次の朝。
 三井は、ぐっすり眠って、体調ばっちりで、牧の待つコートに出かけた。
 いつもついてくる甥っ子は、姉と2人で祖父の家に出かけるらしく、連れてきては居ない。
 完全に叔父馬鹿と化している三井は、なんとなく淋しい気がしてならなかった。
 家には、土屋と諸星がやってきた時のために、コートで待つと伝言を残していく。
 母には、二人のほかに、牧も泊まると言い置いて出かけてきたので、今ごろは、夕食をどうしようかとあれこれ考えているだろう。
 「牧!」
 コートに、牧の姿を見つけて、三井が駆け寄る。
 「三井。おはよう」
 「おう、おはよ」
 「今日はよろしくな」
 「こっちこそ。メンドー頼んじまって…」
 「いや、俺も押しかけてしまうんだから…」
 「牧が来てくれるってんで、おふくろ達張り切ってんだよ」
 「そうか?なんだか申し訳ないな」
 「それより、早くバスケしようぜ!」
 「あぁ、そうだな」
 体を解したあと、1ON1をはじめる。
 体調ばっちりの三井は、牧のパワーにも圧倒されずに互角に戦えるのがうれしくて、一層調子を上げている。
 さすがに、ぶっ続けでは、お互い持たないので、(というより三井が持たないのだが)休み休みにしてはいたが、気がつけば、もう昼になっていた。
 「うわー。もう昼だぜ。道理で腹減ったと思ったんだ」
 「本当だな。つい夢中になってしまった。どうする?どこか食事に行くか?」
 「ウーン、このへんだと駅前かな…。うちに帰ったほうが早いけど…」
 「しかし、今夜お邪魔するのに、今からじゃあんまり厚かまし過ぎるだろう…」
 「堅いなぁ…」
 「すまん」
 「いや、とりあえず駅前に行くか」
 汗に汚れたTシャツ等をとりあえず着替えて、二人は駅前に出かけて、目に付いたファミリーレストランに入ることにした。
 それぞれオーダーしたものを、胃袋にかき込んでいると、窓の向こうに見なれた顔を見つけた。
 「諸星、土屋…」
 窓の向こうから、土屋が手を振っている。
 諸星が、土屋を促して店内に入ってきた。
 「ミッチー。こんなとこでなにしてんのん?」
 にっと笑いながら、土屋が尋ねる。
 「み、ミッチーって言うな!」
 「それに牧までなんでこんなとこに居るんだ?」
 「デートしてんのん?」
 「で、デートって何だよそれ!」
 「今日と明日は、三井とバスケする約束だったんだ。それで、今は昼食休憩中だ」
 「へぇー。仲良しさんやな…」
 「それより、夜行で来て、今になるのか?」
 「あぁ、あんまり朝早ようても、三井の家に迷惑かかると思て、ちょっと東京で暇潰してたんや」
 「何だ、横浜着じゃなくて東京着だったのか?」
 「うん、横浜のほうが本数少のうて、座席取れへんかってん」
 そんなに苦労するなら来なけりゃいいのにと、三井も牧も思ったが口には出さなかった。
 「ところで三井、俺さ、約束守ってもらおうと思って…」
 今まで黙っていた、諸星が三井に向かって話しかけた。
 「や、約束って何だよ…」
 「とぼけちゃって…。インターハイで勝ったら一晩相手するって約束だよ」
 「そ、そんな約束してねぇぞ!あん時もしねぇって言ったろーが!」
 三井は必死で、反撃する。
 「へぇ、憶えてるんだ…。仕方ないな。それじゃ、中学の時の約束は守ってくれるよな」
 「え?」
 「勝ったらキス」
 「そ、それは…」
 「それは?」
 「とりあえず、これ食べてしまわないか?諸星も、そこに突っ立ったままだと他のお客さんに迷惑だろう。座ってなにかオーダーするか、外で待つかしてくれないか?」
 牧が、間に入って答えに窮した三井を助ける。
 「そやな、それ食べるまで待ったるわ」
 そう言うと、土屋は諸星を促して隣のテーブルに腰を下ろし、飲み物をオーダーすることにしたようだ。
 「さ、三井、落ち着いて残り食べないと、胃に悪いぞ」
 「う、うん」
 とりあえず、残りを胃袋に収めるべく、三井と牧は、食事を再開した。
 
 食後、店を出て、コートに戻る。
 「さぁ、三井。約束守ってもらおうか」
 「う…」
 「約束やもんなぁ」
 土屋が面白そうに、二人を見る。
 三井が、牧に助けを求めて、縋るような目を向けた。
 「何で、牧を見るんだよ?まさかホントに付き合ってるとかいうんじゃないだろうな?」
 「あぁ、付き合ってるよ。だから、キスは唇以外にしてやってくれよな。まさか諸星だって俺と間接キスは嫌だろ?」
 「ま、牧…」
 牧が、三井の肩をそっと抱く。
 真っ赤になった三井を見て、土屋と諸星は顔を見合わせる。
 「まさか…」
 「ま、マジなん?」
 「そ、それなら、証拠見せろよ」
 「証拠?」
 「付き合ってんなら、二人でキスできるだろ?今この場で、証明してみろよ」
 諸星が、悠然としている牧に、提案する。
 「もし、それなら、三井との賭けはチャラにしてくれるのか?」
 「ま、牧!」
 三井にとっては、どっちもどっちである。
 必死で、牧のTシャツの裾を引っ張る。
 「三井、どうする?」
 牧は、三井に問いかける。
 「牧…」
 「…三井は、人前でそういうことしたがらないんだよな…」
 「それじゃ信用できねぇよ」
 「そう言われてもな…。ここは三井の家の近くだし、やはり人目につくところではな…」
 「じゃぁ、家に帰ったらでもいいぜ」
 「ばか、家の人が居るだろう…。もし見られたりしたら、今度は俺が、三井の家に立ち入り禁止になってしまうだろ?」
 「それじゃ、結局証明できないじゃないか」
 「あぁ、そうだな、困ったなぁ、三井」
 真っ赤になって牧の裾をつかんでうつむいている三井は、もう切れる寸前だった。
 目に涙がたまり始めている。
 「仕方ねーか、三井。じゃ、ここでいいよ」
 「え?」
 三井が顔を上げると、諸星は、自分の右頬を指している。
 「三井、諸星の気が変わらんうちに、さっさと済ましたほうがええのんちゃう?」
 土屋が、くすくす笑って、三井を促す。
 基本的に、諸星も土屋も三井を泣かせたいわけではなさそうで、ちょっと苛めてみたいという程度のようだ。
 「う、うん…」
 三井が、そろそろと、諸星に近づく。
 牧の裾をつかんだままなので、牧も、仕方なくついていった。
 諸星が、頬を差し出して、三井がすばやくキスをして、離れた。
 さっと、牧の後ろに三井が隠れる。
 「なんだよそれ」
 諸星が、参ったなというように苦笑する。
 「なーんか、ほんまにラブラブみたいやんか」
 牧に頼りきった三井の姿に、土屋も苦笑する。
 牧も、妙に頼られているのを感じて、なんだかくすぐったい気持ちになる。
 しかし、三井とはまだラブラブどころか、友達になったばかりなので、本当に付き合うことができるのか、今のところ牧には自信があまりなかった。
 「さて、諸星も土屋も腹ごなしに、バスケでもしないか?」
 いま、四人の間に流れるなんだか微妙な気配を入れ替えるため、牧が、ことさら明るく提案をする。
 「あぁ、そやなぁ、せっかく四人も居るんやし、対戦しょうか?」
 「2ON2か?面白そうだな」
 土屋も諸星も賛成したので、少し体を温めて、対戦することになった。
 まずは、牧、三井組対土屋、諸星組ではじめる。
 実力はほぼ互角といったところだが、僅差で神奈川組が勝ちを収めた。
 (牧とこんなにやりやすいとは思わなかった)
 三井は、牧の動きやパスが、自分の感覚にとても近いと驚いた。
 いて欲しいところにいて、三井が欲しい球をくれる。
 牧も、初めて組んだ三井と、感覚がぴったりだったので、驚いていた。
 「なんか息ぴったりやんか。自分ら」
 「いつも練習してるのか?」
 「いや、三井と組むのは、今が初めてだよ」
 「ずっと一対一だったもんな」
 「ふーん、バスケのタイプも違うように見えるんだけど、何か近いものがあるのかな」
 「愛やなんて言わんといてや」
 「馬鹿な」
 今度は、土屋、三井組と牧、諸星組で対戦する。
 やはり、僅差で今度は牧、諸星組が勝った。
 最後に、三井、諸星組、牧、土屋組で対戦して、引き分けの末、再試合で牧、土屋組が勝った。
 「やー、楽しかったなぁ」
 「もう一巡やろうや」
 「そうだな」
 所詮バスケ馬鹿ばかり集まっているわけで、彼らは、そのあと三井の体力が限界に来るまで、対戦を続けた。
 
 「ひー、てめぇら、化けもんかよ…」
 三井が、とうとう座り込んでしまって、牧たちを見る。
 「何や、ミッチー疲れてしもたん?」
 「ミッチーって言うな」
 「日が暮れてきたし、三井、そろそろ、お開きにするか?」
 「お、おう」
 三井が、歩けるまで体力回復するのを待って、一行は、三井の家へと向かった。
 帰るとすぐにシャワーを浴びさせられて、客間に入れられる。
 夕食は、食堂で、三井家の母、姉親子とともにとる事になった。
 会話は、主に土屋が受け持って、場を盛り上げていた。
 夕食後、客間に通された牧、土屋、諸星は、川の字になった三組の布団を見て、三井は、別間に眠ることを悟った。
 「何や、三井は、ここでは寝てくれへんのか…」
 「お前らが、訳のわかんない事言うから、警戒してんじゃないのか?」
 「牧が、三井に変な事しないように牽制してるんじゃないの?」
 「…」
 「あ、黙秘権?」
 牧をつついて、諸星と土屋が遊んでいると、三井が、冷えたお茶と、コップを持って入ってきた。
 足元に、甥っ子を連れているようだ。
 布団を少しずらして、車座になるように勧めて、三井は、お茶を注ぎ分け胡座を掻いて座り、その膝の上に甥っ子を乗せる。
 「今日は、面白かったよな。明日もバスケしようよな?」
 「あぁ」
 「そうやなぁ、せっかく上京してきてんのに、バスケ三昧っちゅうのも…って、おもたけど、これもまた楽しい思い出になるもんなぁ」
 「ま、所詮バスケ馬鹿ばっかりってことなんだよな」
 「確かに」
 「よかった。俺、明日で休み終わりだから、そのあとは、お前達と遊べねぇんだ…」
 「しかたないなぁ、やっぱり練習第一やもんな」
 「俺も、明後日の午後には、部が始まるからなぁ」
 「ま、明後日からは、また、他に当てを探そうか?」
 「そうやな。東京とかの知り合い当たってみよか?」
 「ところで、いつまで居るんだ?」
 「俺は、4日後の夜行バスで帰る予定をしてる」
 「俺も俺も!」
 「そっか夜行バスって大変なんだろうな」
 「まぁなれてしまえばね」
 「そうそう、まぁ、座席が狭いから、俺みたいな身長やったら、足が伸ばせへんって事が、ちょっとつらいんやけどな」
 「そーだよな」
 それぞれが十分人並み以上の身長の持ち主なので、苦労はよくわかっているらしい。
 その後、4人はあれこれとインターハイの話題で盛り上がった。
 膝に抱いた甥っ子が熟睡したので、三井が、席をはずすというところで、その夜はお開きとなった。
 翌朝の時間を決めて、三井が部屋を出ると、残りの三人も、布団を敷きなおして、横になる。
 横になるとさすがに、夜行バス組に睡魔が訪れてきたので、明かりを消してとっとと休むことにした。
 三井も、甥っ子を連れて、自分のベッドにもぐりこむ。
 座り込むまでバスケをしたので、やはり、三井も早い睡魔の訪れに身を任せた。
 
 翌朝、朝食を摂ってバスケをするために身支度をしていると、玄関に流川がやってきた。
 「流川?どうしたんだ?何かあったのか?」
 甥っ子を抱いて、部屋を移動していた三井が、流川に声をかける。
 「1ON1の相手してほしーっす」
 「へ?」
 「…だから先輩とバスケしてー」
 「うーん。今日は、他にメンバー三人も居るんだけど良いか?それで良いならお前も来いよ」
 一瞬、流川はむっとしたものの、三井とバスケできることには違いがないので、こっくりと頷いて三井たちの用意ができるまで、玄関に突っ立っているのが面白くなかったのか、先日のコートで待っていると言い置いて、行ってしまった。
 (相変わらず愛想のないやつ)
 三井は、その姿を見送って、自分の支度をするために部屋に向かった。
 
 三人を伴って、三井がコートに行くと、そこには流川と、仙道の姿があった。
 「仙道?お前までどうしたんだ?」
 「おはようございます。三井さんとバスケしようと思って、三井さんのお宅に向かってその道を歩いていたら、流川に遭っちゃって…。何でも、このコートに来られるって事らしかったんで、こっちでお待ちしてたんですよ。あれ、今日はちっちゃい三井さんいないんですか?」
 「お、おう、今日はおふくろ達と買い物に行くんだってよ…って、違うだろ!…ま、六人だったら2ONや3ONができるからちょうど良いか」
 三井は、仙道と流川を、土屋と諸星に紹介する。
 流川は、インターハイで見知っているが、仙道は、うわさに聞くだけに、二人とも興味深く仙道を見ている。
 「さて、ウオームアップ始めるか?」
 牧が、バスケに皆の意識を切り替えさせる。
 それぞれが、自分流のウオームアップを始める。
 体が温まってきたところで、三組のチームを作ることにした。
 まず、土屋と諸星、牧と三井、仙道と流川ということになった。
 決定には、少々(?)流川の無言の抗議があったが、三井以外に、そんな抗議に気がつくような人間がいなかったから、当然無視された。
 まず、土屋、諸星組と仙道、流川組で2ON2が始まった。
 始めのうちは、流川と仙道が噛み合わなかったせいか、点差がついたが、徐々に追いついてきて、一ゴール差で土屋組が勝った。
 負け残りの仙道たちと、今度は牧、三井組が対戦する。
 昨日、互いに驚くほど感覚が合うと感じていた通り、今日も、難なく三井と牧は合わせることができた。
 だんだん仙道と流川も互いのスタイルを把握し始めたのか、息が合い始めたが、やはり一日の長のある牧、三井組が勝利を得た。
 今度は、牧組が残り、土屋たちと対戦する。
 今度も、牧と三井のチームが息がぴったりで、勝利を収めた。
 次は、メンバーを変えようということになって、じゃんけんで決めることにした。
 その後も、一同は、メンバーを交代しながら、対戦を続け、昼食に短い休憩をとって、午後からも2ON2や3ON3をして、日が暮れてくるまでバスケ三昧の一日を過ごした。
 「すっかり日が暮れてしまったな」
 牧が、驚いたように呟いた。
 「この位でお開きかな」
 三井も、昨日と比べると、ぶっ続けでないだけに少し余裕だが、やはり肩で息をして提案をする。
 解散することになって、仙道と流川も、夕食に誘ったが、やはりあまり大勢なのに気が引けたのか、流川も仙道も辞退した。
 「流川」
 帰り始めた流川に、三井は声をかけた。
 「明日から、練習だからな。遅れるなよ」
 「…」
 流川は、暗に、三井のほうが遅れるくせにと言わんばかりに肩をすくめた。
 同学年たちの前で、面目丸つぶれの三井は、真っ赤になってしまう。
 「る、流川っ!」
 「まぁまぁ、三井さん」
 仙道が、くすくすと笑いながらも、間に入る。
 「今日はありがとうございました。明日から、練習なんですね。また、今度お休みの日にでも、一緒にバスケしてくださいね」
 三井の手を取り、無理やり握手して、約束を取り付けようとする。
 「なんだぁ?もう、冬の練習が始まったら、お前だってそんなにノホホンとしてられねーだろ?」
 「まぁそうなんですけどね…。でも、休みのときぐらい良いじゃないですか。ね?ホントにつれないんだから…」
 そう言うと、三井にぎゅっと抱きつく。
 「せ、せんどー!」
 「…っにゃろっ!」
 驚きに固まった三井を、慌てて流川が引き剥がしにかかる。
 今日一日のもやもやを吹き飛ばすかのように、流川が三井を仙道から奪って、力いっぱい抱き込む。
 「さわんな!」
 「あ、流川、ずるいよ。明日から、いつも三井さんと一緒に居られるじゃないか。今日ぐらいこっちに譲ってくれたって…」
 「減る」
 この年少の二人の攻防を他の三人は、呆れたように見ている。
 「て、てめーらいいかげんにしやがれ!」
 三井が、暴れて流川の腕から逃れようと必死になっているのを見かねて、牧が、三井を流川から引き剥がしてやる。
 「大丈夫か?三井?」
 「流川も仙道も、とっとと帰りやがれ!もう、てめーらなんてしらねー!」
 牧の後ろに身体を半分隠しながら、三井は、二人を非難する。
 流川は、肩を竦めて、必要以上なため息をつくと、ぺこりと礼をして帰っていった。
 仙道も、その姿を見て、仕方ないかと肩を竦め、三井や、牧たちに声をかける。
 「じゃ、きょうはありがとうございました」
 「あぁ、結構楽しかったよ」
 牧が代表して、応対すると、頭を軽く下げて帰っていった。
 「いやー、ミッチー、モテモテやん」
 「ミッチーって言うなー!」
 真っ赤になってプリプリしながら、三井が先頭を切って、家路を辿り出した。
 残された三人は、顔を見合わせて、くすっと笑い、三井の後をついて帰った。
 その夜も彼らは、三井の母と姉の手料理を堪能して、機嫌の戻った、三井とあれこれとバスケの話をしながら夜を過ごした。