはあっさりと手を引いてくれた。あとくされがないのならいいや、と思っていたが……。
 じいの娘と分かっていたら、絶対に手を出さなかったんだがなぁ。
 ほんと、下半身の思うがままになっていると駄目だと三十すぎてようやく気がついた。どこまでにぶいんだ、俺!?
 じいにも兄貴にも言われたように、落ち着かないと駄目なようだ。今回のことで身にしみた。

「睦貴さま、早く文緒さまと一緒になってじいを安心させてください」
「いや、だから……。文緒は『娘』なの。あいつは、いつか俺の元から去っていくんだ」

 柊哉と並んで立っていた姿を思い出し、胸の奥がきりきりと痛む。
 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。初めての感情に戸惑う。

「じい、今日は俺、泊まっていくから」

 じいならこの謎の気持ちを解明してくれるような気がしたからそう告げる。

「いいですよ」

 にこりと微笑んでじいは快諾してくれた。じいはナースコールを押して補助ベッドを頼んでくれた。

「睦貴さま、どうしてミズキの話をしたか分かりましたか?」

 意図が分からなくて首を横に振る。

「じいにも娘がいまして心配はしますが、去っていくだなんて一度も思ったことはございません。むしろあの年になってもひとり身でいることの方を心配しております」

 ひとり身を心配……?

「お母さまもきっと、睦貴さまがいつまでも女性遊びをして身を固めようとしないのにやきもきしていろいろとお話を持ってきているのだと思いますよ」

 どうして女性不信に陥っているのか分かれ! と母が目の前にいたら怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られてしまう。

「奪われる、とは確かに思いますが、睦貴さまの表情は父のそれではございませんよ」

 兄貴にも指摘されたことだったのでどきり、とする。
 文緒は『娘』なんだ。

「睦貴さまは昔から一度こう、と決めたら変えようとしない方なのは存じておりますのでいくら今、じいたちが言ったところでそう変わらないでしょうね」

 苦笑したような響きを感じたが、こればかりは持って生まれた性格だから仕方がない。

「後悔しないように──じいからのアドバイスはこれだけです」

 くしゃりと顔を崩して笑われ、どう対応すればよいのか戸惑う。

「睦貴さま、申し訳ございません。そろそろ眠らせていただいてよろしいでしょうか」

 じいは疲れたようにベッドのリクライニングを戻して真横にして、布団にもぐりこむ。 少し無理をさせてしまったようだ。

「あぁ、おやすみ」

 部屋の電気を消し、用意してもらった補助ベッドに横になる。いつもは広い部屋にひとりで眠っているから他人の気配がすることに落ち着かず、なかなか眠れなかったが、そのうち疲れもあって気がついたら眠っていた。

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