ヤング・ソウル・ダイナマイト

 

大江戸八百八町の治安を守る町奉行所。

三井は、先年から父の跡を継いで同心を勤めている。

彼は、常町廻り方として市内の安全と、起こってしまった事件の探索を常とする仕事を日夜元気に勤めていた。

今日も、着流しに紋付羽織の町方のユニフォームとも言える姿で、受け持ち地区である日本橋界隈をぶらぶらと流していた。

「旦那!三井の旦那!」

三井の手下である岡っ引の良太と、その子分の下っ引の花道が駆け寄ってくる。

「おう、お前ら、どうした?」

「どうしたもこうしたも、旦那こそ、一人でこんなとこぶらぶらと何してんですよぉ?」

「お、俺は、その、見廻りをだな…」

「何言ってんです…。いつも、いやいや重い腰をあげる、むちゃくちゃめんどくさがりの旦那が、一人で真面目に見廻りなんかするはずねぇでしょうが」

「そうだぞ、ミッチー。奉行所でなんかやなことあったのか?」

「う…、い、いや」

「何かあったようですね」

「ふむっ。じぃがなんかしたのか?」

「じ、じぃって…、お前、お奉行様を何て呼び方してんだ」

「話そらすとこみたら、やっぱり、お奉行様になんかされましたね」

「う、うぅ…」

「また、お茶室にでも引き摺り込まれなすったんですかい?」

「じゃ、布団部屋に押し込められたのか?」

「ち、ちげーよ!」

「じゃ、今日は何ですか?」

「ス、すれ違いざまに、ケツ撫でられたんだよッ!」

真っ赤になって、三井は、いやいや今朝遭遇した不運を話し出した。

三井は、なぜか、同心を拝命した時から、奉行の牧のお気に入りナンバーワンの座に就いてしまっていた。

セクハラのあれこれを、牧から受けていて、三井は、奉行所の同心部屋にいても心休まらず、居たたまれなくなると、こうやって町廻りにやってくるのが常だった。

今朝も、八丁堀の自宅から、てくてく歩いて奉行所に出勤して、同心部屋にはいる直前に、物陰に隠れていた奉行の牧にヒップタッチというよりも、抱きつかれて、散々体中を撫でまわされてしまい、それでなくとも細い堪忍袋の緒が切れて、奉行の顔に左右それぞれ三本のミミズ腫れを作ってやり、その足で、町に飛び出してきてしまったのだ。

「うわっちゃー。お奉行様の顔、引っ掻いちまったんですかい?」

「ミッチー、それはちょっと、まずいんでないか?」

「いーんだよ!あんなスケベ親父は!」

「でも、そろそろお城に上がる日じゃねーんですか?その顔でご老中様たちにご報告なさるのはお気の毒じゃぁ…」

「う、うぅ…。でも、自業自得だから仕方ねーって」

「そんなもんですかねぇ」

「そんなもんだよ!」

三井は、内心やばいとは思ったが、つけてしまったものは仕方ないと、開き直ってしまった。

嫌がる三井に繰り返しセクハラする牧が悪いのだと…。

そして、ふと今日が、牧の、さる旗本の姫君との見合いの日だったことを思い出して、顔が青くなった。

「旦那?」

「やばい…」

「は?」

「今日、お奉行の見合いの日だ」

「ええーっ?」

「ミッチー!」

「あれじゃ、破談だよな…」

「旦那。お見合いがつぶれたら、今にもまして、お奉行様の嫌がらせ続くんじゃねぇですか?」

「うわちゃー」

三井は、道端に座り込んでしまった。

自分で、セクハラの口実を作ってやってしまったようなものだ。

どうせあの奉行のことだ。気に染まない見合いをつぶすために三井に引っ掻かせたのに違いない。いつもなら簡単に逃げるのに、今日は、どうりで避けたりしなかったはずだ。

見合いの席でそのお顔の傷はと聞かれて、やきもち焼きの大きな猫に見合いを嫌がられてとかなんとか、しゃぁしゃぁと答える牧の姿が浮かぶだけに情けない。

頭を抱えた三井を、手下の二人もため息とともに見つめる。

自分たちの旦那は、やたらと男にモテる。

ぱっと見は、稚児や若衆のような色気があるわけでもなく、役者のような優男でもなく普通の若侍だ。

勝気そうな表情に、若干悪い目つき、まぁ、どこから見ても、念者持ちの色若衆に見えないのだが。

どうも、危ういらしい。なんでも自分でできるといいながら、その手元足元の危なっかしさが、見ている側にしては、はらはらとしどうしなのだ。そして気が付くと三井にはまっているのに気がつくらしい。

三井を知れば知るほど、深みにはまるものが多くなるという、悪循環なのだ。

いい例が、三井の幼馴染の、旗本仙道家の次男坊だ。子供の頃から、兄弟のように育ってきていて、気が付くとどっぷり三井にはまり込んでいるようだ。

いつも、三井の町廻りの頃になると現れては、後ろをついてくる。

何かあると、三井を甘やかし、すきあらば、三井を手に入れようと画策している姿は、奉行の牧と双璧をなしている。

まぁ、三井自身が、どちらも相手にしていないというか、あまり、自分がもてているのだとは気が付いていないようなのが、見え見えで、残念ながら報われていないようなのだが。

三井自身は、いじめられていると考えているらしい。

ふと、仙道家の次男坊のことを思い出した良太は、三井に聞いてみた。

「そういや、きょうは、仙道様の坊ちゃんおいでじゃねーんですね」

「あ?そういやそうだな。ま、あいつがイネーと気楽でいいじゃんか」

「そんなもんですか?」

「そんなもんさ」

そういって、笑った三井の背後に人が立ったのを、良太と花道が気づいた。

「ひどいですよ三井さん!俺がいないと気楽だなんて!」

そう言って、背後から三井に抱きついて羽交い絞めにして無理やり頬擦りをする。

「どあーっ!せせせセンドー!」

「奉行所の前で、三井さんを待とうとしたら、門番の人が、今日は早く出て行ったって教えてくれて慌てて飛んできたって言うのに」

「何で、門番がお前に教えんだよ!」

「そりゃ、毎日の日課だから、もう覚えてくれてるんですね。いやー日参した甲斐がありましたよ」

「しんじらんねー」

三井は、同心の自分よりも仙道のことを助ける門番に腹を立てた。

門番が三井の姿を見て、一人でふらふらさせるのが不安になり、顔なじみと化している仙道に、声をかけて三井を守ってもらおうと考えたことなど思いもつかないことだった。

仙道には、門番も三井に懸想しているということがわかってしまい、ライバルチェックが増えてしまって大変なのだが。

仙道に促されて、一行は、人目につく往来から近くの饅頭屋に入ることにした。

今まで、往来で人々の注目を集めていたことにはっと気が付いて、三井は赤面する。

「くそおー、明日っからかっこ悪くってこの道あるけねーじゃねーかよ」

ぶつぶつと、文句をいいながら、饅頭をつまむ三井を見て、仙道はうれしそうに茶をすすった。

物心ついたときから、仙道は、三井の弟のように育った。

三井の母は、仙道の父方の叔母だった。大奥に行儀見習に出かけて数ヶ月して、何故か急に家に戻ってきてしまった。そして仙道の家の近くに住む身分違いの格下の同心の家に、慌てるように嫁いですぐに三井が生まれたのだという。三井が生まれた翌年、仙道が生まれたが、仙道の母が、産後の肥立ちが悪く、病に臥せるまもなく亡くなってしまったので、父の妹である三井の母が、仙道の乳母として三井とともに仙道を育てることにしたのだという。

三井は、仙道の屋敷で大きくなったといっても過言ではない。

しかし、三井は、元服して後、三井の家に戻り彼の父(おそらくは実の父ではないはずの)の跡を継いで同心になると言い、彼の父が、高齢を理由に同心を退職したのと入れ替わるように、奉行所に勤め出してしまった。

残された仙道は、旗本の次男坊。どこかに養子のくちがない限り、無駄飯食いとして父と兄の厄介になるしかない身なのであったが、この身軽な身分を幸いと、三井の後を追い掛け回し、三井の護衛をしているつもりになっていた。

本来なら、彼の父も仙道の行動を諌めるはずなのだが、三井に関する限り、目を瞑っているようだ。

三井が、先代の公方様のご落胤であるという噂を、物心ついたときから聞かされている仙道は、このことについては、噂が、真であると信じてもいた。

一方の三井は、自分がご落胤であるということは信じようとせず、同心の父が自分の父であると言って聞かなかった。

しかし、かなり、三井は特別待遇だった。三井の周りの同心たちやその上司である与力たちは、三井を可愛がり、危険な仕事は回しもしない過保護なことを続けているし、奉行から直々に付けられた、三井の手下である良太と花道は、どうやら町人ではなく、もともとどこかのお庭番のようだった。

隙のない身のこなしをした二人と、仙道(彼も一応、小野派一刀流の免許皆伝の腕前なのだが)に守られた、三井はのほほんと日々を過ごしていた。

「そういや、旦那。夕べまた、陵南小僧が出たって言う噂ですぜ」

「どこで?」

「南様のお屋敷だったそうで」

「被害は?」

「千両箱1つだそうです」

「火盗改めの方は、大さわぎだな」

「へぇ。そのうち、町方にも要請が来るだろうって話です」

「うえぇー。夜廻りが増えるじゃんか」

「旦那…。それは…」

「わかってるさ。仕事なんだから…。でも、俺、朝は苦手なのに夜廻りしたら余計に寝不足になっちまうじゃねーか」

「うーん」

「まぁまぁ、三井さん。そんなに朝がつらいのなら、俺が添い寝してちゃんと起こしてあげますよ」

「却下」

「えーっ。どうしてですか?名案だと思ったのにぃ」

「邪な気配を感じる」

「ひどいなー」

三井が饅頭を食べ終わったので、一行は店を出ることにした。

日本橋を北から南まで流して歩く。

この地域は、商家が多く、気の荒い連中が少ないので、比較的昼間は楽な受け持ちだった。

一転夜は、盗賊たちの跋扈する世界と化すのだが、盗賊は、火付盗賊改め方の同心たちが、警戒をするので、町方はさほどではない。テリトリーの侵害でトラブルを起こすより、協力しながら盗賊を追い詰めることがベターだと、現在の火盗の長官藤真と北町奉行の牧、南町奉行の赤木は協定を結んでいた。

「しかし、陵南小僧って一体どんな奴なんだろうなぁ」

「興味あるんすか?」

「おう。鼠小僧の再来といわれてんだろ?すげーじゃん。大名や大身の旗本、大商人の屋敷から、きっちり千両箱ひとつだけ盗んでくんだろ?神出鬼没で、人を殺めねぇっていうじゃねーか。かれこれもう六年、尻尾も見せねぇし捕まらねぇで逃げおおせてるんだぜ。そんな盗賊一度はこの目で見てみてぇーと思わねぇか」

「ま。そりゃそうですけどね」

三井と良太が、陵南小僧の話をしている間中、仙道は居心地が悪い思いをしていた。

何故なら、話の渦中の陵南小僧こそ仙道のもうひとつの顔であったからだ。

きっかけは、ホンの些細なことだった。

仙道がまだ十代のはじめのころ。三井が通っていた道場でのことだが、同門の男たちに三井がもう少しで手篭めにされるところだったと、悔し涙で目を真っ赤にしながら、帰ってきた姿を見て、仙道は切れてしまったのだ。

三井は、仙道と異なる流派の剣道を習っていた。仙道の父の勧めで将軍家御用の柳生新陰流の道場に通っていたのだ。

その頃の三井は、まだ初々しく人目にも可愛らしい少年だったためか、一人で道を歩いてはかどわかされるのではないかという心配を、廻りの大人たちに与えていたのだ。

そんな外見ゆえに、何人かの男たちに手篭めにされかけたのだ。

幸い、同門の牧と赤木が割って入り、三井を助けたのだという。

話を聞いてぶち切れた仙道は、三井を手篭めにしようとした男たちの家を調べ、彼らがすべて大身の旗本の家の者であるという事を調べあげて、復讐をすることにした。

たいていの旗本屋敷には、徳川家より何らかの下賜されものがあり、それぞれが家宝となっていることに目をつけて、仙道はその品と千両箱をひとつ盗み出す計画だ。

まだ子供だった仙道は、それから数年を復讐の準備のために費やして目的達成に必要な技術の習得に明け暮れ、そして一人づつターゲットを決めて復讐をはじめたのだ

千両箱の中身は、下町の長屋に投げ込み、家宝については、修理可能な程度に破損させて、三井に害を与えた者たちの部屋にこっそりと隠すという作業をした。

後は、その家のものが、どのようにも処分してくれるだろうと踏んでのことだ。

ただし、一度に彼らの屋敷ばかり続けて犯行を起こせば、三井が疑われるため、間に世の中で悪徳といわれている商人の屋敷や、ちょっとやそっとの金額では、傾いたりしないような大身の旗本屋敷や大名屋敷などを同じように狙って入り、千両箱をひとついただき、町人たちに配って歩いていた。

その陰に隠れて目的の旗本屋敷に忍び込んだのだが、全ての屋敷に忍び込むまでおよそ六年がかかってしまった。

予想通り、三井をひどい目に合わせた連中は、ことごとく追い出されてしまい、仙道の目的は達せられたため、現在引き際を考えていたところだった。

「ま、お奉行次第だよな」

三井たちは、奉行が指示を与えれば、動かざるをえないと夜廻りの話を終わった。

その日も一行は、普段のように町をぶらぶらと流して歩き、夕刻に三井は奉行所に戻っていった。

仙道は、三井が奉行所から自宅に戻るのを待って一緒に帰りたいと思うのだが、三井に鬱陶しがられるため仕方なくいつも一人で先に自宅に帰っていく。

その日、奉行所に戻った三井は、奉行の牧の見合いが壊れたことを聞き、冷や汗を流していた。

見合いが壊れた割に機嫌のよい奉行より、今夜からの火盗へ協力する夜廻りの指示が出て、ため息をつきながら、三井はいったん自宅に戻ることにした。

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Revised: 2001/06/13 .