マニアックだけどタヒチの雰囲気は味わえる

橘さんの「タヒチ、ボラボラ島 アマチュア無線日記」
「来て良かった!」思わず叫んだ美しさ



これがタヒチ島の北西約240kmに浮かぶ「地上の楽園」ボラボラ島。ラグーンの中央にあるボラボラ島は南北約10km、東西約5kmです(上の写真は下が北)。中央の山は標高727mのオテマヌ山です。水上バンガローで有名なホテルは島の南端のマティラ岬の周囲に点在しています。手前のラグーンに浮かぶ小さな島(赤マル印)が、私達が泊まったMAI MOANA島です。


去る4月24日から5月1日まで、家族サービスも兼ね家内と共にフランス領ポリネシアのBORA BORA島とTAHITI島にいってきました。
例年この時期は大和クラブの気の合った4人でDXペディション(
アマ無線家/ハムが全く居ない、またはアクティビティの低い国や島に無線器材を持ち込んで、世界中のハムに珍しい交信のチャンスを与える遠征のことをいいます。正式免許をその国から得る必要があります)に行くのがここ4・5年の恒例行事のようになっていましたが、今年はコールサイン:JA8VE斎藤氏は既にインドネシアに赴任、コールサイン:JA1KJW中山氏は、リタイアに伴う事務処理で都合がつかず、結局残った2人、コールサイン:JA1JQY松井氏と私コールサイン:JA3MCA橘で相談の結果、別々の行動となった次第です。(松井氏は、その後モルディブ8Qから運用されました)。

奥さん同伴の旅行の場合、最も問題になると思われるのが旦那が長時間無線に夢中になり、その結果奥さんをケアする時間がなく、置いてきぼりの奥さんと揉めるというケースですが、幸いな事に私の家内は、とにかく海外では(家庭でも?)1日中ボーと過ごす、または日長寝ているのが大好き人間なので、この点は好都合でありました。
FOのライセンス申請に関しては、インドネシア出発直前の斎藤氏に随分ご迷惑をお掛けしてしまいました。此れは、申請書がすべてフランス語で書かれているため仕方が無かったのですが、、、、、。
申請は2月下旬に行いました。通常ライセンスは現地に到着後PTTに出向いてそこで交付されると聞いていたのですが、そうするとどうしても1日損してしまうので、休暇日数の少ない日本のサラリーマンの実状を切々と手紙にしたためて、何とか事前に発行してくれるよう、ダメもとで同封しました。そうすると、3月下旬に思いがけず希望通りのコールサイン:FO0MCAで、ライセンスが届けられたではありませんか!!

やっぱり、何でもあきらめずにやってみるものです! なお、ライセンスの申請料は無料でした。


成田から首都のパペーテまでエア・タヒチ・ヌイ航空/Air Tahiti Nuiのエアバスで約11時間かかります(約9,500km。チケットは阪急旅行社で手配=148,000円/人)。この航空会社を利用するのは初めてですが、搭乗のときにかわいいスッチーさんが良い香りの小さな白い花を全員に手渡してくれました。機内全体がさわやかな香りに満たされ、旅行気分がグンと盛り上がります。機内は、ほとんどが新婚さんで占められ、我々のようなロートル組は数組しかおらず、此ればかりは終始当てられっぱなしでありました。あー私も糟糠の妻ではなく、美貌の新妻と来たかった!?

 
左がエア・タヒチ・ヌイ航空のエアバスA-320、右はタヒチからボラボラ島まで飛んだプロペラ機=ATR-72。周りは日本の新婚さんでいっぱいでした。

 

私たちが泊まったバンガローは2人用で1泊24,000CFP/21,600円でした。ここに泊まると自炊しない限り3食頼むことになりますが、朝1,200CFP、昼2,400CFP、夜3,500CFPです(1CFP/Pacific Franc/=約0.9円)。ところが有名な水上バンガローに泊まると、例えば、ホテル・ボラボラの水上バンガローはUS$725、ル・メリディアンボラボラはUS$700/84,000円でこれに9%TAXと2%VATが加わります(合計94,000円)。これらはほとんど新婚さん用でしょうが、多分パックツアーだと1泊45,000円ぐらいになっているのではと推測します。水上バンガローの中にはテーブルの下から海面が見えるようになっているところもあります。

タヒチ島最大の都市(と言っても人口25,000人の)パペーテにある「ファアア国際空港/Aeroport International Faaa」で3時間の時間待ちの後、エア・タヒチのプロペラ機で更に北西に飛ぶこと45分のところに目指すBORA BORA島はありました(26,000円/人)。
ボラボラ空港はBORA BORA本島とは高速船で20分ぐらいのところにある細長い島に設置されており、ちょうど早朝の7時ぐらいの到着でした(時差は日本の-19時間=ハワイと同じ)。
朝日に輝く珊瑚礁の島は中心の緑の山と白い砂浜、そして何とも形容しがたい真っ青な海のコントラストが本当に素晴らしく、家内と共に思わず「来て良かった!」と叫んでしまいました。

我々の宿泊場所は、FO5IWのコールを持つ元当地アマ無線連盟会長でもあったポーランド出身 スタン氏所有のMAI MOANA島。空港からモーターボートで5分くらいで到着する、周囲1周に3_4分しかかからない、ちっぽけではあるがステキな島(現地では、モツとよばれます)です。事前に今年1月に利用した斎藤氏に写真を種々見せて頂いていたので、大勢の出迎えの人の中から、赤ら顔の恰幅の良い彼を見つけ出すのは容易でした。

彼はここに5年ほど前から奥さん、2歳の愛娘、犬と猫の家族でいわゆるホテル業を営んでいるとのこと。それまでは、パペーテでタヒチで初めてのコンピュータの学校を経営したこともあるなど、所謂今はやりのアントレプレナー(起業家)の先駈けのような経歴を持っています。

島にはイギリスはジャージー島からバカンスで来ている先客夫婦が1組いるのみ。無線は、寝泊まりするバンガロー(画像下)とは別に彼のシャック(無線室)を特別に借り、アンテナは海中に設置された高さ4Mばかりのトライバンダー(1つのアンテナで3つの周波数帯=たとえば14,21,28MHzに使えるよう工夫されたもの。テレビアンテナを巨大化したような八木アンテナが多い)を利用させていただくと共に、7MHZ用Zeppアンテナをタワーを利用して海上に設営しました。

このタワーがなんか中途半端な形をしていたので理由をスタン氏に聞いたところ、次のような恐い経験を語ってくれました。(なお、このタワーはQSLカード=交信証明書に私と共に写っています)

 今から5年ほどまえ、彼は島に移って来てから猛烈にQRV(開局)しだした。ちょうどその頃に、バンガローのPRを兼ねJA1ELY局にこの島でWPXコンテスト(米国「CQ Magazine」社主催のコンテスト.このコンテストは同社が主催する秋の「CQ World Wide DXコンテスト」とならんで世界の2大コンテストと呼ばれる大規模なもの)に参加しないかと勧誘の手紙をだし、それに応えて数人の日本人ハムがここから波を出した記事がアマチュア無縁専門雑誌「59/ファイブナイン誌」に出たのを記憶している方もおられるでしょう。その後に超強力な台風がタヒチを襲い、海面が数メートルも上昇した結果、彼のMAI MOANA島も全て海面下に水没し、彼は一番大きな食堂の屋根の上に緊急避難して辛うじて無事であった。しかしながら台風の去った後はほとんど全ての器材を失い、その後は無線の方は全くやっていないとか。

タワーはそれ以前は今の下部に10メートルくらいの基部があったが、台風で壊れてしまい、上部のみを利用して再度建てたということでした。

使用リグ(無線機)は、使い慣れたFT850のベアフットでしたが、(ベアフット=文字通り裸足の意味でトランシーバに送信電力を増幅するリニアアンプを接続しないで使用すること。通常100−150W 出力の状態です。リニアアンプを使用すると=これをリニアを履くといいます、500−1000W出力になります)。3日間で1500QSO(交信)ぐらい出来ました。この数字は、夜間10時以降電源がシャットダウンされ、懐中電灯とバッテリー運用そしてうるさい蚊との戦いを余儀無くされるという状況下では結構良い数字かなと思っています。14,21では延々2時間以上ものパイルアップ(pile up =たくさんの局が重なって1つの局を呼ぶこと)がW,EUから起こりこの瞬間こそまさにペディション(世界中のハムに珍しい交信のチャンスを与える遠征)の至福の時でした。パイル(たくさんの局が1つの局を呼ぶこと)の終わりごろはさすがにパドル操作(無線機の操作)が怪しくなるほど、疲れてしまいます。

パドル操作のパドル=昔はモールス通信する際は、電鍵(英語ではKEYといいます)を使用して、手操作で個性あるモールス符号を作り出し、送信していました。最近はエレクトロニクスの発達で、ICやマイコンを使い極めて正確な符号を電気的に作り送信できるようになりましたが、この際に長点や短点の送信をIC等に指示する道具が必要になります。この時使う道具をパドルまたはマニュピレータといいます。レバーのようなもので、右に押せば短点が、左に押せば長点が自動的に連続して送信され、この組み合わせでモールス符号を正確に作ります。

QRT(閉局。送信中止信号)を送り外に出ると真っ暗で、空にはまさに満天の星が輝いており、時の立つのも忘れ見入ってしまいました。物音は砂を踏む足音と時折跳ねる魚の音のみです。




  

空港からスタン氏が所有するMAI MOANA島へ移動する船にて。白いひげのおじさんがスタン氏です。中央はシャック(無線室)。右は泊まったバンガローでの朝食の様子。パンとバターorジャム、それに紅茶、オレンジジュース、パイナップルの組み合わせでした。


MAI MOANAでの困ったことを、2つばかり記しておきます。

一つ目は、消灯後に利用したマグライトの件です。

マグライトは、軽くて明るく頑丈なので皆さんも良く使用されていることと思います。

私も登山等に愛用しており、絶対の信頼を寄せていました。今回も自分のと家内用に2本のマグライを準備し、当然予備の電池も十分に用意しました。と、ここまでは順調だったのですが、自家発停止後バッテリーでFT850を運用しだして2時間ばかりたち、EUのパイルを快調に捌いている時でした。

突然ランプが切れたのです!真っ暗な中を、家内のいるバンガローに戻りなんとかもう一つのマグラトを探し出し、シャックに戻って再開した時はとっくにEUのオープンは終わってしまっていました。実は、翌日も此れと良く似たランプ切れが発生したところで、鈍感な私もやっと原因を悟ることが出来ました。要するに、マグライトのランプの寿命は連続点火で5_6時間ぐらいで、極端に短いということです。

日本に戻った直後に、相当数の予備ランプを入手したのは言うまでもありません。みなさんも、予備の電池の他に予備球を忘れないようにしましょう。(帰朝後気付いたのですが、このような時のためにマグライトには予備球が1個内蔵されておりましたHi)

二つ目は食事時間です。

夕食は午後7時からたっぷり2時間ばかりかけてワインなど飲みながら楽しみます。これは勿論大変楽しいのですが、この時間は大抵EUがオープンする時間帯でもあるので、毎日ある程度パイルが盛り上がったところで食事のための強制QRX(待機要請)を発動せねばならないこと、これが大変辛かった!食事後、頑張って良い線まで行くと今度は電源OFFに続いて、マグランプ断が発生するというわけで、此れには正直参りました。EUの皆さんごめんなさい!です。

良い点も書いておかねば!

食事は美人の奥様が作っていますが、此れがなかなかのものでした。また食事の時間中スタン氏はウェイターに早わりです。布袋さんのようなお腹を丸出しで、タヒチの衣装に身を固め(とはいえ、要するに腰巻き1枚ということです!)ウィットにとんだ会話で我々ゲストを毎夜楽しませてくれました。1番記憶に残っている会話を一つ紹介しましょう。

3日目の夕食は子羊肉(ラム)のローストでしたが、大変美味しかったので家内とあっと言う間に平らげたところ、スタン氏がお替わりを持ってきてくれました。

“マダム、これは奥方達がもっともお好きなところ(部位)の肉でございます。どうぞ召し上がれ”  これ、家は会話の中身が良く分からなかったようですが、多分羊のポコチンではなかったかな?!勿論ぺろっと食べてしまいました!!!あー、恐ろしや!?

この会話を聞いていた隣のテーブルでいつも食事をしている、英国はジャージ島からはるばる来ている同年輩の夫婦もクスクスと笑い出してしまいました。

この自然環境保護に関する仕事を英国でしているという夫婦とは、食事の時間に色々話をしました。まず驚いたのは、如何に長距離を長時間費やしてBORA BORAまで来たかと言うこと。彼の話によると、ジャージ島から先ずロンドンに飛び、それから大西洋を超えてニューヨークに行き、更に乗り換えてロスアンジェルスに。そして最後にロスからパペーテ(ファアア)ボラボラと来たとのこと。気が遠くなるような時間です!
この理由は、私の推察では西欧人にとってどうも南太平洋の島々は、特にタヒチなどは大変な憧れの地、喩えて言えば天国のような特別の場所のようだということです。
なぜこんな風に感じるかと言いますと、無線で世界中の人とお話した訳ですが、ものすごくたくさんの人から”なんと羨ましい!””私もいけたら!”などという言葉をもらったからです。私は、無線機を担いで 南太平洋はかなりいろんな国に行きました。近いところでは、サイパン、ハワイからサモア、フィジー、ツヴァルなどですが、此れほどこの言葉を送られた記憶は有りません。つまり、タヒチはどうも西洋からは特別憧れを持たれている島の様だと言うことが、この時初めて実感されました。

そこで、日本のアマチュア無線家からは交信が困難なことで憧れの地でもあるカリブ海諸国は、南太平洋と比べてどうなのだと彼に質問してみました。
彼によると、カリブ海諸国は観光客が沢山すぎるし、自然がここほど残されていない。自分は何度かカリブにも行ったが、こちらの方がはるかに素晴らしいと即座に回答してくれました。
うーん、ハムとしては、そう言われても一度は彼の地からON AIRしてみたい!

  

左はボラボラ島本島の山をバックに撮った家内。いつもよりちょっぴり良く見える?中央はホテルのレストラン。スタン氏は食事の際は名ウェイターに早変わり、会話がとても楽しかったです。見送りの時はホラ貝を吹いて見送ってくれました。


27日早朝からリグ(無線機)のかたずけを開始、12時の飛行機で再びタヒチ島のパペーテに戻り、今度は空港からタクシーで約10分のソフィテル・マエバ・ビーチホテルに宿泊しました。

このホテルはタヒチでも1番老舗のリゾートホテルで、蚊や停電に悩まされることも無く快適の一言!最上階のパノラマビュー(画像左)とよばれる1番端っこのスイートルームを利用したのは、もっぱらアンテナ設営に最適の広いバルコニーが付属していたためで、家内との新婚旅行の再現を目指したためでは決してありません。(内緒ですがHiHi)

ここでは、コールサイン:JA0KNM有賀さんに貸していただいた21,28MHZ用アローラインアンテナが大活躍してくれました。モービルアンテナに毛の生えたようなちっぽけなものでしたから、正直あまり期待していませんでしたが、見事に予想を裏切りここでも大パイルを引き起こしてくれました。一方2日目に無理して張った7MHZ Zeppは建物に近づき過ぎたのかSWRが全く下がらず、数10局のQSO(交信)に終わり、ここからの総QSO(交信)は、約1200となりました。

このホテルの近くには大きなスーパーマーケットがあり、食事、ビールなどの飲み物には全く不自由しませんでした。マグロのすしやサラダなども売られてますので、日本食が無いと生きられないような方にもこのホテルはお勧めかと思います。

ここでは、食事と風景観察が目的で観光をしました。
交通は、ル トラックと呼ばれる乗合バス(画像左)のようなものが安くて便利でした。ホテルから町の中心まで120CFPでした。

普通の観光だと、まずマルシェと呼ばれる公共市場が楽しめるようです。野菜、果物、花、民芸品、それから女性にはパレオなども良いかも知れません。現地の人々が、どんな生活をしているかがわかり楽しいところです。

このマルシェの近くにカテドラルすなわち赤い尖塔をもつ教会があります。これは、1857年にポリネシアの人達が建てた物だそうです。
後は、あまりに有名なゴーギャン博物館でしょうか。私たちは十分な時間が無く、此れはスキップしました。

タヒチは海産物が安くておいしいです。ムール貝、イセエビ、ツナ等おいしかったです。食事の定番は、海産物を使用した各国料理が勿論楽しめるのですが、魚ではマヒマヒのジンジャーソースなどが定番かもしれません。サラダなどにも、魚の細切れや貝の剥き身などが必ず入っていた記憶があります。

我々は、ル マンダランという中華料理店に繰り出しました。主に海老、かにを中心に海産物を使ったメニューを楽しみました。味付けは、私の舌には若干塩辛いかなというもので、これはビールにはむしろ向いていたかもしれません。(現地にはヒナノ ビールという大変美味しいビールがあります。私は此ればかり水替わりに朝から飲んでいました)

タヒチのお土産の定番と言えば何と言っても、パレオ。要は腰巻きですが、いろんなデザインのカラフルなのが、いたるところで売られています。体への付け方も丁寧に解説が付いていますので(3通りくらいあるようです)、私の娘達にも大いに受けました。

お金のある方は、世界的にも有名な黒真珠でしょう。此れは良いのはかなり値が張りますので、家内はかなり欲しそうでしたが、パスしました。
パペーテ市内のパイマ ショッピングセンタの1階に真珠博物館があり、真珠の歴史、宗教、芸術における役割など真珠に関するあらゆる事が解説つきで見れます。(ただし、フランス語と英語の解説だけなので語学力と豊かな想像力が必要ですが)此れは楽しめました。

ここで、私はタヒチの伝統音楽のCDを購入しました。最近でも土日に引っ張り出しては、ビールなど飲みながら聴いていますが、雰囲気良いですよ!!(ホテルのショウでの若い女性の激しい腰振りのタヒチアン ダンスを思い出します)

タヒチは、観光だけが収入源の国ですので、物価が東京並み以上に高いですが、それを補って余りある素晴らしい自然が残されたところでした。過去何回か南太平洋にでかけましたが、これほど美しい見事な海はかつて見たことがありません。ひょっとしたら、より行くことが困難なオーストラル諸島、マルケサス諸島などは更に素晴らしいのでは!などと次の計画に夢を馳せつつ、このレポートを終わりたいと思います。

交信いただいた皆さん、どうも有り難うございました。




管理人から一言:
今回のレポートを読んで、管理人から橘さんに質問をしました。

質問
(1)タヒチまで来て無線に夢中になっている旦那について
(2)タヒチについて
以上2点について、奥様の感想を教えて下さい。

回答

(1)自分で稼いだ金でやっているので、仕方ないと諦めている。タヒチまで来れたということで、「私は幸せ者や!」と言っておりました。
最後の言葉は、投げやり状態でいつも口に出る彼女の癖ですHi

(2)あまり多くを語らず、奇麗な島で休息になった  とだけ。

皆さん方の興味の中心は私が無線に興じている間、いったい何をしていたのだろうということのようですので、改めて聞いてみました。私の記憶も含めて書くと以下のようになります。(此れは、島にいる場合です)

*寝る(これは、彼女の最も得意とする技であります。いくら長く寝ても大丈夫!彼女は飽きるということが有りません)

*テレビをみる(各バンガローには、1台ずつテレビが設置されており、映りは良くありませんが、番組を楽しむことはできます。ただし、全てニュースも何もかもフランス語ですので、画のみを想像力を掻き立てながら、ひたすら楽しむ?必要が有るように、私には思えます)

*本を読む(日本から読みたい本を、必ず持参します。ベランダや砂浜におかれている長椅子で、波の音、風のそよぎ、鳥の囀り等を聴きながら、ゆっくり読書するのは最高の贅沢です。私の場合は、大抵この状態に、ビールが加わります。休み中は朝から水代わりにビール、ここではヒナノ ビールを飲む、これは私には心からのリラックスです。)

*散歩する(これは日本にいても2人で良くやります。早く歩けば3−4分で1周できる島ですが、カメラなどをもってブラブラ歩くと朝、昼、夕と光線の関係が微妙に変わり、それぞれの良さを感じ取ることが出来ます。夜は、星や月を眺めてしばらくボーとしているのも良いものです。
東京では、絶対に見ることのかなわない天の川が、本当に川の言葉に相応しく天空を横切っているのを見ていると、人間の小ささ、自然の偉大さ等が改めて実感されますし、星座を探すのもたのしいですよ)

このレポートを読んでいただいた皆さん、どうも有り難うございました。

 

今回作ったQSLカード(交信証明書)とボラボラ島の夕焼け


橘さんの他の日記:

アマチュア無線の交信のためにベトナムまで行った橘さんの
「ベトナム・アマチュア無線日記」1ページ、2000/5

南太平洋の小国ツバルでアマチュア無線に挑戦した橘さんの
「Timelessな国からTalofa!」1ページ、1999/5