『チョコレートケーキ、できました?』


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《三十一話》圭季の弱点



 那津の相談というのは、あたしのことだった。
 ……というと少し語弊があるのだけど、まあ、間違いではないの、かな?
 那津は圭季にヘンタイ椿騒動のことをまとめて報告していた。
 圭季はそれを聞き、かなりの渋面になった。
 ……昨日、圭季と大学の様子を話したときにヘンタイ椿の話はまったくしなかった……というより出来なかったから、結果的には圭季に嘘をつくような形になってしまった。

「……チョコの性格はよく分かっている。むしろ告げ口をするように報告しなかったことにほっとしているが、それと同時に腹立たしさはかなり感じている」

 圭季の言い分はもっともだ。
 あたしが逆の立場だったら、どうして言ってくれなかったのと思うから、圭季の気持ちは痛いほど分かる。
 だけど圭季が言うように告げ口状態になるし、そしてなによりもあんな不快な人間のこと話したくない。今だって思い出したくないというのが正直なところだ。

「……しかし、椿か」

 圭季はそれだけ言うと、かなりふかーいため息を吐き出した。

「親子そろって、困ったな」

 那津の話によると、あのヘンタイ椿の義理の母は那津の実母。そして橘製菓の社員でもあるという。
 今回のシトラス騒動も那津のお母さんが絡んでるとか言っていたような気が。

「だけど今回、チョコちゃんに近寄ったのはあいつの指示ではないと言っていたな」
「……ふむ」

 圭季はそれだけ呟くと腕を組み、顎に手を当てながら奥へと消えていってしまった。

「…………」

 圭季? あのぉ、クッキーは?
 この場合、圭季を追いかけるべき?
 とあたしがおろおろしている横で、那津はテーブルの上の物体Xに気がついたようだった。

「ところで、チョコちゃん。今日は部屋の中でバーベキューでもするつもりだったの?」
「ば……バーベキュー……」

 なにも知らなければ炭に見えても仕方がない物体X。

「これ……その、一応、クッキー?」

 思わず疑問符付きで返答するハメに。

「珍しいね、チョコちゃんが失敗するなんて」
「や……えと。こ、これ……圭季、作?」

 またもや疑問符付き。

「ああ、圭季が」

 と那津は妙に納得したような返答をしたけど、あれ? 圭季ってクッキー作りは初めてなのでは?

「圭季、クッキー作るの、初めてだって」
「ああ、クッキーは初めてかもね」

 …………? クッキー
「は」


「えっ……?」
「圭季、名前がケーキみたいだろう?」
「……あ、うん」
「小学生の時、名前のことでからかわれたことがあったみたいで、圭季の中にどこかしらお菓子に対して苦手意識があるみたいなんだ」

 意外な事実だわ、それ。

「橘製菓の跡取りなのに、お菓子が苦手なんてというすごい葛藤があるんだよ」
「だけどその、普通にお菓子、食べてたよね?」
「ああ、そうなんだよ。チョコちゃんが作ったお菓子なら平気みたい」

 那津に言われて思い返してみる。
 マドレーヌもすごい勢いで食べていたし、リクエストももらったわよね。他にも普通に食べていたけど。
 と、そこまで思い出し、ふと気がついた。
 基本的にうちにはあたしが作ったお菓子以外はない。あるとしても父が持ち帰った橘製菓の製品だけど、それはすぐに父のお腹の中へと入っていく。

「入社を延期したのも、実は苦手なお菓子を克服しようとして、なんだよね」
「…………」
「雅史さん、チョコちゃんが作ったお菓子をたまに会社に持って行ってただろう?」
「あ……うん」

 お菓子を作ったのは良いけど食べきれないこともあったから助かってはいたけど、橘製菓に持って行くということは既製品と比べられることになる。それがかなり嫌だったけど、でも気がついたらこっそりと持って行かれていたから止められなかったのよね。

「たまたま圭季、チョコちゃんの作ったお菓子を食べたみたいなんだよ」
「うわあ」

 お父さまあ、なんということをっ!

「それでまあ、どういうことかチョコちゃんが作ったお菓子は美味しく感じたらしいし、そしてなによりも食べられたっていう驚きが大きかったみたい」

 ……圭季が実はお菓子が苦手だったなんて、知らなかった。

「このお菓子を作ったのはだれだって話になり……あとはまあ、チョコちゃんが知ってるとおりだよ」

 …………。
 そうだったんだ。
 圭季ってなんでも完璧にこなしていたから知らなかった。
 だけど……。
 お菓子が苦手ってのは、この場合は致命的よね。

「それで、何度かお菓子を作ってみようと試みたんだけど……」

 そして那津はちらりとテーブルの上の物体Xに視線を向けた。

「ごらんの通り、と」

 ……うーん、かなり根が深いのね。

「でもまあ、最近はチョコちゃんが作ったお菓子以外も少しは食べられるようになったみたいだから!」

 もしかして、圭季の帰りが遅かったり土日も出ていたってのは、お菓子嫌いを克服するため……?
 もしもそうならば、あたし手伝ったのに!

「圭季、言ってくれたら手伝ったのに」

 あたしはテーブルの上の物体Xに視線を落としたまま呟いた。

「オレもそれは提案したんだけどね」

 あたしも圭季に話せなかったこと、話してないことがある。だからお互い様と言われたらなにも言い返せないんだけど……。

「だけど圭季の気持ちも痛いくらい分かるから、あんまり強く言えなかったんだよな」
「え……? 那津も本当はお菓子が苦手なの?」

 それはものすごく意外だわ。

「いやいや、まさか! お菓子は大好きだよ」

 ……ですよねぇ。

「だけどまあ、苦手なものや嫌いなものってのは、好きな人にはどうして好きになれないのかというのが分からないから、言いにくかったってのもあるんだろうな」
「だけどっ!」

 あたしだって男の人が苦手だったけど、圭季と那津のおかげで少しはまともになった。
 ……と、反論しようとしたけど、圭季の場合とあたしの場合では立場もだけど、状況も違っているから一概に一緒とは言えないのよね。

「だけどまあ、こうして『弱み』をチョコちゃんに見せてきたってのは、いい傾向かな」

 時々、那津は年下とは思えないような発言をしてくれてどきりとする。
 今だってそうだ。
 普段はすごく子どもっぽいくせに、こういうとき大人よりも大人の発言をさらりとしてくれる。

「……このクッキー、やっぱり食べるのは止めておいた方がいいかなあ」

 …………。
 止めておいた方がいいと思いますデス、ハイ。
 そして圭季作のクッキーは、もったいないけれど、ごみ箱のお腹へと入っていきましたとさ。

。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+

 那津は用件が済んだからと帰っていった。
 那津が帰るのを見届けたあと、 キッチンへ戻った。せっかくだからなにかお菓子を作ろう。
 冷蔵庫や棚を見て、在庫を確認する。
 小麦粉はあった。バターは圭季がクッキーを作るときに使い切ったようで、なかった。砂糖は少ないとはいえあるようだ。甘みをつけるということだけならば蜂蜜もあった。
 ゼラチンはこの間の残りがまだあるようだけど、ゼリーを作るにはジュースもないし、果物もない。
 紅茶のゼリーでもいいけど、どうしようかなあ。
 悩んでいたら、部屋に戻っていた圭季が戻ってきた。

「チョコ」

 なにか思い詰めたような表情の圭季に、あたしは思わず身構えてしまう。だけど圭季はあたしの態度に気が付いていないようで、そわそわしつつ、口を開いた。

「チョコ、クッキーの作り方をレクチャーしてくれないか」

 ヘンタイ椿のことを言われるのかと思ったら違っていて、肩から力が抜けた。
 なんだ、そちらならあたしに任せなさいって!
 あたしは自分の頬が緩んでいるのが分かった。

「はいっ、喜んで!」

 あたしのその返事に、圭季は耳まで真っ赤になっていた。
 そんな表情は初めて見たので、あたしまでその赤が伝染して、顔が熱くなった。

【つづく】






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