『チョコレートケーキっ!』


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一:風色の恋04



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 お菓子作りって、難しくて奥が深い。書いてある通りに分量を量る、というそんな単純なことさえ、ワタシには難しい。なんだか実験をしているような気持ちになってしまう。
「梨奈、また分量が違う」
 チョコさんに怒られながら、必死にメモを取りお菓子を作る。普段はものすごく優しいのに、お菓子作りになると急に鬼軍曹並みに厳しくなるのよね。圭季さん、知ってるのかな?
 だけど、圭季さんのご飯は美味しいし、チョコさんのお菓子は美味しいし。あああ、気をつけないと太る!
「細くていいなー」
 と言われるけど、ここに来て太った!
 そんなある日、
「夏休みにみんなで泊まりがけで旅行に行こうか」
 と雅史さんが提案してきた。泊まりがけでどこかで行くなんて、学校の行事以外でなかったからとてもうれしかった。その前にいやーな期末試験があったけど……那津のお陰で赤点は免れたどころか、大幅に成績アップ! うれしくて那津に通信簿を見せたら……鼻で笑われた! がっ、学年一位の那津からしてみればワタシの成績なんて本当に鼻で笑うようなものだろうけど! そう思って悔しくてうつむいていたら、
「次はもっと頑張れよ」
 とふわっと頭をなでていった。
 え、あ、ちょっと?
 あんまりにもそれが優しいなで方で、なぜか分からないけど目尻に涙が浮かんでしまった。

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 夏休みに入り、旅行に出かけることに。一泊でごめんね、と雅史さんは言うけど、学校以外で旅行に行けるということでワタシはものすごく浮かれていた。よーっし、那津と一緒に見て回るんだから!
 以前に動物園に行ったことを思い出し、また動かないのかなとちらっと思ったけど、今日は泊まるから別に時間は気にしなくてもいいんだよね。那津とたくさんいられると思ったら、かなり嬉しくなった。
 いつもより早い時間に起きて寝ぼけ眼で電車に乗ったけど、目が覚めて来て車窓を流れる風景が見慣れないものに変わってきて旅情心をくすぐるっていうの? 外には普段、あまりなじみのない田んぼや畑が広がっていて、緑が目に優しい。わいわいと言いながら外を眺めたり話をしていたらあっという間に目的の駅へと着いた。
 駅からは迎えのバスに乗ってホテルまで。さすがに朝早くに出発したからホテルの部屋には入れないみたい。フロントに荷物を預け、いざ、水族館へ!
 雲ひとつない青空は夏の思い出の一ページ……なーんていいたくなるほどよいお天気で、さらにテンションが上がる。
 水族館、というから室内なのかと思ったら、動物園のような作りの水族館で、外に巨大な水槽があり、あしかやいるか、それにシャチまでいる! 室内の展示もあるようで、外の暑さに耐えられなくなったら避難する意味で入ろうかな、と思いながら那津の手をぐいぐいと引っ張った。
「梨奈、別行動するのはちょっと」
 とチョコちゃんと圭季さんの後ろをついていこうとしているのを見て、ワタシは怒った。
「ちょっと、那津! デートの邪魔をするんじゃないのよ。人の恋路を邪魔する奴は~って言葉、知ってる?」
 そう言うと、那津は思いっきり顔をしかめて
「梨奈からそんな説教を受けるとは思わなかったよ」
 とつまらなそうに二人とは逆方向へ歩き始めたのを見てほっとする。
「なにから見る?」
 すでに那津はなにを見るのか決めているようで地図を一瞥して、すたすたと歩き出した。ワタシはその後ろを駆け足で追いかけた。
 那津とふたりで水族館を見て回った。やっぱり那津は動物園の時と同じように熱い視線を動物に送っている。この暑い中、そんな熱視線を送ったら動物たち、死んじゃうって。というワタシの心配をよそに、動物たちは水の中を涼しそうに泳ぎまわっている。あまりにも気持ちよさそうで那津と並んでずっと見ていた。
「ほら」
 ぼんやりと眺めていたら、那津に手を握られた。
「ほら、また迷子になるぞ」
 そうやってにやりと笑った笑顔がワタシの心を激しく揺さぶった。
 この気持ち……もしかして? まさか、と首を振る。だって、義理とはいえ、産まれた日がそれほど変わらないとはいえ、兄、なんだよ? 有り得ないでしょう。
 自分の中で浮かび上がったとある単語を必死になって否定する。だけど……そうやって否定すればするほど、想いは強くなっていく。
 水族館を見て回って……すべて見終わった頃にはその気持ちを素直に認めることにした。
 ワタシは兄である那津に恋をしている──と。
「梨奈、写真撮ってあげるから」
 とシャチのいる水槽の前に立つように指示をしてきたので素直に立つ。那津に向けて飛びきりの笑顔を向けたのに。
 真後ろで水しぶきの音。次の瞬間、ワタシは頭から水をかぶっていた。
「ちょ……」
 あわてて振り返ると、何食わぬ顔をしたシャチの大きな身体が遠ざかっていった。
「あっはっは、成功した!」
 その笑い声に那津のたくらみを知り……ワタシは那津に向かって怒っていた。
「もうっ! 信じらんないっ!」
 こんな人のことが好きなんて。ワタシもどうにかしているわ!
 そのまま怒ってホテルへと戻る。ロビーにはすでに三人そろっていて、部屋に入るところだと言われた。それよりも、びしょぬれになってしまったから早くシャワーでもいいから浴びたい。そういえば、温泉があると聞いたな。とちらりとロビーの柱を見ると、温泉があります、と書かれている。時間を見ると、すでに入れるようだ。チョコちゃんと入りに行こう。
 温泉……と言っても大浴場の延長みたいなところだったけど、満足だった。
 夕食も食べ、夜の水族館も見ることができて楽しかった。部屋に戻ろうとしたら、チョコさんと圭季さんは連れだってどこかに消えていった。ちょっとー、なになにそれ。後で話を聞こう。思わずにやにやしながら二人を見ていたら、那津が
「……気持ち悪いぞ」
 とぼそりと言ってきた。うるさいわねっ!
「ほら、部屋に戻るぞ」
 那津は当たり前のようにワタシの手をぐいっと引っ張ってホテルへと戻る。雅史さんはすでに戻っているようだ。
 真っ暗闇に那津と二人きり。怖いくらいの波の音がしている。世界にたった二人きりで取り残されたかのように感じて、少し怖くなった。思わず立ちすくむ。
「梨奈?」
 急に立ち止まったワタシに驚いて那津は止まってこちらに視線を向ける。
「ねぇ、お兄ちゃん」
 那津と視線が合った。
「チョコちゃんとワタシ、どっちが好き?」
 あー、ワタシの馬鹿! なんてことを聞いているのよ! そんなことが聞きたかったわけではなかったのに。
 那津は複雑な表情でワタシを見て、視線をそらす。
「なに……聞いてるんだよ。ほら、戻るぞ」
 ぐいっ、と腕を引かれたので仕方がなく歩き出した。那津……チョコちゃんのこと、好き、なんだよね? 馬鹿なことを聞いたな、と気持ちが重くなってしまった。
 部屋に戻り、しばらくしたらチョコちゃんが帰ってきた。気のせいか、頬がほんのりと赤い。いいなー。チョコちゃんと圭季さん、うまくいってるみたい。だけど、たまに見せる圭季さんの切ない表情。端から見ていると両想いにしか見えないんだけど、そうじゃないのかな?
 もう一度温泉もどきのお風呂に入って、部屋に戻ってお布団をごろごろしていた。
「圭季さんとなにを話していたの?」
 と聞いたら……チョコちゃんったら恐ろしいほど真っ赤になってしまった。うわー、かわいい。圭季さんが夢中になるのもなんだかわかるわ。ってなんで男目線なのよ!
「うわー、なにかあったんだっ」
「なっ、なんにもないっ!」
 と必死になって否定しているんだけど、あーもう、かわいいっ!
「チョコちゃんはいいなー。圭季さん、ものすごくチョコちゃんに一途、って感じだし」
「はい?」
 チョコちゃんはお布団の上をごろごろと転がっていたのをやめて、ワタシの横まですりすりと寄ってきた。
「圭季さんが?」
「うん。チョコちゃんのこと、じっと見てるよ? たまにものすごく切なそうな表情していたりする」
 そうなの? という表情でチョコちゃんはワタシを見ている。いつも圭季さんのことを見ているわけではないけど、都家でチョコちゃんと那津と三人ではしゃいでいるとたまに視線を感じてふと見ると、圭季さんがじっとチョコちゃんを見ているのをよく目にしていた。一緒に混じってはしゃぐ、という年でもないのだろうし、圭季さんの性格がそもそもそういうものではないから、静かに見守る保護者状態になってしまっている。
「圭季さんの気持ち、ワタシもわかるなぁ」
「梨奈はだって、那津に好きだって言ってるでしょ?」
 好き、と伝えていても……それに対してのリアクションがない。二人の様子を見ている限りでは、チョコちゃんも圭季さんに自分の気持ちを伝えていないような気がする。だからきっと、圭季さんはあんな切なそうな表情でチョコちゃんのことを見ているんだと思う。
 それにね。チョコちゃんと那津、とても仲が良いから。たまに二人を見ていると、その仲のよさに嫉妬してしまう。圭季さんも同じような気持ちを抱いていると思う。それにさっきだって、那津はワタシの質問に答えてくれなかった。
「ワタシとお兄ちゃん、実はまったく血がつながってないんだ」
「え……?」
「お兄ちゃんのお父さんとワタシの母親、お互い再婚同士なんだよ」
 チョコちゃんは初耳だったのか、驚いた表情でワタシを見ている。那津はきっと、チョコちゃんにそういう話をしていないんだと思う。自分にも少しはチャンスが巡ってくるかも、という那津の少し汚い部分を見てしまったような気がした。そこまでしてチョコちゃんと……。そう思うと外から聞こえてくる潮騒とシンクロして胸がざわつく。
「最初、すっごく嫌いだったの、お兄ちゃんのこと。お兄ちゃんとワタシ、生まれ年は一緒なんだけど、お兄ちゃんは早生まれの三月で、ワタシは四月で……それだけで学年も違うでしょ?」
 ワタシ、なんだか卑怯だ。那津があえて語らなかったことをチョコちゃんに話している。別に秘密にしておくことでも内緒にしておくことでもないんだけど。それでもワタシの口は止まらなかった。たぶん、だれかに胸の内を聞いてほしかったんだと思う。
「産まれた日にちなんて数日しか違わないのに、向こうは偉そうにお兄ちゃん面してるから、ほんと、最初はものすごくけんかばっかりしていたんだ」
 チョコちゃんはワタシの話を聞き、くすりと笑っている。ワタシより那津の側にいるのが長いから、チョコちゃんは那津の性格がよく分かっているらしい。
「だけど、どうして今はそんなに那津のこと大好き、なの?」
「うーん、どうしてだろう? お兄ちゃん、なんでもそつなくやるじゃない? だけどそれ、ものすごい努力のたまものなのに気がついて……。それにね、ものすごい気を使ってくれてるのを知って、好きになってた」
 今日だってさりげなく手を繋いでくれたり、きちんとワタシのペースに合わせてくれたり。お昼も強引にワタシが食べる物を決めているようできちんと好みを把握してくれていたし。これで好きになったら駄目、なんて無理に決まってるじゃない。
「血がつながってないんだから別にワタシの愛を受け入れてくれてもいいのにさぁ」
 ワタシたちの間にはなにも障害なんてないのに。やっぱり那津……チョコちゃんのこと、好きなのかな。……たぶん、好きなんだろうな。
「お兄ちゃん、なんで那津って言ったら駄目なのよぉー」
 自分の中ではもうお兄ちゃん、ではなくなっている那津。那津って呼ばせてくれたらいいのに。今日も「駄目」と一言。なんでなのよ。
 はしゃぎ過ぎた疲れもあり、そこから記憶がない。どうやらチョコちゃんに妙な告白をして安堵してしまったようで、そのまま寝てしまったようだ。

 楽しかった旅行も終わり、夏休みも終わり、いつまでも都家にお世話になっているのもと言われ、強制的に家に戻された。あー、都家は居心地がよかった。
「向こうの家の方が居心地がいいのかな?」
 と義父に言われ、ちょっとどきっ。そうです、なんて言えなくて苦笑してごまかした。
 那津は相変わらず都家にお世話になりっぱなしのようだ。
 変わらぬ日常。那津に逢えないからか、あの旅行のことばかり思い出す。
 夏の眩しいぎらぎらと照りつける太陽の元での楽しかった思い出。だからなのか、思い出すと切ない気持ちになってくる。あまりにもきらきらしすぎていて。
 那津が撮ってくれた写真を何度も見返す。チョコちゃんに撮ってもらった那津との唯一のツーショット。ワタシが肩に手をまわしたのを少し迷惑そうな表情をして写っている。写真の中のワタシは那津の側にいられることがうれしくて、とても輝いた笑顔をしている。
 写真の中の自分に嫉妬してしまう。何か月か前の自分のはずなのに、一瞬を切り取られた写真の世界では永遠に那津の側にいられる。だけど……現実のワタシは。
 アルバムを乱暴に閉じて、元あった場所へと戻す。
 自分に嫉妬するなんて、馬鹿みたい。

 あっという間に冬休みが来た。那津はようやく帰ってきた。と思ったら、お隣の橘さんちに入り浸りのようだ。なんだか避けられているようで癪に障る。
 以前だったらお兄ちゃん、と子どものように追いかけていただろうけど、自分の気持ちに気がついてしまったばかりに、素直に那津を追いかけられない。
 どうして義理の兄と妹という関係で出会ってしまったのだろう。普通に出会っていれば、素直に好きだと言えたのに。
 今までに「好き」とは言ったけど、きっと那津は冗談だと思っているだろうな。あの頃言っていた「好き」は、「like」だった。今の「好き」は……。「like」よりももっともっと上。likeより好きという意味の英単語ってなんだろう。
 和英辞典で「好き」の項目を引いてみる。「好き」の項目はすぐに見つけられ、英単語を見てどきり、とする。
 「love」
 何度も見たり聞いたりした単語だというのに、目の当たりにして自分の顔が真っ赤になっているのが分かった。あわてて辞書を閉じ、その上に顔を乗せる。辞書の表紙がひんやりと気持ちがいい。
 「like」の上って「love」なのか。ワタシの気持ちはその間、かもしれない。
 ノートに那津の名前を書いて、あわてて消したり……。ワタシはなにを乙女みたいなことをしているのだろう。悪友の七海あたりが知ったら、お腹を抱えて爆笑してくれるんだろうなぁ。ああ、だれでもいいからワタシをそうやって笑い飛ばしてくれないかな。

 毎年恒例の橘製菓のクリスマスパーティーでは那津といい感じで過ごせたけど、それは甘い空気があったとかそういうのではなくて…、普通に話をすることができた。他人から見れば鼻で笑われるようなことだろうけど、ワタシたちの仲を思ったら、ものすごい進歩。
 最初は反発していて、そのあとは急激に惹かれて……こんなに好きになっているなんて。
 那津はワタシのこと、少しは好きになってくれた?
 ワタシはこんなに那津のことが好きなのに。少しは好きでいてくれるかな?
 別に同じだけ好きでいてほしいとは……ううん、贅沢を言えば、同じくらい、好きでいてほしい。でも、少しでいいの。ほんの少しでいいから……嫌いよりは好きでいてほしい。
 なーんてね。はーあ、ほんと、柄にないなあ。
 部活は三年生だから引退。することがないから冬休みの宿題を真面目に取り組んだ。那津、前みたいに勉強、見てくれないかなぁ。




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