『チョコレートケーキっ!』


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一:風色の恋03



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「おにーちゃんっ」
 ゴールデンウィーク中は那津はずっと家にいるようだった。那津の姿を見つけては、お兄ちゃんと近寄って勉強を教えてもらったり。あんなに嫌だと言っていたのにあの動物園以来、なにかあるごとに那津を探して追いかけているワタシを見て、母は苦笑している。
 分かってるの、自分でも。那津はワタシのこと、ものすごくうっとうしいって思っていることに。だけど、自分でもどうすることもできない。那津の姿が見えないと、なんだか妙に不安になる。
「梨奈にはさみしい思いをさせていたから、頼りになるお兄ちゃんができて、よかったわね」
 と母に言われ、そうなんだけど、なんだか釈然としない、もやもやとした気持ちが胸の奥でくすぶっている。
 那津が家にいる間はストーカーよろしく状態でつけまわしていた。

 ゴールデンウィークが終わり、那津は圭季さんとともにまた、彼の婚約者の家へと行ってしまった。なんだろう、この妙な敗北感は。大切な妹だから守る、と言ってくれたのに。そのワタシより、圭季さんの婚約者の方が大切なの? 悔しい。会ったことないけど、嫉妬してしまう。
「お母さん、那津はどこにいるの?」
 母に毎日、那津の居場所を聞く。だけど、母は那津の邪魔をしたら駄目よ、と教えてくれない。なんでよ!

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 学校でいつものようにムッとした表情をして机に突っ伏していると、悪友の七海が後ろ頭をチョップしてきた。
「ちょっと、なにするのよ!」
「いやぁ、叩きやすい頭があったから、つい」
 なによ、それ!
「もー、見てて嫌になる。ゴールデンウィーク中に愛しのお兄さまとなにがあったのか知らないけど、なんでそんなにへこんでいるわけ?」
「あのね……」
 七海に話をすると、にやり、と笑って、
「梨奈、それはまさしく『恋』よ」
「はい?」
 なにをいきなりこのお人はおっしゃるの?
「数日違いで産まれた義理の兄に恋心を抱いてしまう、なんて……。ドラマにでもなりそうじゃない」
「七海……。それって単にワタシのこと、からかってるだけでしょう?」
「梨奈をいじって遊ぶと楽しいから!」
 なにそれ。信じらんない。
「お兄ちゃん、待っていて。梨奈が見つけてあげるから」
「……なんか急に厨二病ファンタジー臭がしてきた」
「ワタシもあなたも中三でしょ? なにが中二なの?」
「分からないのなら、分からない方がいいこともあるから」
 と七海にはぐらかされた。変なの。
「そんなに気になるのなら、愛しのお兄さまを探し出して、つければいいじゃない」
 七海はこともなげにそう言ってくる。
「はい?」
「ようするに、ストーカー大作戦よ!」
 なにがストーカー大作戦よっ!
「なんでワタシがそんなこと」
「だって、お兄さまが気になるんでしょ? でも、お母さんは教えてくれない。お兄さまは同じ敷地内の高等部にいるのなら、帰宅時間を狙って後をつければいいじゃない」
 なんでワタシがそんなことをしないといけないわけ?だって、そこまで──。

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 うん、最低だ、ワタシ。部活をさぼったワタシは今、那津をつけている。那津はまったく気がついている様子はない。
 しかし……。なんなのよ、那津ったら。ワタシとはまったく違うタイプのふわふわとしたお菓子のような女の子と一緒に楽しそうに帰っていて! 那津のタイプってあんな感じの子がいいの? そうだったらワタシ、全然違うよ。
 七海の言葉に従って那津をつけるんじゃなかった。へこむだけじゃない、こんなの。
 だけどタイミングを逃して帰ることができず、結局、那津がチョコレート色の髪の女の子と一緒にマンションに帰っていくのを確認して、ワタシは家路へとついた。
 じゃれながら帰っている那津を忘れたくて、家に帰って部活をさぼった分、いつも以上に走り込んだ。家の塀ぎりぎりを延々と走る。あたりが暗くなってもまだ、ワタシは忘れることができなくて走り続けた。

 那津が一緒に帰っていた子、一緒のマンションに入っていた。きっと彼女が圭季さんの婚約者なんだろう。だけど……那津ったらものすごく楽しそうに話をしていた。子犬のようにじゃれているのを見ると、ワタシに対しての態度と全然違う。那津はきっと、あの彼女のことが好きなんだ。でも、彼女は圭季さんの彼女じゃない。全然叶わない恋じゃないの。なのになんで、那津はあんなに楽しそうにしていたの?
 見ているこちらが切なくて悲しくて……胸が苦しくなってきた。
 ワタシとはまったく違う見た目の彼女。お菓子みたいにふわふわしていて、チョコレート色のきれいな髪の毛をしていた。抱きしめたらマシュマロみたいにふわふわで甘いんだろうな、と思ったら那津が彼女に抱きついているシーンなんか妄想しちゃって……思わず塀に頭をぶつけたくなってきた。嫌だもう。
 だけど、とそこでふと気がつく。なんで那津が圭季さんの彼女と仲良く帰っているわけ? 知らない人が見たら、仲のいい彼氏彼女じゃない、あれだと。ワタシを守るからと言っていたのに、なんで那津はワタシではなくて彼女を守っているのよ。心の中は嫉妬の炎がめらめらと燃えている。これは一度、押し掛けて真相を究明する必要がある。

 そうして土曜日。ワタシは早起きして、那津がお邪魔している圭季さんの彼女が住むというマンションまで行った。……まではいいんだけど、どうすればいいんだろう?
 不審者よろしく状態でワタシはマンションの前をうろうろしていたら、遠くから声が聞こえてくる。
 ふと視線を向けると。
「……いた!」
 那津がいた。横に一緒に歩いているのは、あれは圭季さんだ。その後ろから少し遠慮気味にこの間、那津と一緒に歩いていたチョコレート色の彼女がいた。正面から見ると、少しぽっちゃりしてるけどふわふわしているかわいい子だった。
 那津がふと、こちらを見てワタシに気がついたようだ。身体をこわばらせ、ひきつった顔でワタシを見て、手に持っていた荷物を圭季さんに押し付けている。そうしてそのままの勢いで回れ右をして来た道を走って戻っていくではないか。
 ちょっと待て! なんでワタシの顔を見て逃げるんだっ!?
「おにーさまぁあああ~!」
「オレはおまえなど知らないぞ!」
 那津の叫び声が聞こえてきた。逃げるものを追いたくなるのはきっと、動物の本能。那津の背中だけ見つめてワタシは追いかける。那津は必死になって逃げるけど、その背中はどんどん近付いてくる。
「お兄ちゃん、つかまえたっ!」
 ワタシは目の前に迫っている那津に思いっきり抱きついた。
「うわっ! やめろっ!」
 走ってきた勢いのまま抱きついたら、那津はかなりふらついていた。逃げるからいけないのよっ!
 そのままワタシは那津の首根っこを捕まえて圭季さんと彼女の元まで戻る。
「ケーキ、助けてぇ~」
 と那津は情けない声をあげている。
「ワタシから逃げようとするからですっ!」
 圭季さんはワタシと那津を見比べて、
「梨奈ちゃん、久しぶりだね」
「圭季さん、いらしたんですか」
 いるのはもちろん、分かっていたけど那津を奪われたことに対しての怒りを表したくてそう口にしたけど、まったく分かっていないようだった。
「ワタシの大切なお兄ちゃんを取らないでくださいっ!」
 ワタシは那津をぎゅーっと抱きしめた。
「り、梨奈っ! 苦しいから離せっ!」
 と言ってるけど、うそつきにはそれなりの制裁を加えるのが基本なのです! ……なんの基本か知らないけど。
 ワタシは那津を抱きしめたまま、圭季さんの彼女と思われる人を見る。
「あ、あなたがお兄ちゃんが守ってるという人なんですねっ!」
 挑むような視線になっている自覚はあったけど、だけど、ワタシの兄がとられた、という気持ちは偽れなかった。
「ワタシ、楓梨奈。那津の妹でーっす」
 そう思う自分の自己嫌悪の気持ちを隠したくて、できるだけ明るく挨拶をしてみた。圭季さんの彼女はワタシにお辞儀をして、
「都千代子です、よろしくお願いします」
 と丁寧に挨拶されてしまった。それを見て、なんとなく敗北感。
 ふわふわしているようでしっかりしている千代子さんにますます自己嫌悪が強くなる。ワタシ、那津を取られたとか思っちゃって、ついそういう態度に出たのに、敵意を前にしてもそうやって挨拶ができるこの人はさすが圭季さんの婚約者だな、と思った。
「梨奈ちゃん、とりあえずチョコの家に行こうか」
「圭季っ! 猛獣を家にあげるなっ! マンションを破壊されるぞ!」
 那津ったらひどい! ワタシがいつ、物を壊したのよ。
「立ち話もなんだし、お茶とクッキーくらいは出すよ。どうぞ、中に入ってください」
 お茶にクッキー? わーい、うれしい!
 ワタシは喜んで千代子さんについていった。
「チョコちゃんの、鬼っ! 悪魔っ!」
 那津がそんなことをわめいているから、耳元でこう囁いた。
「ワタシ、お兄ちゃんのクッキーも食べておくから。お兄ちゃんだけ、ここに残れば?」
 そうしたら急に、那津は黙った。……ふ、勝った。

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 圭季さんの婚約者と思われるチョコレート色の髪の人は、千代子さんというらしい。今時、「子」がつく名前なんて珍しいなぁ、と思ったけど、もしかして……ご両親はその髪の毛の色を見て、チョコ→千代子、と名前をつけた?
 あれ? そういえば、都、と名乗った? もしかしてここって、雅史さんのおうちなの?
 どこかにその証拠がないかな、と思ってリビングをきょろきょろ見回していたら、
「梨奈っ! 行儀が悪いぞ。ソファに静かに座っていろっ!」
 と那津に怒られた。
 しかも、無理矢理ソファに座らせようとするから抵抗したらバランスを崩しちゃって、那津の手を引っ張ってそのままソファに沈み込んでしまった。目の前に那津のきれいな顔があって、ドキッとする。
「お兄ちゃんたら、大胆ねっ!」
 照れを隠すためにそう言って、どさくさにまぎれて抱きついてみた。那津は激しく抵抗している。
 圭季さんがトレイになにかを乗せてやってきた。圭季さん、ワタシたちを見て苦笑しているんだけど……なんで?
 ワタシたちの正面に千代子さんが座っていて、圭季さんは紅茶とクッキーをソファの前のテーブルに乗せてくれている。準備を終え、圭季さんは当たり前のように千代子さんの横に座っていた。
 ケーキにチョコか……。なんだか甘いふたりだなぁ。
「オレにチョコちゃんがつくったクッキーを食べさせろー!」
 と那津がワタシの腕の中で暴れているので少し緩めてあげた。するり、と抜けてクッキーにがっつきそうだったのであわててお皿ごと持ち上げる。
「ワタシが食べさせてあげる。はい、お兄ちゃん。あーんして」
「嫌だ。自分で食べられるっ!」
「照れなくてもいいじゃないっ! おうちではいつもこうして食べさせてあげてるでしょう?」
「そんなことないっ!」
 確かに毎回、未遂に終わっていたけど。
 お皿の上のクッキーを落とさないようにと注意しながら那津に奪われないようにしていたけど、どう考えても身長差に勝てず、抵抗むなしく、クッキーの乗ったお皿は那津の手に奪われてしまった。……悔しい! 本当に幸せそうな顔をしてクッキーを独り占めして食べている。
「お兄ちゃん、ずるいですっ! ワタシにも一枚、ください!」
 口を開けて待っていたら、あーん、としてくれるかなぁ、と思って開けて待っていたら……。那津はものすごい渋い表情でワタシを見て、しぶしぶといった感じでクッキーを大切そうに一枚とり、親指の上に乗せてぴん、とはじいた。クッキーは美しくくるくると宙を舞い、それはみごとな放物線を描いて……ワタシの口にぽとり、と落ちた。
 ぱちぱちぱち、という手を叩く音がした。口を閉じ、もぐもぐしながら音がした方に顔を向けると、千代子さんが手を叩いていた。
「すごい?」
 と那津は千代子さんに向かって胸を張っている。とても兄とは思えないその行動に、しかし、なぜか胸がキュンとなる。
 それにしても……なにこのクッキー。今まで食べたことがないくらい美味しいんだけど。口の中のクッキーの余韻に浸りながら、ワタシは感動のあまり、立ちあがる。
「このクッキー、ものすごく美味しい!」
 那津の持っているお皿を奪おうとしたけど、ワタシの動きを察した那津は立ちあがり、腕を伸ばして腕が届かないようにしている。悔しい!
「ありがとう。けんかしないでもまだあるから」
「食べますっ!」
 そう言ってくれた千代子さんが天使に見えた。チョコレート色の天使だ。
 千代子さんはソファから立ち上がり、ワタシのためにどうやらクッキーを用意しに行ってくれたようだ。目の前に置かれた紅茶を飲み、そちらも美味しくて目を丸くする。これは……那津がうちに帰ってこない理由が分かったわ。
 もちろん、楓家で出される料理も美味しいの。だけどね、なんだろう。美味しいんだけど、なんだか味気なさを感じていた。でも、ここで出されたお菓子と紅茶で気がついてしまった。
 こんなこと言ったら、笑われるかな? なんだかね、愛、を感じられたのよ。
 たぶん、紅茶は圭季さんが淹れてくれたもの。クッキーは千代子さんが作ったもの。千代子さんは本当にお菓子を作るのが好きなんだろうな。そして……そんな千代子さんのこと、圭季さんは好きなんだろうな。
 そんなほかほかしたふたりの側で幸せを見守りたくて、那津はお邪魔虫と思いながらもふたりの側にいるのかな、と。なんだかね、こんな素敵なお菓子を作ることができる人に那津をとられちゃったのは仕方がないな、って。
「お兄ちゃんがこのクッキーに惚れたの、わかりましたっ!」
 事実上の敗北宣言。だけど、まだ巻き返しは可能だわ!
「こんなに美味しいお菓子が作れたら、お兄ちゃん、ワタシのこと、惚れ直す?」
「は? 惚れ直す、ってまずオレ、惚れてないし」
 うん、分かってる。分かってるけど……諦めないわ!
「チョコさんっ!」
「はっ、はひっ!?」
 千代子さん……チョコさんは驚いたように目をまん丸にしてワタシを見ている。ふわふわのお菓子みたいにかわいい人だなぁ。
「ワタシを弟子にしてくださいっ!」
 よし、ワタシ、決めたわ。那津を落とすため、チョコさんにお菓子の作り方を教えてもらうの!
「ワタシ、今日からここに泊まりこんで、チョコさんにお菓子の作り方を教えてもらいますっ!」
 ワタシの宣言に、チョコさんはあせっている。うん、自分でもなんでそんなことを言ったのかわかんない。つい、那津の側にいたい、と思ったら思わずそんなことを言ってしまっていた。
「梨奈、これ以上ここの家に迷惑は……」
 那津の言葉にかぶるように、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おや、梨奈ちゃん。いらっしゃい」
 のそり、という擬音語がぴったりな様子で奥から雅史さんがでてきた。どうやら寝起きらしい。ワタシたちが騒いでいたのがうるさくて起きてきちゃったのかな。
「雅史さん、お邪魔しています~」
 よし、ここは雅史さんを味方につけて……と。
「雅史さんっ! ワタシをチョコさんの弟子にしてくださいっ!」
「弟子? なんの弟子か知らないけど、チョコなんかでいいのならお好きなように」
 予想通りの答えにやったー! と思わず万歳してしまった。
「チョコの隣の部屋が空いてるから、そこを使ってもらってもいいよ」
 おおお、さすがだ、雅史さん! 話が早くていい!
「圭季くん、大変だけど今日のお昼から一人前増やしてもらってもいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
 こうしてワタシはあっさりと都家へ住むことを許されたのであった。ふふ、那津、覚悟しておきなさいよ。




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