98年12月5日(土)

出発そして マドリッドでバル(BAR)のはしご

さあ、いよいよ出発。
フライトは成田発12:20発JAL411便アムステルダム経由マドリッド行き。この日は、東京が急に冷え込んで例年より早く雪まで降った週の週末で、朝から冷たい雨が降っていた。
工藤君との待ち合わせ場所は10時45分にJALのヨーロッパ線チェックンカウンター前。
成田までは日暮里9:35発、空港第2ビル10:28着のスカイライナーで行ったが、毎回思うが、日暮里の待合い室やスカイライナーの車内で過ごす時間は全然苦にならない幸せな時間で、僕は大好きだ。

特に平日出発の場合は上りのホームに通勤客が一杯いるので、「みなさーん!頑張って下さーい、僕は旅立ちまーす!」と心の中で言うのだが、今回は出発が土曜日だったので、この楽しみはなかった。

アムステルダム行きのJAL411便は70%位の搭乗率。
機体が重いので、国内線に比べると遥かに長い滑走の後テイクオフ。
成田から新潟・日本海上空を通過すると、後はひたすらシベリアのはてしない氷の大地の上を飛ぶコースを高度11,000mを1,050km以上のスピードでジェット気流に逆らって飛ぶ。
北極圏をかすめて飛ぶので窓の外は昼間なのに夕焼け状態で赤からオレンジ色、そして上に行くと紺色に変化するグラデーションの空が何時間も続いていた。

機材は最新型のB-747-ダッシュ400型で、僕はJALの国際線は初めてだったのでANAの国際線の同型機と比べてしまったが、座席のリクライニング角度が少し浅く、しかもフットレスト(足置き)が無かった。ハードウェアではANAの方が勝っている感じだったが、機内の雰囲気はかなり違っていた。日本人以外のヨーロッパの乗客が多く、スチュワーデスも外国人が多いのでなんとなく貫禄を感じさせ、国を代表する航空会社を意味する「フラッグ・シップ」と言う言葉を久々に思い出した。

機内食の昼食は、メニューには和洋食が書いてあったが和食しか残っておらず、工藤君はひどくがっかりしていた。ちなみに洋食はビーフシチュー、スモークサーモン、サラダ、ガナッシュケーキ、和食は、鶏の照り焼きご飯添え、ぶりゆず庵焼き、ふろふき大根赤味噌添え、菜の花辛子和え、ゆずゼリーだった。
お品書きとして書くと、結構本格的なものを想像してしまうが、内容は驚く程シンプルで、駅弁の中身を移し換えた程度のレベルだった。残念ながらヴァージンアトランティック航空の松花堂弁当(菱形の漆塗り風の弁当箱に竹の皮に包まれたご飯、赤出しの味噌汁や和菓子まで付き、お茶は九谷焼きの湯飲みで出る)には遠く及ばなかった。
ANAは和洋の選択ではなく、例えばマーボ豆腐とビーフストロガヌフの選択というように、メインディッシュ(?)の選択になっているが、いつもそばや春雨サラダが一緒に出てきて理解に苦しむ内容なので、どっちもどっちと言った感じだ。
ちなみに夜食(リフレッシュメント)はコンビニおにぎりとデニッシュ(栗あん入り菓子パン)。到着1時間前の食事はリングイニパスタ ナポリ風、サラダ、フルーツ、ロールパン。

機内の映画は僕が嫌いなニコラス・ケイジが刑事役で主演している「スネークアイズ」(国防長官暗殺の謎解き物)と「GODZILLA」だった。翌年の正月映画(「アルマゲドン」や「ジョーブラックをよろしく」)が見れるのでは、と期待していた僕としてはかなりがっかりした。映画に関してはアメリカ系の航空会社の方が最新映画をそろえているようだ。

暗くて雨が降っているアムステルダム/スキポール空港に到着したのは現地時間16:31(日本時間は翌日6日の24:31)。ジェット気流に逆らって飛んだので約12時間のロングフライトだった。
乗り継ぎ便は19:10発のKLM1707/JAL411便で、3時間弱の待ち時間があったので、出発と到着ゲートが全て同じフロアーにあり、乗り継ぎが楽な事で知られ「世界のベストエアポート」にも選ばれている
アムステルダム・スキポール空港のDUTY -FREE SHOPを見物。売店で売っているお土産はオランダ名物の木靴や乳製品が多く、花屋にはチューリップやクロッカスの球根が一杯あった。

お土産屋を見た後は広くて簡素なカフェに行ってお茶をして時間をつぶした。オランダの通貨はギルダーで、1ギルダー80円位。ちょっと大き目のマグカップに入ったラージコーヒーが4.7ギルダー(400円弱)だった(帰国してから、空港内に乗客専用=18歳以上のカジノがある事を知った。残念)。

意外と時間は早く過ぎ、EU圏に入るためのパスポートコントロールでスタンプを押してもらい、乗り継ぎ便の搭乗口へ移動した。
乗り継ぎ便のKLMはノースウェストとも提携していて、日本人の他にアメリカ人も一杯乗っていて、小さなB−737の機内は満席に近い状況だった。国民が少ないオランダの航空会社としては空港を乗り継ぎのハブにして他の航空会社と提携して安定した乗客を確保するのは賢いと思った。JALはアムステルダムからは地上業務も含めて運行はすべてKLMに任せられ、しかもマドリッドまではJALのフライト番号が付けられるので効率的と言うかお手軽だ。

アムステルダム・スキポール空港からマドリッド・バラハス空港までは約2時間。
僕は今回時差ボケ防止策として現地時間に合わせて寝ようと思っていたので、JALでもKLMの機内でも機内が暗くなっても寝なかった。しかし日本時間では明け方の時間帯なので眠気と闘いながら(なにも闘わなくてもいいのだが)早くマドリッドに着かないものかとイライラした。

KLMのニナ・リッチがデザインした真っ青な制服を着たステュワーデスさんが配る機内食は、温められた容器のアルミホイールのふたをベリーッと剥がして食べる今時珍しい伝統的機内食で、懐かしい感じがした。


マドリッド/バラハス空港には20時過ぎに到着。スキポール空港でEU圏に入るためのパスポートコントロールを通っていたので、マドリッドでは手続きは一切無かった(時差は日本-8時間)。
空港からはブス(バス、380Pts/1Pts=成田空港の京葉銀行の換算レートは0.98円だったので日本円とほぼ同じ約 380円。帰国後来たAMEXの請求書の換算レートは0.84〜86円だったので最後の3日間に借りたレンタカー代67,083Ptsは56,660円だった)で市内中心部のコロン広場までオレンジ色の街灯の中を移動。
ガイドブックには30〜40分と書いてあったが、夜だったからか15分であっさり到着した。
コロン広場からはMetro=地下鉄(市内は一律130Pts)で移動。

スペインの地下鉄は以前バルセロナで乗っていたので特に違和感はなかったが、ホームに03:40と表示された時計のようなものがあって(パタパタと切り替わる数字式)、なんだろうと見ていると03:40が03:50,04:00とカウントアップしていく。ジーッと見て考えているとどうも前の電車が行ってからの経過時間の表示のようだった。我々の電車は8分経過後に来たが、翌日時刻表を見ると朝の時間帯は3〜4、昼は5〜8、夜遅くになると15と書いてあり、運転間隔の分数だけが書いてあった。ごまかしが効くしなかなか効率的だと感心したが外国でこういう「ご当地物」を発見すると嬉しいものだ。
車内は恐くなく、黒っぽい服装の若者が一杯乗っていた。乗客にちらちら見られたが確かに東洋人は乗っていなかった。車内アナウンスはバルセロナと同じで
「Proxima(プロキシマ=次の)Estacion(エスタシオン=駅)は?(と男の声)」
「コロンよ(と女の声)」
という男女の掛け合いになっていて何回聞いても面白く懐かしい感じがした。

コロン広場からは4つ目のARGUELLES/アルグエーリェス駅で3号線に乗り換えて1つ目のVENTURA RODRIGUEZ/ベントューラ ロドリゲス駅下車して200m位歩いて到着。ホテル(メリア・マドリッド/MELIA MADRID 28,800Pts/room)にチェックインしたのは11時少し前だった。
デラックスツインというタイプの部屋は、15〜6畳位はあるリビングと、同じ位の大きさのベッドルームが別にあって、しかも6畳位の壁一方の全体が鏡になっているドレッサールーム(着替え室)まであり日本ならスイートと言っても充分通用する位豪華な造りだったので、部屋に入るなり「ウヒャ〜」と言いながら各部屋を見物した。


自分の部屋のものより全然立派な大きなソファ(写真左)に座っていると、このまま眠ってしまいたいと思ったが、ここで靴を脱いで靴下まで脱いだら二度と履くことはできないと思ったので、眠気と疲労をこらえて夜のマドリッドに出た。最終日にマドリッドには乗り継ぎで来るが、実質2時間程度で夜のマドリッドはこの日行かないと行くチャンスがなかったからだ(最終日は到着便がマドリッドが霧で遅れたので結局これが最初で最後のマドリッドだった)。

夜のマドリッドで行くところ言えばスペインの居酒屋バル(BAR)。
我々は気温3度の街に出て、とりあえずホテルから歩いて中心部方向へ歩いた。
スペインのド真ん中にある人口約300万人のマドリッドの街は、現在の国王がフランス最後の王朝ルイ王朝(ブルボン家)の血を引くお家柄だからか、どことなくパリの歴史地区以外の普通の街並みと似ていたが、パリ程建物が密ではなかった。
我々はスペイン広場経由でマドリッドを代表する広場「マヨール広場」まで20分位歩いたが、途中見た革製品屋さんのショーウインドーに飾られた革製品の値段が安かったのが気になった。スペイン名物のリヤドロ人形(陶器でできた繊細な人形)屋もあった。
少し道に迷ったが、なんとかマヨール広場に到着。マヨール広場は四方を4階建ての明るいレンガ色に白い窓枠の建物で囲まれた南北200m東西122mの長方形の石畳の広場で、広場の中央には1400年代初めの王位継承戦争でフランスのブルボン家(ルイ王朝)に変わるまでスペインを統治していたオーストリア・ハプスブルク家出身の国王フェリペ3世の像が建っていた。
この日は、スペインではツリーの代わりにクリスマスに飾るキリストの誕生場面を人形で再現する「ベレン人形/プレゼピオ」のパーツ屋さん(人形や木でできた馬小屋はもちろんの事、小さな壺や馬、植木の種類も多い)の屋台が一杯建っていて、広場全体にクリスマスのイルミネーションが何本も横断幕のようにかかっていて白熱球が暗い広場に光っていた。

我々は混んでいるバルを探して入ったが、ドトールコーヒー位の大きさのバルで、地元色100%のバルだった。
バルはビールをTapas(タパス、オリーブの塩漬けやいかのフリッター等のつまみ)やBocadillo(ボカディージョ、ディにアクセント。固めのロールパンに生ハムやチョリソ等をはさんで食べるシンプルなもので、スペインの代表的な軽食)を食べながら飲むスペイン版居酒屋で、ここは皆立ってビールを飲んでいて、床には紙ナプキンの紙屑やタバコの吸い殻が散乱し、ボカディージョの食べ残しまで捨ててあった。
なんでまたこんなにきたないのかと思っていたら、工藤解説によると「きたない店程流行っている証拠なんです」というのだから、変わってると言うか分かりやすい。
カウンターの前には一杯人が立って混んでいて、カウンターに近づくのも容易ではなかったが、工藤君にお願いして、Cerveza(セルベッサ、ベにアクセント、ビール)2杯とCalamares(カラマーレス、マにアクセント、イカフライ)をはさんだボカディージョ1個を注文(500Pts弱)。イカが揚げたてで塩加減がちょうど良く、イカのげそがパン(スペインではパンはPanと言う)に合っていておいしかった。

カウンターの向こうにいる店員さんは3人で、おじさん2人と二十歳位のお兄さんだったが、二十歳位のお兄さんがやたら威勢の良い声で完全に店をしきっていた。その迫力とテンポの良いスペイン語の会話が面白くて録音したくなる程だった。工藤君は「ラテンの国では声の大きな人が勝つのです。いいものを見た」と嬉しそうに眺めていた。
ビールを飲み終わらないうちにこの店のボカディージョ用のパンが無くなってしまい、店員が照明を一瞬切ったりして派手に店じまいをアピールし始めたので、次の店を求めてまた歩き、今度は肉屋がやっていると思われるバルに入った。
ここはUの字を上下にくっつけた形のカウンターがある結構広い綺麗なバルだったが、綺麗なのは設備だけでここも床は紙屑だらけ。要は流行っているのだ。
我々はここでもセルベッサと、生ハム/ハモン・セラーノ/Jamon serranoを注文(モとラにアクセント、700Pts)。タパス(つまみ)はチョリソ/Chorizo(リにアクセント。日本で言う小さなスパイシーなチョリソと言うよりは、薄切りで出てきて外見はまさしくセラミソーセージ)。注文した生ハムは皿一面に並べられていて、日本で食べるものとは違い癖がなく塩辛くもなくおいしかったが、食べきれなかったので紙ナプキンで包んで持ち帰った。

ちなみにスペイン語で「こんにちは!」は「Hola!」(オーラ!)、「ビール1杯下さい」は「Uno Cerveza, por favor.」(ウノ・セルベッサ・ポルファボル。 1はUno(ウノ)、2はDos(ドス)、3はTres(トレス)、4はcuatro(クアトロ)、水を頼むならセルベッサをAgua(アグア)に変えればいいが、必ず炭酸入りか無しかを聞いてくるので「Sin gas」(シン・ガス)と答える。「お勘定!」は「La cuenta(ラ・クエンタ)、「ありがとう」は「Grasias」(グラシアス)、「さようなら」は「Adios」(アディオス)。
工藤解説によるとアクセントは最後の第二音節につけておけばよいそうだ。確かにボカディージョのディにアクセントをつけて言ってみるといかにもスペイン語らしくなる(らしいじゃなくてスペイン語そのものだが)。

バルをはしごをしているうちに時間は12時30分を過ぎてしまったが、街は今が盛りという雰囲気。バルや道に若い女性や子供までいるのには相変わらず驚かされた。
しかし、ラテンのルールに従って遊ぶのも限界。精神力で気持ちをハイに保っていただけだったので、フランス・ブルボン家ゆかりのプエルタ・デル・ソル広場(太陽の門広場)からタクシーで戻って寝た。
ホテルに帰ってフロントに電話でモーニングコールを 「 Hola! モーニングコール,por favor.」とお願いしてから寝た。日本で朝6時に起きてから連続23時間活動していたことになるので、良く寝れた。



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