『チョコレートケーキ、できました?』


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《六話》酔っ払いと……



 金曜日。
 父と夕食を食べた。やっぱり圭季は帰ってこない。
 明日は休みだから、圭季が帰ってくるまで待っていようかな。
 父も土日はお仕事お休みだから、圭季もお休みかな。無理して待っていなくてもいいかなあ。
 そんなことを思いつつ、先日、遅刻してしまった講義で出された課題をやっていた。あたしだけ遅刻したから他の人より少し多めに出されたのよね。最初の講義でこんなに出されるってことは、今後はもっとすごいんだよねと思ったら気が重くなった。

「うー、わっかんなーい!」

 教科書をめくっても、日本語で書かれているにも関わらずなにが書かれているのかさっぱり分からない。

「うううっ……」

 必修ってあたりがまた泣ける。
 講義は真面目に聞いていたけど、やっぱり基礎知識がないせいか全然分からなかったのよねぇ。月曜日に先生に聞きにいった方がいいのかなあ。
 あたしは眠気と戦いながら、分かる範囲で書くことにした。
 舟をこぎつつ、がくっとなって驚くを繰り返しているうちに玄関から物音がして目が覚めた。
 もしかして圭季が帰ってきた?
 あたしはそれで一気に目が覚めて、部屋を飛び出した。
 廊下に出ると、久しぶりに見る圭季の後ろ姿。あたしが部屋から出てきたのに気がついていないのか、そのまま隣の部屋へと入っていった。
 あたしはすぐに追いかけてドアをノックした。少し間が空いてドアが開く。そこにはたばことお酒の匂いがする圭季がいてちょっとだけ驚いた。だけどそれよりも久しぶりに逢えたことが嬉しくて、笑みを浮かべて圭季を見た。

「圭季、おかえりなさいっ」
「……ただいま」

 どうしようかと思っていたら、圭季はあたしの腕をつかまえると強く引っ張った。
 え、ちょっとっ!
 慌てふためくあたしに気がついていないのか、圭季はあたしごと部屋に入るとドアが音を立てて閉まり、鍵もかけられた。

「チョコ……」

 圭季は着替えようとしていたらしく、ジャケットはすでに脱いでいてボタンはすでに二つほど外されたワイシャツ姿。首には緩められたネクタイが掛けられている状態で、普段と違う大人の色香が漂っていて、くらくらする。
 視線をどこに向けようと悩んでいたら抱き寄せられ、圭季の腕の中に閉じ込められた。

「ようやく会えた……」

 耳にかかる息が熱い。そしてかなりアルコールの匂いがする。
 あたしは戸惑いを隠せなかった。
 父が飲まないこともあり、うちでは基本、だれもお酒を飲まない。圭季が飲んでいるのは何度か見かけたけどたしなむ程度って感じだったから、近寄ってこんなにアルコール臭いってことはなかった。
 あたしはそれが少し嫌で、身じろぎした。いつもならそうすれば圭季は腕の力を緩めてくれるのに、さらに力を込められる。

「チョコ」

 名前を呼ばれたので圭季の顔を見ようとしたら、いきなり耳たぶに熱い息がかかったと思った途端、今まで感じたことのない感覚に襲われた。

「ひゃあっ」

 なっ、なにっ? なにが起こったの?
 耳たぶに熱いぬめりを感じる。そしてそれは首筋に移動してきた。

「けっ、圭季っ」

 やだ、いきなり。なになに、なにが起こっているの?
 突然の出来事に、全身に鳥肌が立つ。

「圭季、やめてっ」

 首筋から鎖骨へと降りてきて、舌を這わされる。今まで感じたことのない感覚が身体を突き抜ける。

「いやあっ」

 あらがおうとするのだけど圭季は力をさらに入れてきて、絨毯の上に倒された。

「やめて!」

 腕を押さえつけられ、圭季はあたしの口を口でふさぐ。
 アルコールの匂いがして、あたしはそれが嫌であらがったら身体を押さえ込まれて頭をつかまれて動けないようにして、舌で唇を割ってきた。
 アルコールの味が濃厚にする口づけ。
 嫌だっ。こんなの嫌!
 あたしは力の限り暴れる。だけど圭季の力には敵わなくて、パジャマの裾から手が入ってきた。妙に熱を持った圭季の手が肌に触れ、それと同時に涙があふれ出てきた。
 やだ。
 こんなの圭季じゃない。
 あまりの仕打ちに嗚咽が漏れる。
 だけど圭季はそれでも気がついてないのか、手を止めようとしない。
 圭季の手は徐々に上がってきて、突然、止まった。

「…………?」

 身体にかかっていた重みが変わる。パジャマの中に入れられていた手は力をなくし、あたしの肌から離れた。

「圭季?」

 呼びかけても反応がない。
 まさか?
 あたしは圭季の肩に手をかけて、どうにか圭季の下から抜け出す。身体を起こし、顔を見る。

「……寝てる」

 なっ、なんなの、一体っ!
 ベッドの上から上掛けをはぎ取り、圭季の上にかける。

「け……圭季、最低っ!」

 あたしは涙でべとべとの顔のまま、圭季の部屋を抜け出して、洗面所に飛び込んだ。蛇口を思いっきりひねって冷たい水で顔を洗うけど、後から後から涙があふれてきて止まらない。タオルを乱暴に取り出し、自室へと駆け込む。

「最低だよ、圭季……」

 なんなのよ、酔っ払った勢いであたしを押し倒したあげく、途中で爆睡するって!
 ひどすぎるっ!
 あっ、あたしは初めてなんだから、い、いきなりとかっ!
 う、うわあああ!
 や、だからっ!
 あたしだってきょ、興味がないわけじゃないんだけどっ! って、わああ、なにを考えてるの、あたしっ!
 ううう、どちらにしても、あれはいくらなんでもひどい!
 圭季なんて、圭季なんてっ!

 久しぶりに顔を見られてうれしかったけど、まさかあんなことをされるなんて思ってもいなかった。
 あたしがすごく怖がったから、少しずつって圭季は言ってくれたのに……。
 乱暴にされた部分が気持ちが悪くて、あたしはそこをこすった。タオルでぬぐっても感触は残っていたから、お風呂に入って念入りに身体を洗った。それでも不快感はぬぐえない。
 圭季の熱い手のひらの感覚を思い出し、身体が縮こまる。
 怖い。
 こんな怖い思いをしないといけないなんて、無理!

 あたし、この先、圭季とやっていけるのかな。
 そんな疑問が頭をもたげてきた。

 だけど圭季はあたしのためにがんばってくれている。
 酔っ払っていただけだよ、きっと。
 いつもの圭季は優しいじゃない。
 あたしは自分にそう言い聞かせ、ようやくお風呂から出ることができた。
 先ほどまで着ていたパジャマにもう一度袖を通すのが嫌で、別のを着た。
 さっぱりして落ち着いたら、また涙があふれてきた。
 タオルで涙をぬぐいながらベッドに潜り込み、高ぶっている神経のせいで眠れなくて何度も寝返りを打っているうちにあたしはようやく、眠りにつけたみたいだった。

【つづく】






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