愛から始まる物語


<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>

俺さま☆執事!?02




「ああ」

 思い出した。そういえば柊哉と鈴菜が行っている学校の経営者の苗字が早乙女、だったような気がする。

「柊哉の学校を悩んでいたら、自称・親父と懇意にしていたというその早乙女とか言うのがあそこの学校を売り込んできたんだ」

 早乙女士朗(さおとめ しろう)とか名乗る男がいきなりこのお屋敷に押し掛けてきたのを思い出した。
 アポも取らずにいきなりここに押し掛けられ、じいが対応に困っていたのを思い出すずいぶんと常識知らずな人だな、というのが第一印象だった。

「じいが困ってたな」

 ヘタレでニートな俺は陰でこっそりとそのやり取りを見ていたんだけどな!

「見ていたのか、おまえは」

 兄貴はまぶたを押さえながら俺を睨みつけるように見ている。ふふん、どうとでも言えばいい!

「まあ……あの時はおまえが出なくて正解だったな。話が余計にややこしくなるところだった」

 兄貴が珍しく俺の取った行動を褒めている。怖すぎる。

「早乙女士朗には、遅くにできたひとり娘がいて、名前は早乙女明日香(さおとめ あすか)という」

 早乙女、というと全国のあちこちで学校経営をしている大きな財閥のひとつ、だったような気がしてきた。
 なんとなく読めてきたよ。

「早乙女が熱心に柊哉をあそこに入れるように言ってくるからなにかある、と思っていたんだが、学校としては申し分なさそうだったし、本人も行く気があるみたいだったから入れたんだ」

 そして兄貴は大きくため息をつき、さらに続ける。

「俺としては柊哉を手元に置いておきたかったんだが、智鶴がやけに全寮制に入れたがっていて」

 意外な話だった。
 智鶴さんというのは兄貴の奥さんで柊哉と鈴菜の母。兄貴と智鶴さんの年齢は十も離れていて、俺の二つ上。モデルさんもやっているほどの美貌の持ち主だ。
 そんな智鶴さんは柊哉のことをものすごくかわいがっていたし、文緒ラブ! な柊哉だから絶対に入らないと思っていたんだけどなぁ。
 休みごとに帰ってくる柊哉を思い出す。
 この屋敷にいる時はどこか押し殺しているような、だれかに遠慮しているような我慢しているような……そんな表情をずっとしていた。中学から親元を離れて生活を始めたからか、最近では戻ってくるたびにいきいきとしたいい顔になってきてはいるな、と思ってみてはいた。
 兄貴は超がつくほど過保護だからなぁ。その束縛から離れて自由を得たのかもしれないな、柊哉は。
 それに。俺をじっと見つめている兄貴を見て、分からないようにため息をつく。
 兄貴には
「特殊能力」
があって、他人の見た『過去』を見ることができるのだ。俺にはそんな能力もなく、俺たちの両親にもない。そして、産まれてきた柊哉と鈴菜にもそんなものはない。たまに兄貴を見る柊哉の視線に『怯え』を見ることがあるが、それから逃れたくて全寮制の学校に入ったのもあるかもしれない。
 俺たちの実母は兄貴のその能力を恐れ、遠ざけた。年が離れて産まれた俺をその代わりに恐ろしいほど溺愛していた。
 嫌な気持ちを思い出しそうになり、胸の奥にしまっておいた感情が疼くのを押し込め、続きを促す。
 兄貴は一瞬だけたまに見せる獰猛な視線を俺に向けた。……やばい、少し読まれたか?
 押し込めた記憶を読めないと悟った兄貴は視線を緩めて話を続ける。

「柊哉が中学生の時は特になにも言ってこなかったんだ、早乙女も」

 四月から柊哉は高校生になり、事情が変わったということか。

「先ほど出てきた明日香がなんかからんでくるのか?」
「察しがいいな。さすがただのニートではないな」

 思わずいらっとして口を出してしまったが、失敗したと思っても後の祭り、アフターカーニバル。美女がリオのカーニバル顔負けの恰好で俺を取りかこんでぐるぐる情熱的なダンスを踊っている。やばい、美女につられて俺の下半身も一緒に踊りそうだ。



 ……ええい、だまれこの制御の効かない下半身めっ!

 部屋にひとりだったら確実に右手は分身に挨拶しているところだったが、さすがの俺でも兄貴と深町さんの前でそんな暴挙には出られず、ぐっと我慢する。
 とっとと話を済ませてこんにちは、するか。ヘタレの仮面を脱ぎ、自分の考えを口にする。

「その早乙女が娘の婿に柊哉をくれ、と言ってきた……といったところか?」
「その通りです、睦貴。僕の代わりに秋孝の秘書ができますね。変わってほしいものです」

 最近、ことあるごとに深町さんはそう言ってくる。それには事情があるのを知っているけど、今の自分の状況が心地よすぎて無理な相談だ。しかも、俺が兄貴の秘書をするということは、いろんなものに影響が出すぎてよくないのだ。

「俺みたいなヘタレが秘書なんてやったら、TAKAYAグループは壊滅しますよ」
「ほう。それはそれで見てみたいな。ヘタレのくせにそんな大それたことができるわけないだろう」

 挑戦的な兄貴の視線に思わず応えそうになり、俺は視線をそらす。やばい、挑発に乗っては駄目だ。

「相変わらず強情だよな、おまえも」

 そらした視線の光の強さを感じたらしい兄貴はため息とともにいつものセリフを吐く。

「おまえが総帥の方がずっといいんだけどな」

 冗談じゃない。俺のようなちっぽけでニートでヘタレにそんなすごい仕事が務まるわけがない。

「冗談でもそんなこと言うな。反対派が大喜びするぞ」
「ああ、それでもいいな。そうすればおまえが俺の代わりに仕事をすることになる」

 首を大きく横に振る。買いかぶりすぎだ。

「俺は無理だ。それよりも、文緒の執事の話は?」

 いつまで経っても終わりそうにない話に先を促す。

「四月になって柊哉が高校生になってすぐに明日香さんとの婚約の話が出たのですよ。明日香さんは柊哉のふたつ上で現在、同じ高校の三年生です。どうやら明日香さんが柊哉のことを見そめて父上である早乙女士朗氏が熱心に入学をすすめてきた、というのがそもそもの始まりみたいですよ」

 婚約!? しかも娘が気に入ったからとそこまでねぇ。情熱的じゃないか。

「いいじゃないか。早乙女と言えば学校経営やっているし、うちがあまり得意ではない分野に特化しているのなら美味しい話じゃないか」
「おまえならそう言うと思ったよ。……だから俺は経営には向いていないんだ」

 兄貴はその次にまた先ほどと同じセリフを言おうとしていたので、先手を打つ。

「俺は人のことを考えないからな。経営はうまくいくかもしれないけど、人はついてこないぞ」

 確かに兄貴は経営者向きではないかもしれない。
 が、見ている限りでは人を大切にして慕われている。上に立つ人間はやはり働く人たちのことを思ってこそ、だと思っている。人のことを考えない俺は傾いた時にはいいかもしれないが、今のように順調な時には厳しすぎだろう。
 兄貴が日々、そのあたりを苦悩しているのは知っている。
 だからと言って俺は兄貴からそれを奪おうとも思わないし、むしろ権力なんてどうでもいい、と思っている。
 兄貴には悪いが、弟でよかった、と心の底から思っているくらいなのだ。

「柊哉は文緒と結婚する、と言い張って聞かない。俺としても早乙女と血縁関係になるのは正直、遠慮したい」

 なにか見たのだな、兄貴は。

「この先も柊哉の相手に、と来ることが目に見えているから、このあたりで婚約発表をしようかと思って」

 はい?

「婚約? だれとだれが?」
「柊哉と文緒」

 ……そうか。柊哉と文緒、か。
 文緒のことは娘だと思っているが、なんだか激しく柊哉に嫉妬してしまう自分の気持ちに戸惑う。
 だれにも渡したくない……そんな気持ちがどこからか湧き上がってくる。この気持ちは……そうか、父が娘を嫁にやる時の気持ちみたいなものか。
 その考えにいたり、ほっとする。
 『娘』を好きになるなんて??。
 背筋がぞっと凍った。

「柊哉は文緒と結婚する、と言っているんだが、肝心の文緒の反応がいまいちなんだ」

 困ったような兄貴の声に俺はくすり、と笑う。

「文緒は昔から柊哉をあまり好きじゃないみたいだしな」

 はっきりと言われたことに兄貴は睨みつけて来る。まあ、溺愛している息子のことを好きではない、と言われたらそれはねぇ。

「文緒は妙におまえに懐いているからなぁ、昔から。だからおまえからこの話をしてくれれば、文緒も応じてくれるかと思って。それに、文緒に危険がないわけではないし」

 ああ、柊哉の婚約者、と発表されるからということか?

「で、この婚約発表は正式な婚約の話になるのか?」

 文緒に話をするにしても、そのあたりで話の持って行き方がかわってくる。もしも対外的なポーズだけならば文緒を説得するのも簡単だろうし、実質的に婚約、というのなら蓮さんに話を聞いてから説得するしかないだろう。
 蓮さんは文緒の父。ぱっと見は女の人と間違えるほどかわいらしい顔をしているのだけど、かなり口が悪くて驚く。奥さんの奈津美さんはそんな蓮さんを
「口が悪くておかんで勇敢なお姫さま」
と称している。最初聞いた時は意味が分からなかったけど、蓮さんと長く付き合ってそのあまりにも的確な言葉にたまに思い出して笑えて来る。

「正式な婚約発表、と言いたいところだが……。文緒が嫌がっているからそうはいかないだろう」

 実の娘のように可愛がっている文緒が柊哉の奥さんになってくれるのは大歓迎らしい兄貴としては文緒の態度はとても悩ましいものらしい。

「かわいい柊哉の頼みとうっとうしい結婚申し込みを断りたい、というのはよく分かった。とりあえずは対外的なもの、と思っていいんだよな?」
「……うれしそうだな、睦貴」
「ん? なにがだ?」
「柊哉に文緒を取られなくてよかったですね、パパ」

 深町さんのからかうような言葉に顔をしかめる。

「蓮さんだってそう思っているさ」
「蓮は柊哉なら仕方がない、と言っていたけどな。睦貴、おまえのさっきの目は娘を取られた父の顔ではなかったぞ」

 兄貴の指摘にぎくり、と身体をこわばらせる。

「文緒は俺のかわいいかわいい娘なんだ。柊哉と言えどもとられるわけだから、心中を察せよ」

 なんとなくこわばる頬を無理やり緩めて兄貴を見る。

「僕にはわかりますよ、睦貴。僕が智鶴を愛しているように……」

 鬼畜な深町さん、俺を一緒にするな。深町さんを睨みつける。睨みに深町さんは口を閉じた。

「文緒は柊哉の婚約者、という設定で明後日に披露パーティをする、俺は文緒の側でボディガードと言う名の執事を演じればよい、ということでいいんだよな?」

 兄貴と深町さんを交互に見ると、ふたりは無言でうなずいている。

「学校から帰ってきた文緒を説得するよ」
「すまないが頼んだ」

 それだけ言うと、兄貴と深町さんは部屋を出て行った。

webclap 拍手返信

<<トップへ戻る

<<前話*     #次話>>