俺さま☆執事!?08
しばらく話をしていたが、お昼前になったので一度屋敷に帰ることにする。また夕方に来ると言って病室を出る。
車に戻るとあの女の香水の匂いがこもっていて、吐き気がした。窓を開けて空気を入れ替えてもにおいが消えない。……文緒を迎えに行く時は車を変えよう。ものすごく後ろめたい気持ちになる。
お屋敷に戻り、車を整備してくれる人に車内の匂い取りと代車を依頼しておく。部屋に戻る前に食堂に寄ってお昼をお願いしておく。着替えを洗濯に回してほっとする。
あの女のつけていた香水、強烈すぎるだろう。服にも車にも残り香が残りまくり。よく頭が痛くならないよな、と変なところで感心してしまった。
普段なら一度限りの関係だと、別れたらもう忘れているのにあまりにも強烈すぎて忘れられない。今度からああいった誘いには乗らないようにしよう。
……制御の効かない下半身だけどな。
お昼を食べて文緒を迎えに行くまでのんびりしていようと思ったら、ドアがノックされた。
「睦貴さま、明日着て行くお洋服の件で」
そうだ、準備しておくと言われていたのを忘れていた。洋服が置かれている部屋に行き、用意しておいてもらったものに袖を通してみる。白のシャツに黒い蝶ネクタイ、黒のスーツ。もうなに着ても一緒じゃないか?
サイズが合うものを適当に選んだ。
そんなことをしていると時間になったので出かけることにする。
代車は赤のキャデラック……。他にないのかっ!?
整備士に聞くと、すぐに出せる車はこれしかない、と言われたけど……。こんな目立つ車で文緒を迎えにいくのかぁ? どうせなら悪乗りして執事の恰好で行くか。
なんだかいたずらを思いついた子どものようにわくわくしてきてしまい、衣装部屋に戻って先ほど選んだ服を着る。まだ担当者が残っていたので服装をチェックしてもらい、出かける。かなり楽しい。
文緒に指定された場所に十五時少し前に着き、待つ。運転席から外を見ていると文緒が校門に向かって歩いてきているのが見え、車外に出る。……気のせいか、注目をかなり浴びているような気がする。
ざわざわとざわめくのに気がついた文緒はいぶかしげにこちらを見て、驚いたように指をさし、ものすごくあわてて駆け寄ってきた。
「むむむむ、むっちゃんっ!?」
「お迎えにあがりました、お嬢さま」
文緒の前に行き、微笑んで恭しくお辞儀をしてみた。顔を上げると、頬を真っ赤にして戸惑っている文緒がいた。
手を差し出すと文緒は素直に乗せてきたのでそのままエスコートして助手席を開けて乗せる。文緒はキツネにつままれたような表情でずっと俺を見ている。終始笑みを絶やさず応対してみる。
シートベルトを締めてあげ、ドアを閉めて自分も運転席に戻る。車を発進させてもしばらく文緒はぽーっとした表情で俺のことを見ている。信号待ちをしていたら、ようやく文緒が口を開いた。
「むっちゃん、なにかあったの?」
横に座っている文緒を見ると、ようやく状況を理解できてきたのか頬を上気させて俺を見つめている。
「朝と車が違うし」
「文緒が外車がいいって言うから」
「それになんでそんな服着てるの?」
なんで、と言われてもなぁ。
「明日の予行演習、かな」
悪ふざけ、とは言えなくて適当なことを言ってみる。
「もう、びっくりしちゃったじゃない! あまりにもかっこいいから他の子たちに見せたくなかったよー」
やっぱり文緒、目がおかしいって。俺のどこがかっこいいのやら。
「じいにお見舞いの品を買って行きたいから、ちょっと寄ってほしいところがあるんだけど」
文緒に言われて寄り道をする。やっぱりそこでもかなりの注目を集める。文緒は恥ずかしそうな、だけどちょっと嬉しそうな誇らしいような表情で買い物をしている。女子中学生と執事、という組み合わせが目立つのか?
文緒の一歩後ろを歩く。いつもだと文緒が迷子になりそうで怖いから手をつないで歩くのだけど、後ろからついて行くのも楽しいなぁ。
レジで文緒はお財布を出して払おうとしていたから俺が横からカードを出して払った。
「むっちゃん! いいよ」
車に戻ってお財布からお金を出して渡そうとする文緒に、
「今月のお小遣い、もう少ないんだろう? 俺もじいにお見舞いの品買ってないから便乗させて」
「でも……!」
文緒が言いたいのは分かる。仕事もしないでずっとお屋敷にこもっているニートだからお金のことを心配していることに。
「気にするな。たまにする株で儲けた金だから」
日がな一日、部屋にこもっていると暇で仕方がないので気まぐれで株を見ていけそうなやつを買ったりしている。デイトレーダーとまではいかないけど、なかなかいい勘をしているみたいで、儲けがいくらか出ている。負けることもあるけど、トータルで見ればプラスだ。
「今日は意外なむっちゃんをたくさん見られたような気がする」
にこにこ顔の文緒に自然と頬が緩む。
病院に着き、駐車場に車を入れて文緒を車から降ろす。そしてお見舞いの品と文緒のかばんを持って先に歩く。
「むっちゃん、荷物持つから!」
「お嬢さまにお荷物を持たせる執事など、失格でございます」
「もう、ふざけ過ぎ!」
ぱしっ、と軽く腕を叩かれた。そんななにげないやり取りが楽しい。
病室に行くと、じいは検査中なのかいなかった。ここにたどり着くまでもやはり妙に注目を浴びてしまった。病院にこの恰好は目立ちすぎたか。少し反省。
しばらく待っているとじいが部屋に戻ってきた。
「これは文緒さま、わざわざご足労いただき、申し訳ございません」
じいは恐縮しながら文緒に挨拶をしている。
「とりあえずじい、安静にしておかないといけないんだろう? 気にせずにベッドに横になれ」
「これは……睦貴さま、どうされました」
朝の時と服が違うことを指摘してきたじいに、
「今日から文緒お嬢さまの執事になろうかと思いまして」
にこやかに微笑み、お辞儀をしてみせる。
こういうとき、あの嫌な母親に仕込まれたこういう動作が役に立つとは、と複雑な気分。『いかに女性を喜ばせるか』を身体にみっしりと教え込まれた身としては、自然と出る行動がいかに相手に影響を与えるか知っているつもり。
だけど文緒は横で笑い転げている。
「あははは、むっちゃん、面白い~! はまりすぎだよ」
さすがは文緒。普通の女なら今のでぽーっとしてイチコロなんだがな!
文緒はじいにお見舞いの品を渡したり、今日、学校であった出来事を話したりしていた。
じいからすれば文緒は孫みたいなものなのかもしれない。いつも以上に表情がやさしい。
時計を見ると、夕食の時間が近いことに気がつく。楽しくてつい長居をしてしまったようだ。
「じい、明日は柊哉のパーティがあるから終わってから来るな」
「睦貴さま、毎日いらっしゃると大変です。じいは大丈夫ですから」
恐縮しているじいに笑いかける。
「気にするな。なにかほしいもの、あるか?」
質問にじいは首を振る。
「それじゃあ、またな」
帰ろうとする俺たちを見送ろうとするので止める。
「いいか、じい。早く元気になってお屋敷に戻ってこい。これは命令」
そうとでも言わないとじいはお屋敷にいる時と同じ調子で動きかねない。じいは意外そうな表情で俺を見て、微笑んでくれた。意図が分かってくれたらしい。
じいはおとなしくベッドに横になり、お辞儀をしていた。文緒はばいばい、と手を振って病室を出た。