『チョコレートケーキ、できました?』


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《十四話》理不尽な対応



 二時限目の授業が終わってすぐにあたしは『シトラス』に電話を掛けた。

「あたし……じゃなくて、わたくし、都千代子と申します。店長の根元さまはいらっしゃいますか?」

 こんな感じでいいのかな。
 少し不安に思っていたら、電話応対してくれた女性が聞いてきた。

『どういったご用件でございますか』

 すぐに繋いでもらえると思っていたから、そう言われて動揺してしまった。

「えっ……と、あのっ、アルバイトの件で」
『……アルバイトの? 少々お待ちください』

 いぶかしげな声にあたしの心臓はばくばく言い始めた。なんかまずかったのかな?
 保留音がかなり長い間、流れている。携帯電話から掛けているから通話代が気になる。これだったら公衆電話から掛けた方が良かったかも。
 どれくらい待っただろうか。保留音のアヴェ・マリアが二周目に突入したところでようやく繋がったと思ったら切れてしまった。
 え……?
 あたしは驚き、携帯電話を見た。電波のせいで切れてしまったのかと焦ったのだ。電波はきっちりと三本立っている。
 あたしは深呼吸をして掛け直した。
 しかし不通音しか聞こえない。うーん、どうしたんだろう。
 あたしは少しだけ時間を置いて、掛け直した。今度は普通に呼び出し音が鳴っている。

『シトラスでございます』

 さっきとは違う女性の声だ。また最初から説明するのかと思ったけど、あたしは名乗り、アルバイトの件で電話を掛けたことを告げた。

『ああ、さっき掛けてきた人?』
「はい」
『非常識よね。出た途端、切れるんだもの』

 あたしから切った覚えはなかったけど、こちらは携帯電話から掛けている身だ。意図せず切れてしまったのかもしれない。
 謝ればいいのかと考えていると向こうが話を始めた。

『まあ、いいわ。それで?』

 相手はだれなんだろうか。この人が根元さん?

「いつからアルバイトにお伺いすればいいのか確認をと思いまして……」

 あたしの言葉に、向こうは

『はあ?』

 と言ってきた。
 え……? 圭季から話が行ってるんじゃあなかった……の?

『名前は?』
「都、千代子と……申します」

 あたしはどきどきが止まらなくて、しどろもどろになっていた。

『都……? ああ、分かったわ。社長の息子が無理矢理ねじ込んできた子ね』

 なんだかあたし、とっても印象が悪い?

『いつでもいいわよ。好きな時にくれば?』

 投げやりな言葉にあたしのやる気はごっそりと削がれてしまった。だけど圭季自らが話を通してくれたのだから、行かないなんてもう言えない。

「今日の夕方、一度伺ってご挨拶を」
『挨拶なんて要らないわよ。で、今日からすぐ働けるの?』

 そう言われるとは思っていなくて、あたしはパニックになった。

『夕方って具体的に何時?』

 あたしはわたわたとスケジュール帳を取りだした。
 今日は朝の一時限目はないけど、四時限目まで授業がある。それが終わって『シトラス』に到着出来る時間は……と。

「五時頃になるかと」
『十七時?』
「はい」
『まあ、ちょっと遅い気がするけど、来られるのなら来てちょうだい』

 それだけ言われると、電話が切られた。
 どこに行けばいいのか聞こうと思ったのに。
 だけどまた掛け直す気力はなくて、あたしはぐったりと携帯電話を閉じた。
 なにやら思っているよりも印象が悪そうなんだけど、あたしはやっていけるのだろうか。それがとても心配で、午後の授業はまったく身に入ってこなかった。

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 四時限目が終わり、あたしは慌てて教室を出た。校門のところに朱里が名付けたヘンタイ椿がいたけどあたしはダッシュで横切り、待ってよと言われたけど無視して駅まで向かった。
 その勢いで改札を通り、電車に乗る。
 『シトラス』の最寄り駅で降りたら思っていたよりも早い時間に到着出来た。少し息を整えて、ゆっくりと気持ちを落ち着けながらお店へと向かう。
 朱里と訪問したときと同じように白とオレンジのストライプがあたしを出迎えてくれた。前に貼られていたアルバイト募集のポスターはもう剥がされていた。
 時間を確認すると、約束の時間より早かった。だけど遅れるよりはマシだと思い、とりあえずお店の入口から中へと入った。

「いらっしゃいませ」

 と明るい声に出迎えられた。

「店内でお召し上がりですか?」

 にこやかな声にあたしは違いますと答えた。

「都と申します。根元店長はいらっしゃいますか?」
「根元ですか? ……ただいま外出しております」

 え? とあたしは思わず店員さんの顔を見た。

「十七時に約束をさせてもらったのですが」

 あたしがそう告げると、店員さんは少し困った表情をした。
 そういえばあたし、きちんと確認しなかったけど約束した人って本当に根元店長だった?
 あたしは不安になった。

「少々お待ちいただけますか」

 店員さんはそういうと、裏へと入っていった。なにか話しているようだ。
 からんと音がしてだれかが入ってきたようだ。あたしは横に避けた。

「いらっしゃいませ」

 奥から声が聞こえる。そしてあたしの対応をしてくれた店員さんが出てきて、にこやかな笑顔でお客さんに声を掛けている。
 あの……あたし、どうすればいいのでしょうか。
 接客をしているのを邪魔するのもと思い、あたしは端に寄って待っていた。
 お客さんは持ち帰りのようだ。どれにしようとすごく迷っている。そうしている間に約束の時間が迫っている。
 あたしはどうすればいいのだろうか。
 おろおろしても店員さんはなにもあたしには言ってこない。声を掛けるにも掛けられない。
 お客さんはひとしきり悩み、ようやく決めたようだ。箱に詰めてもらい、お会計をしている。

「ありがとうございましたぁ」

 ようやく終わったと思ったら、次のお客さんが入ってきた。

「あのっ」

 勇気を出して声を掛けたのに、ぎろりと睨まれた。

「いらっしゃいませぇ」

 なんだろう、あたし。すごく帰りたい。
 いたたまれない気持ちのまま、あたしはじっと待った。
 すっかり待ち合わせの十七時を過ぎている。
 根元店長に怒られるんだろうな。
 あたしは泣きたい気持ちになった。
 ようやくお客さんが途切れた。

「あの……根元店長は」
「さあ?」

 驚いて店員さんを見ると顔を背けられた。
 嘘……でしょ。
 あたし、どうすれば。
 途方に暮れていると奥から別の人が出てきた。

「ただいま」
「お帰りなさい」

 さっきはすごく意地悪な顔をしていたのに、奥から現れた女性が出てきたらとびっきりの笑顔を向けていた。

「私は今から少し打ち合わせがあるから」
「はい」

 それだけ言うと女性は奥へと行こうとした。この声はもしかして……。

「あのっ、根元店長ですかっ」

 あたしは必死になってそう声を掛けた。
 女性はあたしの方を向いていぶかしげな表情を向けてきた。

「都ですっ」

 名乗ると女性は片眉を上げてあたしを見た。

「あなた、自分から十七時って言ったわよね?」

 壁に掛かった時計を見ると十分ほど過ぎている。

「自分が言ったことを守らないってどうなの?」

 あたしは予定より早く来ていたというのに理不尽だ。言い返したくても言葉が出てこない。

「ま、いいわ。裏に回って」
「裏、ですか?」

 どうやって行けばいいのだろう。

「裏と言えば裏よ。早く」

 そう言うと女性は奥へと入っていった。
 あたしはどうすればいいのか悩んだけど、一度、お店を出ることにした。
 だけど圭季には悪いけど、もう帰りたい。
 とぼとぼとお店を出て、あたしは裏だと思われるところへと回った。

【つづく】







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