夜もふけて再び奉行所に顔を出した三井は、同僚の同心たちと連れ立って、夜の寝静まった町へと巡回に出かけた。
二人一組で手分けして町を回っていく。
三井の組は江戸城東端の大名屋敷の並ぶあたりを受け持っていた。
「三井、あれは?」
一緒に回っていた魚住が黒装束の男を前方に見つけた。
「そこの男!待て!」
声をかけて近づくと、男は手にしていた箱を投げ捨て、逃走をはじめた。
投げ捨てられた箱が近づくと千両箱だとわかり、緊張が走る。
「まさか!陵南小僧か?」
逃走をした男を三井が追いかけ、魚住は、千両箱を確保して後を追う。
呼子を吹き、周囲に知らせながら、三井は男の後を必死で追いかける。男は、かなりの長身だが、思いの外、身のこなしが軽い。
屋敷の壁が切れた角を男が曲がったのに続いて、三井も角を曲がったが、何故かそこは袋小路で男の姿はなかった。
「あれ?」
見失ってしまったと、三井はあせる。
きょろきょろとあたりを見渡すと壁に潜り戸があり、そこの鍵がかかっておらず、手で押すと中に開いた。
潜り戸からそっと顔を出したとたん、三井はいきなり頭から布をかぶせられて引き倒された。
「うぁ?」
相手がのしかかってくるのに、必死で抵抗するが両手の自由もあっという間に羽織を使って括りあげられてしまった。
着流しの裾を割って男の手が三井の足を撫で上げる。もう一方の手が前合わせから胸に這ってくる。
三井は鳥肌を立ててもがいているが、どうにもならない。
「ひゃっ!やめっ…」
かろうじて声をあげようとしたが、被せられた布を口にねじ込まれて声を封じられる。
視界が開けて顔をよじり、男を見るが黒い頭巾をかぶっていて、よくわからない。
男の手が、三井自身に触れてきて、いきなり愛撫をはじめたので、三井は男の観察などをする余裕がなくなってきた。
「ううーっ!」
はじめは、恐怖と緊張で固まっていた三井の体が、思いの外やさしい愛撫に曝されて徐々に熱を帯びていく。
「んーっ!」
とうとう三井が我慢しきれずに吐精して、ぐったりと力を抜いたところで、かなり近くを走る足音が聞こえた。
男は、再び愛撫をはじめようとしていた手を止め、三井の衣の乱れを直し、三井の額を撫でた。
「またね。八丁堀の旦那。気に入ったよ」
くぐもった声でそっと耳元で囁くと、三井の鳩尾を突いて気絶させた。
「ごめんね三井さん。どうしても我慢できなかったんだ。それに、一人で動いちゃ危ないでしょう?これに懲りたら、もっと安全な後方にいてよね。また、二人きりになったら襲っちゃいそうだよ」
そう言いながら、頭巾を取った男は、仙道だった。
夜、翌日三井が非番だからと、酒を酌み交わそうと三井の家を尋ねたら、陵南小僧の探索に出たと彼の両親から聞かされて、慌てて出てきたのだ。
万が一、陵南小僧ではなく本当の凶悪強盗に出くわしたら大変と、三井の前にわざと姿を見せてひきつけておこうと考えた仙道だった。
近くの大名屋敷からこっそり千両箱を拝借して、三井の前に姿を見せた仙道は、三井に追いかけてもらうためだけに道を選んで逃げた。
結局二人での追いかけっこになってしまったことで、仙道は理性のたがが外れてしまったらしい。
名残惜しそうに、三井の額を撫でていたが、ひとつため息をついて立ち上がり、足音のする方と逆の方角に庭を横切り、姿を消した。
そして、仙道は今度は反対の方角から、普段の服装に着替えて姿をあらわした。
陵南小僧と三井を探す魚住の背後から声をかける。
「魚住さん。こんばんは。三井さんを知りませんか?」
「お?仙道殿、どうしてここに?」
「明日非番だって聞いてたから、三井さん家に酒を酌み交わそうと思っていったら、留守じゃありませんか。聞けば陵南小僧の探索だって言うし、三井さんが心配で出て来たんですよ。呼子が聞こえたんでこっちのほうに来て、魚住さんを見つけたんです」
普段から三井の護衛と自称している仙道を、同僚たちは知っているので、気にもとめなかった。
「そうか。三井は、今、賊を追いかけていったんだが、連絡がないんだ」
「そんな!それって、大変じゃないですか!三井さんにもしものことがあったらどうするんです!三井さんを探さないと!」
そう言って仙道は、魚住と連れ立って三井を探し始める。
自分が連れ込んだ袋小路まで、偶然を装い、道を選んでいく。
「あれ?、木戸が開いてますよ?」
そう言って木戸そっと開いて、三井を見つける。
「三井さん!」
倒れている三井を駆け寄って起こし、怪我がないか探す振りをした。
「気を失っているだけだ」
そういうと、活を入れて三井の意識を戻す。
「う、うーん…」
「三井さん」
「三井、大丈夫か?」
三井が、意識を取り戻す。
「あれ?仙道、お前なんでここにいるんだ?」
「三井さんが心配で出て来たんですよ。無事でよかった」
そういうと、三井が一瞬複雑な顔をしたのを仙道は見逃さなかった。
良心がちくりと痛んだが、見て見ぬ振りをした。
「怪我はないですか?」
「お、おう」
「三井、今日は陵南小僧は、千両箱を捨てて逃げたので被害を食い止めることができたよ。帰ってお奉行に報告しよう」
魚住に促されて、仙道も一緒に奉行所に戻る事にした。
奉行所で、今日あったことを報告する。三井は、木戸を潜ったとたんに、当身を食らわされて気絶してしまったと、報告した。
奉行も、三井が無事だったことで、それ以上は追及しなかった。
それで、今日は解散となった。仙道と三井は、二人そろって帰っていく。
「三井さん、今日はうちに泊まりませんか?」
「え?なんで?」
「三井さん、俺になんか隠してるでしょ」
「え?」
「さっき、俺が無事でよかったって言ったらなんか、変な顔しましたよ。陵南小僧になんかされたんですか」
「…」
顔を真っ赤にして、三井が黙り込む。
「三井さん、まさか…」
「ち、ちげーよ!や、やられてねーって…。ち、ちょっと触られちまっただけで…」
「なんですってー」
仙道は、三井の手を引いて自宅に強引に連れ戻った。
すぐさま風呂を用意してもらい、三井の腕を持ったまま風呂に連れ込む。
「な、なんだよ!仙道!」
「触られたですって?そんなの、気を失ってたんでしょ?もしかしたらやられちゃってるかもしれないじゃないですか!」
そう言って、脱衣所で三井の着物を脱がし始める。
「ま、待てよ!何でそこでお前が怒るんだよ」
仙道は、手を止めて、三井を見る。
「ねぇ、三井さん。俺、いつもことあるごとに、三井さんが好きだって言ってましたよね。その俺にそういうこと聞きます?」
「せ、仙道?」
「俺の好きってね、こういうことも含めた好きなんですよ?」
仙道は、三井を抱きしめる。
「三井さんになんかあったら俺…」
「仙道」
「三井さんは俺のこと、ただの弟分としか思ってないのは知ってます。でも…」
「ま、待てよ、俺だって…」
「三井さんの好きは弟相手の好きでしょう?」
「お、俺、さっき、陵南小僧に触られてる時、ずっといやだった。情けなくって、自分がいやになった。でも、ふっと、これが、お前だったら…って思ったら急に…」
「急に?」
「…」
三井が真っ赤になってうつむいたので、仙道は三井の顔を覗き込む。
「三井さん?」
「き、急に、イッちまったんだよ」
「え?」
今度は、仙道が、真っ赤になって固まってしまった。
まさか、こんな風に返されるとは、思ってもみなかったから。
「な、なんだよ!文句あんのか?」
「い、いえ!あ、ありません!うれしいです、ほんとに!」
仙道は、三井を抱きしめ直す。
三井は、半裸のままで仙道に抱きしめられて、少し居心地が悪かったが、仙道の腕の中は殊のほか暖かかったので、力を抜いた。
仙道が、抱きしめていた腕を下ろし、再び三井の着物を脱がせ始める。
「せ、仙道?なんだよこれ」
「すみません、三井さん、俺、もう我慢できません…」
「ば、ばかっ!」
三井の服を全て剥ぎ取り、自分も手早く裸になって、三井の手を取り浴室に入る。
三井に向かい合い、口付けを交わす。
「三井さん」
「せんど…」
抱きしめて、何度も口付けていると、三井が肌寒さに小さなくしゃみをした。
「す、すみません!」
仙道は、慌てて、三井を椅子に腰掛けさせ、湯をかけてやる。
やさしく、体を洗ってやり、湯船の中に送り込むと、自分もそそくさと体を洗い、湯船の中に入ろうとする。
「こら、せめーんだよ!」
「でも、三井さんと一緒に入りたいです!」
狭い湯船の中で、三井に抱きつく。
「なんかすごく幸せな気分です」
「…ふぅん」
三井も、大人しく仙道の腕の中にいるが、少々のぼせてきたようなので、名残惜しいが、腕から解放して、二人して湯船から出た。
体をさっさと拭いて、用意した浴衣を着せ掛ける。
三井の手を引いて、仙道の暮らしている離れへと誘う。
部屋に入ると再び、仙道は三井に抱きついた。
「三井さん…俺…」
「仙道…」
「なんか子供の頃からの夢が叶いました。舞い上がっちゃいそうです。でも…、ほんとにいいんですよね?」
「ばか…。んなこと、聞くなよ…」
寝所へ、三井を横たえて、口付けを交わす。
浴衣の合わせ目から、そっと手を入れて、三井の肌を愛撫すると、三井が、ぴくりと体を震わせた。
「?三井さん?」
「え、い、いや、なんでも…」
「どうしたんです?やっぱり厭ですか?」
「う…。ちょっと、心の準備ができてねーだけだ…」
頬を染めて、三井が上目遣いに仙道を見る。
仙道は、ふっと、微笑んで彼の肌に沿わせて手を引いた。
乱した浴衣を整える。
「せんど…?」
「今日は、ここまでにしておきましょうか?俺、三井さんが、俺に応えてくれようとしただけで、すごく幸せです。三井さんがその気になってくれるまで待ちますから…」
三井の額に軽く口付けて、仙道は微笑む。
「ずっとその気になんねぇかもしんねーぞ」
三井が、そっぽを向いて呟く。
「え、そんなぁ…」
「だから、さっさとやっちまえばいいだろうが!俺、一言もやだっていってねーだろっ!」
情けない声を出した仙道に、そっぽを向いたまま、三井が怒鳴った。
「みついさん?」
戸惑う仙道に、三井は切れてしまったようで、仙道を押しのけて、起き上がろうとした。
「もうお前みてーな馬鹿知んねぇ!帰る!」
「えっ!うわ!まってください!お願いします!」
仙道は慌てて三井を抱きしめて、引き止める。
「もう、ぐだぐだいわねーか?」
「はい!」
「じゃ、いい。許してやる」
三井が、力を抜いて体を預けたので、仙道は、再び三井を横たえ、今度こそ、三井をいただくべく作業を開始した。
途中で、仙道が暴走してしまい、翌日、三井の足腰が立たなくなり、当分の間、憤慨した三井から出入り差し止めを食らったのは、若気の至りとはいえ、仙道痛恨の失敗となってしまったようだ。