『チョコレートケーキ、できました?』


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《十六話》救出



 ぶるぶるっとケータイが震えた。那津からのメールのようだ。

《確認する。今、チョコちゃんがいるのは橘製菓系列喫茶店のシトラス?》

 あたしはかじかんでいる指先を必死に動かして返事を打つ。

《そう。アルバイトの話を聞きに来たらいきなり閉じ込められた》
《閉じ込められた? どこに?》
《お店裏口の倉庫?》

 ここが果たして本当に倉庫なのか、それさえも分からない。

《分かった。少し手続きがあるから遅くなるけど、絶対に助けに行く》

 那津からのメールはそこで途切れてしまった。今はとにかく那津を信じて待つしかない。
 那津ならば大丈夫。
 樫脇さんは親切にしてくれる人だと思ったのに、こんなところに閉じ込めて行ってしまった。今のあたしはだれを信じればいいのか分からない。だけど那津は違う……そう信じたかった。
 那津にさえ裏切られたら、あたしは……。
 そんな嫌な考えを振り払うために頭を強く振った。
 別のことを考えよう。といっても、この状況下では明るいことは考えつかない。
 どうしてこんなことになってしまったのか、自分なりに推測してみようと思う。
 頼りないけどないよりずっとマシなケータイのディスプレイから洩れる明かりでうっすらと浮かび上がる倉庫内。ここはそれほど広くないみたいだ。ごちゃごちゃとなにかが山積みになっている。立ちっぱなしなのは辛いからどこかに座りたい。
 ディスプレイを左右に振って座れる場所を探すけどなさそうだ。仕方がないので扉の横に座ることにした。今日はパンツスタイルだったから助かった。汚れるのが気になったけど、どれだけ時間が掛かるのか分からないから体力を温存することが大切だ。あたしは長期戦のつもりで腹をくくった。
 時間だけは無駄にある。だからあたしは考えた。
 ……圭季はこんなことになるって分かっていたのかな?
 分かっていたらあれだけあたしを束縛しようとした人だ、そもそもがここに行くように言うわけないか。
 圭季も信じられる人……だよね?
 そう疑問が浮かんできた自分に嫌気がさした。
 圭季を疑ったら、足下が崩れていくだけじゃない。とにかく今は、圭季と那津だけは信じよう。
 父が言っていたように、圭季はあたしのせいで社内での立場が微妙なのは分かった。
 帰りが遅かったり土日も出勤しているのは、少しでも社内の立場をよくしようとしているのだろう。
 圭季は将来に向けて頑張っている。
 だからあたしは圭季を支えてあげなくてはいけない。
 ……分かってる。頭では分かってるんだけど、だからといってあたしは指をくわえてずっと待っているなんて出来ない。
 あたしはあたしなりに、圭季のプラスになることをやっていきたい。ただ守られているだけなんてそんなの耐えられない。
 ……それとも、こう考えることが間違っていて、圭季に迷惑……なのかな?
 今回のアルバイトの件も、わがままを言って圭季に迷惑をかけてしまった。
 それはシトラスで働いている人たちも同じように思ったってこと? だからあんな態度で、あたしは今、こんな目に遭っているってこと?
 だけどそれって、なんかやっぱりおかしい。
 どこがどうって具体的に言えないけど、おかしいよ。
 圭季は橘製菓の社長の息子だ。確かにその時点で他の社員とは立場が違う。あたしがわがままを言えば圭季は願いを叶えてくれる。上からの命令で仕方なくって感じなのだろうか。
 腹が立つからって弱いあたしに怒りの矛先を向けられても、あたしが言いつけたら元も子もないじゃない。
 ……よほどじゃなければあたしは言わないだろうけど。
 だからなの? あたしが気が弱いかどうかをみてこんなことを……?
 すごく理不尽であたしは悔しくて仕方がない。
 あたしのわがままのせいで圭季にすごく迷惑をかけてしまったし、余計に立場を悪くしてしまった。やっぱりあたしは動かない方がいいってこと……なの?
 あたしはお店で売られているキレイに箱詰めされたチョコレートのように、圭季の作った箱の中でじっと待っていればいいの?
 そんなの嫌だ。
 なにも知らないでぬくぬくと過ごすことなんて出来ない。
 ただ守られているだけなんて、あたしは嫌だ。
 少し前のあたしならきっとそんなことは思わなかったと思う。
 怖くて逃げていた。
 でも、圭季が勇気を与えてくれた。
 だからあたしは圭季のためにがんばりたい。
 ──今だってものすごく怖いけど、頑張らないと!
 あたしは自分にそう言い聞かせて、震える心を奮い立たせた。

 那津とメールをやりとりしてから二時間経過。
 シトラスには夕方の五時……十七時の約束で少し早めにここに到着していた。
 携帯電話を確認すると、二十時前。三時間、か。
 普段なら夕食を食べてお風呂に入っている時間。
 あたし、こんなところでなにやってるんだろう。
 すごく空しくなった。
 閉じこめられて二時間は経ってるんだけど、その間、閉じこめた張本人はおろか、根元店長も様子を見に来ている気配はなし。
 那津からは未だに連絡はない。
 警察に連絡を入れて大げさに騒いだ方が……。
 そうしたら圭季に迷惑がかかるか。
 那津を信じよう。
 あたしは那津から連絡が来たらすぐに反応できるように携帯電話を握りしめていたんだけど、二つのことに気がついた。
 まず一つは、携帯電話の電波の状態を示すアンテナが立っていない。そのことに気がつき、あたしは動揺した。
 そしてさらに、電池が……っ!
 こ、これっ! どどど、どーすればいいのっ?
 さっきは那津に電話もメールもできたのに、今はアンテナが立ってない。あたしのいる場所のせいなのかな?
 狭い倉庫の中をうろうろしてみたけど改善されない。
 電波も問題だけど、電池がなくなる方が死活問題。
 もちろん充電器なんてないし、予備のバッテリーなんて持ち歩いてない。
 頻繁に開け閉めして時間を確認していたのがいけないのかもしれない。
 確認したい衝動に駆られるけど、あたしはケータイを握りしめて、助けを待った。

。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+

 それからそんなに経たずに、鍵が開く音がした。
 あたしは立ち上がり、ドアの側から離れた。

「チョコちゃんっ!」

 聞き慣れた那津の声に、あたしの身体から力が抜けそうになった。

「チョコ、どこにいるっ?」

 次いで、圭季の切羽詰まった声。
 圭季も来てくれたんだ……!
 あたしは嬉しくて涙が出そうになった。
 圭季は倉庫内に足を踏み入れ、左右を見回す。
 圭季の名前を呼びたくても胸がいっぱいだし、喉の奥で声が詰まり、佇んでいることしか出来なかった。

「チョコ!」

 圭季はあたしを発見してくれて、手首をぐっときつく掴んできた。

「良かった、無事で」

 ぎゅっと抱きしめてくれるのを期待していたのに、圭季はあたしの手首を引いて倉庫から出ただけだった。
 外に出るとすっかり暗くなっていて、時間の流れを嫌でも感じた。

「チョコちゃん、遅くなってごめんね」

 那津の申し訳なさそうな声に、あたしは首を振ることしか出来なかった。

【つづく】






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