愛から始まる物語


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馬鹿は死んでも治らない!?10



   *   *

 それから四年。日本の様子はたまに入る日本からの仕事の電話で知ることができた。
 文緒からはまったく連絡がこない。冷たい妻だ。だけどたまになぜか文緒が愛用している蓮さん特製の香水の香りがふと香る。
 高校生のくせに色気を出しやがって、とそれでけんかしたことがあるし、あの独特の香りは文緒しか持ってないもののはずなのに。なんでこの遠く離れたアメリカでするんだろう?
 そして、ぐだぐだになっていたアメリカのグループ会社は奇跡の復活を成し遂げた。うん、俺って天才?
 いやいや、これはひとえに社員のみなさまのおかげでございます。俺なんて偉そうにふんぞり返っていただけだからな。どこの馬の骨か分からないような奴をトップに据えられたことに腹を立てた社員たちが必死に盛り返してくれたらしい。それもこれも、俺の不甲斐なさのおかげだな!
 日本から高屋の関係者が来る、と社員たちは聞かされていたらしいのに……来たのは『Mutuki Kayama』って聞いたことない人間だしな。よかったよ、あきれて辞めて行かれなくて。
 ……辞めた人間もいるけど、どうやら辞めていった人間が一番辞めてほしい人たちだったらしくて、俺はなぜか感謝されていた。
 なんだ、俺も嫌われたもんだな。

   *   *

『社長、新しい秘書をお連れしました』
 もちろん、英語で言われているよ、これ。
 新しい秘書? 俺には秘書なんてコストのかかるものは要らない、と言ってたのに。だれだよ、秘書を雇うことをOKしたやつは。
『秘書なんて要らないと言っただろう? だれだよ、勝手に決めたやつは』
 これももちろん英語。

「Hi, Mr. Kayama」

 急に後ろから声をかけられた。なんとなく聞いたことのある声。そして……嗅ぎなれたこの香水。
 俺は恐る恐る、振り返った。

「How are you?」

 スーツを着て、きれいに化粧をした……ずいぶんと髪が伸びた文緒が、そこには立っていた。

「はい?」
「睦貴、久しぶり」

 にっこりとほほ笑む姿は、蓮さんにも奈津美さんにも似ていて。そして、奈津美さん譲りのえくぼは相変わらず健在で。

「な、なんでおまえ?」
「入籍したのに手紙のひとつもよこさない冷たいだんなよね」
「そ、それはおまえも一緒だろうっ!」

 なにが起こっているのか分からず、俺はとにかく激しく動揺していた。
『今日から睦貴の秘書を務めることになった佳山文緒です、よろしくね』
 と美しい英語ですらすらと言われた。
 いや、確かに文緒は頭がよかった。だけどこの英語は……明らかに暮らしていないとしゃべることができないくらいのレベルのもので。
『大学卒業したらいいと言うから、私、必死になってアメリカの大学スキップして卒業してきたのよ?』
 まさか。婚姻届を提出して、晴れて夫婦になりました、と報告した時。蓮さんがそんなことを言っていたような気がした。
『まさか……。たまに俺のこと、見に来てた?』
『あは、ばれてた?』
 英語で会話することもないな。

「おまえはストーカーかよっ!」
「違うよー。たまたま私の通っている大学が睦貴の近くだった、というだけだよー」

 ウソ臭いな。絶対狙ってきたに……ってちょっと待て。

「おまえ……この近くの大学って」
「そうだよ~。すっごい必死で勉強したんだから!」

 こいつはなにを考えてるんだ? この近くの大学ってアメリカでも五本の指に入るくらいの難関校じゃないかよ。高校出て、二年であそこを卒業してきた、ということか?
 ……頭が痛くなってきた。

「本当は一年で卒業する予定が、やっぱりすごいねあそこは。二年もかかっちゃった」

 だーかーらー。なにを考えているのかと。

「蓮に言われたの、結婚を前倒しにしたから大学を早く出るようにって。嫁に行ったおまえに学費を払ってやる義務はない、と言われちゃって」

 四年の間にすっかりおとなの女になって色っぽくなった文緒はふふふ、と笑っている。俺の下半身反応しっぱなし。もう俺、駄目かもしれない。
 ここが会社の廊下、ってのは知ったこっちゃない。俺は文緒の腕をつかみ、抱き寄せてキスをする。四年前の記憶に残る少し下手くそなキスに変わりがなくて、俺は少しほっとする。
 俺がいない間、こんなにきれいになって、俺以外にだれかに恋をしたかもしれない、とちょっと思っていたから。
 だけど、そんな時間、まったくないよな。疑った俺が悪かった。

「それよりも文緒。ひとり暮らし、だよな?」
「そうだよ?」

 絶望的に不器用な文緒がひとり暮らし、だって? 掃除洗濯料理、だれがやってるんだ?
 とりあえず文緒を俺の秘書として迎え入れ、仕事をする。
 俺の疑問は終業後、答えを知ることになる。
 俺の部屋は現在、時間がないということを理由に片付けていなかったのでとてもではないけど文緒にお見せできる代物ではない。なので今、文緒がひとり暮らしをしているというアパートの部屋に来ているのだが。俺の住んでいるアパートの隣。今まで気がつかなかったなんて、なんてこったい! しかもやばいよ、女の子の部屋にふたりっきり。さらに四年ぶり。俺、なんにも用意してない!
 そもそもこの国のものが日本人の俺にサイズが合うのかよ。……なんのサイズかは、想像にお任せする。
 鍵を開け、文緒は先に中に入る。

「睦貴、入って」

 そう言われ、俺は心臓が口から飛び出してきそうになりながら中に入る。
 中に入ると……思っていた以上にきれいでそれでいてきちんと女の子な部屋だった。日本の文緒の部屋から想像できなかった。

「片付いてる……」
「あたりまえじゃない!」

 怒られた。

「なに食べる?」

 文緒は冷蔵庫をのぞきながら俺に聞いてくる。

「文緒」

 俺の率直な意見にあきれている。

「睦貴……。四年も離れていたから忘れてたけど、相変わらずだね」

 軽蔑したような視線だったけど、俺は無視して文緒を抱きしめる。

「逢いたかった……」

 文緒は困ったような表情をしていたけど仕方がない、と冷蔵庫を閉じて、俺の腰に腕を回してきた。唇と唇が触れるような軽いキス。それだけで済むわけがなく……その先に進もうとしたら、文緒にストップをかけられた。

「もう! 相変わらず雰囲気もなにもなく下半身に翻弄されてるわね!」

 先ほど俺の腰にまわしていた腕を解き、ぐい、と身体を押されて文緒は離れて行った。ひどいよ、文緒ちゃん。俺、どれだけ我慢してたか……。
 追いすがる俺を文緒はぱしっとはたいて、

「さみしかったのは睦貴だけじゃないんだから! だけどもう少し大人としての自覚を持て!」

 なんだか蓮さんに似てきたな、文緒。ああ、それでもいいかも。文緒の前で正座して説教されている姿を想像して……それだけでイッちゃいそう。

「ご飯作るから、手伝ってよ! 睦貴もできないわけじゃないでしょ?」

 エプロンを手渡され、俺はしぶしぶ手伝う。尻に敷かれるな、完全に。
 並んで料理をしながら、さりげなく文緒のお尻を触ってみる。

「どこのセクハラオヤジ?」
「いや、正真正銘のオヤジだし?」

 三十五過ぎたらオヤジだろう。女子中高生からみたら三十過ぎたらおっさんだしな!

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