愛から始まる物語


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【番外編】『真理と摂理』《2.摂理は語る》



 オレはしぶしぶ、花梨が出産前に籍を入れることにした。親父にせっつかれた、というのもある。
 真理ならこんなへまはやらかさないだろうな。あいつは慎重派だ。唯花にも結婚しなければしない、と言ったくらいだ。堅物だよな、あいつは。
 そして、産まれたのはこともあろうことか??男だった。名前はオレが『深町(ふかまち)』と名付けた。特に由来はない。なんとなく思い浮かんでピンときたからこの名前になっただけである。
 しかし、これは……。オレは頭を抱えた。
 辰己の家は旧家ということで、ややこしいルールが存在していた。長男が家を継ぐ、ということで双子でも先に産まれた真理が長男なので真理が継ぐことになっていたのだが、兄弟の子どもに関しては、話がまた変わってくる。早く男の子を産んだもんが勝ち、なのである。それがたとえ嫁に行った者でも、兄弟の中で一番最初に男を産むと、強制的にその子は辰己の家を継ぐことになる。
 変なルールを作ったもんだ。このルールにのっとり、深町は真理の次に辰己の家を継ぐことが決定してしまった。よりによって男とは。真理はずいぶんとほっとした表情をしていた。
 しかし、あいつのことだ。いつ、いかなるときに深町を殺そうとするか分かったもんじゃない。絶対にあいつの手には渡さない。花梨にもそのことは口を酸っぱくして言っておいた。

 オレは、幸せだった。唯花との関係は切れていなかったが、それでもオレは花梨と深町を愛していた。男の勝手なエゴだ、と言われたらそれまでだが……。

   *   *

 深町が六歳になった頃、父である一伸が急逝した。就寝中の心臓発作が原因で死んだらしい。
 真理はすでに父の代わりに仕事をしていたようなものだから問題なかったが、オレの立場が父の死によって微妙なものになっていた。そして、これが契機にオレの運命が大きく変わってしまった。

「摂理、助けて!」

 泣きはらした目をして、残業していたオレの部屋に唯花が駆け込んできた。

「わたし、このままだと真理と結婚しなくてはならなくなるの」

 そんなこと、分かり切っていたことではないか。

「真理は、わたしたちの関係を知っているのよ……!」

 あいつも馬鹿ではないだろう。それくらい調べがついているのは分かっていた。それでも切ることができなかったのは、オレが唯花のことを手離せなかったからだ。
 花梨のことは愛していたが、身体の相性は唯花の方がよかったのだ。それを知っていたら……手離せるわけ、ないだろう。

「真理に言われたわ。わたしがおとなしく結婚すれば、あなたのことは不問にするって。深町にもなにもしないって」

 そう、真理は散々深町を養子に迎え入れる、と言ってきていたのだ。理由を聞いても言葉を濁してはっきり言わなかったが……。

「ねぇ、助けて! あの人、わたしがいいっていうまで絶対に手を出さない、その代わり、わたしはあなたとの関係を切れって言われたの。わたし……そんなの耐えられない!」

 あいつは本気でそう思っている。オレとしても唯花と関係を切るなんて、とてもではないができそうになかった。
 こんな日がいつか来る……オレはそう思って、ひそかに準備を進めていた。
 あいつはそうと知っていてそういう条件を出してきたのだ。そして、それは絶対にあいつは守る。それだからか、唯花とはそういう関係には絶対にならないから……深町を養子にほしい、と言ってきたのか。
 花梨に真理には絶対に深町をやるな、と言ってある。花梨は絶対にその言いつけを守るだろう。大丈夫だ。

「分かった。唯花、逃げよう」

 オレの言葉が意外だったようで、唯花は泣き止み、濡れた瞳で見つめていた。黒茶色の瞳に喜びの色が見える。ああ……。唯花は口では結婚なんてしなくていい、と言っていたけど……やはりそれは口だけだったのか。それでもオレはいい、と思った。どちらにしろ、唯花とは結婚することはできない。それならば、せめて側にいてやりたい。花梨には、深町がいる。そして、『結婚している』という証もある。辰己の家は花梨のことをきちんと迎え入れてくれている。残して去ることには心残りだが、こんな状態の唯花をひとりにしておけない。それどころか、オレ自身が唯花から離れることができない。
 オレは一度、家に帰る。深町にだけはどうしても言い残したいことがあった。

「深町、すまない……」

 寝ぼけ眼の深町にそれだけ告げ、オレは家を出た。
 唯花はオレの車の中で待っていた。
 金は真理の知らない口座に移しておいた。残りは花梨が生きていくために困らないように残していた。一言
「すまない」
とだけ書き置いて、オレは唯花とともに逃げた。

   *   *

 予想通り、真理はオレたちのことを探していた。オレは転々と住む場所を変えた。唯花は女優業をすっぱりやめ、オレのために家のことをやってくれていた。オレは住む場所を転々としながらも仕事を探した。金はあったが、できるだけ切り崩したくなかった。身分を証明できない関係で、ろくな仕事はなかったが、それでもオレは今までしたことのない内容で楽しんでいた。
 そんなある日、唯花の一言にオレは固まった。

「摂理、子どもが出来たみたいなの」

 ついにこの日が来てしまったか。

「籍は入れることはできないけど、きちんと認知はする。産んでくれるか」

 おろせ、なんて言えない。唯花との子どももほしい、と思っていたのだ。唯花はオレの言葉が信じられなかったようで、はじけたように顔をあげた。

「産んで……いいの?」
「いいに決まっているだろう。オレは、おまえとの子もほしくて……分かっていてやったんだから」

 真理が知ったら激怒するだろうな。
 オレの中では少し、真理に対する報復のような気持ちもあった。

   *   *

 産まれた子は女の子だった。オレはほっとした。
 これで男だったら……辰己ルールにのっとれば深町が継ぐのは分かっていたが、それでもいろいろと厄介だと思ったから、とにかくほっとした。
 『智鶴』と名付け、オレは溺愛した。唯花に似て、美しく育った。変な虫がつくのが嫌で、そして智鶴もオレ以外の男は嫌だということで女子校に通わせることにした。金銭的に少し厳しかったが、智鶴は努力をしてくれて、奨学生になってくれた。親孝行な娘でオレはますます手離すことができそうになかった。目に入れても痛くない、とはまさしくこのことだと思った。唯花はそんなオレを見て、いつも苦笑している。
 そして、智鶴の十六歳の誕生日の前に、深町から一通の手紙が届いた。
 あいつ……よくここを探し当てたな。
 手紙を開き、中を見ると、辰己の家に戻るようにと書いてあった。なにをいまさら……。オレは帰る気はまったくなかった。このまま真理の手から逃げる気でいた。辰己の家に戻れば、真理の目の届く場所に自ら飛び込むことになる。唯花と智鶴がどうなるか……それを考えると恐ろしい。せっかくこの場所、気に入っていたのに。また引っ越さなくてはならない。
 智鶴の十六歳の誕生日を待って、オレはまた引っ越す気でいた。それが仇となってしまうとは……。

   *   *

 智鶴の誕生日を祝い、幸せ気分で床に就いた。

「パパ、ママ!」

 智鶴にゆすられ、オレは目が覚めた。

「大変よ!」

 まだ起きるには早い時間のように感じたが、部屋の中が異常に熱くなっていることに気がつき、オレは驚いて飛び起きた。

「なに!?」

 周りを見ると、部屋がなぜか燃えていた。どういうことだ???
 まさか。真理か?
 オレはそのことに気がつき、ぞっとした。猫の首を絞めた時のあの冷たい瞳を思い出し、背中に冷たいものが落ちるのを感じた。

「とにかくここから出よう!」

 オレは立ち上がり、玄関へと向かった。しかし、炎は生きているかのように玄関の扉を焼いていた。オレは舌打ちをして、窓を見た。ここは二階だ、飛び降りて逃げることならできそうだった。オレは窓辺のカーテンを引っ張り、智鶴にかぶせる。

「ちぃ、まずはおまえから逃げろ」

 自分より智鶴を先に逃がすのが先決だ。この様子だと智鶴が先に飛び降りて、次にオレたちが飛び降りるくらいの時間はあるだろう。

「このカーテンは防炎だから。しっかりくるまって先に出ろ!」

 オレの言葉に智鶴は戸惑いの表情を見せる。

「パパとママは?」
「心配するな。後から追うから。なに、おまえをひとり残して、オレたちは死なないよ」

 智鶴をひとり残してなど、死ねるものか。智鶴はカーテンを頭からかぶり、窓ガラスを破って飛び降りた。オレはそれを見届けて、反対側のカーテンを唯花にかぶせて一緒に飛び出そうとしたその時。
 みしみしみし……と嫌な音が聞こえてきた。
 オレはあせって飛び出そうとしたが……。それよりも早くオレたちの上に屋根が崩れ落ちてきた。

「いやー! パパ、ママ!」

 最期に聞いた声は、智鶴の悲鳴だった。

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