愛から始まる物語


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俺さま☆執事!?10



 紹介が終わり、歓談の時間となった。柊哉は文緒を連れて兄貴とともに各テーブルを回り始めた。俺も文緒の後ろから一緒について回る。
 あちこちでおめでとうと祝福の言葉をかけられ、柊哉はご機嫌、文緒はどんどん不機嫌になっていく。たまに助けて、という視線を文緒が送ってくるがどうしてあげることもできない。テーブルを回り、最後ひとつ残すところになり、兄貴が囁いてきた。

「ここに早乙女親子がいるから気をつけろ」

 なにを気をつけなくてはならないのか分からず、俺は首をかしげる。
 そして、テーブルについて座っている人物を見まわして──兄貴の言っていたことがなにか悟ってしまった。
 化粧も髪型も違うが、この香水の匂い。……昨日誘ってきたあの女と一緒。そしてその隣にはいつぞやにお屋敷に押し掛けてきた早乙女士朗。
 ま、さ、か。
 柊哉と文緒はひとりずつに挨拶をして、最後早乙女親子を残すところとなる。
 柊哉はゆっくりと満面の笑みをたたえて挨拶に向かう。
 早乙女士朗はかなり渋い表情で文緒を見ている。その表情を見ると、娘の負けを認めているようでそれはかなり胸がすっとした。
 挨拶が終わり、柊哉と文緒が離れた瞬間、がしり、と腕を掴まれた。掴んできた腕の主を見ると、昨日のあの女、だった。
 こいつが明日香か。知っていたら絶対に手を出さなかったのに。なんとなく後味が悪くて嫌な予感はしていた。
 だけどまさか──。

「お父さま」

 鼻に抜ける声で自分の父を呼び、俺にねっとりとまとわりつくような視線を送ってくる。

「まさかこんなところでまたお会いできるとは思いませんでしたわ」

 それは嘘だろう。こいつは俺が『高屋睦貴』と知っていて近づいてきた。微笑んでいた顔が凍りつくのが分かった。

「わたくしはお嬢さま付きの執事でございます。ご用がないのでしたら失礼いたします」

 やんわりと掴まれた腕をはずそうとしたが、両手でがっしりと掴まれた。

「高屋の次男坊が執事、ねぇ?」

 意味ありげに明日香は父の士朗に視線を送っている。

「柊哉がだめならあなたでも充分なのよ、ね?」

 明日香の言葉に士朗はうなずく。

「キミのうわさはいろいろ聞いているよ。あの大学を首席で卒業するほどの頭脳を持っているのに仕事をしていないということも含めて──」

 それくらいならちょっと調べれば分かることだろう。だからどうした、という視線を明日香と士朗のふたりに向ける。

「お話はそれだけでございますか? それでは失礼します」

 掴まれている腕を振り払い、嫌味なほどの笑顔を向けて後にしようとしたその時。

「アタシの初めてを奪っておいて逃げるなんて、ひきょうね」

 背中に突き刺さるような声。
 やはり、とため息が出る。
 慣れたような誘い方をしておきながら、反応がどうもと思ってことさら丁寧には扱った。それが逆効果だった、ということか。

「見ず知らずの男に股を開くようなお嬢さまと結婚したいとは思いませんので、失礼します」
「見ず知らずではないわよ!」

 穏便に済ませたくて小声で会話をしていたというのに、明日香は激昂して周りに聞こえるほどの大声で叫ぶ。ざわざわとしてはいたが、明日香の声はかなりの広範囲に聞こえたらしく、視線が一斉にこちらに向いたのが気配で分かった。

「あなたのことが好きなのよ! 忘れられないの」

 そういってぼろぼろと涙を流す明日香に心が冷える。泣けば気を引くことができる、とでも思っているのか。振り払った腕をまた引き寄せられ、バランスを崩した俺は前かがみになる。その隙をついて、明日香はキスをしてきた。

「!」

 昨日より濃い化粧で唇に口紅がべったり付き、嫌な味とにおいがする。すぐに引きはがし、唇をぬぐう。

「失礼いたします」

 もうかかわりあいたくなくて、俺は踵を返して文緒たちの後ろを追う。
 文緒は声に気がついて心配そうな表情でこちらを見ていたらしく、俺の姿を確認して少しほっとしたような顔を向けてきた。
 さっきのキスを見られていなければいい、と思いつつ足早に近づき、

「お待たせいたしまして申し訳ございません、お嬢さま」

 そうして柊哉から半ば奪うように文緒をエスコートする。柊哉はムッとした顔をして見ているが、とりあえずにらんでおいた。

「むっちゃんどうしたの?」

 大役を務めたことでほっとしたみたいでいつも通りに聞いてくる文緒に俺は微笑んでごまかす。

「お腹がすいているだろう、席を用意してくれているみたいだからそこに行ってご飯を食べよう」

 舞台の前に柊哉と文緒の席を準備してあるらしく、そこに文緒を連れていく。柊哉もしぶしぶといった感じで後ろからついてくる。これでは今日の主役がだれだか分からないな。柊哉は先ほどまでご機嫌だったのが俺が文緒を奪ったことでものすごく不機嫌になったようだ。おまえにはまだ文緒をやらないよ。
 一生やりたくないけどな。
 そんな言葉が思わず浮かんできて、俺はあわててその思いを否定する。
 『娘』なんだからそのうちだれかと文緒は結ばれ、俺の手元から去っていくんだ。これではあの母親と変わらないではないか。

「むっちゃんも座って食べなよ」

 後ろに待機して物思いにふけっていた俺に文緒は声をかけてくれた。

「今日の俺は文緒の執事だから、それは無理だよ」

 つまらなさそうに口をとんがらせる文緒をなだめて再度、後ろに待機する。柊哉はちらり、と俺を見て勝ち誇ったような瞳を向けて文緒にいろいろ話しかけている。文緒は少し嫌そうな表情をしながらも言葉を交わしている。その姿を見ていると、美男美女のお似合いカップルで心がじりじりと妬けてくる。
 なんで俺、柊哉に嫉妬しているんだろう。自分で自分の気持ちが分からなかった。
 なんだか今日は部屋でひとりで過ごしたくない気分になる。じいの病室で今日は夜を明かそう。
 じいと話をすることで、少しはこのわけのわからない気持ちが分かるかもしれない。

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