愛から始まる物語


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愛から始まる物語08



 佳山家に飛び込み、文彰を捕まえて文緒の行方を問う。文緒と付き合うことになって以来、まともに口をきくのは初めてかもしれない。最初、文彰は嫌そうな顔をしていたけど俺の尋常ではない気配を察したらしく、どんどんあせってきた。

「そういえば、花火が終わって柊哉とふたりでどこかに行っていた」

 その答えを聞き、俺は礼を叫んで佳山家を出る。柊哉の部屋があやしいな。
 次に兄貴を探した。佳山家正面の部屋をノックしても返事がない。まだここには戻ってきていないようだ。こんなときにいないなんてくそ兄貴め。
 仕方がないので俺は単身、柊哉の部屋に乗り込むことにした。
 ああ、そうさ。どこまでもヘタレな俺は、柊哉相手にひとりで渡り合う自信がなかった。なんとでも言えばいい。
 だけど、その判断は間違ってなかった、と思う。
 柊哉の部屋に行くためには玄関横の廊下をすぐに曲がるのだが、そこで兄貴と鉢合わせした。
 あわてている俺に尋常ではないことに気が付いてくれた兄貴に俺は文緒が危ない、ということだけ伝えた。それだけしか言わなかったのに、兄貴はすぐに柊哉の部屋に向かってくれた。どれだけ自分の息子を信頼していないんだ、兄貴。
 部屋に着くなり、兄貴はドアに体当たりする。ちょっと待て、その前にドアをノックする、くらいしようよ。

「柊哉、出てこい」

 地を這うような恐ろしい低音に、俺はなにもしていないのに震え上がる。蓮さんの次に兄貴を怒らせるのはやめておこう。自分にそう誓う。
 一番怒らせると怖いのは蓮さん、というのは満場一致なんだけど、兄貴も相当怖い。

「今すぐ出てこい」

 中の様子がまったくわからない。

「あ、兄貴」

 俺の声かけにぎろり、とにらみをきかせる。怖いです、その目でにらまないで。

「柊哉、おまえの悪事はもうばれている。俺に隠しごとが通用しないのは知ってるよな」

 兄貴はドアに激しく体当たりしている。しばらくして、観念したかのようにドアが開く。兄貴はすぐに中に入り、俺も続いて入る。
 中に入り、後悔した。きれいに着飾っていたはずの浴衣は乱れ、髪も乱れた文緒がベッドの上で泣いていた。

「柊哉」

 兄貴は低い声で柊哉を一言呼び、胸倉をつかんで思いっきり殴っていた。

「俺は忠告したよな?」

 そっと文緒の側に近寄った。近くで見るとますますひどい状態で、どう声をかけてよいのか悩んだ。

「おれは文緒と一緒になるんだ!」

 柊哉の叫びに俺の心はナイフをつき刺されたかのような痛みを感じた。

「なんで親父の弟に盗られないといけないんだよ……!」

 文緒に近寄り、はだけた浴衣をそっと戻した。白い肌がところどころ赤くなっていたりして、見るのも痛々しい。
 文緒は身体を震わせた。

「文緒、大丈夫か?」

 文緒の視界に入るような位置に移動して、文緒を覗き込む。

「睦貴……」

 文緒は俺の姿を認めると青ざめ、起き上がって俺から離れた。文緒は浴衣の前を必死に合わせ、俺に背中を向ける。

「文緒……?」
「見ないで! こないで……!」

 文緒に拒絶され、ショックを受けた。かける言葉がない。

「文緒に謝れ」
「嫌だ。文緒はおれのものだ!」

 その言葉に、兄貴は再度、柊哉を殴る。

「文緒はものじゃない! ましてやそんなおまえのものでもない!」

 柊哉は兄貴をにらんでいる。その強さにあこがれる。あれだけ殴られて強い言葉を言われたら、俺なら土下座している。ほんと、どうして文緒は柊哉ではなくこんなヘタレな俺を選んだんだろう。ダメンズを引く女だな、あいつは。そうだとすると、やっぱり文緒は俺が守らなければ、と思う。
 自分がダメンズなのはこの際、さっきの下心とセットにして棚の上にあげておこう。
 俺に背中を向けて震えている文緒を、抱き寄せる。嫌われてもいい。こんなに肩を震わせて怖がっている好きな女をほっておけるほど、俺は冷たくない。

「いやだっ!」

 全身で思いっきり拒否されたけど、俺は腕の力を緩めるどころかきつくきつく抱きしめる。

「もう、大丈夫。俺がいるから」

 暴れる文緒が結構痛かったけど、顔をしかめつつも文緒を抱きしめる。

「落ち着いて。大丈夫」

 暴れる動物を相手にするように、文緒を抱きしめてゆっくり乱れた髪をやさしくなでる。シャンプーと虫除けのにおいに、くらくらする。
 やばい、あんな嫌なことがあったあとなのに、俺の下心はどうやら棚から降りてきてしまったらしい。ダメンズでは抑え切れなかったか、やっぱりダメンズはダメンズだな。
 こんな場面なのに馬鹿なことしか思いつかない俺は、やっぱり駄目人間かもしれない。
 だいぶ落ち着いたであろう文緒の頬を挟み、深く舌を入れて口づける。逆効果にならなければいいけど、と自分に都合のいいことしか考えないで。
 頬から手を離し、文緒の腰を抱き寄せる。最初はものすごい抵抗をしていた文緒も、身体のこわばりをだいぶ緩めて俺の背中に手を回してきた。
 角度を変えて、再度口づけをする。
 やばい、もう、我慢できないかも。
 と思っていたら、後ろ頭を思いっきり叩かれた。

「おまえは俺がいるのを忘れているだろう!」

 兄貴だった。ったく、いいところでなにをするんだ。

「文緒、俺の子育てはどうやら間違っていたらしい。柊哉にあんな乱暴させてしまった。謝っても許されないかもしれないけど、すまなかった」

 兄貴はまっすぐな瞳で文緒を見て、頭を下げている。あの兄貴が頭を下げるとは思っていなかったので、面喰らっていた。それは文緒も同じことのようで、目を点にさせている。

「それもこれも、このふがいない弟のせいなんだけどなっ!」

 そう言って兄貴は俺の頭を殴る。脳神経が減るからやめろっ!

「頼むからこれ以上、俺が馬鹿になるようなことをしないでくれ」
「刺激で頭が良くなるかと思ったんだが、やはり無理か。一度死んだ方がよさそうだな」
「いや、それは遠慮しておきます。死んだら文緒を守れないからな」

 俺の言葉に、文緒は真っ赤になってうつむく。
 兄貴も俺の口からそんなセリフを聞くと思っていなかったのか、叩いていた手を止め、俺の顔を覗き込む。

「な、なんだよ」
「ヘタレなおまえのセリフとは思えない」

 悪かったな、ヘタレで。

「変態の兄貴には負けるけどな」

 力強く、思いっきり殴られた。……今までで一番痛いよ、それ。

「文緒、その、痛いところ……ない?」

 冷静になってよく見ると、文緒はとにかくひどい恰好をしていた。股のあたりに血を認め、柊哉を何発か殴りたくなった。文緒の初めてを奪いやがって。

「あちこち痛いけど、大丈夫」

 無理やり笑って見せる文緒に、俺の心は締め付けられた。そこは強がるところではないんだ。

「文緒、柊哉はこんな乱暴なことをしたしてしまったけど……。その、許してくれるか?」

 文緒は表情をこわばらせ、ごめんなさい、と首を振った。

「そうだよな……。すまない、ひどいことを言った」

 文緒が負った傷を思うと、俺は代わりに死にたくなった。
 ……あ、いや。死んだら文緒を守ることができないから、やっぱり今のは却下ね。
 文緒をかばうようにして、自分の部屋に連れて帰った。家に帰すにはあまりにもひどい恰好だったから。今日はこの部屋で過ごしてもらおうと思った。べ、別に下心があったわけじゃないからね! ……ちょっとツンデレ風に言ってみたが、駄目だな。







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