愛から始まる物語


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俺さま☆執事!?01




「文緒(ふみお)の……執事!?」

 兄である高屋秋孝(たかや あきたか)が前触れもなく部屋に訪れた。そしてそのとんでもないことを言われてしまっている俺は高屋睦貴(たかや むつき)。年齢は三十一歳。このお話は文緒と付き合う前のことである。

「少し困ったことが起こっていてな」

 兄貴は本当に困ったように普段はかけている艶消しのシルバーフレームの眼鏡をはずして両手を顔に当てて覆っている。

「執事ってあれだよな? おかえりなさいませ、ご主人さまとやってる……」
「おまえはなにを見てそんなことを言ってるんだ」
「え? 執事喫茶」

 あれだろ、最近はやり? のメイド喫茶の女性版。イケメン? たちが執事服を着てお店で待っていて来店した客に……。
 思考の途中でぼかり、という音が聞こえそうなほどの勢いで頭を殴られた。
 いてぇ。

「急な話で申し訳ないんだが」

 兄貴にしては殊勝な言葉が出てきた、と思っていたら。

「明後日、パーティがあるから文緒に付添って参加してくれ」

 なんでそんな急な話なんだよっ!

「俺にだって都合というものが」
「ないだろう、ニート」

 ……うっ。痛いところをついてきたな、くそ兄貴めっ!

「服はこちらで準備する。サイズは変わってないよな?」
「変わってない……はず」
「詳しい話は後で深町から聞いてくれ」

 どうしてそこで深町さんが出て来るんだ? なにがなにやらさっぱり分からないのですが?

「逃げるなよ」

 その言葉にぎくりとする。……ばれている。

「お、俺が文緒の執事をするメリットは!?」
「ない」

 即答され、大きなため息をつく。とそこへ部屋のドアがノックされた。今日は忙しい日だな。ドアを開けると、深町さんが立っていた。辰己深町(たつみ ふかまち)。彼は兄貴の幼なじみで、今では第一秘書として働いている。茶色の柔らかそうな髪に柔和な表情。茶色くやさしそうな光を宿した瞳がさらに柔らかい印象を強くする。
 しかし。その近づきやすそうな見た目に騙されて近寄ったが最後。にこやかな表情で繰り出されるその毒にたいていの人は驚き、すぐに立ち去る。あまりのギャップに最初、自分の耳を疑ってしまったほどだ。よくもまあ、これだけひどいことを言えるものだ、と最近では感心して呆れて見ている。
 そんな人から兄貴に言われたとんでもないことを説明してもらうのか……と思ったら、ますます逃げたくなっても仕方がないだろう。

「あの、間に合ってます」

 ドアの外に立っている深町さんを見て、反射的にドアを閉めようとした。押し売りに来たセールスマンを相手にするような対応を思わず取ってしまった。しかし、深町さんは上手で、閉められる前にドアに足を差し込み、ぐい、と開いて部屋に身体を滑り込ませてきた。

「こんにちは、睦貴。どうやら僕に遊んでほしいみたいだけど、時間がないから手短に」

 表情も瞳もにこにこ笑っているけど、これは怒っている。それほど長い付き合いでも深くもないけど、それだけは分かった。つい……出来心でやってしまったことを後悔する。

「その表情だと秋孝からほとんど話を聞かされていませんね」
「文緒の執事をしろ、としか」

 文緒、というのは佳山文緒(かやま ふみお)、今年で中学三年生になった少女だ。
 なんの因果か当時高校生だった俺は文緒が産まれるところに立ち会ったばかりか、取り上げてしまったのだが。それがきっかけで佳山家と交流が始まり、そして今に至る。

「そこまで話を聞いているのならもう説明はないですね」

 にこりと微笑んで深町さんは部屋を出て行こうとする。

「ちょーっと待て! 説明になってないだろうっ!?」

 部屋を出て行こうとしていた深町さんにすかさず突っ込みを入れる。深町さんも兄貴程度しか説明できない人なのかい!?

「それだけ知っていれば充分ですよ」

 にこやかにそういう深町さんは、明らかに怒っている。さっき目の前でドアを閉めようとしたのをかなり根に持っているらしい。冗談だったのに、分かってもらえないのか。

「深町、こいつがいじり甲斐があるのは認めるが、とりあえず遊ぶのは今度にして話をすすめてくれないか」

 兄貴が助け舟を出してくれた。ありがたいのかありがたくないのか、とりあえず今は判断するのはやめておこう。

「仕方がないですね」

 にこにこしながら深町さんは俺たちの前に戻ってきた。

「睦貴は秋孝の息子をご存知ですよね?」
「柊哉(とうや)のことか?」
「そうです、さすがにご存知でしたか」

 その言葉にからかうような馬鹿にしたような響きを認め、ムッとする。いくらニートでヘタレでも、兄貴の子どもの名前くらい知っている。柊哉が小さい頃は文緒とともによく遊んであげたものだ。

「この四月から彼は高校生になり、今は全寮制の学校で勉学に励んでいるのですが、彼の通っている学校のことはご存知ですか?」

 柊哉の通っている学校? 全寮制のかなりレベルの高い高校、ということ以外、知らない。
 そのことを告げると、深町さんは柊哉の通っている学校について教えてくれた。
 中高一貫教育を標榜しているその学校は無人島ひとつを買い取り、そこに寮と学校を作り、全国各地から集まってきた少年・少女を預かって教育しているらしい。
 無人島に年頃の男女を寮生活で!? と驚いたが、一応厳しく律せられているらしい。 男と女の寮は島の東西に別れて建っている。
 その上、島には真ん中を流れる形で川が流れていてそれによって分断されている上に島唯一の橋は三百六十五日二十四時間体制で管理されているから間違いは起こらない、というのが売りという。
 年頃の男と女のそういうときのとんでもない馬鹿力というか行動力をなめているな、おとなは。
 しかし創立以来、そういった間違いは一度として起こっていないのが自慢という。
 本当かなぁ。絶対もみ消してるよ、それ。
 だってなぁ、寮で逢えないとしてもだ、学校内は男女一緒なんだろう? 授業をさぼってだとかどうとでもできると思うんだけどなぁ。

「『歩く下半身』の異名を持つあなたがなにを考えているか大体分かっているのですが、不可能らしいですよ」

 『歩く下半身』は余計なお世話だっ! 学生の頃につけられたありがたくないあだ名をいまだに蒸し返すなんて、深町さんも年寄りだなっ!
 ……と思ったけど、口に出したら恐ろしいことになるので黙っておく。

「授業は居眠りする間もないほどハードな内容、宿題もしていかないとすぐに退学。あそこの学校を卒業した、というのはある意味ステータスらしいぞ、最近では」

 それまで黙っていた兄貴が忌々しそうにそう口に出す。
 俺が聞いていた話は、柊哉と妹の鈴菜(すずな)とこのままここで過ごすと世間知らずになるから『修業』と称して孤島にあるあの学校に入れた、と聞いていたのだが。

「ところで、その柊哉の学校と今回の文緒の執事とどう結び付くんだ?」

 なかなか進まず先の見えない話に不安になり、思わず口をはさむ。

「あのふたりをあそこに入れたのは『修業』と聞いていたんだが」
「最終的には『修業』で間違いないのだが……。そもそも、そういった学校が数あるのになんであそこにしたのか、ということを疑問に思ったことがなかったか?」

 なかったわけではないが、人のうちの子育てに口をはさむほど知識も経験もない身としてはそうなんだ、としか思っていなかった。

「早乙女、と言われてすぐにわかるか?」

 早乙女……?
 しばし悩む。
 どこかで聞いた覚えのある……。

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