愛から始まる物語


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愛から始まる物語13



 ゆるゆると日々は過ぎ、夏休みも残りわずかとなったある日。ようやく宿題が終わった文緒は、達成したことに満足に頬を染め、俺を上目遣いで見つめている。
 でた、文緒のおねだり!

「睦貴、覚えてる?」
「なにをだ?」

 文緒は楽しそうに頬を緩め、俺を見ている。

「宿題終わったらふたりっきりでどこかに行こう、って言ったこと」

 ああ、覚えている。しっかりと覚えている。夏場だけど温泉宿でしっぽり、なんておっさんくさいことをイメージしたことまで覚えているよ!

「あのね──」

 文緒に告げられた行き先を聞き、俺は盛大なため息をついた。

 そして、文緒の願いを聞き入れた俺は、その場所に来ていた。なんで富士額のねずみの総本山なんかに来ないといけないんだよ、俺は。
 助手席ではしゃいでいる文緒を見ると、まあ来てよかった、とは思った。
 奈津美さんと蓮さんにきちんと許可をとり、一泊二日の総本山参り。
 近くのホテルにお泊まりですよ。
 文緒を初めて抱いた次の日の夕方。夕食の後に佳山家に呼ばれ、俺はなぜか蓮さんに説教を食らっていた。
 正座をして一時間ほど。言われる内容がすべて俺の心をえぐり、泣いてたけどな!
 情けないって言うな。蓮さんも最後は泣いていた。泣くとは思ってなかったから、俺は驚いて涙が止まった。
『年をとったら涙もろくなるって本当だな』
 と言いながら、蓮さんは泣いていた。奈津美さんが慰めているのがとても印象的な夜だった。
 正式に認められたとはいえ、結婚は文緒が大学を卒業してからだ! と言われた。それまでに子どもができたら殺す、とまで脅された。本当に殺されかねないから、そこは注意しておかないとな。それに、智鶴さんが大学に通いながら子育てしていた大変さを知っているから、そんな苦労を文緒にさせたくなかったのもある。その割には柊哉と鈴菜の年の差が二つしかないって、兄貴も案外馬鹿だな。そんな馬鹿の血が俺にも流れているのを自覚しておくにこしたことはない。
 とにかく、ネズミーランドは夏休み最後の思い出。大人げなくはしゃぐぜ!
 宿泊予定のホテルに車を止め、チェックインしようとしたけど早すぎてできないと言われ、とりあえず要らない荷物をフロントに預けていざ、ねずみ総本山へ!
 ホテルの件があったから、入るまで乗り気ではなかった俺。
 だけど入った瞬間。本当にこの世に魔法は存在したのだ。夢の国があるのなら、ここのことかもしれない。
 ネズミーマジック。恐るべし。
 朝一番で中に入り、最後のパレードまでしっかり堪能してしまった。やべぇ、俺、ネズミーのファンになりそう。
 終わって外に出ると、しっかり現実に戻されて、げんなりする。これは恐ろしいリピーター率なのもうなずけるわ。
 文緒は満足そうにねずみの彼女をかたどった帽子をかぶってにこにこしている。たぶん、文緒より俺の方がはしゃいでた。大人げない俺。

「睦貴があんなにはしゃぐとは思わなかった」

 それは俺もそう思う。

「もっと大人だと思ってたのに、がっかり」

 と言っているけど、文緒さん、俺は普段はクールガイですから。あ、おまけにヘタレもついてくるけどな。
 でも、文緒もがっかり、と言っているけど俺の意外な顔を見られたことに対する喜びみたいな雰囲気を感じ取り、ちょっと安心した。あきれられて捨てられるのだけはいやっ。
 自分でもあのはしゃぎっぷりは異常。あんなにはしゃげるとは思っていなかった。
 だけどそう言えば、小さいころから押さえつけられて育てられたところがあったから、本当、あんなに自分を捨てて遊べたのは初めてかもしれない。ぜひともほかの人たちにもねずみ総本山に行ってもらいたい。

 宿泊予定のホテルに戻り、改めてチェックイン。高屋の金に物を言わせて、スイートとったよ、スイート!
 部屋に案内されて、驚く文緒。うんうん、この顔を見たかったんだよ、俺。

「むっちゃん、ちょっと!」

 あせる文緒に俺はペナルティのキスをする。

「こんなすごい部屋じゃなくていいよ、新婚旅行じゃないんだから」
「似たようなもんだろう?」

 俺の言葉に文緒は真っ赤になる。

「結婚前に正式にプロポーズするけど、これはプレプロポーズ?」

 俺は用意しておいたペンダントを取り出して、文緒に着ける。

「おっさんな俺だけど、俺と結婚してくれないか」

 今、文緒は十六歳。大学をストレートで卒業するころは文緒は二十二歳。その頃の俺は、三十八歳。今よりおっさんになっている。もしかしたら俺以外にいい人を見つけるかもしれないけど、俺は待つつもりだ。女を待たせるより俺が待つ方がはるかに精神衛生上、いいような気がする。

「睦貴のこと、好きだけど……。私のこと、待っててくれるの?」
「待つよ。なんたって文緒のこと、十六年待ったからね。あと六年待つのなんて、なんてことないだろ」

 俺の言葉に文緒は涙をあふれさせた。いや、そこで泣くな。文緒の目にキスをして、涙を吸い取る。

「相変わらずしょっぱいな」

 日焼け止めを塗ってうっすらと化粧をしている文緒はいつもよりきれいで。俺は文緒を抱きしめた。
 幸せな夏休みの思い出に、俺は今まで感じたことのない幸福感を得た。









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