14.カイロ

 

 

 朝、旧館にあるカフェで、朝食をとる。

 この日は、10時出発と、かなりゆっくりしていた。

 バスに乗り込み、市街地へと橋を渡る。今日の予定は、午前中が、エジプト考古学博物館の見学、午後は、フリータイムという予定だ。

 博物館は、新市街の中心タハリール広場の近く、バスターミナルの横に建っている。

 正面ゲートをくぐるとロータスとパピルスの植えられた池があり、その向こうに建物の入り口がある。入場券とカメラチケットを購入して中にはいる。入り口では、セキュリティチェックがあり、チケット枚数以外のカメラを持っていると没収されるらしい。

 一階から、ガイドに連れられて見て回る。時間があまりないとのことで、ポイントの物以外は、端折っていく。

 入り口から最初に、正面右側の角のロゼッタ・ストーンのコピーを見て、正面の吹き抜けにざっと目をやる。ピラミッドの笠石(ピラミッドの頂上に置かれた四角錐の石。ピラミディオン、キャップ・ストーンといわれる)の向こうに、巨大なアメンヘテプ三世と王妃ティイ座像が見える。この座像は、二階からも見える、大きな物だ。

 正面をざっと見渡しながら、左に折れていくと、エジプト古王国時代の出土品が並ぶ一角がある。

 サッカラの階段ピラミッドの小部屋から見つかったジェセル王の座像、ギザのメンカウラー王の葬祭殿から出土したメンカウラー王と二女神の立像を見て、角を曲がる。通路に面した部屋に入って、ギザのスフィンクス横の河岸神殿から出土したカフラー王の座像と、カー・アペルの木像(通称村長の像・日本人は、西郷隆盛に似ているので、西郷さんと呼ぶらしい)を見て、次の部屋にゆく。

 次の部屋では、鴨を描いた石膏の壁画と、美しい彩色がそのまま残っている、ラーヘテプ(古王国スネフェル王の第三王子)とネフェルト夫妻の座像を見る。

 そこから、中王国時代の石棺を見ながら、突き当たりの階段の横にある、ハトシェプスト女王のスフィンクスを見て、階段を上っていく。これで、一階の左半分を端折りながら見たことになる一階の残りには、新王国時代・末期王朝時代・グレコローマン時代の出土品が、展示されている。

 階段には、パピルスに描かれた死者の書が、たくさん展示されていた。

 階段を上がりきったところが、この博物館のメイン、ツタンカーメン王の秘宝の展示になっている。二階のフロアの半分が、ツタンカーメンの墓の出土品というのだから、驚く。

 通路には、王の棺を取り囲んでいた、三層の厨子が、並べられている。それぞれ、金箔の美しい、筺だ。通路の中程、ちょうど正面から見て、対局の部屋に入る。入り口は、柵が設けられ、小さな入り口を入る。入り口には、警備員が立っている。これを見ただけで、高価な物があるのだろうと、思われる物々しさだ。

 部屋の中央には、ツタンカーメンの黄金のマスクが、正面から見ると右の方を向いて展示されている。マスクの正面には、黄金(22金)の第一棺(内棺)があり、第一棺の対角、マスクの後ろには木製、金箔の第三棺(外棺)がある。それらのケースの間に、王が、身につけていた、多くの装飾品が、展示されている。黄金に赤や青、碧などの宝玉をちりばめた、美しい装身具に、溜息が漏れる。

 「なんだか・・・」

 「すっげーとしか言いようがねーよな」

 「黄金のマスクも、パンフレットで見ていたが、実際見てみると、印象が違うな」

 「思ってたより、ちいせーんだな」

 「170センチくらいの身長だったらしいから、このくらいだろう」

 「なんだか、じっと見てると、怖いよな」

 「我の眠りを妨げる者に災いを与えん・・・か?」

 「きっと、これを発見した人だって、怖い気がしたんじゃねぇ?」

 「確かに、これほどのものを、引き剥がしてしまうのは、俺にはできんな」

 「あのルクソールのちいせー墓の中に、こんなにたくさん入ってたんだよな」

 「王の権力はすごかったんだな」

 部屋を出て、残りの展示物を見ていく。王の内臓を入れたアラバスター製の美しい四女神の姿をしたカノープス容器や、王の寝台(これは、王のミイラをつくる作業をするときに、使われたと言われている)、金箔に王と王妃の絵を彩色した玉座、死者の世界の神アヌビス神(山犬の姿をしている)の像、王の等身大の立像などをひとしきり見る。

 ここで、約一時間のフリータイムとなった。

 

 

 

 「どこにいく?」

 「まず、ミイラ室に行くか?」

 「そうだな、せっかくだし」

 ツタンカーメンの展示の突き当たりに、ミイラの特別展示室がある。特別料金を払って、中にはいる。(ここは、撮影が禁止だ)中は、王や、王族のミイラが、十数体安置されている。ほとんどのミイラは、布に巻かれているが、中には、保存の良い物は、布をとった姿で公開されている。中で、もとも有名な王は、ラムセス二世のミイラだろう。十九世紀の終わりにルクソールのハトシェプスト葬祭殿の裏にそびえる、丘の中で、王や王族のミイラが多数発見された。王家の谷の墓の盗掘から、守るために密かに葬られたらしい。これらのミイラを、現在この博物館で保存しているのだ。

 「これが、あのラムセス二世か・・・」

 「何か、あれだけ像を見てたせいか、親近感わいちまうな」

 「ミイラだけどな」

 「うん・・・ミイラだけどな」

 ラムセス二世のミイラは、保存が特に良く顔や手、足もよくわかる。エジプト史上最も多くの建造物を残した王は、四人の正妻と二百人の側室を娶り、百人を越す王子を持った王だ。治世67年という長命な王は、身長約173センチの躰を、後世の博物館で展示され、今何を思うのだろうか。

 ミイラ室を出て、せっかくだから、ツタンカーメンのマスクと写真をとろうということになった。宝物のある部屋まで、急いで戻る。先程より、人が少なくうまく納めることができた。館内は、フラッシュをたかなければ撮影が許可されているので、二人は、このために、高感度フイルムを持ってきていたのだ。

 「次はどこに行く?」

 「まず、カバの置物みたい!」

 「確かこの階だったな」

 前夜、この博物館の下調べをしたときにパンフレットにあった、カバの置物が、妙にかわいらしくて、三井は、これを見たいというリストにあげていたのだ。

 館内の地図を片手に探していく。目的のカバは、ちょうど正面入り口のホールの真上にあった。

 「けっこーちいさいのな」

 「寝ているポーズもあるんだな」

 「何か、ミョーなの・・・」

 写真に収めて、再び地図を見る。

 「下に、ツタンカーメンの兄さんの展示があったよな」

 ツタンカーメン王の兄、アクエンアテン(イクナテン)王は、元、アメンホテップ四世として即位したが、神官の横暴に憂慮し、アテン神という一神のみを神とする事を宣言し、アマルナという土地に都を移した、改革者だ。結局、もとの神官達に、クーデターを起こされ、王位を剥奪され、弟のツタンカーメンが即位し、再びアメン神を信仰すると宣言した事により、アマルナの都は、ほぼ10年で、廃都となった。その、アマルナの都で栄えた芸術は、他の美術様式と少し異なる、独自のもので、アマルナ芸術と呼ばれている。

 一階の奥に、そのアマルナ芸術の展示があるのだ。

 アマルナ芸術で最も有名なのは、ベルリン美術館にある、ネフェルティティの胸像だが、その様式に似た、王女の頭部や、体のバランスが、少しおかしいイクナテン王の立像など、他の世代の宝物とは一線を画した出土品は、何となく迫力がある。

 アテン神以外を否定し、愛を説いた王の影響は、当時エジプトにいた、モーゼに影響を与え、唯一神を信仰する、ユダヤ、キリスト、イスラムの教えへと受け継がれていったと言われている。

 アマルナ芸術を見たあとに、時計を見て驚いた。

 「うわっ!もう集合まで、時間が残り少ないぞ」

 「うそ!まだ予定のもん見てねーぞ!」

 「仕方がない、あきらめよう。とにかくこのホールを突っ切っていこう」

 「うん、ショップ覗けるかな」

 「さぁ、とにかく急ごう」

 あわてると、時間は一層早くすぎていくように思う。実際に、ゆっくり見るつもりなら、この博物館は、丸一日かけても十分とは言えないだろう。

 入り口横のショップで、パンフレットと絵はがきをとにかく買い込んで、集合場所に向かうと、完全に遅刻だった。このところ、集合に遅れるブラックリストに載っているかもしれない。

 「すみません」

 遅れた詫びをいって、バスに乗り込む。

 「ミイラ室が時間とりすぎたのか?」

 「さて・・・詰め込みすぎたのが敗因かな」

 「だってこれでも絞ったんだぜ・・・」

 「根本的に時間がなかったんだな」

 「もう一回来ようぜ。残りもみんな見たいし・・・」

 「あぁ、他にも見たいところもあったしな。きっと来よう」

 「そん時は、片言でも言葉しゃべれると良いな・・・」

 「ショコランとガーリー以外にな」

 「そうそう・・・」

 ショコランは、アラビア語でありがとう。ガーリーは、高いの意味だ。二人はほとんどこれだけで値切っていたのだ。あとは、片言の英語でディスカウント・プリーズを連発していた。まぁ、何とかなるもんだが、やはり片言でも話せたら、もっと楽しかっただろうと今更ながらに思ったのだ。

 バスは、ナイル川のほとりにある、船上レストランに向かう。この日は、初日のカイロからずっと付き添ってくれたスルーガイドのバースデーだった。お礼の意味も込めて、ささやかなケーキとプレゼントを渡すことになっている。

 昼食をとったあと、ささやかなお祝いをして、みんな何となく幸せな気持ちになる。

 

 

 バスに乗り込んで、ホテルに戻る。

 これから、夕食までは、フリータイムだ。

 添乗員の引率で、希望者はワールド・トレード・センターに向かうことになった。三井達も、残りのおみやげを探しについていくことにした。

 タクシーをしたててもらって、目的地に向かう。

 「ひゃーっ、こえー」

 「今までバスだったから、恐怖感はなかったが、これは、ちょっと怖いな」

 気がつけば、カイロの渋滞の中にいた。窓の横すれすれに隣の車が追い越していく。クラクションの渦の中を、徐行という言葉を知らないかのようにタクシーは突き進んでいく。生きた心地のしない時間を過ごして、ようやく目的のワールドトレードセンターに着く。

 ワールド・トレード・センターは、近代的な建物で、真ん中に吹き抜けのホールがあり、各階にベネトンやサファリなどのカジュアルブティックが、並んでいる。

 1階のホールでは、ピエロのショーがおこなわれていて、にぎやかな雰囲気だ。

 「どこにいく?」

 「うーん、やっぱり、ベネトンや、サファリかな・・・」

 「やはり布物になっちまうよな・・・」

 とりあえずサファリに向かった。

 店に着くと、日本人の新婚カップルが、ものすごい数のTシャツを買い込んでいて、日本人に入りそうなサイズが、あらかた買い尽くされそうになっているところだった。

 「すっげー」

 「何もあそこまで買い尽くさなくても・・・」

 「新婚旅行ってやっぱ、土産が大変なんだろーな」

 「職場や、親戚や仲人や・・・な」

 二人は、内心ホテルで買って置いてよかったと、胸をなで下ろしながらも、自分たちが着れそうなサイズを探し始めた。サイズは大きめなので気をつけねばならない。

 女性も日本人の標準サイズは、ゆったりめでXSくらいだ。自分の家族への土産も探すことにする。

 「あ、この巾着かわいーかも」

 「このスカーフは、使うかな・・・」

 あれこれと買い込んで、サファリをとりあえずあとにする。

 「次ベネトンいこうぜ」

 ベネトンは、日本の物と少し品揃えが違うようだ。

 「何か、目移りしそうだな」

 「結局自分の物ばっかり買い込んでしまうのは・・・」

 「まぁ、それも思い出さ」

 やはり、布物をたくさん買い込んで、二人は、集合場所に戻ってきた。

 一緒に買い物に来た人達も、紙袋を抱えている。再びタクシーに乗って、ホテルに戻ることになった。

 「もしかして、ここ渡るのか?」

 「マジ?」

 ワールド・トレード・センターから出ると、タクシーは、道の反対側に並んで止まっていた。どうやら、道を渡らねばならないようだ。

 添乗員とガイドが、様子を見ていると、何人かの男達が、車をせき止めてくれている。この時とばかりに、クラクションを浴びながら、一行は、道を渡る。

 男達は、チップを添乗員に要求に来る。これを生業にしているらしい。

 「いろんな仕事があるもんだな」

 「しかし、こうでもしなきゃ、いつまでたっても俺達道渡れねーよな」

 半ば感心して、タクシーに乗り込む。

 ホテルに戻って、荷物を置く。しばらくすると、添乗員が近くのスーパーマーケットに連れていってくれるらしい。それまで、ホテルの土産物屋を見て歩く。

 「そーだ、ピラミッド買って帰ろう」

 アラバスター製のピラミッド3点セットを、買っていないことに気がついた。重いので最後にしようといっていたのだ。ホテルの物は、割高だが、ふっかけられることもないので、安心かもしれない。一応値札がついているので、値切れないが、日本人にしたら、その方が買いやすい。

3つで、12エジプシャン・ポンド。400円弱だ。他に、絵はがきや、便せん、変な親父の土人形や、ツタンカーメンの頭の置物などの変な小物の土産を買う。

 近くのサニー・エルザマーク・マーケットは、日本人の経営らしい。

 小さな店だが、品物はいろいろだ。ハーブティーのティーパックや、香辛料、菓子などの、日用品が並んでいる。

 ハーブティーや、カルカデの葉っぱなどを、買い足す。他に、珍しい香辛料なども買ってみる。

 値札がついているので、やはり買いやすい。買い物かごに、品物を入れて、レジに並ぶ。

 スーパーからの帰り道、鞄屋を見つけて、少し大きな鞄を買った。布物が、収まり切らなくなったので、一つ使い捨ての鞄を買って、着替えなどを入れようとしたのだ。土産物は、機内持ち込みの鞄やスーツケースに入れて、残りの汚れ物などをこの鞄に入れるのだ。日本円で900円くらいの鞄だった。

 ホテルに戻って、夕食をとる。

 最後の夜なので、少しおめかしして、ホテルのレストランに向かう。

 「もう最後か」

 「明日はもう、帰るんだな」

 「とうとう旅も終わりだな」

 「うん」

 食事のあと、添乗員から、ソネスタ号の乗船証明書が配られた。船長のサインと、それぞれの名前が、書き込まれている。

 証明書をもらって、ホテルのあちこちで、写真を撮って、部屋に戻る。ホテルには、朝までやっているカジノもあるのだが、入るのには少し勇気がなくて、行かなかった。

 部屋に戻って、明日帰るための荷物を詰めていく。

 あらかたパッキングを終えて、休むことにした。

 今日は、ゆっくり浴槽にはいるために別々に風呂にはいることにする。

 三井が、まだパッキングをしているので牧が先に入った。

 牧が、浴室からでた頃には、三井もパッキングを終えていた。交代で、風呂にはいる。しばらくすると、三井が浴室から出てきて、ベッドに腰掛ける。

 「明日は、バッゲージダウンが八時三十分だから、少し早く起きるか」

 「うん」

 「じゃぁ、もう寝るか」

 「おう」

 「三井」

 「ん?」

 「こっちにおいで」

 「牧・・・」

 「最後の夜だから、無理はさせないよ」

 少し、考える風をしたあと、三井が牧のベッドに潜り込んできた。

 素直になったもんだと、牧は内心苦笑しながら、部屋の明かりを消し、三井を抱き寄せて、額にキスを落とす。

 「お休み、三井」

 「おやすみ」

 二人の最後の夜は、穏やかにすぎていった。

 

 

15.帰国

 

 三井は、ふっと目が覚めた。

 牧の腕の中で、眠ったことに気がつく。牧の腕の中はとても暖かく、安心感がある。

 この数日、牧の腕の中で、眠ることに慣れてしまったようだ。

 身じろぐと、牧が起きたようだ。

 「・・・三井?」

 「おはよう、牧、すまねー、起こしちまったな」

 「いや、かまわないよ、もうそろそろ起きる時間だし。おはよう、三井」

 牧は、三井の額にキスを落とす。どうやら、牧は、三井の額にキスするのが好きなようだ。三井は、そっと、目を閉じる。牧は、三井の誘いに乗って、唇をあわせる。

 部屋に、電話のベルが鳴り響く。モーニングコールだ。

 三井の手が、牧のパジャマを握る。

 それを合図に牧は、三井から離れた。

 「さて、起きるか」

 「・・・お、おう」

 身支度をして、スーツケースの最後のパッキングをする。

 スーツケースを、廊下に出す頃には、朝食の時間が近づいていた。

 朝食をとりにいく時点で、もう部屋には戻らないようにする。ベッドメイク代として、1ドル紙幣を、ナイトテーブルに2枚置く。

 忘れ物の点検をして、荷物を持って、部屋を出る。

 「いよいよ最後か」

 「楽しかったよな」

 「あぁ、また来たいな」

 「おう、きっと来ようぜ」

 「また、二人でな」

 「うん、二人で」

 廊下で、軽くキスをする。牧は、三井を促して、エレベータで朝食をとるレストランに向かう。途中にあるフロントで、チェックアウトを済ませて、朝食に向かう。

 朝食をすますと、いよいよ出発だ。

 朝のカイロ市内の混雑の中を、バスは空港へと向かう。

 バスの中は、何となく別れがたいといった雰囲気で、静かだ。

 飛行場について、バスを降りる。

 出国の手続きをして、待ち合わせのロビーに入る。

 しばらく免税店を冷やかしていると、搭乗の案内が入った。

 いよいよエジプトともお別れだ。

 バスに乗って、タラップまで行き、エジプト航空の、ジャンボジェットに乗り込む。

 何回か、国内線も乗ったので、すっかりおなじみになった、緊急時の諸注意のビデオを見ていると、飛行機が動き出した。

 離陸。

 これで、バンコクまで約七時間は、飛行機に乗ったままだ。

 エジプトに来るときには、給油などを含めておよそ22時間くらいかかったが、帰りは、地球の自転の関係で一時間くらいは短くなるらしい。

 機内は、旅の疲れか、静かだ。

 三井達も、何となくうとうとと過ごしていた。

 バンコクについたら、何と、真夜中だった。午前中にカイロを発って、7時間。なんだか、変な気分だ。

 トランジットで、約1時間休憩になった。

 真夜中の空港の免税店は、時間を考えればにぎやかともいえたが、やはりどことなく、けだるさが支配している。

 三井は、空港に売っている、蘭の花を買った。かなり日本と比べると安い。二千円くらいで、蘭の花が、30本近く入っている。花の好きな母への土産だ。

 花の入った箱を抱えて、飛行機に戻る。

 あとは、3時間ほどでマニラに給油で立ち寄り、残りの7時間ほどで成田に向かうだけだ。

 食事の時間に起こされる以外は、ぼんやりと過ごす。

 かなり疲れていたらしい。

 気がつくと、もう直ぐ成田だった。

 免税の申請の紙が回ってくる。

 しばらくして、着陸。飛行機を降りて、到着ロビーに向かう。入国審査には、お腹をこわしたり、風邪をひいたりしたかどうか聞かれる。

 いいえと応えて、税関の方に向かう。ここで、ハイと応えてしまうと、その日のうちには、うちに帰れないときもあるそうだ。

 税関の前で、スーツケースを受け取る。荷物を持って、税関を通る前に、三井は、植物の検疫を受けねばならなかった。バンコクで買った蘭の花を持ち込むには、許可のシールを貼ってもらわねばならないのだ。検疫のカウンターで、箱を開けて、念入りに花をチェックされる。

 検疫済みのシールを貼ってもらって、スーツケースと共に、税関を通る。特に、スーツケースを開けられることもなく、無事に到着ロビーに出てきた。

 「ひゃー、疲れたな」

 「やっと帰ってきたか」

 「どーやって帰る?」

 「リムジンで帰るのが一番楽だろう」

 「そうだよな」

 リムジンバスで、横浜まで帰り、そこからタクシーで、実家に帰る。

 二人の長い旅が、ようやく終わった。

 

 

16.そして、日常

 

 「よっ、元気か?」

 湘北高校の体育館に、三井の脳天気な声が聞こえる。

 「三井サン!」

 「ミッチー!」

 「三井先輩!」

 「・・・・!」

 後輩達の声に迎えられて、手に大きな紙袋を持った、三井が体育館に入ってくる。

 「ミッチーなんだ?その包み」

 「なんだって・・・土産じゃねぇか」

 「土産って、エジプトのっすか?」

 「おうよ!休憩になったら、配ってやるぞ」

 桜木の訴えるような目つきに、宮城は、あきらめて休憩を言い渡す。どっちみち、そろそろ休憩を入れようとしていたところだったからだ。

 「ミッチー、この天才にも、買ってきてくれたんだろうな」

 「あぁ、忘れてねぇって」

 三井は、アスワンのスークで買い込んだ、Tシャツを袋から出した。

 「サイズは、まあ三種類くらいあるから、自分に合うやつを探してくれ」

 カルトゥーシュの描かれた柄や、エジプト文字の柄や、神様を描いた柄など、いかにもエジプトな模様のTシャツが、広げられる。

 「だいじょーぶっすか?三井さん。こんなにたくさん・・・」

 宮城が、心配そうに三井を見る。

 「物価が違うから、大丈夫だって」

 そうそうといって、ウエハースの菓子を出して、彩子に渡す。

 「あとで、分けてやってくれよな。それから、女子には、これだ」

 そういって、マネージャー二人にサファリで買った、巾着を土産に渡す。

 「じゃ、そーいうことで、またくるわ」

 「あれ?三井さんもう帰っちゃうんですか?」

 「ミッチー、バスケしていかねーのか?」

 「・・・・・・?」

 後輩達の視線を受けて、三井は、ちょっと残念そうに応える。

 「おう、ちょっと、今日は下宿の方に行かなきゃなんねーんだ」

 引っ越しの荷物を前日送ったために、今日受け取らなくてはならないのだ。

 「ミッチー、今度下宿に遊びに行っていいか?」

 「おう、いいぜ、でも、俺一人じゃねーから、あんまり無茶は出来ねーぞ」

 「牧サンと同居でしたよね」

 「ふぬっ、じいか」

 「・・・・・」

 赤毛の後輩と、無口な黒髪の後輩が、なにやら、不穏な表情をしたのに気付いて、三井は、少しあわてた。

 「ま、そーいうわけだから、今日は、帰るわ。荷物入れて落ち着いたら、また遊びに来るよ」

 そう言って、後輩達の、挨拶の声を背中に聞きながら、そそくさと、体育館をあとにする。

 「三井、もう終わったのか?」

 校門を出たところで、声をかけられた。

 「牧、待たせちまったか?」

 「いや、もっとかかると思ってたから、近くの茶店でも入ろうかと思ってた所だったんだ。行かなくてよかった」

 「すまねー。もっと早く持ってくりゃよかったんだけど、引っ越しの荷物つくんのに手間どっちまって・・・」

 「気にするな。それじゃ、行くか?」

 「おう!」

 二人は連れだって、駅に向かった。荷物を入れて、今日から下宿に泊まる予定だ。新しい暮らしの始まりだ。

 期待半分、不安半分の二人の暮らしだが、きっと二人で過ごした、エジプトの旅のように、楽しいこともあるだろう。

 三井は、牧の顔を見る。

 「?どうした?」

 「いや、なんでもねぇ」

にっこり笑って、三井は、足を早めた。

一歩一歩、二人で暮らす部屋に向かって。

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Revised: 2001/04/29 .