《十五話》どういうこと?
たぶんここがお店の裏口だと思う。
あたしは鉄の扉を叩いた。だけど返事がない。
ドアノブを掴んでひねっても動かない。
どうすればいいのか悩んでいたら、インターホンが目に入った。これを押せばいいのだろう。
あたしは押して待った。
がんっと音がしてドアが開いたと思ったら、思いっきりおでこにぶつかった。
「った……」
「遅いわねっ」
ここまで来てさすがに向こうの応対があまりにも理不尽過ぎることに気がついたけどなにも言うことが出来ない。
朱里がいたらきっと怒りまくっていると思う。だけどあたしは気が弱くてなにも言えない。
「忙しいんだから、とろとろしないでっ」
かりかりと怒りをぶつけられて心が痛い。あたしはなんのためにここにやってきたのだろうか。
あたしは中に入り女性の後ろに続く。
「ほんと、なにが社長の息子よ。で、あんたはなんなの?」
廊下を歩きながら女性が聞いてくる。
そういえばあたしこの女性の名前を知らない。だけどたぶん根元店長で合っていると思う。
圭季はあたしのために無理矢理なことをしたのだろう。反発を覚えられても仕方がない。父が言っていたように、圭季は社内に敵が多いようなのだ。それもあたしのせいで……。それなのに。
「聞いているのっ?」
「えっ、あ、はいっ」
「あのね、学生だからって遊び気分で来てほしくないの」
女性は腰に手をあてて怒っている。
「お金を稼ぐってのは遊びじゃないのよっ」
ヒステリックに怒っている女性に対してあたしはなんと返せばいいのか分からなかった。
もちろんあたしは仕事をするためにここに来ているのであって、遊ぼうと思っている訳ではない。
それよりも、仕事ならば八つ当たりのようなこの態度は問題ないということなのだろうか。それっておかしくない?
あたしはなにも言わなかったけど、たぶん態度に表れていたのだろう。女性はさらに目をつり上げて怒ろうとしていた。
「根元店長~」
奥の方からのんびりとした女性の声が聞こえてきた。
「頼んでいた砂糖が届いてないんだけどぉ」
声とともに白衣を着込んだ女性が姿を現した。
「裏に取りに行ってくるけどぉ、一人じゃ無理なのよねぇ。あ、あなた。ちょうどいいわ。手伝ってくれるぅ?」
色白で少しぽっちゃりとした女性は目を細めあたしを見ている。
「あたし……ですか?」
「そうよ。新しく入るアルバイトちゃんなんでしょ? 倉庫の場所も知っておいてほしいし。じゃ、借りてくねぇ~」
間延びしたのんびりとした声なのに有無を言わせぬ態度で白衣の女性はあたしの腕をむんずとつかむなり、歩き始めた。
「お客さんが結構、待ってるよぉ。あのアルバイトちゃんだけだとさばけてなかったですよぉ?」
その言葉に根元店長は悔しそうな表情であたしをすごい形相で睨み付けている。
「目元にしわができますよぉ?」
白衣の女性はくすくす笑いながらあたしを引っ張って入ってきた鉄の扉へと戻らされた。
「倉庫は~、こっちぃ」
柔らかい手であたしの手首を優しく引っ張っている。あたしは訳が分からず素直についていった。
鉄の扉を出て、右側へと向かった。二・三歩歩いた先には白い扉があった。
「ここが倉庫。鍵はなくて、暗証番号を入れる仕組みになっているの」
右上にパネルがあり、白衣の女性は番号を押していた。
「シトラス……だから、四一〇九ね~」
……四一〇九?
「四はシでしょ、トが一〇、ラスはラストで九~」
……無理矢理な語呂合わせらしいけど、これなら忘れなさそうだ。
「あ~、名乗るのが遅くなりましたぁ。わたし、
「あたし……都千代子です」
「チョコちゃん? いやーん、うちにぴったりの名前じゃない!」
樫脇さんはそういうとあたしをきゅっと抱きしめた。腕も身体もとっても柔らかくて、しかもお菓子のいい匂いがする。
「店舗に出るのもいいけど、裏も人手が少ないから、手伝ってくれるとぉ、すっごく助かるんだけどぉ」
そういいながら樫脇さんはあたしを倉庫の中へ入るようにと促してきた。あたしは中に入る。
中は真っ暗で電気はどこだろうときょろきょろと辺りを見回していたら、扉が閉まった音がした。樫脇さんも中に入ったのかと思っていたのに、あたし以外の気配を感じない。
「……樫脇さん?」
呼びかけても返事がない。
あたしは扉のあるところへと戻ってノブをひねったけど回らない。樫脇さんもいない様子だ。
……どういう、こと?
「樫脇さんっ!」
あたしは先ほどより大きな声を出したけど、外に届いているように思えない。
扉を叩いたけど、思った以上に頑丈のようだ。
とにかくこの中の明かりを付けよう。そうすればここから出るヒントが得られる。
あたしはかばんから携帯電話を取りだして開いた。心許ない光だったけど、ないよりは遙かにマシだ。
あたしは画面を壁に向けて照らす。
ぼんやりと壁が浮かんで見えるけど、特になにもないようだ。
ドアノブを見たけど、鍵があるようにも見えない。
それにしても、なんなのよ、ここはっ!
なんだか急に腹が立ってきた。
あの人たち、こんなことしてなにが楽しいわけっ?
とにかくここから出ないと……!
油断したら涙が出そうになるから、あたしは必死で我慢して扉を開けるために頼りない明かりと手探りで探した。
だけど見つからない。
どうしよう……。
あの様子だと、だれも助けてくれない。
あたしは携帯電話をじっと見つめた。幸いなことに電波は通じているようだ。
震える指先でアドレスを呼び出し、かける。コール音が鳴る前に通じた。
『チョコちゃんからかけてくるなんて、珍しいね』
その声を聞き、あたしはほっとした。その途端、我慢していた涙がぶわっとあふれて来た。
もうあたし、限界だ。
「な……つぅ……」
泣いたら那津が困るって分かったのに、止められない。あたしは受話器に向かってただ嗚咽を洩らし続けた。
『チョコちゃん、なにかあったんだね? 今、どこ?』
「…………」
説明しなきゃと思うのに、涙のせいで声が出ない。
『大学……ではないんだよね?』
「うっ……」
うん、という言葉さえ満足に言葉に出来ない。
『家でもなさそうだよね』
那津の冷静な声を聞いていたら少しだけ落ち着いてきた。
「シト……ラ、……ス」
途切れ途切れだけど、どうにかいる場所を口にすることが出来た。那津に通じたかどうか。
『チョコちゃん? そこは危険はないんだよね?』
「わ……かん、ない」
あたしはポケットからハンカチを取りだし、顔と鼻を拭った。涙と鼻水でひどいことになっている。
『オレが行くまで危険がないようなら動かないで待っていて』
那津は電話だとどうしようもできないと判断して、動いてくれるらしい。
『電話を切って、メールでやりとりしよう。いいね?』
「や……だ」
『やだって言われても……。ケータイの電池、大丈夫? 切れたらマズイから、とにかく一度、通話を切るよ』
電話が切れたらもうだれとも会えないような気がしてあたしは抗った。
「やっ……!」
『チョコちゃん、必ずそこに行くから。だからお願い、一度、素直に切って?』
あたしは嫌で首を振った。
電話の向こうの那津は少し苛立たしげな様子だった。あたしもわがままを言っているっていう自覚はある。だけどとにかく怖い。
『チョコちゃん、一度、切るよ。すぐにメールするから』
那津はそう言って、有無を言わせずに通話を終わらせた。
【つづく】