俺さま☆執事!?09
* *
いつもより少し早めに起きて、佳山家に朝ごはんを食べに行く。佳山家全員が出席するらしく、ダイニングには珍しく全員がそろっていた。
「おはようございます」
キッチンには不機嫌な表情の蓮さんが立っていた。
「おはよう、睦貴。昨日からずっとこの調子なのよ、蓮」
文緒が絡むといつも以上に口が悪くなる蓮さんに辟易しているのがその一言で分かった。だけどなぁ、俺が口を開くとさらに機嫌が悪くなるのが目に見えているから。
料理をよそってトレイに乗せられているものを持って行っていいか確認してからダイニングのテーブルに並べる。
「蓮もいい加減機嫌直しなさいよ。別にわたし、お嫁に行くなんて言ってないんだから」
キッチンにいる蓮さんのところまで歩いて行って文緒が呆れたような口調で蓮さんに告げ、その頬に軽くキスをする。それだけでもう機嫌の悪かった蓮さんは少し頬を緩めて仕方がないな、という表情をしている。
甘い。甘すぎる。
だけどなぁ、きっと同じことをされたら俺も同じ反応を示すだろうな。と思ったら、蓮さんがちょっとうらやましかった。
ご飯を食べ、部屋に戻って準備をする。と言っても大した準備はない。
昨日選んだ服に着替えて、佳山家に迎えに行く。文緒以外はすでに着替え終わっているようだった。
「文緒は?」
「髪の毛とメイクをしてもらいに行ってるよ」
それなら車を出してくるか、と思って先に外に出る。
車庫に行くと、昨日の整備士がいて匂いがまだとれないということを教えてくれた。今日はあの車で行く気はなかったから引き続き作業をお願いして、車庫をのぞく。俺を含めておとな五人だから、昨日のあの赤のキャデラックでいいか。玄関に車を回して文緒たちがやってくるのを待っている。
兄貴たち家族は車庫に兄貴の車がなかったのですでに会場入りしているらしい。
午前十一時から開始らしいのでまだ余裕があると言えばあるけど、早く移動して着いておいた方が無難なので早めに行動している。しばらく待っていると、あわただしく文緒が走ってきてその後ろから三人がやってきた。
文緒を見て、思わず見惚れてしまった。
智鶴さんと一緒に決めたというパーティドレスは薄いピンクのノースリーブ。ホルターネックパーティドレス、という種類のものらしい。胸元とウエストにはタックが寄せられ裾にはフリルがあしらわれ、甘い雰囲気を醸している。ハイウエストでひざ丈のスカートが長い脚をさらに強調していて、細い文緒によく似合っていた。髪をアップにして薄く化粧をしてもらっているのがとても十四歳には見えない。
ふと振り返った文緒を見て、思わずどきり、としてしまった。大きく開いたきれいな背中がセクシーで、思わず『娘』相手だというのにドキドキしてしまう。
智鶴さん、こんなセクシーなドレスを文緒に着させるな! 悪い虫がついたらどうするんだっ!?
……ああ、だから俺が執事でガードしろ、ということか。
「やっぱりおかしいかな?」
じっと見過ぎてしまったことに文緒は自分の恰好がおかしいと思ったのか、くるりと回って今にもお屋敷に帰って行きそうな勢いだったので腕を引いて引きとめる。
「おかしくない。むしろ似合いすぎてびっくりしてただけだから」
正直な感想を告げる。
「ほんと? おかしくない?」
スカートのすそをつまんでおかしくない? と聞いてくる姿はもうかわいすぎて言葉が出てこない。左腕にした太い金色のブレスレットが目に眩しい。こんなにかわいい文緒を柊哉に見せたくない。なぜかそんな独占欲が首をもたげてきた。
文緒は『娘』なんだ。いつか自分の元から去っていくんだ。自分にそう言い聞かせ、気持ちを切り替える。
「お嬢さま、どうぞ」
できるだけ極上の笑みを浮かべ、文緒を車へエスコートする。後ろでぼそり、と
「いつもそうやって女を口説いているのか?」
ととげとげとした蓮さんの声が聞こえたけど、無視をした。うるさい。文緒以外にこんな笑顔を向けるかい!
「あれは時間の問題ね」
と奈津美さんがぼそりと言っているけどなんの話だ?
文緒を助手席に乗せ、後部座席のドアを開けて蓮さんたちを乗せる。俺は運転席に座り、車を発進させた。
* *
会場に着くと、兄貴が今か今かと俺たちの到着を待っていたようだった。俺と文緒は引きずられるように控室に連れてこられた。
「今日は例の早乙女も来ているからな」
そして兄貴は文緒を見て、
「さすがちぃ。文緒によく似合うドレスを見つけたな」
あまりにもかわいすぎて人前に出したくないよ。
「睦貴は職業を執事にした方がいいんじゃないか? 板につきすぎだな」
「お褒めいただき光栄でございます」
大げさにお辞儀をして見せたら笑われた。
時間まで控室に待機。いつもと雰囲気の違う文緒に落ち着かない。
時間五分前になったので文緒に手を差し出し、エスコートして会場へと向かう。
出席者は全員会場入りしているらしく、ロビーにはだれひとりいなかった。
しかし、あの兄貴はパーティ嫌いだったはずだ。なのに積極的にやっているということは、柊哉あてに来る見合い話などがよほどうっとうしいのだな。
次男の俺にさえいまだに母はしつこいくらい見合い話を持ってくるくらいだ、高屋の長男、となればそれはもう、ものすごいことになっていそうだ。
中からマイク越しの奈津美さんの声が聞こえる。司会は結局、奈津美さんにお願いしたのか。そういえば行きの車の中でそんなことを話していたような気がする。
「なっちゃんの声だ」
文緒の声を聞き、緊張していない様子にほっとする。緊張でがちがちになっていたらどうしようかと思っていた。むしろ俺の方が緊張している。
中から文緒の入場を促す声が聞こえ、俺は再度、文緒を見る。少し顔がこわばっていたので俺は大丈夫という意味も込めて笑みを向ける。ぎこちないけど笑顔を返され、握った手をギュッと握りしめる。
「行くぞ」
扉が大きく左右に開かれ、ライトが当てられる。さながら結婚披露宴の新婦入場のようだ、と思いながら中に足を踏み入れる。
不気味なほど静まり返った会場内。広い会場内には複数の大きなテーブルが置かれ、着飾った男女が椅子に座って文緒をじっと見つめている。
智鶴さんになにかアドバイスを受けていたのか、しっかりと前を向いてにっこり微笑み、周りをゆっくり見まわしながら歩き始める。こんなにたくさんの視線にさらされることがない俺の方がむしろ尻込みしてしまっている。だけど俺の手を掴んでいる手が小気味に震えているのをみると、文緒は相当緊張しているらしい。
俺がしっかりしなくては、と思いなおしできるだけ余裕そうな笑みを浮かべて足を前にすすめる。
正面の舞台の上には柊哉と兄貴と智鶴さんと鈴菜が立っていた。
文緒を舞台の上に連れて行き、柊哉の隣に立たせる。正直、文緒をそこに立たせたくなかった。
手を離すと不安そうな視線を文緒は向けてきたけど、にっこりと笑って耳元にそっと大丈夫、後ろにいるから、と囁く。ほっとしたのか文緒は一度柊哉を少し見上げ、正面に身体と顔を向ける。それを確認して、文緒の後ろに隠れるように立つ。
柊哉は文緒の腰を抱き寄せ、会場に来ている人たちに見せつけている。
文緒にそんなに近寄るな!
人目がなかったら絶対に柊哉のことをどついていたな。
文緒はかなり嫌そうに身体を離そうとしていたが、柊哉がなにか言ったらしくおとなしくなった。
奈津美さんが文緒の紹介をしている。
本当に嫁に行くわけではないし、この発表が対外的なことも分かっているけどなんとなく心がもやもやとする。
蓮さんはどう思っているんだろう。そう思って舞台のそでで司会をしている奈津美さんの横に立つ蓮さんを見る。表情だけではまったくなにを考えているのか分からないけど、かなり痛いほどの視線を柊哉に送っているところを見ると、蓮さんの気持ちも俺と同じなのかもしれない。
かわいい『娘』を取られるんだもんな。
ふと蓮さんと視線が合い、にこりと微笑んでおいた。するとものすごくいやーな表情をされて視線を外された。