愛から始まる物語


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馬鹿は死んでも治らない!?03



   *   *


「明日のパーティ、おまえも出席な」

 普段はパーティなんて面倒だといって出席しない兄貴が朝の車の中でいきなり言うものだから、俺はびっくりして思わずブレーキを踏んでしまった。

「は?」

 隣に座る兄貴を思わず凝視する。

「断わり切れなかったんだよ」

 あの兄貴が断わり切れない相手、となると片手で数えるくらいしかいない。
 アクセルを踏みなおし、俺は運転しながら思い出す。
 ああ、そうか。

「深町さんのパーティか」

 就任披露パーティをする、という話を聞いたような気がする。

「深町の馬鹿の就任披露だからな。断るにも断れないだろう」

 まぁねぇ……。
 
「出席します」
という返事のはがきを出したことを思い出した。言われるまで忘れているなんて、秘書失格だな。これからは二・三日後のスケジュールも気にした方がいいかもしれない。



 会社に着き、兄貴に今日のスケジュールを伝える。今日は比較的楽な日だ。明日着ていく服がないことに気がつき、俺は兄貴に外出許可を取り付け、出かける。
 ショッピングモールにひとりでくるのはさみしいな。前もって分かっていたら土曜日か日曜日に文緒と来て一緒に選んだのに、と考えるから余計に男ひとりはさみしく感じるのかもしれない。

「あのっ!」

 ボーっと歩いていたら急に声をかけられ、俺は驚いて振り返る。

「い、いきなりですが! つ、付き合ってください!」

 はい? というか、どちらさま? 俺はびっくりしてその声をかけてきた女の子を上から下まで眺めた。
 そういえば最近すっかり忘れていたけど、たまーにあったな、こういうこと。学生時代も見知らぬ女の子にいきなり告白されたこともあった。どうせ『高屋』の名前にひかれて声をかけてきたんだろう、と冷めた目で見ていて、だけど来るものはみんなウエルカム状態で付き合ってきたな。
 ……付き合ってきた、と言えば聞こえはいいけど、ようするにまあ、欲望の処理をする対象としてしか見てなかった。
 ……俺って今思えば、男としても最低最悪だな。そりゃあ文緒を前にして我慢できないのも仕方がない。これは俺のゆるい下半身への修業だ。

「俺、彼女いるから」

 回れ右をして手をひらひら振ってその場を後にした。最近の若い子は積極的でいかん。おっさんがここはひとつ説教でもしてやる!
 ……ってもう目の前にいなかった。
 ちょっと前の俺だったらそう声をかけられたらほいほいとふたつ返事でOKして、そのままラブホテルにゴー! とか平気でしていた。よく俺、今まで刺されるとかしないで済んだよな。

 明日着ていくものは適当な店に入って適当に決めて購入した。



 会社に帰ろうとしたら、兄貴から電話がかかってきた。

『睦貴、今日はもう帰れ』
 はい? なんでいきなり?
『蓮と奈津美が来てるから、ふたりにおまえの代わりをさせる』
 ちょ、ちょっとお待ちください! 俺、なに首!?

「兄貴! ちょっと待てよ」

『最近、少し顔色悪いからな。明日のパーティで倒れられたら困る。帰ってゆっくり休め』
 首ではないことは分かったが、急にそんなことを言われても困るんだけど。
『睦貴か。なんなら文緒を迎えに行ってくれないか』
 急に声が変わって驚き、それが蓮さんだと気がついてさらに驚いた。蓮さんにそんなお願いをされるとは思わなかったからだ。
『そろそろ授業が終わるはずだ』
 時計を見ると十四時半過ぎだった。
 なんだ。それなら早く言ってくれよ。俺はむなしくひとりで明日の服を選んだじゃないか。どうせなら文緒と放課後来て、一緒に選びたかった。
 がっかりしながら、俺は文緒の高校に車を走らせる。
 正門前に着いたのは十五時少し前。文緒には特に連絡を入れてなかったけど、ここで待っていたら出てくるか。正門前の邪魔にならないスペースに車をを眺めていた。
 しばらく待っていると、文緒と思われる人物が男と一緒に出てきた。
 ……男!?
 俺は視力二・〇の目を駆使して文緒と思われる人物を凝視する。俺が文緒を見間違えるはずがない。あれは間違いなく文緒だ。文緒は並んで一緒に歩いている男と楽しそうに話をしている。……やばい、ものすごい嫉妬に心臓に穴があきそうだ。もちろん、心臓には毛が生えている!
 こんなことなら来るんじゃなかった。
 俺はショックに打ちひしがれてそのまま立ち去ろうとしたその時。軽やかな着信メロディが車の中に鳴り響いた。……文緒からの着信だった。気がつかれたか。俺は仕方がなく電話に出る。
『どうしたの、睦貴?』
 俺の視界百メートル先に見える文緒と思われる人はやっぱり携帯電話を持っていた。ああ、見間違えならいいのに、と思っていたけど本人のようだ。

「さっきいきなり帰れと兄貴に言われた」

 文緒は携帯電話を耳から離して俺に向かって手を振っている。男連れで登場ですか、俺の彼女さま。

「睦貴が来てるとは思わなかった」

 文緒は悪びれる様子もなくにこにこと俺に近づいてくる、もちろん、隣にはしっかり男を連れて。俺は文緒の横に立つ男に敵意をこめた視線を送ったのだが。
 ……あれ?
 なんだか違和感を覚えた。
 着ている制服は男物だけど、中身はどう見てもボーイッシュな女の子、のように見える。

「ノリちゃんのこと、気にしてる?」

 俺の視線に気がつき、文緒が突っ込みを入れてくる。

「ノリちゃん、女の子だから」

 そうか。
 俺はあからさまにほっとした表情をしていたようで、文緒とそのノリちゃんに笑われた。笑いたければ笑うがいい!

「送ろうか?」

 ノリちゃんは首を振って、

「アタシの家、すぐそこなので」

 少し先の高層マンションを指さした。あそこに住んでいるのか。
 文緒は当たり前のように助手席のドアを開けて乗り込んだ。

「ノリちゃん、また明日ね」
「うん、バイバイ」

 ノリちゃんはにこにこと手を振って俺たちを見送ってくれた。

「迎えに来てくれるのなら言ってくれたらよかったのに」
「三十分ほど前にいきなり言われたんだよ」

 メールをする、というのも考えたんだけど、いきなり行った方が驚きが大きいかな、と思ってやめたんだよな。
 だけど俺、自分がこんなに嫉妬するとは思ってもいなかった。

「ノリちゃん、スカート履きたくないから男子制服を着てるんだって」

 それが許される文緒が行っている学校も、自由というか生徒を尊重してくれているというか。勉強さえできれば後は生徒の自主性に任せてくれる自由な校風だよ、と文緒が言っていたのを思い出した。
 制服も着ても着なくてもいいけど、女の子からは可愛いと評判が高くて、ほとんどの生徒がこの制服にあこがれて入ってくるらしい。文緒も制服のプリーツがかわいいとかリボンの色がいい、と俺に対して力説していた。文緒はなにを着てもかわいいから、制服だろうが私服だろうがなんでもいい。
 いや、ベッドの上の文緒が一番かわいい。



 うわああああ、俺の下半身、その妄想はやめろ!
 もう少しでハンドルに突っ伏しそうになったけど、かろうじて耐える。

「もう少し早い時間に早く終われるのを知ったら、文緒と一緒に買い物に行ったんだけどな」

 文緒が不思議そうな表情で俺を見ている。

「明日、深町さんの就任パーティがあるんだけど、それに俺も行かないといけなくて。そういうパーティに行く服を持ってないからひとりで買いに行ったんだけど、むなしかったな」

 俺はちらり、と後ろに置いた先ほど買ったばかりの荷物を見た。文緒もその視線につられて後ろの荷物を見る。

「見てもいい?」
「いいよ」

 文緒は身を乗り出して後ろの荷物を取ってケースを開けて見ている。 兄貴が見たら怒りそうだ、と思いながら無難なものを選択したつもり。
 タキシード。だけど少し生地が変わっていて、黒地に水玉を織り込んだような変わった織の生地。中のベストはシックな赤で少しおしゃれ感を出してみた。男は楽しくないよな、選択肢がタキシードに黒の蝶ネクタイ、なんて。

「帰ったら着て見せて」

 男の服なんて見たって面白くないだろう。文緒はたまに不思議なことをおっしゃる。

 帰って着て見せると、文緒はものすごいはしゃいでいた。

「写真撮らせて!」

 携帯のカメラでばしばし撮られた。まさかそれ、学校で見せないよな?

「なんでー? 私の彼氏、って」

 そんなことしなくてよろしい!

「カッコいいでしょ、って自慢するの!」

 いや俺、かっこよくないから。これだけ周りにいい男に囲まれていながら、文緒の美意識を疑うよ。
 自分の見た目がコンプレックスなだけに、文緒に手離しに
「カッコいい」
と言われても正直、あまりうれしくない。

 しかし、社長就任式って言うだけあってドレスコードを指定してくるってすごいよな。
 いや、これは普通なのか? どうにもそういう常識ってやつに疎くていかん。

 普段より早く帰ってこれたので、久しぶりに食堂で食事をすることができた。兄貴も早く帰ってきていたので一応今日買った服を確認してもらった。特に文句を言われなかったからたぶんあれでいいんだろう。

「ネクタイはアスコットタイでもいいかもしれない」

 と謎の言葉を残して兄貴は部屋を出て行った。
 ……アスコットタイってなんですか? グーグル先生、俺に教えて!

「ぽちっとな、と」

 このネタ、読者の何人がついてこれるんだ? という古いネタを口にしつつ、あ、今リメイクやってるんだっけ?
 調べた。おお、このネクタイ、かっこいいな。そう言えば、店員もそんなことを言っていたような気がする。
 だけどまあ、初めてのパーティ、略してはじパー……頭悪そうだ……だから、無難な恰好が一番だ。

   *   *

 俺は今、深町さんの就任式に来ている。兄貴に連れられて、あちこちに挨拶をさせられている。こういう場になれないのと、着なれないタキシードに頭が痛くなってきた。たまにねっとりとからみつくような視線を送ってくる妙齢のご婦人をひきつる笑顔でかわしつつ、どうにか俺は役目を終えた。

「文緒と結婚してもきっとああいう攻撃は続くから覚悟しておけよ」

 と言われても、もう勘弁してください、お兄さま。

「まあ、おまえがどう思っているのかは知らないが、高屋という名前とおまえの見た目も考慮して、女が群がってくるのは仕方がない」

 見た目も考慮、とはそれは褒めてる? けなされてる? どちらか判断がつかずに俺は聞いた。

「一応前者だ」

 あれ?

「昨日、文緒に『かっこいい』と言われたんだけど、世間一般的に俺はどうなの?」

 なんかこんな場で兄貴に馬鹿な質問をしている俺、相当かっこ悪いと思いつつも思わず聞いていた。

「文緒の言うことを信じろ。昨日もおまえ、女に声をかけられたんだろう?」

 ……見られてるし。

「もう少し自分の見た目に自信を持て。俺はブ男は連れて歩かないからな」

 ブ男なんて言葉、久しぶりに聞いた!
 ……だけど、素直に喜べない自分がいる。明らかに俺の周りの人間の見た目のレベル、高すぎだろう。兄貴だって黙っていれば彫刻のように彫が深いいい男だ。智鶴さんはモデルをしているくらいだからものすごい美貌の持ち主で、ふたりが並んでいるといつも俺、場違いな気持ちになってくる。
 息子の柊哉は両方のいいとこどりで、やっぱりなんで文緒が俺を選んだのかさっぱり分からない。
 ダメンズな俺は文緒の母性本能をくすぐったのか?

「帰るぞ」

 兄貴はいきなりそう言って俺の腕を引っ張る。俺は仕方なしに従った。

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