愛から始まる物語


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【番外編】『真理と摂理』《3.真理は語る》



 あの火事で、摂理と唯花の娘の智鶴は生き残ったらしい。わたしとしたことが……。あの時きちんと確認を取っていれば、と悔まれた。そして今、一番手をだせないよりによって高屋の屋敷にかくまわれているらしい。
 高屋??。
 辰己の家が手を出すことができない家。昔から仲が悪く、なにかあるごとに対立してきた。
 しかし。
 深町はこともあろうことか高屋の家と懇意にしているらしい。そして、腹違いの妹の保護をよりによって高屋の家にお願いしてしまった。なんと馬鹿なことを……。
 わたしのその言葉に深町は柔和な笑みを向け、
『真理はわたしの父を奪ったじゃないですか。これ以上、なにをお望みでしょうか』
 ますます摂理に似てきた深町にわたしは危機感を覚えた。
 摂理のようにまた、深町まで離れていくのか……。そうなる前に、深町のことを手に入れたかった。
 しかし。高屋の家の息子と仲が良く、わたしも下手に手出しができない。それでもまだ、嫌な顔をしながらでも深町はわたしに付き合ってくれる。そこには同情という気持ちがあったとしても、それでもわたしには……振り向いてもらえるだけでもありがたかった。
 わたしは、いつからかだれからかの愛情がほしかったのだ。
 母に捨てられ、母に似た唯花に嫌われ??そして、唯一の肉親であった摂理にも逃げられ。だれひとりとして、わたしを必要としてくれなかった。
 わたしと摂理と??なにがどう違ったというのだろう。
 同じ母から生まれたというのに。
 違ったのは……産まれた順番くらいだ。
 わたしは辰己の家に望まれ……摂理は周りの人間に望まれた。産まれた順番が違っただけで??ただそれだけで。わたしは??要らない人間だったのだろうか。
 唯花もわたしではなく、摂理を選んだ。どうして?
??答えはやはり、返ってこなかった。

   *   *

 高屋の跡継ぎである秋孝(あきたか)とその弟の睦貴(むつき)のことを知ったのはつい最近のことだ。正確に言えば、秋孝のことは深町が懇意にしているということで前から知っていた。その秋孝に十二も年の離れた弟がいた、ということを知ったのがつい最近の話なのだ。そして、このふたりの微妙な関係を知り……わたしの中でなにかが音を立てて崩れた。
 わたしと摂理は、母親に捨てられた。母の愛を知らずに育った。しかし、摂理は他の人間の愛をたくさん受けて育った。わたしは……愛を知らず、嫌悪の気持ちしか知らないで育ってきた。
 兄と弟。
 秋孝もまた、母の愛を知らずに育ったらしい。しかし、十二も下の弟の睦貴は??異常なほどの母の愛を受けて育っているという。
 まるでわたしと摂理ではないか。違うところは??秋孝には深町がいる、ということだ。そして、深町の腹違いの妹の智鶴も秋孝の側にいるという。
 わたしがいくら欲しても手に入れることができなかったものを……秋孝は持っていた。純粋にうらやましい、と思った。
 そして、その弟の睦貴も??わたしがいくら欲してももう二度とふたたび手に入れることができない母の愛を一身に受けている。
 母が駆け落ちした、と知った時。わたしは自分が生まれてきたことを呪った。産まれてこなければ、こんな気持ちを抱かずにいられたのに。どうして母はわたしを産んで、逃げたのだろう。
 わたしは母を探しだし、泣き叫んで許しを乞う母を、この手で殺した。
 母は屋敷の使用人と逃げたが、その使用人もすぐに母の前から逃げたらしい。
 母は絶望のうちにひとり暮らし、心と身体のバランスを崩し、入退院を繰り返す日々を送っていたらしい。父はそんな母を哀れに思い、母は父の元から逃げたというのに??それさえも許し、援助していたという。
 わたしにはそれが許せなかった。
 母の入院する病室に忍び込み、泣いて許しをこう母の首に手をかけ、絞め殺した。だんだんとあらがう力が弱くなる母を見降ろしながら、わたしは心が冷えて行くのを感じていた。
??これで辰己の家も終わりか。
 こころの片隅でそう思っていた。
 辰己の家を継ぐ跡取りが実の母を手に掛けたのだ。世間が赦しておくわけがない、わたしはようやくこれで解放される??。そう思っていたというのに。
 母は??なぜか病死にされてしまった。
 父に問い詰めた。自分が母を手に掛け、殺したのだ、と。なんでわたしになにも言わないのか。
 父は力なく首を振り、母は病気に殺されたのだ、と小さくつぶやいただけだった。
 金さえあれば、なにをしても許される??。そう思っても仕方がなかった。父は金の力でもみ消したのだ。
 母には身内がいなかったというのもあったらしい。警察も病死としてこの件は終了した。父は体面を気にしてわたしを救った。それが……わたしの歪みをますますひどくすることに気がつかずに。
 どうして??。
 どうしてみな、わたしのことを嫌うのだろう。

   *   *

 わたしは
「タツミホールディングス」
の社長として働いていた。『金がすべて』と思って働いていたわたしに青天の霹靂のできごとが起きる。

「警察? 逮捕令状?」

 執務室で聞いた聞くことはないと思っていた言葉に、目の前は真っ暗になった。絶対にばれないと……思っていたのに。
 どうして?
 わたしの心に黒いしみのようなものがぽつりと一粒落ち、それはあっという間にわたしの中に急速に広がっていった。

 だれが……。

   *   *

 秋孝の学生時代からの知り合いに佳山蓮(かやま れん)という男がいることを知ったのは、智鶴が実は生きていた、ということを知ったのとほぼ同時期のことだった。わたしの『悪事』を見破ったのは、やはり智鶴だったようだ。さすが同じ血を引くだけある。あの時にきちんと始末しておかなかったことが悔やまれた。
 蓮はパッと見は一瞬、性別がどちらか悩むようなかわいらしい顔をしていたが、なかなか切れる男らしい。秋孝は嫌いだが、あいつの人を見る目はなかなかよい。その秋孝がかなり気に入っているという蓮という男にわたしも興味を抱いた。しかし、どうやらこの蓮、意外なことにとある女性の下で働いているという。
 首をかしげた。秋孝が認めるほどの男なのに、どうして下で働いているのだろう、と。疑問に思い、蓮の上司という女性のことも調べた。
 名前は佳山奈津美(かやま なつみ)。蓮より三つほど年上で、入社十年目で課長になったという。つい最近、蓮と結婚したらしい。
 男女雇用機会均等法が適用になって何十年も経つとはいえ、残念ながらいまだに社会は男性有利である。その中で幾多の社員を押しのけ、課長になった。激しく興味を抱いた。
 美人ではないがかわいらしい風貌。えくぼが印象的なその笑顔に、わたしは心惹かれた。
 焦げ茶色の瞳に宿った意思の強そうな光が母と唯花を思い起こさせ、どうしても手に入れたくなった。

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