愛から始まる物語


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俺さま☆執事!?07



   *   *

 ねっとりとねばりつくような嫌な睡眠しか知らなかった俺は、初めてゆっくりと眠ることができたのかもしれない。
 告白したことの効果なのかどうかは分からない。だけど少し心が軽くなったのは確かだ。
 朝、いつものように佳山家に行き、朝ごはんを食べる。

「おまえが文緒の執事……?」

 朝一番で蓮さんにそう言われ、氷のような冷たい視線を向けられる。
 うっわー、そんな目で見ないでよ。俺だって好きでするわけではないし。
 しっかりとご飯をいただき、部屋に戻る。
 文緒はまだ起きてきていないようだった。
 部屋でゆっくりしていたら、扉が叩かれた。だれだろうと思って出ると、文緒だった。

「むっちゃん、おはよ。学校まで送っていって」
「は? なんで?」
「昨日、じいが倒れて入院したんでしょう? 朝の送りはじいがしてくれていたんだもん」

 そうだったのか。

「ちょっと待て。着替えるから」

 俺は扉を閉め、もう少しまともな服に着替える。今のでもおかしくないと言われたらそうなんだけど、保護者としておかしくない服装の方がいいだろう?
 着替えて部屋の外に出ると、文緒はなんだか嬉しそうな表情をしている。
 なんで?

「はー、やっぱりむっちゃんはかっこいいなー」

 にこにこして見上げてくるけど、文緒の目は腐っているとしか言いようがない。柊哉の方がいい男だろう?
 そう言うと、

「むっちゃんは女心が分かってないなぁ」

 と痛いことをつかれた。うん、分からない。女の気持ちなんてさっぱり分からないよ。
 駐車場から車を出し、助手席に文緒を乗せる。

「むっちゃんって意外だね」
「なにが?」
「外車好きそうなのに、国産車だから」

 何度も乗ったことがあるだろう、なにをいまさら。

「ニートな俺にはこれくらいがちょうどよいの」
「本物のニートは車に乗って外に出ようとしないよ」

 働きもしない、なにもしていない俺は立派にニートだろう?

「それより文緒、学校帰りにじいのお見舞いに行くか?」
「あ、うん、行く! お願いしようと思っていたんだ」

 えくぼを刻んでにっこり笑われたら連れて行かないわけにはいかないだろう。

「十五時過ぎに校門の前に来て」
「わかった」

 文緒を学校の前でおろし、手をひらひらさせて中に走って入って行ったのを見届け、時計に視線をやる。
 お見舞いに行くにはまだ早いか。だけどもう一度お屋敷に戻ってまた出かけるのも面倒だ。
 少し走らせ、近くの二十四時間営業のファミレスに入ることにした。めったに入らないけど、たまにはね。
 入ってすぐのところにあるタバコの自動販売機が目につき、普段は吸わないくせになんとなく買ってみる。これで少しは時間がつぶれるかな、と淡い期待。一番軽そうなのを選んでボタンを押す。
 中に入ると喫煙と禁煙とに別れていて、喫煙席を選ぶ。禁煙席は盛況のようだが、喫煙席はだれもいなかった。紅茶を注文して、買ったばかりのタバコのパッケージを開ける。そこでライターがないことに気がつく。慣れないことはするものじゃないな。
 とタバコの箱をもてあそんでいたらカラン、と音がしてだれかが入店してきた音がした。
 店員が対応して喫煙席に案内してきた。ふと風に乗って香水の匂いがする。入ってきたのは女みたいだ。
 紅茶のポットを持って店員が現れ、俺の前に置いてお辞儀をして去っていった。カップに紅茶を注ぐ。ファミレスだから仕方がないのか、においがいまいち。大きくため息をついてしぶしぶ紅茶を口にする。草っぽい味に顔をしかめる。失敗したな。
 後から入店してきた客はコーヒーを頼んだらしく、店員がいいにおいをさせながら運んでいる。
 店員がバックヤードに戻っていくのを視界の端で見ていると、ことり、と音がした。そしてきつい香水の匂い。これは……今入ってきた客であのブランドの香水か。朝からこれはきっついな。つけだちの香りなのは分かるけど、それにしてもこれはひどい。少し頭痛を覚える。

「隣にいいかしら?」

 声の方に視線を向けると、二十前後の女だった。いいとも言っていないのに勝手に横に座り、かばんからタバコを取り出して吸い始める。香水のにおいにタバコのにおい、それにコーヒーの匂いが入り混じり、気持ちが悪くなる。とにかく慣れないことはするものじゃない。

「ねぇ、あなた暇なんでしょう?」

 やはりそういうお誘いですか。するり、と腕をまわしてくる。
 少しうっとうしいと思いつつもこういうのは嫌いじゃないのでぐいっと腰を引き寄せ、耳元に囁く。

「今すぐ行くの?」

 香水がきついのがなんだが、シャワーをあびさせて洗い流させれば問題なし。そう判断して、カップに注いだ紅茶を飲みほして立ち上がる。女が持っていた伝票も一緒につかみ、支払う。
 先ほどまで文緒が座っていた助手席に女を乗せ、俺はそのままホテルへと走らせる。俺も朝からなにをしてるんだか、と思いつつも女から誘ってきたのだから仕方がないだろう。
 こんな時のために用意している未使用の箱をジャケットの内ポケットに忍ばせ、女をエスコートして中に入る。
 部屋に入ってシャワーを浴びるように告げる。シャワーに消えたことでにおいが薄れて俺はほっとする。
 出てくるタイミングを見計らい、入れ替わるようにシャワーに向かい、軽く汗を流す。 部屋に戻ると色っぽい瞳で女が俺を見ている。女を抱き寄せ、抱きかかえてベッドに押し倒した。

   *   *

 なんだか後味が悪い女だった。ライターを借りて先ほど買ったタバコを1本だけ吸う。 ……美味しくない。タバコを吸うやつの気がしれない。
 残りは女に押し付け、俺はとっとと部屋を出て精算する。
 最低と罵られてもいい。もうこれ以上あの女と一緒にいたくなかった。
 じいの入院している病院に向かう。が、どうもあの女のつけていた香水が鼻について仕方がない。今からお見舞いに行くことを考えるとどうにも耐えられなくて、服を買いに寄り道をする。適当に購入して、着替える。そうしてようやく落ち着くことができた。
 病室に行くと、じいはベッドの上に上半身を起こしてテレビを見ていた。

「おはようございます、睦貴さま」
「おはよう」

 ずいぶんと顔色がよくなっていてほっとする。

「朝からお楽しみでしたか?」

 じいににやりと笑われた。なんで分かったんだよ。

「いつもと違うにおいがしましたので」

 ばればれなのか。

「さしでがましいとは思いますが、そろそろ女性遊びをおやめになった方が身のためかと思います」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
 親父も兄貴もなにも言わないけど、あの母がうるさいんだよな。自分があんなことをしておきながら山のように持ってくるお見合い写真。どういう神経をしているんだか。もう三十を過ぎたことだし、そろそろ観念して身を固めるのもありかな。
 そう思ってなぜか文緒が浮かんできた。
 ありえない。文緒は『娘』なんだ。
 でも。
 昔、結婚を考えたことが一度だけあった。
 今まで付き合った中で一番気があっていい女だった。俺の女遊びも許容してくれたし、肌の相性も良かったし、性格も良かった。見た目も良かったが……。向こうも結婚を考えてくれてはいたようだった。
 だけど断ったのは、俺、だった。
 その女との結婚を考えると、なぜか泣いている文緒を思い出した。瞳にいっぱい涙をためてじっと無言でこちらを見つめる文緒。その顔を見たくなくて、俺から別れを告げた。 その女は泣きそうな顔をしながらも
『あなたの中にずっと別の人がいるのは知っていたから。その人とお幸せにね』
 そう言って平手打ちをもらったのを思い出した。……気の強い女だったな。

「そうだな。俺もいい年だし」
「文緒さまとでございますか?」

 買ってきた水のペットボトルを開けて飲もうとした瞬間にじいにそう言われ、こぼしそうになった。

「なっ……!?」
「少々お年が離れていますが、文緒さまも睦貴さまのことを想われているようですし、おふたりが並んでいるところを見るとお似合いですのでよいかと思いますが」

 はい? 文緒が俺のことを? 有り得ないだろう。

「あいつは俺の『娘』だ。対象外だよ」
「相変わらず素直ではない方ですね」

 くすり、とじいが笑う。

「あぁ、その文緒だけど、学校帰りにお見舞いに来たいと言っていたから連れてくるよ」
「そうですか。うれしいですね」

 にこにこと笑うじいを見て、つられて笑う。

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