13.アブ・シンベルからカイロへ

 

 

 「三井、準備できたか?」

 「おう!パッキング終わったぞ」

 「じゃぁ、部屋の外にスーツケース出しておくか」

 「あぁ」

 朝7時過ぎ、二人はスーツケースを部屋から、廊下に移動させた。4日間暮らした部屋とも後少しでお別れだ。ベッドメイク代などのチップは、昨夜まとめて添乗員に渡しているため、何も置いて行かなくてもいいとのことだった。

 「いよいよこの部屋ともお別れだな」

 「あぁ」

 「それじゃぁ、朝食に行くか」

 「うん」

 忘れ物のチェックをしながら、部屋を出る。

 「三井?」

 立ち止まって部屋を振り返る三井に、牧が忘れ物をしたのかという風な顔つきで問いかける。

 「なんでもねぇ・・・。ちょっと寂しい気がしただけだ」

 「そうだな。楽しい時間はすぐに終わって行くからな」

 「この船についたときは、まだまだツアーは始まってばかりだと思ったんだけど、もう後3日なんだよな」

 「あぁ。そうだな」

 牧は、三井の肩をそっと抱いて、食堂に促す。三井も今度は大人しく食堂に向かった。

 朝食は、ボケボケ爪楊枝君のテーブルだった。今朝の彼は、最後なので気合いが入っていたのか、オーダーはばっちりだった。それはそれで、何となく寂しい。

 朝食の後、8時の集合までに部屋のチェックアウトを行う。みんなが集まったところで、下船の時間になった。

 船を下りて、バスに乗る。昨日ダムを見に行った道を同じように進む。旧ダムの堰堤を渡って、ハイ・ダムの方に行くのかと思ったが、途中で、道がそれた。道の左右が、砂漠地帯になる。バスが一旦停車する。道の横まで、砂漠の砂が来ている場所で、みんなは降りて、砂を思い思いの入れ物に入れる。このあたりの砂は、とてもきめが細かく、灰皿の砂などにと、おみやげとして喜ばれるのだそうだ。

 二人も、フィルムケースに砂を詰め込む。よく見れば、今まで採取した砂と比べても確かに細かくてきれいだ。

 「これを昨日買った香油瓶に入れたら、いかにもエジプトの思い出だよな」

 「沖縄の星の砂みたいだな」

 「もらって後々困る土産って奴?」

 「もらったときは嬉しいんだがな」

 「あらーっ、あの人ってば、ミネラルウォーターの空き瓶に詰め込んでるぞ」

 「猫トイレにでもするのかな?」

 「その手があったか」

 バスにめいめい乗り込んで、空港に出発だ。

 アスワン空港は、砂漠の中にあった。地方空港という風情のロビーにめいめい座って搭乗を待つ。ここでは、電光掲示板がなく、空港の職員が、妙な節回しの早口で行き先を告げると、遅れずに搭乗口に向かわなければならないのだ。現地ガイドがいないと、かなり困るかもしれない。しかも、予定時間に飛び立つことは、ほとんどないらしい。

 「アバウトって言うか、なんていうか」

 「この国に来て、大抵のことでは驚かなくなったつもりだったが、まだまだ奥が深いな」

 「エジプト5千年の歴史ってか」

 「これは、アラーの神の思し召しってやつだろうけど」

 

 

 かなりの時間待たされて、ようやくアブ・シンベル行きの便が出ることになった。

 「うわーちっせー」

 「何か、不安だな」

 小型の飛行機に乗り込む。アブ・シンベルは、エジプト最南端の観光地だ。アスワンからおよそ40分、約280キロ南にある。途中、窓から下を見ると、見渡す限りの砂漠と、青いというよりは、陽光に反射して白く見える以外は、黒っぽく見えるナセル湖が延々と続いていた。飛行機は、北回帰線を越えて、ナセル湖畔にある、アブシンベル空港に着いた。ここから50キロほど南に行くと、そこはスーダンとの国境だ。空港から出ている無料のシャトルバスに乗り込む。

 小さな集落を抜けて、10分ほどで目的の、アブ・シンベル遺跡に着く。

 ゲートを入ると、左手に小高い丘が見える。それが、アブ・シンベル大神殿のドームだ。ガイドに連れられて、大神殿の方に歩いていく。

 「やっぱり暑いな」

 「30度近いんだろ」

 「真夏に50度越えるってのも、まんざらウソではないんだな」

 エジプトの夏は、暑く、50度を超えることもあるらしい。但し、公式の気象情報では、50度を超えることはないそうだ。というのも、50度を超えたら、仕事をしなくてもいいという決まりがあるため、実際に休ませないように、最高気温は四九度台だとガイドが言っていた。秋から、春までの期間は、それでも20度台まで気候は下がっている。

 大神殿は、ナセル湖に面して、建てられている。実際は、現在の湖面より低い位置に建設されたが、アスワン・ハイ・ダムの建設後にできた、このナセル湖中に沈んだため、遺跡保護の海外支援を受けて、現在の場所に、小神殿と共に移築されたのだ。神殿は、移動可能な賽の目切りのパーツに切り出され、もとの神殿と同じように再度積み上げられた。実際は、少し角度が、ずれてしまったという説もあるが、当時の土木技術の粋を集めた、大事業だったらしい。

 丘を背に、四体のラムセス二世像が椅子に腰掛けた形で並んでいるのが、大神殿だ。20メートルもあるラムセス二世の巨像の足下に王妃や、王子達の小さな像が建っている。小さいと言っても、人間と比べれば何倍もの大きさなのだが。

 「でっけー」

 「こんな南の果てに、こんな大きな神殿を、造るなんて・・・」

 「やっぱ、この王様、ちょっと違うよな」

 「確かに」

 入り口をはさんで、二体ずつの計四体のラムセス二世像のうち、左から二つ目の像は、破損して、足下に残骸が寄せられているが、残りの三体は、保存状態もよく表情もよくわかる。

 「何か顔が、ちょっとづつ違うのな」

 「若いときから順に表されているという説もあるんだそうだ」

 像の大きさに圧倒されながら、中にはいると、そこは、オシリス神の姿をした、ラムセス二世の形の柱が立ち並ぶ大列柱室だ。白い顔に、エジプトの隈取りのようなメイクをしたラムセス二世の像は、約10メートルの高さがあり、入り口から奥に左右向かい合う形で八体ある。

 「ここまでやるかー」

 「奥が深い・・・」

 半ば、呆れながら、奥に行くと、そこが前室、その奥に至聖所がある。至聖所には、三体の神とラムセス二世の像がある。これは、今まで見てきた物と比べると、細かい部分が崩れてしまっていて、どれがどれだかあまりはっきりとわからない。その上、部屋も暗く、ぼんやりとしか見えない。年に二回、2月と10月に、この至聖所の中まで太陽の光が、差し込むことで、有名だ。ただし、移築したときに、少し方角が狂ったために、建築当時の光の射し込み方とは、異なると言われているが。

 「写真撮れるか?」

 「フラッシュ禁止だから、かなり難しいな」

 絞りの小さいレンズに替え、シャッター速度を落として写真をとる。手ぶれが心配だ。出口に戻る途中で、レリーフを見ていく。列柱室の側面には、ラムセス二世の功績をたたえるレリーフが、刻まれていた。実際は、痛み分けだったと言われるヒッタイトとの戦いを、さも大勝利したように描いた、カディシュの戦いは、ルクソールのカルナック神殿にもあった、ラムセス二世お気に入りの題材のようだ。

 「この、馬車の表現って変じゃねぇ?」

 「馬の足が、八本とかになっているのは、そう見えるほど早く走ったって事なんだろうな」

 「レレレのおじさんみたいだよな」

 「うーん、古典的な漫画表現と同じとは・・・・」

 神殿から一歩出ると太陽の光がまぶしい。大きなラムセス像の足下で、写真をとる。あまりに像が大きくて、同じ写真に収まろうとすると、かなり離れたところから、写さなくてはならない。せっかくなので、大きさが実感できるよう足下に立ったままの三井を、かなり離れたところから、写真に収めた。

 

 

 ガイドに連れられて、今度は、小神殿に向かう。小神殿は、ラムセス二世が后のネフェルタリと、ハトホル女神のために建てた神殿だ。ラムセス二世は、四人の后妃と約200人の側室を持ったが、そのうちで一番このネフェルタリが、お気に入りだったようだ。このネフェルタリは、エジプトの三大美女の一人といわれている。ちなみに残りの二人は、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ七世と、ツタンカーメン王の兄イクナテン王の后妃ネフェルティティだと言う説が一般的だ。ネフェルトというのが、美しいという意味なので、ネフェルタリも、ネフェルティティも美しい人だったのだろう。クレオパトラは、世界三大美女でもあるので、言うに及ばずというところか。

 小神殿は、ラムセス二世二体に挟まれたネフェルタリ王妃の三体の像が、入り口を中心に、左右にそれぞれ立っている。それぞれの像の足下には、二人の間にできた王子や王女が、立っている。

 全体に大神殿と比べると、小作りだ。大神殿の巨像は、20メートルもあったが、こちらの像は、11メートルほどだ。

 神殿の中にはいると、ハトホル柱という、ハトホル女神の顔のついた柱が六本ある、広間がある。ハトホル柱は、雌牛の角と雌牛の耳を持ったハトホル女神の顔を柱と梁の接点につけたもので、ハトホル女神を祀った神殿でよく見受けられる様式だ。ハトホル女神は、テーベ(現在のルクソール)の西に広がる砂漠の女主人として、死者の守護神として信仰された。

 広間の壁には、ネフェルタリ后妃を伴ったラムセス二世が、リビア人やヌビア人を神々の前で殺す姿や、神々に捧げ物をする王と后妃の姿が、レリーフとして描かれている。

 広間の奥に前室、その奥に至聖所がある。至聖所には、雌牛の姿をしたハトホル女神が、祀られていた。

 写真をとりながら、外に出る。

 ナセル湖のほとりの休憩所で、少し自由時間になった。

 「おっと、ここの砂もとっとこう」

 「砂と言うよりは、小石だな」

 「そーだな・・・よし、このきらきらしてる石を拾って帰ろう」

 三井は、そう言うと、手頃な大きさの小石を拾っている。後で、この小石は、アラバスター(雪花石膏)のかけらだという事がわかった。ピラミッドの化粧板や、石棺など、多くの遺跡に使われている、エジプトでは、現在細工をして、土産物にしている特産の石だ。

 パノラマで、大神殿と小神殿をバックに写真をとったりして、集合までの時間をつぶす。

 集合して、出口へ向かう。途中、大神殿の右の脇に空いた、通路のような穴に入っていく。ここは、大神殿のドームの内部を通り抜ける道になっている。ナセル湖から移築したときに、人工のドームを造り、その上に丘のように砂を乗せた。そのドームの空洞の部分だ。

 「ひやー、何か信じらんねー風景だよな」

 「あぁ、あの大神殿の裏側が、こんなコンクリートのドームになっているとはな」

 「入るときに見えてた丘が、こんな張りぼてだったなんてな」

 「紀元前の遺跡と、近代土木技術の合作か」

 「人の力って、すげーよな」

 ドームから抜けると、遺跡のゲートの正面に出る。そこからゲートを出て、バス乗り場にゆく。バスは、空港からやってくる、無料バスだ。バスがくるまで、屋台の土産物屋をひやかしていく。

 バスが、やってきた。乗り込んで、空港に向かう。来た道を、同じように戻って空港に着く。空港で、荷物のチェックを受け、少し待つと、比較的早く飛行機に乗れた。

 朝来た空路を、再びアスワンに向けて帰る。

 約40分で、アスワンに着いた。

 

  <アブシンベル:大神殿>

 アスワンに戻ると、ちょうど昼時になった。

 いつもなら、どこかに食事に行くはずなのだが、アスワンから、カイロに向かう飛行機が、いつ出発になるかわからないと言うことで、アスワンのホテルでは、かなり高級なランクのホテルのレストランに頼んで、ランチボックスをつくってもらったので、それを食べるよう、添乗員から配られる。30センチ四方くらいの紙の箱に入った、ランチボックスを開ける。

 「うっ」

 「何だ?これ」

 パンが数個と、紙パックのジュース、小さなホットドックのような物はまだわかる。チキンもいい。ポテトチップスの小さな袋やヨーグルトや、ラップに包まれたパウンドケーキも、まぁ、あるだろう。問題は、それ以外だった。野菜が、そのままなのだ。キュウリや、トマトが、丸ごと入っていた。

 「これって、かじんのかな」

 「かっぱのような気分になりそうだ」

 「これが、こっちのランチボックスかぁ」

 「ところかわれば・・・ということだな」

 食べれる物を、とにかく食べて、空港の待合室で時間をつぶす。これといって、する事もなく、遠くにもいけないため、だんだん疲れてくる。

 空港の土産物屋も、あらかた見尽くしてしまった。

 「まだ、ヒコーキとばねーのかなぁ」

 「アッラーの思し召しさ」

 「ちぇ・・・」

 空港で、観光ビデオを売っているコーナーで、サンプルの上映をしてくれたので、とりあえずそれを見て過ごす。

 「あっ、ルクソールだ。行った、行った」

 「こうやってみると、また、雰囲気が違うな」

 「カメラの視点からだもんな」

 「これが、一番きれいに見えるポイントだったんだな」

 「あれ、これはどこだ?」

 「デンデラのハトホル神殿と書いてあるぞ」

 「きれーな神殿だよな」

 「確か、ツアーの中で、ここに行きたいと言ってた人がいたな」

 「あぁ、なんか、パトカーの先導がいる所だって言ってたとこだったっけ?」

 デンデラは、ルクソールの北にある、ナイル川沿いの町だが、イスラム原理主義派のテロ活動の標的にされる可能性もあって、簡単に行ける場所ではない。タクシーを拾っても、パトカーに先導してもらって行かねばならないらしい。それでも百パーセント安全とは言い難く、見学許可が、なかなかおりない場所だ。

 イスラム原理主義派のテロ拠点は、エジプトの中央部に集中している。特に、道路がねらわれるため、観光客のツアーは、大抵中部をバスで通ることはせず、空路で、ルクソールまでやってくる。その近辺も、あまりバスをつかわず、三井達のように船でクルーズするか、アスワンまで飛行機で行くかのコースを、選択することが多いのだ。

 「テロがなくなって、また来ることができたら、行ってみたい所だな」

 「あぁ」

 ビデオを見終わって、しばらくして、ようやく飛行機が出るという呼び出しの親父の声がした。

 空路、1時間15分ほどかけて、カイロへと向かう。

 

 

 カイロに着いたのは、夕刻前だった。カイロ空港に戻ってきて、また、バスに乗り込む。今日、明日と宿泊する、カイロ・マリオット・ホテルに向かうのだ。

 初めて、エジプトのついた日に通った道を再び辿る。

 「ひゃー、やっぱり道が混んでる」

 「この数日、空いた道路ばかり見ていたから、この混み具合は、懐かしいというか何というか・・・」

 バスは、カイロ市内を渋滞に飲まれながら、カイロの新市街へと向かっていく。

 カイロ・マリオット・ホテルは、カイロ市内の中心を流れるナイル川の中州にある、ゲジラ島という島にある。ゲジラ島は、高級ホテルやスポーツクラブ、オペラハウスなどの文化施設などがある地区で、外国から商用にやってきたビジネスマンの住まいなどのある、高級住宅地でもある。

 ナイル川に架かる橋を渡り、しばらくすると、ホテルに着いた。

 元々、このホテルは、スエズ運河の開通式に参加するヨーロッパの来賓のために建てられた、王宮だった建物だ。

 「すっげー」

 「壁や、調度品も、何から何までゴージャスの一言だな」

 「前に見たモスクの中みてー」

 「細工が、細かいな」

 「こんなカッコじゃ、場違いかもな」

 「確かに」

 南の砂漠に広がる観光地を見てきたままの姿でホテルに入り、こうして、チェックインの手続きが済むまで、ロビーの応接セットに座っていると、何か、場違いな感じがしてくる。何となく、威圧感のあるロビーだ。

 チェックインが終わり、各々の部屋にと分かれる。

 「うわー、広い!」

 「船の部屋の三倍はあるな。ギザのメナ・ハウスよりも広そうだ」

 通された部屋は、広かった。浴室も広く、旅の最後に贅沢な気分を添えてくれる。

 「ベッドでけーよな。俺が、こんなにねっころがってもこんなに余る」

 「キングサイズだな。最後にゆったり眠れるのはありがたいな」

 大の字になって、ベットに転がる三井の横に片膝をついて、牧は、三井にキスを迫る。三井は、珍しく大人しく目を閉じて、牧に応えた。

 「ん・・・っ」

 「二人で寝てもまだ余りそうだ」

 「まき・・・」

 再び、キスをしようと、顔を近づけたとき、部屋をノックする音が聞こえた。

 牧が、チェーンをかけたままドアを薄く開けて、外を見る。スーツケースが、届いたようだ。

 スーツケースを受け取って、荷物をほどく事にした。

 「七時から食事に出かける予定だったな。どうする?ホテルの散策するか?」

 「おう、ここって店が充実してるってガイドブックにあったろ?」

 「そうだな。集合まで、ぶらぶらするか」

 部屋から出て、ホテルの散策に向かう。ホテルは、両端にゲジラとザマレックという二つのタワーがあり、それが客室棟になっている。その間に、ロビーやレストランやブティックなどのある、旧館棟がある。三井達の部屋は、ゲジラ棟だった。

 エレベータで、1階におり、旧館に向かう途中に、いろいろな土産物の店が並んでいた。それぞれを冷やかしながら、歩く。一流ブランドのブティックやベネトンやサファリという、カジュアルのブランド店も入っている。サファリというのは、エジプトのブランドで、砂漠やピラミッドをモチーフにしたプリントTシャツや、カジュアル系の服が、多い店だ。

 「後で、ここでTシャツ買っていきたい」

 「あぁ、何か、柄がおもしろそうだな」

 ロビーまでに銀行があったので、少し両替をする。このホテルには、銀行が2箇所あり、24時間どちらかが営業中になっている。

 「うわー。コインだ」

 「珍しいな」

 手数料の端数を、硬貨でもらって、ご機嫌になった。たいていは、エジプシャン・ポンド以下の紙幣のない端数は切り捨てられていたので、硬貨を手にしたのは、初めてだったのだ。硬貨は1ピアストルと5ピアストルだった。今までの買い物で、ポンド以下の紙幣は50と25ピアストルだけしかなく、それ以下の値段がつくことはなかった。ほとんどエジプシャン・ポンドの世界で、やり取りをしていたのだ。やはり観光客モードの相場の中で暮らしていたのだろう。

 「こんな硬貨の世界があるなんて思わなかったよな」

 「値切ったつもりでも、まだまだ、甘かったというわけか」

 「やられたな」

 「侮れんな」

 小さな敗北感を胸に、集合場所であるロビーに向かう。

 ロビーの応接セットに腰掛けて、他の人が来るのを待つ。一段高いところに絨毯を敷き、そこに、アンティークな柄が、刺繍されたソファセットを置いている。壁には、観光地の絵が描かれているが、全体として落ち着いた雰囲気になっている。

 集合時間になって、みんなが集まってくる。今夜の食事は、中華料理だ。バスに乗って、ゲジラ島を出て、カイロの市街地に戻る。行く先は、クレオパトラ・パレス・ホテルというホテルの中にある中華レストラン九龍という店だ。日本語メニューがあり、日本からのツアーでよく使われるレストランらしい。

 久しぶりに中華の食事をとって、懐かしい気分になる。船のバイキングも、やはり10食近く続くと飽きてしまっていたのだ。

 「あー食った。昼間が、あの怪しいランチボックスだったからな。結構腹減ってたみてー」

 「そう言えば、そうだ。今日は、船での朝食の後、あのランチボックスと飛行機の中の小さなケーキくらいしか、口にしていなかったからな」

 「腹八分目くらいだけど、ま、運動もそんなにしてねーし、このくらいでいいか」

 「確かに、運動不足だな。日本に帰ったら、戻すまで大変だぞ、きっと」

 「何だ、もしかして、お前太ったのか?」

 「さぁな、体重計がないからわからんが、痩せてはいないと思う・・・」

 「俺は・・・そんなに物食ってねーし・・・たぶん、太っちゃいねーと思うけど・・・」

 「三井は好き嫌いが多いからな」

 「悪かったな・・・」

 「スポーツ続けるんだったら、バランス良い食事は不可欠だぞ」

 「お、おう・・・わかってるよ」

 「まぁ、一緒に暮らすんだから、そのあたりは、俺も甘やかさないぞ」

 「うっ・・・」

 とんだやぶ蛇をつついた三井だった。

 ゆっくりとした夕食をとって、一行は、ゲジラ島のホテルに戻る。

 部屋に戻る途中で、サファリの店に入る。Tシャツを買いに来たのだ。

 「結構良い値段だな」

 「でも、肌触りが良いから、こんなもんだよな」

 「何だその柄を買うのか?」

 「やっぱエジプトには、ラクダじゃん」

 三井が、持っているのは、トラックの荷台に乗っている、ラクダの絵が描いてあるものだった。ほかにも、砂漠とラクダの絵や、エジプトの壁画風の女性のデザインやら、いかにも、エジプトと言った柄のTシャツが売っている。

 エジプトのサイズは、かなり大きい。彼らは、日本国内では大柄で、サイズもなかなか見つからないが、この国では、普通サイズで十分いけそうだ。特に三井は、丈はあるが、幅をとらないので、かなり小さいサイズを買うことになったようだ。

 数枚買い込んで、部屋に戻る。Tシャツは、彼らには必需品なので、何枚あってもOKということらしい。値段は、ルクソールで買ったベネトンと似たり寄ったりというところ。日本人の物価感覚からしたらお買い得価格なのだが、現地の人から見ればかなり高価なシャツなのだそうだ。

 「何か、荷物たまってきたよな」

 「布物が多いからな」

 「そろそろスーツケースにはいんねぇかも・・・」

 「明日は、博物館に行った後フリーで買い物に行くんだろ?」

 「うん、まだお袋の土産とか、たんねーし・・・」

 「あまりかさばる物を買わないことだな」

 「うん・・・」

 「さてと、風呂でも入るか・・・。三井、一緒にはいるか?」

 「な、なんで?」

 「船のバスタブよりずっと大きいぞ。二人でも十分入れるんじゃないかな」

 「い、いや、いいよ・・・」

 「何だつれないな・・・」

 「うっ・・・」

 「後、旅行も二泊なのにな」

 「ま、まき・・・」

 溜息をついて、牧が、浴室に向かう。ドアの前で振り返り、三井を見る。

 「三井・・・。おいで」

 そっと、三井に手をさしのべる。

 「まき・・・」

 「三井」

 三井は、とうとう根負けして、牧に近づく。三井の肩を抱き寄せて、牧は三井の額にキスをする。まだ堅い三井を促して、浴室に入る。三井の服をゆっくりはぎ取って、自分も手早く服を脱ぐ。バスタブに入って、三井の躰を抱きしめ、キスを繰り返しながら、ゆっくりとシャワーを浴びせる。

 首筋と言うより胸元まで赤くしながらも、三井は大人しくしている。

 「三井・・・」

 ボディーソープを手のひらにとり、先日のように、互いに躰を洗いあって、再び湯を躰にかける。

 バスタオルで、大きな滴を拭い、浴室を出る。

 三井が、いつになく大人しい。先日の一件で、許容量が大きくなったのかもしれない。 牧は、機嫌よく、三井をベッドに促す。大きなベッドは、二人でも余裕があった。

 三井は、牧のキスを受けながら、抵抗する気も起こらないことに、自分でも戸惑っていた。牧のことは好きだ。こんな事を許すのも好きだからに決まっている。でも、今までは、何をするにも照れが先に出て、素直になることができなかった。一昨夜牧の口車に乗せられて、とんでもない姿を牧に見せてしまったことが、原因だろうか。あのときの恥ずかしさや、情けない気持ちを思えば、優しい牧の腕に躰を委ねることなど、何という事もないと感じてしまうのだ。牧の指に応えれば、一層牧は優しくなる。ほのかな幸福感を抱きながら、三井は、牧に溺れていった。

 三井の変化に、牧は、驚きと嬉しさの合わさった気持ちになる。

 確かに、この旅行で、三井が今まで以上に、牧といることに違和感を持たなくなる事を期待していた。日本に帰れば、毎日がこの旅行のように、朝から、夜まで、二人で行動することになる。その予行演習という気持ちの方が近かったのだ。しかし、照れ屋で意地っ張りの三井のことだから、そんなに大きな変化など、まさか本当に起こるとは思ってもいなかったのだ。うれしい誤算に、三井への気持ちが、溢れる。

 「三井・・・」

 気を失った、三井の頬にキスをして、三井を守るように腕の中に抱き込む。幸せな気持ちで、牧は眠りについた。  

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Revised: 2001/04/30 .