愛から始まる物語


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愛から始まる物語02



 今日もいつもと変わらず自室で適当に過ごしていた。
 お昼過ぎ。俺の携帯電話が鳴った。着信名をみると、文緒だった。

「はい」

 通話ボタンを押して出ると、底抜けに明るい文緒の声が聞こえてきた。
『むっちゃん、夕方の予定ってなにかある?』

「ないよ」

 ないのを知っていてかけてきているのが分かっているから正直に答える。
『じゃあね、また連れて行ってほしいんだけど』
 高校生になった文緒は、放課後に友だちとショッピングモールに遊びに行くことを覚えた。年頃の女の子がそういうことに興味を持つのは不思議ではないのだが、まったくの赤の他人の佳山家がそもそもこの高屋のお屋敷にいる、という異常な状態を考えると、普通の女の子と同じようにそういうことをさせるわけにもいかないのだ。
 佳山家が高屋のお屋敷にいる理由。ここにもまた複雑な事情が絡んでいる。
 兄貴のお嫁さんの智鶴さんの父の兄である辰己たつみ真理しんりという人の話から始めようか。
 この真理という人。智鶴さんの父──名前は摂理せつり──の双子の兄なんだけど、摂理に自分の婚約者を奪われて駆け落ちされたらしい。
 摂理と真理の婚約者との間に智鶴さんが生まれ、さらにその智鶴さんには腹違いの兄──名前は深町ふかまちがいる。
 真理はその深町さんのことを激しく溺愛していて、どうあっても自分のものにしたいけど深町さんはけんもほろろ状態。
 深町さんは兄貴の秘書をずっとしているとても優秀な人。兄貴と蓮さんは同じ年で、どうやらふたりは大学で知り合ったらしいんだけど、一緒に仕事をした時、そこで真理は奈津美さんと蓮さんを知り、このふたりも自分のものにしたくてまあ、狙われてしまったからかくまうために夫婦そろってこのお屋敷に引っ越してきたらしいのだ。
 しかし、真理もあきらめが悪い男で、ずーっと狙っているのだ。
 さらには奈津美さんと蓮さんがだめならその子どもでも、と言っているから、文緒と文彰は普通の子たちと同じような生活を送らせてあげられない、というかわいそうな状況。
 だけどやっぱり、年頃の女の子としてはこういうところに遊びに行きたいわけで。そこで護衛として俺が付いていれば出かけてもいい、という話になっている。俺が護衛として役立つかどうかはともかくとして、だ。
 幸いなことに俺は仕事はあるようでないニート状態なので、請われればこうして出動するのは簡単、というわけだ。
 説明が長くなってしまったけど、そういうことなのだ。

「おまえなぁ、三日前もそう言って出かけただろう。今月のこづかい、もうないだろう?」

 俺の言葉に電話の向こうの文緒が絶句している。
『むっちゃん、最近冷たいよ!』
 なんとでも言え。大切な娘があんな性格の悪い男のものになるかと思うと、虫唾が走る。

「文緒、そんなに真理のところに行きたいのか?」

 文緒はさらに黙る。
『わかった。あきらめるから。でも、むっちゃん、今日迎えに来てよ!』
 めんどくさいが、かわいい文緒の頼みだ。

「分かった。十五時には校門に着くように行くよ」

『ありがとう!』
 電話向こうのにこやかな声に、俺はため息をつきながら電話を切った。
 結局、文緒のお願いに弱い俺。迎えに行ったらそのまま押し切られるようにして連れて行かされるんだよな、ショッピングモール。俺はもう一度ため息をつき、読みかけていた資料に視線を戻した。

  *  *

 十五時少し前。俺は文緒との約束通り、車で迎えに行った。車の窓を開け、ぼんやりと校門を見ている。
 文緒の通っている高校は男女共学の学力レベルの高いところ。美少女で頭がいい、ってどれだけすごいんだよ。だけど激しく抜けているんだけどな。

「むっちゃん!」

 俺の車にすぐ気がつき、文緒は元気よくかけてきた。

「友だちも途中まで、いい?」

 文緒はお願いする時の癖で少し上目遣いで俺を見ている。まあ、そんなことだろうと思っていた。ショッピングモールに連れて行って、よりははるかにましなお願いだな。

「いいよ。乗れよ」

 友だちふたりに後部座席に乗るように指示して、文緒は助手席に乗り込む。

「後ろのお嬢さんはどちらまで?」

 後ろのふたりは少し恥ずかしそうに俺に行き先を告げてくれた。地名を聞き、頭の中で本日の帰宅ルートを考える。組みあがった帰宅ルートをもとに、俺は車を走らせた。
 車内では三人がきゃっきゃとはしゃいでいろんな話をしている。あそこのクラスのあの人はあの子が好きなんだって、とかテレビ番組の話だとか。いまどきの女子高生の会話だな、と思ってしまった俺は、すっかりおじさん……と少し遠い目になるのは仕方がないか。

「あの、」

 後部座席の左側に座っている女の子が急に声をかけてきた。俺はバックミラー越しにちらりと見やった。

「えーっと」

 なんと声をかけていいのか考えあぐねているのを察し、俺はとりあえず名乗る。

「睦貴。文緒の親代わりだよ」

 文緒はそんなことも説明してなかったのか、とちらりと文緒に視線をやったが、素知らぬ顔をしている。俺の名乗りに後部座席の女の子ふたりはほっとしているようだ。彼氏とでも思われていたのか?
 この子たちからしたら俺はおっさんだし、年も倍違う。……という事実を知り、俺は自分の年齢にショックを受ける。

「睦貴さんは、彼女いないんですか?」

 興味津々な質問に、右側に座っている女の子がいさめる。だけどそういさめつつも、右側に座っている女の子もものすごく興味があるようだ。俺は現状を正直に答える。

「今はいないよ」

 その言葉に、なぜか助手席に座っている文緒がほっとしている。……なんでだ?

「えー。睦貴さん、かっこいいのに彼女、いないんですかー?」

 先ほどいさめていた右側の女の子が意外そうな表情で言っている。
 かっこいい、ねぇ。
 自分の周りの人間のレベルの高さに慣れているせいか、どちらかというと俺は自分の見た目はかなりコンプレックスなんだがな。

「じゃあ、睦貴さん。この三人が同時に告白したら、だれと付き合いますか?」

 左側に座った女の子の質問に、俺はハンドル操作をあやまりそうになった。ありえないだろう、そんなシチュエーション。それにそもそも、年齢が倍近く違う男にそんな告白する奴なんていないだろう。

「それはありえないだろう」

 俺のセリフに左側に座っている子がえーっ、と不満の声をあげる。

「そんなことないですよー」

 俺は少し先に左側の女の子が目標物としてあげた建物が視界に入り、そのことを告げる。左側の女の子はなにかしゃべろうと口を開きかけていたが、口にしようとしたこととは違うこと──次の進路──を告げた。言われたマンションの前に止め、女の子は降りた。
 文緒と右側の女の子は降りた子に手を振っていた。右側の子はこのすぐ近くらしく、指示に従って車を走らせた。右側に座っていた女の子も車から降り、車内は文緒とふたりっきりになった。
 先ほどまでにぎやかだったのが急に静かになったことにものさみしさを覚え、俺はCDのスイッチを入れた。静かなバイオリンの曲が流れてきた。蓮さんの姉の葵さんの演奏するものだ。

「葵さんの曲だ」

 文緒はにこりと笑い、車の外に視線をやる。俺はお屋敷に向かって車を走らせた。ちらり、と俺はたまに文緒に視線をやる。文緒はずっと物思いにふけっているのか、車外を見つめていた。
 お屋敷に近づいたころ、ようやく文緒が口を開いた。

「むっちゃん、本当に彼女いないの?」

 文緒の視線を感じて、俺はちらりとそちらを見た。

「いないよ。ちょっと前にふられた」

 ニートな獣医だが、やはり『高屋』の名前の威力はすごい。俺よりも『高屋』の名前がほしくて、女は嫌というほど近寄ってくる。要するに玉の輿を狙って、である。俺は『来るものは拒まず、去る者は追わず』なので、請われればお付き合いもする。
 が。たいていは向こうから別れを切り出される。ヘタレすぎて嫌だというのだ。否定できないしヘタレは返上する気もないから、言われるがままにしてある。できたらそのままそういう噂が広まってむやみやたらに女が近寄ってこなければいいのに、と思うのだが。残念ながら、世間はそうは思ってくれないらしい。

「なんでむっちゃんは結婚しないの?」

 文緒からそんなことを聞かれるとは思っていなくて、ちょっと面喰らった。

「なっちゃんと蓮、仲いいからもったいないよ」

 仲がいいからなにがもったいないのか文緒の言葉は俺にはよくわからなかった。
 文緒は、実の父と母を

「蓮」
「なっちゃん」

と呼んでいる。ふたりが父、母と呼ばせていないのもあるが、もうひとつ理由がある。奈津美さんと蓮さんはブライダル関係の仕事をしていて、奈津美さんはその会社の社長なのだ。文緒を生んだ頃はまだ副社長だったけど多忙で、産休明けてからは智鶴さんが母親代わりとなって子育てをしていた。文緒にとっての母は智鶴さんらしく、智鶴さんのことは「お母さん」と呼んでいる。そうすると俺はさしずめ父親か?

「私もなっちゃんと蓮みたいに仲のいい夫婦になるのが夢なんだ」

 佳山家にお世話になるようになってから、俺はカルチャーショックを受けた。
 両親とは冷たい関係だ、ということしか知らなかった俺は、奈津美さんと蓮さんの異常な仲の良さに、考えを改めさせられた。仲が良いといってもべたべたとした感じではなくて、お互いが信頼して尊敬しあっている関係で、確かにあれはあこがれる。兄貴と智鶴さん夫婦もそれに近い関係で、そういうのを間近で見てきた俺としては、結婚するのならそういう尊敬できる人を、と思っていた。
 だけど実際、俺に近寄ってくる女は俺の中身なんてどうでもよいみたいで。

「そうだな……。文緒の両親みたいな関係に俺もあこがれるな」

 俺の言葉は意外だったらしく、文緒はきょとんと俺を見ている。

「俺に近づいてくる女は、だれひとり俺のことを見てくれない」

 思わず十六歳も下の文緒に弱音を吐いてしまった。まったくそんなつもりはなかったのに。今日の俺は、思っている以上に弱っているらしい。



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