馬鹿は死んでも治らない!?04
* *
それから特に変わったこともなく、日々は過ぎて行った。
ようやく文緒は期末試験を迎え、最終日、兄貴がいきなり文緒を迎えに行け、と言ってきた。
「いや俺、仕事中だぜ」
「いいから行け」
なんだかよくわからないけど、俺は文緒の学校に向かった。
学校に着くと、すでに帰宅を始めた学生がちらちらと見えた。文緒はまだ帰ってないよな?
携帯電話を取り出し、メールを打とうとしたらトントン、と窓をたたかれた。
俺は驚いて顔をあげ、窓の外を見た。いつか見た、ノリちゃんが少し困った表情で俺を見ていた。俺は窓を開けた。
「こんにちは、ノリちゃん」
向こうは明らかにほっとした表情になった。ノリちゃんは自分のことを覚えてないかも、と思っていたのかもしれない。
「文緒なら今日は日直だからもう少ししないと出てこないですよ」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
今日の朝もやっぱり顔を合わせられなかったから、そういう情報をもらえるのはありがたい。それでも一応、メールはしておこう。
それより、文緒はノリちゃんに俺のことをなんて言ってるんだろう? 明らかにこんなおっさん、本気で彼氏と思ってるのかな。
「気をつけて帰れよ」
……このセリフもなんかおっさんだ。
ノリちゃんは少し照れたような笑みを浮かべ、小さく会釈をして去って行った。
なんてメールを打とうかなぁ。普通に打ってもいいけど、
「俺、参上!」
でもいいかな。メール作成画面を開き、俺は悩む。
もうちょっとこうセンスがあれば文緒をくすり、と笑わすことができるんだが。
悩むこと三分ちょっと。結局、無難な文章に落ち着いてしまった。ああ、俺って面白みのない男。
メールを送信して、携帯電話フォルダに投げ入れる。
そういえばこれ、文緒がつけたんだよな。こんなかわいらしいのつけるなよ、と文句は言ったものの、いいじゃないの、と言いながらつけようとして……やっぱり不器用すぎてとんでもないことになりそうだったのを俺が奪ってつけた覚えが。
兄貴はこれを見て、苦笑していた。
『浮気防止だな』
と言っていたけど、意味が分からなかった。……いまだに分からないんだけど。そもそも、俺が浮気をするわけないじゃないか! こんなにも文緒一筋! なのに。ほんと兄貴ったら失礼しちゃうわ、ぷんぷん。
しかし、日直の仕事ってこんなに時間がかかるものなのか? さすがにここでボーっと十分も待っていたら飽きてきた。
俺は近くにコインパーキングがあったことを思い出し、そこに車を入れる。
さて、どうする?
ふとコインパーキングの横を見ると、学校への裏口を発見した。ほー、これは……。俺はしめた、とばかりにその門に手をかけた。乾いた金属音を立て、簡単に門は開いた。お、ラッキー。学校内部に入り込み、門を一応前のようにしめておく。
さーてと、探索探索。
文緒に学校のことは聞いていたのとグーグル先生の素晴らしい地図で大体の配置は頭に入っている。うん、俺ってどこまでもストーカー。
えーっと、文緒のいる校舎は……と。何食わぬ顔をして俺は校舎内に侵入。先生に見つかったらちょっとやばいかも、というドキドキ感がたまらない。
こういう学校には珍しく、土足のままで入っていい、というのは聞いていたのでそのまま入る。
なんでも上履きはいじめの原因になる、というのが理由らしい。よくわからないその理論を聞いた時は首を傾げたけど、今はそれが逆にラッキーだった。
教室をちらちら見ながら文緒を探す。どこの教室もそれなりに人が残っていた。だけどどの顔を見ても皆、試験が終わった解放感にあふれた表情をしていた。
ようやく文緒の教室を見つけた。ひょい、と中をのぞいたけど、ここの教室内にはだれもいなかった。
あっれー?
黒板を見ると
「佳山」
と書かれていて、確かに今日、日直ということは分かったのだが。
日直のノートを職員室にでも持って行ってるのかな?
教室内を見回すと、ひとつだけかばんが残っていた。あの見覚えのあるアクセサリは、文緒のかばんだな。俺は中に入り、文緒の席に座ってみる。
おー、この感じ、なんか懐かしい。
ふと机の中に手を突っ込んで中を出してみる。思ったよりはきれいに整えられていて、少し安心した。
中に入っていた教科書類を戻そうとした時、ふと一番上に紙きれを見つけ、俺はそれをつまみあげた。
……なんだ?
文緒に悪いな、と思いつつも……なんだか胸騒ぎがして二つ折りにされたその紙を広げてみた。
本日の放課後、屋上で待っています、だって?
まさか文緒、この呼び出しに応えて行っているのか?
俺はその紙をぐしゃり、と握りしめ、文緒のかばんを掴むと屋上に向かって走り出した。なんだか嫌な予感がする。なかなか帰ってこない文緒。兄貴が珍しく迎えに行って来い、と言ったこと。ノリちゃんの少し困ったような表情。
この学校は共学だから普通に考えて告白するために文緒を屋上に呼んだかもしれないじゃないか。
いや、それでもその呼び出しに素直に答える文緒もどうかと思うぞ。俺と言う彼氏がいながら。……だけどまあ、常に自信がないのは確かだ。文緒が俺のことを好きでいてくれているのは分かっている。だけどやっぱり、身近に若い男がいればそちらにふらり、と行ってしまうことだってあるかもしれない。俺は文緒一筋だけど、文緒はまだ若い。若気の至りってやつで甘い誘惑に誘われて行ってしまうかもしれないじゃないか。
……いや、文緒に関してはそれはなさそうだな。
だけど……。この夏に起こったひとつの事件のことを俺は思い出していた。
──柊哉との未遂事件。
俺は気にしないようにしていたけど……やっぱりあれは、自分が思っていた以上に深く傷を残しているようだ。柊哉には残念ながら未遂だったとはいえ、文緒がふらりとついていった、という事実は変わりがない。俺がさみしい思いをさせていたせい、というのもあってあまり強く言えなかったけど。今みたいにふとした拍子にそのことを思い出し、俺をさいなむ。
過去のことを悔んだって仕方がないのにな。