☆ 湘北
翌週、湘北高校バスケット部の練習場である、体育館に、海南、陵南、翔陽の各校から選抜された選手が集まった。
「今日は、お世話になります」
選抜チーム主将の牧が、一同を代表して安西監督に挨拶をする。
練習は、ここ数回と同じように、基礎練習と連携プレーの練習が中心だ。
牧を中心に、練習が進む。
休憩の合図で、一同が、どっと座り込む。
今日は、彩子や赤木晴子のほかに、晴子の友達も助っ人にやってきて、マネージャーを務めている。
彼女達は、座り込んだ選手達にスポーツドリンクを手渡して歩いている。
また、湘北から参加している赤木、三井、宮城、流川、桜木以外の選手達も、今日はサポートに当たっている。
「やはり、共学はいいなぁ」
牧が、三井の横で、女子マネージャー達の動きを見ている。
湘北以外、すべてが男子校だったため、女性マネージャーは、一服の清涼剤だ。
「牧、なんか、オヤジくせーぞ」
牧の横で、ハードな練習で、ぐったりして座り込んでいる三井が、力なく笑った。
「そうか?しかし、正直な感想だぞ。男子校も3年近くいるとなぁ、潤いがないんだ。まったく…」
牧が、溜息混じりに答える。
晴子が近づいてきて、牧にドリンクを手渡す。
「ありがとう」
にっこり笑った牧に、晴子はポッと顔を赤らめ、ぺこりとお辞儀をして戻っていく。
「にやけてるぞ。でもよ、あれは、赤木の妹だぞ」
「な、なんだって?」
牧は、驚いたように、晴子と、コートの反対側に座っている赤木を見比べる。
「遺伝子の脅威だろ?」
三井がくすくすと笑う。
「あぁ、自然の不思議を見たような気がする」
散々なことを言いながら、二人は笑いあう。
「三井先輩、タオルどうぞ!」
へたりこんでいる三井に、桑田が近づいてきて、タオルとドリンクを渡す。
「お、おう、サンキュ」
「いえ!三井先輩頑張ってくださいね!」
そう言うと、桑田は嬉しそうに離れていった。
「…」
牧が無言で三井を見る。
「な、なんだよ?」
「いや、三井は、男子校でも平気かもしれないな…」
「どういう意味だよ」
「ずいぶん後輩に慕われてるじゃないか」
「…そ、そっか?で、でもよ、お前だって、あの小煩い野猿…じゃねぇ、清田とかって奴に懐かれてるじゃねーか」
「あれは、怖がられているんだ。いつも、俺が雷を落とすからな。なるべく、俺の機嫌をとってるんだろう」
「そうなのか?」
三井は、ふーん、と納得したようなしていないような答えを返した。
「なんだか、和んでますねぇ」
三井の後ろから、仙道が声をかけた。
「あぁ?なんだよ?仙道?」
「牧さんと、三井さん、とっても仲良しじゃないですか。なんか妬けちゃいますよ。俺」
「仲良しって…。子供じゃないんだぜ?」
三井が呆れたように振り返る。
「でも、二人でいい雰囲気じゃないですか。俺なんか、一人寂しく休憩してるんですよー」
だから、三井さん構ってくださいと、仙道は、三井に抱きつく。
「わっ!何言ってんだよ!仙道!暑いだろ!離れろって!」
三井がじたばた、抵抗しているので、牧が見かねて仙道に注意をしようと近寄る前に、流川の蹴りが仙道の背中に入った。
「いたた…。蹴りはひどいよ、流川」
「ルセー。センパイをハナセ」
「ふぬー!センドー!ミッチーに何すんだ!」
それを見咎めて、桜木もやってきた。
仙道の腕の中から、三井を引き剥がそうと、二人が三井の両手を引っ張る。
「こら、やめないか。三人とも、三井が困ってるぞ」
牧が三人から、三井を助け出そうと中に分け入った。
「ま、まきー」
情けなさげに、三井が、ようやく仙道の腕の中から救出されて、牧の背中に逃げ込んだ。
「ミッチー!何で、じいの後ろに逃げるんだ!」
桜木が、裏切り者と呼びながら三井に近づく。
「なんでって、ここが、一番安全だろ」
三井が、牧の背中から桜木に答える。
「さぁ、もう、休憩時間が終わるぞ。そろそろ、お前達もコートに戻れ」
牧が、時間だと、彼等を促す。
しぶしぶ、彼等がコートに戻っていったので、牧はほっと一安心して、背後の三井に声をかけた。
「三井も、大丈夫か?そろそろ時間だ」
「お、おう…。何で、あいつ等、あぁかな…。まいったぜ…」
「とんだ災難だな」
「…ったくだよ。仙道ってわかんねー。ウチの奴等は、仙道に張り合ってるんだろーけどよ…。勘弁して欲しいぜ」
「まったくだな」
コートに戻りながら、二人は、やれやれどうしたものかと溜息をついた。
その後、大過なく、国体までの練習プログラムが終了し、最後に、紅白戦を行うことになった。
チーム構成は、なるべく同じ学校のものは離すということで、紅チームが、藤真、宮城、赤木、高砂、神、福田、清田、流川。白チームが、牧、魚住、花形、仙道、三井、越野、桜木、長谷川と分けられた。
試合は、藤真と牧が中心になり、それぞれ得点の取り合いになった。
三井は調子もよく、外からのシュートをどんどん決めていく。また、牧の突進についてゴール下に入り、内からのシュートも今日はよく決まっている。機嫌よくバスケを楽しむうちに試合が終わった。
試合は、白が6点差で勝利を収めた。
懸念されていた、連携プレーも、何とか形になってきたし、チーム内の違和感も、回を重ねてようやく払拭されたようだ。
一同が、整列して、監督からの話を聞く形になると、コーチとしてついている田岡監督と高頭監督が、交互に演説をぶち始める。
そして、レギュラーと、サポートに回るメンバーが発表された。
湘北の5人のほかに、海南の牧、神、清田、陵南の仙道、福田、翔陽の藤真と花形が選ばれ、海南の高砂、陵南の越野、翔陽の長谷川がサポートに回った。
陵南の魚住は、もともと、辞退をしていたので、メンバーには含まれていない。
最後に、安西監督が、全員の前に立ち声をかける。
「いいですか?君達は神奈川のたくさんの選手の中から選ばれたつわもの達です。自信を持って試合に臨んで下さい」
一同が、はいと大声で答えたところで、監督訓話は終了した。
あとは、牧から、週の後半にある国体への参加に関するこまごまとした注意事項が示されて、解散となった。
それぞれのチームが、まとまって、赤木と宮城に礼を言って帰っていった。
「ふー、終わったな」
体育館の掃除を始めた湘北の1、2年のメンバーを見て、パイプ椅子の片付けを手伝いながら、三井は長い溜息をついた。
「何言ってんですか。国体はこれからじゃないですか」
「あぁ、まぁそうだけどよ」
「今日はこれからどうします?」
「ん?今日もばてたから、もう帰るつもりだけど…。なんかあるのか?」
「いえね、なんか、ラーメンでも軽く喰って帰るかなって思ったんで、一応お誘いを」
「なんだよ…。うーん、そうだな。小腹減っちまったよな。よし、行くか」
「後、花道でも誘いますか」
「あぁ。でもあいつ連れてくと、奢らされちまうんだよな…。ま、仕方ねーか」
帰りの予定が立ったところで、宮城が離れていった。
掃除が終わり、着替えて、帰路につく。
「ミッチー!今日はどこに行くんだ?」
「え?宮城に任してあっから、あっちに聞けよ」
リョーちんどこに行くんだと、宮城にたずねる桜木を見ていると、ふと、背後に視線を感じた。
振り返ると、流川が黙ってついてきている。
「なんだ、流川…。お前も、一緒にくるか?」
「…ウス」
こっくりと、頷くので、流川にもついてこいといった三井は、大急ぎで、今日の財布の中身を思い描いた。
この分では全員の分を払わされそうだ。
今日は、何とかしのげそうだが、国体に行くまでに、じいさんの家に行って、小遣いをせびってこようと、三井は、せこい計算をする。
最寄のラーメン屋で、ラーメン定食を平らげた、一行は、やはり、三井の奢りで店を出る。
「なんだよ、宮城まで奢らされちまったぜ。せめて、誘った日ぐらい自分で出せよな」
「すんません、ちょっと今、金欠なんス」
「仕方ねーなー」
駅に向かう道で、3人と別れた三井は、さっそく、祖父に小遣いをせびろうと、帰路と異なる電車に乗り込んだ。
電車に揺られること数十分、祖父の住む町の最寄駅で降りた三井は、実家に、祖父の家に寄るという電話をして、祖父の家を目指しててくてくと歩いていった。
三井の祖父は、現在は、同族企業の会長を勇退し、相談役として、のんびり暮らしている。
会社のほうは、三井の二人の伯父が、会長と社長を務めている。
三井の父は、系列会社の社長をしている。
同族会社のため、重役連はほとんど、親族で占められている。
いずれ三井も、その、末席に連なることを期待されているが、どうも本人は、このままバスケを続け、安西師のように後進指導をするために教員になろうと考えているようだ。
「じいちゃん!元気か?」
家に入るなり、三井は、声を張り上げる。
「おう、ちゃー坊!どうしたね」
「ちゃー坊はやめろって…」
「まぁ、立ち話もなんだ、こちらに来なさい。ところで、こんな時間にやってきて、家には、連絡したのかね」
三井が、バスケをやめて、不良をしていたことは、祖父たちも周知の事実だ。
更生した今は、遅くなるときには、母にちゃんと連絡をしているのをどうやら知っているらしい。
「うん、くる前に電話しといた」
「そうか、それなら今日は泊まっていけるのかな?」
「うん、別にいいんだけど、明日の練習の用意してねーんだ」
「じゃぁ、明日、送っていってやろう。わしも、祝人の顔が見たいしな。とりあえず泊まると連絡しておきなさい」
「はい」
大人しく、祖父の言うことを聞いて、三井は実家に再度連絡をいれる。
明日の朝、荷物を取りに立ち寄ると告げたら、姉が甥っ子と二人で届けに来ると言う。どうやら、甥っ子が、三井がいないことでぐずっているらしい。
「じいちゃん、ねーちゃんと祝人こっちにくるって」
「なんと、そうか、今日はハーレムじゃの」
祖父は嬉しそうに微笑む。
祖母に、ありあわせというには豪華な夕食を、出してもらい、ラーメン定食では足りなかった胃袋の満足感を満たし終わったところに、姉と、甥っ子がやってきた。
「ちゃーちゃん!」
甥っ子が、たたたたっと走って近づいてくる。
「よう、祝人」
甥っ子を膝の上に抱き上げてやると、甥っ子は三井にぎゅっと抱きつく。
「なんだ?どうした?」
「今日は、なんだかご機嫌斜めなのよ。そのうえ、ちゃーちゃんが帰ってこないって聞いてもう大変」
ぎゅっとしがみつく、甥っ子の、背中をぽんぽんたたいて、三井は、姉と顔を見合す。
「ちゃー坊、風呂に入ったらどうだ?」
祖父が、三井に風呂を勧める。
「あ、はい。じゃ、祝人、一緒に入るか?」
「うん!」
甥っ子を連れて、浴室に向かう。
祖父の家の風呂は、室内が総檜の風呂で、何となく温泉気分がするので、三井のお気に入りだ。
甥っ子の身体をまず洗ってやって、ざばーっと湯をかける。今度は自分が洗っていると、甥っ子が手伝うと言うので、背中を洗うのを手伝ってもらう。
髪も洗って、甥っ子と浴槽に入る。
膝に甥っ子を乗せて一息つく。
湯は、少しぬるめで、ゆっくり長風呂が出来そうだ。
「なぁ、祝人、今日機嫌悪かったんだって?」
三井が話し掛けると、甥っ子が三井を見る。
「だって…」
「?だって?」
「ちゃーちゃん、このごろあそんでくれない」
「あ…。そうか、学校始まって、帰り遅くなってるからな…。それに土日も練習だし…」
「ちゃーちゃん…」
ぎゅっと抱きつく甥っ子の頭を撫でながら、叔父馬鹿炸裂状態の三井は、どうしたもんかと頭を悩ませた。
しかし、来週には、また、国体会場のある大阪まで出かけなければならない。
「ごめんな、練習は抜けられねーけど、家に帰ったらなるべく一緒にいっからよ」
甥っ子と指切りをする。
甥っ子が三井の頬を両手ではさんで、唇にちゅっとキスをする。
「わ?何すんだ?」
「やくそくのちゅー」
「そ、そっか、約束な。ははは…。」
こんな子供にまでキスされる自分に、心で涙しながらも、まぁ、可愛いから許す、甥っ子に甘い三井だった。
湯船から出て、甥っ子を、手早く拭いて、着替えを手伝おうとしたが、自分で着れるというので、自主性に任せた。
三井も、さっさと水気を落とし、姉が持ってきてくれた、パジャマ代わりのTシャツとショートパンツを身につける。
二人で、風呂から上がって、祖父達のいる居間に戻る。
ぺったりと三井に張り付いている、甥っ子に、回りは、ほのぼのとしているが、甥っ子は、三井を自分のお嫁さんにするのだと、小さな頭で真剣に考えていたのだった。
その夜、やはり、甥っ子を懐に抱きこんで、三井の夜は更けていった。
翌日、祖父から、小遣いをたんまりもらい、懐も暖かくなった三井は、祖母が作ってくれた弁当持参で、学校に向かった。
甥っ子とは、祖父の家の玄関で何度もキスされてようやく解放してもらった、三井だった。
「おはようございます。昨日はご馳走さんっした」
校門を入ったところで、宮城に逢う。
「お、おう…」
「いよいよ、今週は、国体ですね」
「そーだな。がんばらねーとな」
「えぇ。安西先生を全国制覇の監督にしましょうや」
「おう!絶対に優勝だぜ!」
気合も新たに、三井達は、その週の前半を調整で過ごした。
そして、いよいよ、国体に向けて一行が出発する日を迎えた。