『チョコレートケーキ、できました?』


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《十七話》話してもらえないもどかしさ



 あたしたちはリムジンに乗り込んだ。
 車内は妙な静寂に包まれている。
 ちらりと圭季の顔を見ると、まるであたしを拒絶するように窓の外に向いていた。那津を見ると携帯電話をぽちぽちと打っている。梨奈にでもメールをしているのかもしれない。
 静けさが支配することに耐えられなくて口を開いた。

「ねえ……なんだったの?」

 あたしの声にしかし、圭季はそっぽを向いたままだった。

「チョコは知らなくてもいい」

 不機嫌な声音にどうやら圭季を怒らせてしまったらしいということは分かったけど、そもそもこんなことになったのは……。

「けーき! なにもチョコちゃんに当たることないだろう!」

 那津もすぐにあたしをかばってくれた。

「チョコがアルバイトをしたいと言わなければ、こんな目に遭わなかった」
「!」

 びっくりしてあたしは圭季を見つめたけど、やっぱりこちらに顔を向けようとはしてくれない。圭季との距離がものすごく遠くなってしまったような気がする。

「とにかく、チョコは知らなくていいことだ」

 圭季はそれだけ言うと、あたしたちを拒絶するようにさらに車窓に身体を向けた。

「圭季……」

 那津のつぶやきが聞こえたけど、あたしはそれ以上なにも言えなかった。
 重苦しい雰囲気のまま、リムジンはマンションへと着いた。あたしは車から降りる前に那津に顔を向けた。那津はあたしの顔をしっかり見てくれている。

「那津、ありがと」

 あたしのお礼に那津はにやりと笑みを浮かべた。いつもの那津にほっとする。

「気にしないで。圭季の代わりにチョコちゃんを守っただけだから」

 那津のその言葉はちょっと心に痛かったけど、那津は圭季に言われてあたしを守っているだけだ。自分にそれを言い聞かせるようにうなずいて那津への返事としておいた。
 那津は扉を開け、先に出た。あたしはそれに引き続いて外に出ようとしたら、圭季がおもむろに口を開いた。

「オレはまだ仕事が残っている」

 圭季もリムジンから降りて一緒に部屋に戻ると思っていたから、あたしはなんと返せばいいのか分からなかった。
 かなりの沈黙の後、どうにか言葉を口に出来た。

「あ……うん。あたし、一人で帰れるよ。圭季も、その、ありがとう」

 一緒に戻ることの出来ない淋しさをぎゅっと飲み込んだ。きっとあたしのために無理をして抜け出てきたのだろう。

「圭季、ごめんなさい」

 圭季を助けないといけないのに迷惑を掛けてしまった。
 泣きたくなったけど、あたしは鞄を握りしめて我慢した。
 リムジンから降りると、那津が心配そうな表情で立っていた。

「那津もありがとね」
「いや……」

 あたしは必死になって笑みを浮かべ、手を振った。

「梨奈にもごめんねって言っておいて。後から梨奈にメールしておく」
「いや、梨奈のことは気にしなくても」
「……ううん、あたしのわがままが招いた結果だから」
「チョコちゃん、違うよ!」
「那津。早く車を出してほしいんだが」

 車内から圭季の冷たい声。

「あ……うん。チョコちゃん、ごめんね」
「ううん。じゃあね」

 那津は名残惜しそうにしながらリムジンに乗り込むと同時にウインドウを開いた。運転手さんに車を出すように指示している声が聞こえる。

「今日は大変だったから興奮してるだろうけど、出来るだけ早く寝るんだよ」

 那津のその言い方がなんだか子ども扱いされているようでむっとしたけど、とりあえずうなずいておいた。
 那津はまだ心配しているみたいで、顔を出してあたしをじっと見つめていた。
 リムジンは静かに動き出した。
 あたしはリムジンが見えなくなるまでその場に佇んでいた。

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 部屋に戻ると、音を聞きつけた父が一目散に駆け寄ってきた。

「チョコ! 無事でよかった!」

 普段は慌てることのない父が血相を変えて走ってきているのを見て、父にも迷惑を掛けてしまったことを知った。

「お父さん……その、ごめんなさい」
「いや、チョコは悪くない。それにしても心配したんだよ。無事で良かった」

 靴を脱いで部屋に上がったところで父がたどり着き、あたしの身体をぎゅっと抱きしめた。父からはお菓子の甘い匂い。大好きだった匂いを久しぶりに嗅いで、父にこうされるのはどれくらいぶりだろうなんて思ってしまった。

「あれ、圭季くんは?」
「仕事が残っているって」
「そっか。……仕方がないな。チョコ、疲れただろう? 今日は父さんが作るから、とりあえず着替えておいで」
「え……でも」
「レトルトばかりになるけど、すぐに作るよ」

 父はそういうと半ば強引にあたしを部屋へと押しやった。
 父に今日のできごとのことを聞きたかったのに、まるでそれをされるのを避けているような態度にもやっとした気持ちが広がる。
 部屋に戻るとあれだけ高ぶっていた気持ちが少しだけ落ち着いた。
 服を脱いで部屋着に着替えると、どっと疲れが押し寄せてきた。
 少しだけ休むつもりでベッドに横になり……そこからぷっつりと記憶がない。

 目が覚めたら、すっかり朝になっていた。布団の上に転がっていたはずなのにしっかりと身体に布団が掛かっているところを見ると、父が夕飯だと呼びに来てあたしが眠っていたから布団にきちんと入れてくれたのだろう。
 昨日は思っていた以上に疲れていたようだ。いつもと同じくらいは寝たはずなのに、目覚めはあまりよろしくない。
 それはきっと、圭季と父の態度のせいだろう。思い出して余計に憂鬱な気持ちになってしまった。
 そのせいなのか、身体がだるくてなかなか布団から出ることが出来ない。
 幸いなことに今日は二時限目から授業だから少しゆっくりでいいけど、気分的には学校に行きたくない。
 でも、だからってこのままこうしてごろごろしていても鬱々とするだけだ。
 お風呂に入って、気は進まないけど学校に行こう。
 あたしは長めにお風呂に入った。
 昨日、起きていて父に聞いたら、きちんと説明をしてくれたんだろうか。
 湯船に浸かりながらそんなことを考えた。

 キッチンに行き、冷蔵庫を開けると朝食とお弁当が準備されていた。
 圭季はあれから会社に戻ったけど、きちんと家には帰ってきたのは分かった。
 帰ってきて圭季は父と話をしたのだろうか。その時に起きていれば話を聞くことができたのだろうか。
 あそこにどうして閉じこめられてしまったのか。
 圭季と那津が来るまでにかなり時間がかかったけど、なにをしていたのか。
 圭季はあたしには関係ないと言ったけど、きちんと説明をしてほしい。関係ないこと、ない。
 分からないことだらけだ。
 一人でもんもんと悩んでいても良策は出てこない。
 こんな時は朱里に相談を……。
 と思ったけど、いつも困ったら朱里に頼ってしまうのは良くない。でも相談できる相手は朱里か那津くらいしかいない。とにかく今はだれかに話を聞いてほしい。そう思ってメールをしようとして携帯電話を取り出したら電源が切れていた。
 すっかり忘れていた。
 あたしは慌てて充電器に繋げて電源を入れた。
 しばらく待つとメールのアイコンが現れ、何通か来ていると通知が出た。
 受信画面を開くと、数通のダイレクトメールと朱里と梨奈からだった。
 梨奈からのメールを先に開く。
 那津から話を聞いたとあり、あたしが遭遇した理不尽な出来事に対して相当怒っていた。
 今日の夕方、部活が終わったら迎えに行くと書かれていた。
 今日も夕方まで授業はあるけど、終わる時間は梨奈よりは早いような気がする。
 梨奈には心配を掛けたことと、授業が終わる時間だけを書いてメールした。
 次は朱里。
 こちらは面接の結果を教えてねとシンプルなもの。
 あたしはなんと返せばいいのか悩み、そのことについて少し話があると書いてメールした。
 はーっと大きく息を吐き、あたしは大学へ行く準備を始めた。

【つづく】






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