☆ 夏休み
インターハイ明けの、体育館修理による部活休止二日目。
三井は、先日家に泊まった、仙道と流川を早々に送り出した後、甥っ子と約束の遊園地へと出かけた。
目的地は、千葉にある夢と魔法の王国だ。
三井一人では心もとないので、彼の姉夫婦も今日はついてきている。
小さな子供の乗ることのできるアトラクションは、三井にしてはあまり乗りたくない類のものが多かったが、甥っ子に見つめられると嫌とは言えない彼は、湘北のメンバーには見せたくない姿を、ダンボの背中や、シンデレラのカルーセルの上に現していた。
ショーやパレードや花火にと目いっぱい楽しんで、家にたどり着いたのは、かなり夜遅くになっていた。
車の中で既に夢の中にいた甥っ子を、ベッドに寝かせて、姉たちと一息つこうとした時に、母が、宮城から電話が何度かあったと告げた。
なにかあったのかと、急いで宮城に電話をかける。
『あ、三井サン?』
「おう、何だ宮城?電話くれたって?」
『スンマセン、わざわざ電話してもらって…』
「いや、出かけてて、連絡つかなくって悪かったな。で、用って?」
『あ、そうでした。ウチの体育館なんですが、どうも、予想以上にガタきてたらしくって、修理に1週間ほどかかるらしいんです』
「はぁ?」
『そんで、まぁ、仕方ないので、その間自主練習ってことで、部活は休みになりました。各自で体力作りと、夏休みの宿題仕上げるってことになりましたんで、よろしくお願いします』
「なんだ、1週間も休みかぁ。うーん、なんか、勢いそげちまうよな」
『はぁ、とりあえず、そういうことですんで、よろしくお願いしまス』
「おう、わかった。連絡すまなかったな」
『いえ、じゃ、練習は来週の木曜からですんで、それまでお元気で』
宮城への電話を終えて、三井は、困ってしまった。
(ウーン明日からどうしよう)
甥っ子と遊ぶのもいいが、体力トレーニングは欠かせないから、明日から、少し走ることにしようと考えた。
翌日から三井は、早朝の涼しいうちに、ランニングをし、日中は甥っ子と遊び、夜は、ぐっすり休むという生活を送り始めた。(宿題はどうなったかは、賢明な皆さんのご想像どおりだ)
そして、二日ほどして、三井は、一人で(甥っ子を宥めるのに苦労したが)桜木の見舞いにやってきた。
「ミッチー!」
「よう、桜木。調子はどうだ?」
「もう、どうってことないぞ。来週からリハビリってヤツをはじめるんだ」
「へぇ。順調だな」
「天才だからな」
豪快に高笑いする、桜木を見て、三井はほっとした。
この分なら、意外に早く桜木も復帰しそうだ。
「デモよ、桜木。無理すんじゃねえぞ。先生に言われたとおりに、ゆっくり直すんだぞ」
「大丈夫だ。ミッチー。わかってるって」
「うん、がんばれよ」
「おう!あ、そーだ!ミッチー!俺様が戻ったら、シュート教えてくれよ」
「あぁ?シュートだぁ?」
「ほかのミンナに静岡で教えたんだろ?聞いたぞ。ズリィぞ!俺様にも教えろ!」
「なんだぁ?まだ桜木には、シュートは早いんじゃねーのか?」
「そんなことないぞ!広島では特訓してちゃんと入ったろ?」
「そうだな。よし!お前の復帰祝いに、三井様が直々にシュートを教えてやる」
「やったー!約束だぞ」
「おう!わかった。わかった」
桜木は約束と言って、指きりを無理やり三井にしかけた。
三井も半分笑いながら、指きりに応じてやる。
そのとき、午前中の面会終了のチャイムが鳴った。
「あ、時間だ。じゃぁな。桜木」
「ふぬ。もう帰るのか?」
「仕方ねぇだろ。またリハビリ始まったら、応援に来てやっからさ」
「絶対だぞ」
「おう」
じゃぁなと、三井は病室を出る。
時計を見て、さっさと帰って、また甥っ子の相手をしてやろうと考えて、家路を急いだ。
家にあと数分というところまで戻ってきて、ふと、目の前を歩いている男性に目がいった。
(あれ?なんか見覚えあんだけど…)
いったい誰だったろうと、頭の中で検索していると、目の前の人物が道の角のところで立ち止まり、あたりを見まわしている。
どうやら道を探しているようだ。
三井は近づいていくうちに、その人物が、自分の知っている男だというのに気がついた。
「牧!」
声をかけられて、振り向いたのは、先日広島で別れた、海南大付属高校の主将、牧紳一だった。
「三井!」
「どうしたんだ?こんなとこで?」
駆け寄って声をかける。
「三井に逢いたいと思って、やってきたんだが、この間、送ってきたときに通っただけなんで、あまり道を覚えてなくて、迷いかけていたんだ」
そう言うと、牧は、照れたように笑った。
「牧…。インターハイ、新聞で見たよ。決勝、残念だったな」
「あぁ、後一歩だったんだがな。全国はなかなかに厳しいよ」
「あ、こんなとこで、立ち話も変だし、家に来いよ」
三井は、牧の袖を引いて、家に連れていこうとする。
「あ、三井、ここまでやってきてしまってこういうのもなんだが、今日は急だし、その、迷惑じゃないか?」
「んなことねぇよ。今日は、おふくろと、姉貴と、この間海に連れてった甥っ子がいるだけなんだ。別に、気を使うようなことねぇって」
そう言うと、ぐいぐいと、牧を引っ張っていく。
「ただいまー」
「お邪魔します…」
玄関から、三井と牧が声をかけると、彼の母と姉親子が、迎えに出てきた。
「ちゃーちゃんおかえりーっ!…?」
甥っ子が、三井に近寄ってきて、彼の後ろに立つ牧を見て、目を見開く。
「あら、どなた?」
三井の母が、会釈しながら、息子に問う。
「牧だよ。海南のキャプテンで…。この間海に行ったとき、祝人が世話になった…」
「まぁ、あなたが、牧さん?はじめまして。先日は、寿と祝人がお世話になってしまって…」
「あ、はじめまして、牧と申します。こちらこそ、今日は、あつかましく押しかけてきてすみません」
緊張気味の牧が、挨拶を返す。
「まぁ、とにかくあがってくださいな」
リビングに通されて、牧は、応接セットに勧められるままに、腰を下ろす。
隣に三井と甥っ子が腰掛け、向かいに冷たい飲み物を供した後、彼の母と姉が座る。
興味いっぱいで、彼女達は、牧に質問を投げかけはじめる。
お住まいは、三井と知り合ったわけはと、矢継ぎ早に問いかけられて、牧は目を丸くする。
「なんだよ、見合いじゃねーんだから、そんな質問いらねーだろ?」
丁寧に答えている牧に、三井が見かねて助け舟を出す。
「牧、俺の部屋に行こうぜ、ここじゃ、あんまり話できねーだろ。インターハイの話聞かせてくれよ」
そういうと、牧の手を引っ張って、階段を上がっていった。
「まぁ、ちゃーちゃんったら。でも、牧さんって落ち着いた方ね。あのこと同じ歳なんて思えないわね」
「ホント、一瞬先生が来られたのかって緊張しちゃったわ」
牧が聞いたら、自棄をおこしそうな話をしながら、三井の母と姉は顔を見合わせた。
「ちゃーちゃんが最近連れてくる子達って、ハンサムばかりね」
「えぇ、目の保養よねぇ。気持ちが若返っちゃうわ」
「今日は、牧さん、泊まっていかれるのかしら」
「夕食は、ちょっと気合入れましょうか?」
二人は、くすくす笑って、階上を見上げる。
一方階上では、三井が、彼の部屋で、甥っ子を膝に乗せて、座布団と兼用のクッションの上に座り、その向かいに同じように牧が座っている。
「すまねーな、おふくろ達…。ミーハーなんだよな。…ったく…」
「いや、ちょっとびっくりしたが、嫌じゃないし、気にしてないよ。それにしても、三井とよく似てるな」
「おう、よく言われるんだ。でもよ、なんかよく似た顔の中で生活すっと、先が見えて悲しいときあんだぜ」
「へぇ」
「牧は親父似とかあんのか?」
「うーん…。特に意識したことはないが…。何でも、曾じいさんの若いころに似てるとか…。でも写真もないのに似てるって言われてもな」
「確かに、そりゃそうだよな」
「でも、三井のおフクロさん達、美人でいいじゃないか」
「そっか?あんま、感じねーんだけど…。でも、おふくろ達の前で言わねーでくれよ。ズに乗ってうるせーからよ」
「そんな」
「二人で来られちゃ、いっつもこっちの負けなんだから…。あんまり調子に乗らせたらいけねーんだよ」
「ははは…」
階下と階上で、奇しくも似たような話題の花が咲いていた。
「あ、それで、いったいどうしたんだ?いつ広島から帰って来たんだ?」
「あぁ、昨日戻ってきたんだ。今日から、3日ほど休養日で…。三井がいたら、バスケでもしようかと思って、今朝、電話したんだよ。そしたら、桜木の見舞いに行って不在で、午後には戻ると聞いたんで、午後からこっちに来たんだが、ちょっと道に迷って、思わぬ時間を食ってしまったよ」
「え?バスケ?」
「あぁ、三井の部活がないのならバスケ一緒にしないか?インターハイが終わって、何か気が抜けたようなんだが、それでもボールに触っていないと落ち着かなくてな」
「おう、俺もだよ。体育館が工事中でさ、あと3日、どうやって潰そうか困ってたんだ。牧も休みなら、一緒にバスケしようぜ!」
善は急げと、三井は牧を急き立てて、近くのリンクのある公園まで出かけることにした。
甥っ子もついてくるというので、姉が付き添って公園についてきた。
体をほぐして、1ON1をはじめる。
仙道や流川と比べ、牧はオフェンスも強力だがそれ以上にガードが強い。
三井は、シュートにいくために、牧の隙を見つけることに躍起になっていた。
(おもしれー!さすが、帝王だよな。すげーや。隙がなかなか見つけられねー)
牧も、三井のバスケセンスに舌を巻いていた。
一対一で対戦すると、三井のクレバーさが判る。
自然に動いているように見える、三井の動作の端々に、侮れないセンスが光る。
(中学のときに練習で対戦したとき以上に、手強くなってるじゃないか。ブランクがあったとは思えんな…)
夕焼けが公園を染め上げるまで、二人は時間を忘れて1ON1にはまっていた。
「うわ、もう暗くなっちまってる」
「あぁ、ホントだな。時間を忘れてたよ」
「牧、面白かったぜ!」
「俺もだよ。こんなに面白い1ON1したのは、久しぶりだ」
「明日も、やろうな?」
「もちろんだ」
御機嫌の三井は、夕食を一緒にと誘ったが、牧は、寮のほうに届けを出すのを忘れたから、そろそろ帰らねばならないと、残念そうに辞退した。
「なんだ、明日は、ゆっくりできるように届け出して来いよな。何なら、うちに泊まってもいいんだからさ」
「あぁ、ありがとう。明日は、ちゃんと届け出してくるよ」
翌日の約束をして、牧は、帰っていった。
家に戻る道中で、姉は、彼女の息子の手を引く弟に問い掛ける。
「ねぇ、ちゃーちゃん?牧さんって、とても落ち着いた方ね」
「ぁあ?んー…、まぁ、落ち着いてるっていや落ち着いてるかな?」
「なんだか、同じ歳にはみえないわ」
「ははっ。それ、あいつに言ったら泣くよ。老けてるとか爺くせーとかいろいろ言われてるから、気にしてるみてーだし」
「このごろちゃーちゃんが連れてくる、お友達ってハンサム君ばかりね。とっても目の保養よ」
「ったくミーハーなんだから…」
「先日の、仙道君や流川君は、ぱっと見てとてもハンサム君だったから舞い上がっちゃったけど、今日の牧さんは、見た目もハンサムだけど雰囲気が大人ね。ため息出ちゃうわ」
「なんだよそれ。まぁ確かに、牧は落ち着いてっけどさ…」
「ちゃーちゃんも、いい男になりなさいよ」
「はぁ?」
「明日もいらっしゃるのね。楽しみだわー」
(何で、牧だけ「さん」付けで、「いらっしゃる」なんだ?)
姉の感覚はわからねーと、三井は、肩をすくめた。
家に帰り、夕食の後、のんびりしていると、電話がかかってきた。
近くにいた三井が、受話器を取る。
「はい、三井です」
『あ、ミッチー?久しぶり…ってほどとちゃうか。元気にしとる?』
「は?つ、土屋?」
『わかったー?そう、俺』
「なんだ、どうしたんだ?」
『あのな、実は今日これから夜行バスでそっちに行くんやわ』
「え?なんで?」
『諸星と一緒に、遊びに行くねん』
「諸星と?」
『そう、諸星、ジブンとの賭けに勝った言うてめっちゃはりきっとるよ』
「あ、あれは…!約束してねーぞ!」
『そんなん、いまさら言われても…。諸星も夜行乗りに家出たってゆうし。とりあえず、明日泊めてな』
「はぁ?なんで、俺が泊めなきゃならねーんだよ?」
『もちろん、一夜送るためやんっちゅうのは冗談で、知り合いそっちにおらんのよ…』
「牧だって藤真だっているだろ?」
『あかんねん、あの2人寮生やから、泊めてもらえへんねん』
「だったら、どこかに宿取れよ!なんでウチに来んだよ?」
『あ、バス来た!ほんなら、明日よろしゅう頼むなぁ!』
「あ、お、おい!土屋ぁ?」
言いたいことだけ言って電話を切った土屋に、むなしく呼びかけるのも、情けなくて、三井は、大きくため息をつく。
(どうしよう…。あ、そうだ!)
三井は、部屋に駆け上がり、鞄の中から手帳を引っ張り出す。
ぱらぱらとページをめくり、自分のものではない几帳面な文字を見つけると、徐に電話の子機を取り上げて、ボタンを押し始めた。
「あ、さ、三年の牧紳一君お願いします。あ、三井といいます。は、はい、お願いします」
しばらく、オルゴールの「星に願いを」を聞きながら待っていると、聞きなれた声がする。
『三井?どうしたんだ?電話くれるなんて、なにかあったのか?』
「あ、牧!あ、あの…」
しどろもどろになって、直前にあった土屋からの電話の内容を話す。
『何だって?土屋と諸星が?』
「う、うん…。どうしよう、俺…」
『…。俺も、お宅にお邪魔していいか?』
「あ、泊まりに来てくれんの?」
『本当はバスケのあと迷惑にならないうちに、帰るつもりでいたんだけどな、さっきまでは…』
「頼むよ…。あいつらを一人で相手出来ねーよ、俺…」
『わかった。明日、奴らが押しかけないうちにそっちに顔を出せるといいんだがな…。とりあえず、八時ごろに今日行ったコートに行こうか?』
「すまねー」
『いや、明日も三井とバスケできるんだから、楽しみにしてるよ』
「あ、そりゃ、俺も楽しみだけど…」
『何なら、土屋・諸星組と対戦してもいいかもな』
「!それ、面白そうだよな!」
『だろ?せっかくだから、楽しまなきゃ損だよな』
「そうだよな」
『あぁ、それじゃ、明日…』
「うん、じゃ、おやすみ」
『あぁ、お休み、三井』
一安心して受話器を下ろす。
牧がいてくれるなら、あの二人も、そんなに無茶なこともしてこないだろうと思えた。
それよりも、牧と組んで、あの二人とバスケするというのが今からとても楽しみだ。
さっきまで、二人の来襲を恐れていたというのに、今では、早く明日が来ないかと待ち望んでいる現金な三井だった。