『チョコレートケーキっ!』


<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>

一:風色の恋05



。.。:+*゚゜゚*+:。.。:+*゚゜゚*+

 三学期なんてあるようでないようなもの。先生たちもおざなりに授業しているし、聞く側も聞いているようで聞いていない。中間に期末、ほんとおまけみたいなもの。
「楓、おまえ最近、成績あがってきたな」
 担任とたまたま廊下で出会ったら、褒めてくれた。
「おまえの赤点ぎりぎりには毎回泣かされたが……両親の再婚はおまえにとってはいい方向に現れたようで安心した」
 担任は陸上部の顧問もしているので、どうやらワタシの成績はハラハラドキドキだったらしい。
「高校に行ってもこの調子で勉強、がんばれよ。おまえはやればできるっ!」
「あ、はい。ありがとうございます!」
 厳しくてあまり褒める言葉を口にしないあの先生が、ワタシのことに気をかけ、褒めてくれた。なんだかとてもうれしくて、心がほこほこと暖かかった。



 卒業式。
 ほぼ全員がこのまま「聖マドレーヌ学園高等部」に上がることが決まっていた。中には外部の高校に行く子もいたけど、本当に数人。あーあ、来年から共学になっちゃうのかぁ……。
 母のあの脅しの話で男の子が苦手だったけど、那津みたいな人だったら平気かな。
 卒業式には義父と母が仕事を休んで来てくれた。母はいつも仕事を休んで来てくれていたけど、今回は義父もいるというのはとってもくすぐったい気持ちになった。
 卒業式が終わって家に帰ると、すでに那津がいた。
「お帰り」
 今日はたまには外で食事をしよう、と言われていたから那津も呼び戻されてきたのかな。笑顔で「お帰り」と言われたのは初めてのような気がして、なんだかとっても照れくさかった。
「あのさ、ちょっといい?」
 と妙に真面目くさった顔で那津にそう聞かれたから勢いに押された形で「うん」と答えると那津は歩き出した。どこに行くのかとついていくと、そこはサンルーム。春、とはいってもまだまだ寒いこの季節だけど、そこは日の光を浴びて眠気を催すほどの暖かさだった。卒業式でちょっと緊張して、家に帰って気が緩んでいたワタシはその暖かさに思わず欠伸が出る。それを見て、那津はくすりと笑う。
「ここ、昼寝にちょうどいいぜ」
 言われてみれば、お昼寝用に簡易ベッドが用意されている。那津は上に置かれていた肌掛け布団を払ってワタシに寝るように言ってくるけど……。
「おにーちゃん、なにかワタシに用があったんじゃないの?」
「あ……いや、今はいいや、やっぱり」
 那津らしくなくもじもじした感じは疑問に思ったけど、でもこのぬくもりと目の前のベッドの誘惑に勝てなくて……ちょっとだけね、と自分の中で言い訳をして、ワタシは那津が準備してくれたベッドに倒れこむように横になった。すぐに那津はワタシの上に肌掛けを掛けてくれたようだけど……すでにワタシは夢の住人になっていた。

 ワタシはあれからどれくらい眠ってしまったのだろう。息苦しいというか違和感に目が覚めた。
「!」
 目の前には瞳を閉じた端正な那津の顔。唇には初めての柔らかな感触。
 え……ちょ、ちょっと? なになに? ここここ、これって!?
 ワタシが目を覚ましてパニックに陥っているのに、那津はうっすらと目を開け、今まで見たことがないほど甘い光を宿した視線をワタシに向けた。太陽の光は那津の頬を赤く染めている。それでもうすでに夕方だということを知る。
 那津は唇を離し、ワタシが目を覚ましたことを再度確認して、もう一度唇を重ねてきた。
 先ほどは唇の端に少し遠慮がちだったものが、今度は場所を変え、唇と唇が重なり合っている。あまりの出来事に頭が真っ白になる。
 これってファーストキス、なんだよね……。こんなに気持ちよくてふんわりとして……ずっとこうしていたい、なんて思うのはおかしいかな? もっとキスしていたい、と思ったのに、那津はワタシの唇から離れていった。
「ごめん……その、寝てるのに起こして」
 那津の謝罪の言葉にワタシは驚く。
 謝られたことに対してもだけど、那津の言葉の内容に対しても、だ。起こしたことは謝っているのに、キスしたことに対しては……?
 寝起きの回らない頭で必死になって考える。これって……いたずら、だよね? ワタシ、ファーストキスなのになんてことするのよ! って怒らないといけないんだよ……ね? え、いや……う、うれしいけどっ!
 那津にその……キスしてもらえて、正直、うれしい。だけど、その……。
「オレ……梨奈のこと、その……、す、好き……なんだ」
 消えそうなくらい小さな声。那津の言葉が信じられなくて、自分の耳を疑う。
 え? 今、那津……ワタシのこと、好きって言った? 聞き間違い、じゃないよね? 寝ぼけて幻聴、なんてことも……ないよね?
「あ……え、だって。お兄ちゃん……」
「兄じゃなくて……那津って呼んで」
「え……え……」
 あまりの展開に、頭がついていかない。だって、那津、今までもそんなそぶり、全然……。
 ううん、そんなこと、ない。
 那津は最初から、口では「お兄さまと呼べ」なんて言っておきながら、その実、きっとそう思っていなかったんだと思う。あんなたくさんの憎まれ口も、もしかして。
「梨奈はずるい。あんなに無防備に寝顔さらされたら……。オレ、すっごいすっごい我慢してたのに」
 ものすごく悔しそうな顔をしている那津がいつも以上にかわいくて。思わずその頭に触れていた。
「梨奈……?」
 ワタシは自分の心の中にため込んでいた『那津への想い』を告げることにした。
「あのね、那津……ワタシも那津のこと、好きだよ」

【おわり】




拍手返信

<<トップへ戻る

0 目次   <<前話*     #次話>>