☆ 翔陽
翌週末。
神奈川選抜の国体メンバー一行は、翔陽高校にやってきていた。
翔陽も系列大学をもつエスカレーター式の学園だ。
もちろん私学で、裕福でもある。
バスケット部も今までの実績もあり、潤沢な資金を割り当てられているため、最新の設備のそろった体育館が、彼らの練習コートだった。
「すげーよなぁ」
三井がしきりに感心している。
こんなきれいなコートで、毎日練習できれば幸せだなと思う。
反対に、湘北の一年生達は、別になんとも感じないらしい。
普段の騒がしさが、嘘のようにおとなしくしている。
練習は、前回と同じく基礎練習の後、コンビネーションの練習だ。
とにかく、単独チームに比べて、コミュニケーション不足なのだ。
単独チームに勝つために、メンバーを入れ変えながら、試合を行う。
「ふぅ…」
コートの中から、外れて、三井は、汗をぬぐう。
ふと周りを見れば、藤真、花形、長谷川の翔陽メンバーが、立っていた。
なんとなく気詰まりで、三井は、目をそらすが、それをどうやら、見とがめられたようだ。
「なんだよ。無視する気か?」
「べ、別に…」
「ふうぅん…」
藤真に、上から下までじろじろと見られ、三井は、困ってしまう。
「藤真…」
花形が、三井が困惑しているのを見て、注意を促す。
「うるさい」
藤真はとりあおうとはせず、三井をじろじろと見つづける。
「藤真、交代だ」
そのとき、牧が、コートから出てきた。
「ちっ…」
藤真は、牧をにらみつけて、コートに戻っていった。
「…?どうかしたか?」
「いや、これといって…」
三井は、困惑げに答える。
「すまないな、三井。藤真の機嫌が、今日ももうひとつのようなんだ…。とばっちりだったな」
花形が、すまなそうに三井に声をかける。
「い、いや…」
「何だ、また藤真に因縁吹きかけられてたのか?」
まったくと、牧はため息をつく。
「帰りに、体育用具室に引き摺り込まれないように、三井は注意しろよ?」
「はぁ?」
「藤真は、あれでいて、結構力が強いからな。三井だと、抵抗できないうちに引き摺り込まれそうだな」
「う、嘘…」
自分のほうが、体格は上じゃないのかと、三井は、回りの者の反応を見た。
どうやら、嘘ではないらしい反応を見て、いっそう困惑する。
「あいつ、あの外見だから、身を守るために格闘技を身に付けるうちに、マニアになってしまってな。俺でも結構やられてしまうくらいに、強いぞ」
「ま、まじ…?」
三井は、牧や、湘北のメンバーから離れないように気をつけねばと心に誓った。
その日、練習が終わり、一同は、着替えて、翔陽の体育館を後にすることになった。
「おつかれ」
三井は、湘北のメンバーとまとまって帰ることにして、宮城の横にいた。
赤木が、藤真に礼を言い、湘北の一行に帰るぞと声をかける。
「三井に話がある」
赤木について、校門を出ようとしたときに、藤真が三井に声をかけた。
「え?俺?」
三井は、やばいと感じて、あたりを見渡す。
しかし、湘北のメンバーは、それならと三井を置いて帰りそうだった。
「ちょっと来てくれ」
そういうと、藤真は、三井の腕を見た目と異なり強い力で掴み、体育館へと連れて行こうとする。
「え、いや俺は…」
三井の抵抗など、あって無いがごとく、ぐいぐいと引っ張って行く。
『ど、どうしたらいいんだ?』
三井は、彼を置いて帰ってしまいそうな、湘北の一行に目をやるが、彼らは、もう校門を出てしまっている。
「どうしたんだ?」
その時、牧の声がした。
「牧!」
三井は、必死に声をかける。
牧は、三井の様子を見て藤真に声をかける。
「藤真。悪いな。三井は、これから俺と約束があるんだ。離してくれないか」
三井の腕を掴んだ藤真の手をそっとはずして、三井を背中に庇う。
藤真は、ぎりっと歯軋りしたが、周囲に海南の一行がいたため、どうやら、あきらめたようだ。
「おぼえてろ」
牧にだけ聞こえるような低い声で、捨て台詞を吐いて体育館に戻っていった。
「ひやー。牧、助かったよ」
危機一髪だったと、三井は、牧に礼を言う。
「さ、帰るか」
牧は、海南のメンバー達を先に帰して、三井とともに校門をくぐった。
「ほんとに、藤真の力、強くて、まいったよ」
「そうだろ?腕相撲なんかしたら、俺も勝ち越せるかどうかわからんからな」
「ひえー」
助かったと、三井は呟いた。
「ま、一番の危機は超えたと思うな。次は、湘北だし、そんなに無茶はしないだろう。あいつはあれでも体裁を気にするタイプだからよその学校でまで問題は起こさないと思うぞ。どちらかというと、国体の最中が、要注意かも知れんな。赤木にそれとなく、声をかけておくよ」
「す、すまねー」
駅について、切符を買って構内に入ったら、ホームに、海南と、湘北の一行が、少しの間をあけて、立っていた。
「ふぬ!ミッチー!じいと何はなしてるんだ!」
桜木が気づいて、寄ってくる。
牧と三井の間に割り込んで、牧を威嚇してくる。
それに苦笑して、牧は、三井に声をかける。
「それじゃ、三井、またな。次は湘北であおう」
右手を軽く上げて、牧は、海南の一行のところに向かおうとした。
「牧、すまねー。またな」
三井も慌てて声をかける。
電車がきて、それぞれ乗り込み、家路へと向かう。
少しの危機を何とかしのいで、三井の一日は終わりに近づいていた。