11.ガラベイヤ・パーティ
船に戻り、その足で、デッキに向かう。デッキからライトアップされたコム・オンボの遺跡が美しく見えるらしい。
デッキの上から見た遺跡は、夕闇の中に淡いオレンジ色にライトアップされ浮かび上がっていた。コム・オンボとは、アラビア語でオンボスの丘という意味だ。その名の通りの小高い丘の上に、遺跡が建てられているため、川に浮かぶ船の上からは遮られる物もなく、全景がはっきり見える。
「うわー、何か映画の中みてぇだな」
「この位置からだとライトアップがこんなにきれいに見えるんだな」
「なんか、ギリシャのパンフみてぇ」
「パンテオンか?まぁ、少し柱が太めだがな・・・。時代からすると正確にはローマの遺跡に似てるんだろうな」
「グレコ・ローマン様式だっけ?世界史で習ったよーな気がする・・・」
「ま、何にしてもこの遺跡も見て正解だったかな」
「おう、きれいな夕陽も見れたしな。何か、この旅行ってすっげー得した気分になれるよな」
「あぁ、日常とあまりにかけ離れた世界だからな。初めて目にする物が多いし」
「そうそう、もっと大都会に旅行してたんだったら、こんな経験できないかもな」
「確かに・・・。それはそうと、そろそろ夕食の時間だな」
「そう言えば、腹が減った・・・」
「一旦部屋に戻って、荷物を置いて食堂に行こう。遅れると例のボケボケ爪楊枝君のテーブルに当たってしまうぞ」
「うへぇ!急ごうぜ」
<コム・オンボ遺跡のライトアップ>
二人は、急いで部屋に戻り食堂に出かけたが、空いているテーブルは、常連の新婚さん命名のボケボケ爪楊枝君担当のテーブルしかなかった。
なぜ、こんな渾名が付いたのかというと、食堂の給仕達は、船内の退屈な時間を紛らわすためにと、テーブルに爪楊枝を並べて行うクイズを食後のひとときに出題するのだ。日本でいうとマッチ棒6本で、三角を四つ作れという、頭の体操クイズをするのと同じだ。(ちなみにこの答えは、正4面体だ。つまり平面を見ていて、立体で物を考えられるかというのがポイントになっている、柔軟な発想を試すクイズだ。)
で、この爪楊枝君は、給仕は、オーダーを忘れるわ、なかなか持ってこないわで、さっぱりなくせに、爪楊枝ゲームになるとやたらと嬉しそうに、テーブルに爪楊枝を並べるので、渾名を付けられたのだ。
その日の彼は、相変わらずもたもたしていたが、何とかオーダーミスは、なかったようだ。
食事で、同じテーブルに座った人たちと、今夜のガラベイヤ・パーティーについての情報を交換する。
女性達は、午後の休憩の間に地下の美容室で衣装を合わせていたようだ。ラメ入りの派手な衣装の着付けと、古代エジプト風のアイラインをくっきり引いたメイクを、この後受けるのだと話していた。
二人は、自分のガラベイヤを着るため、そんなに大変ではないが、おしゃれに装うには、それなりの苦労が必要ということか。
食後に部屋に戻り、夜10時のガラベイヤ・パーティーにむけて用意を始める。といっても、普段着の上に、ガラベイヤを着るだけなので、大したことはない。Tシャツとジーンズの上に被るだけだ。
服の上にガラベイヤを被って着る。袖のないマントのような長衣(アバーエというらしい)をその上に羽織ると出来上がりだ。
「何かモコモコすんなぁ・・・」
三井が、ウエストのあたりを気にしている。ゆったりと被るだけなので、余裕は十分なのだが、どうも違和感があるらしい。
「ジーンズが気になるなら、ショート・パンツにしたらどうだ。確か持ってきていたろう?」
「あ、そうか」
もそもそとジーンズと履き替えて、少し楽になったのでほっとする。
「そーだ、これ、被るんだよな?」
頭に被る布をどうしようかと、三井は、輪っかと共に手に持って(布は、クーフィーヤ、輪っかは、イカールというらしい)牧の方を振り向いた。
今まで目にしてきたエジプトの男性は、あまり、輪っかを使わないようだ。布をくるくると頭に巻き付け、帽子のようにしている人ばかりだったからだ。
牧は、鏡に向かって、頭の輪を調整しているところだった。
「なんだ?」
そう言って、振り向いた牧を見て、三井は、絶句する。
「三井?どうした?」
訝しげに牧が問いかけると、我に返った三井が、いきなり笑い出した。
「ひゃーっ・・・は、は、は・・・・それ、サイコー!すっげー似合ってるぜ!まるで、ネイティブ・エジプシャンみてー」
笑い転げる三井に、牧は憮然とした顔を見せる。
確かに、牧にガラベイヤは似合っていた。浅黒い肌とがっしりとした体躯の長身にガラベイヤを着て、アバーエを羽織り、クーフィーヤを頭に被せそれをイカールで止めた彼は、エジプシャンというよりは、アラブの石油王の息子のような姿をしていた。
「そんなに笑うなよ。俺だって、少しは恥ずかしいんだからな」
「わ、わりぃ・・・」
謝りながらも、笑い続ける三井に、牧は、溜息をつく。
『頭は、こうじゃなくて、エジプト人のように巻き付けた方が、良さそうだな』
牧は、自分でも似合いすぎだと自覚してしまった姿を、少しでもアラブ人くさくならないようにと、頭の輪をはずし、布を頭に巻き付けていった。
「なんだ、さっきの方が似合ってたのに・・・」
ようやく笑いが収まった三井が、残念そうに呟いた。それを無視して、牧は布を巻き終え、今度は、三井の頭に布を巻き付けていく。
「なぁ、記念写真撮りにいかねぇ?」
牧に頭を整えてもらいながら、三井が提案する。
「そうだな。三井の姿を撮っておいてやるよ」
「なんだよ。一緒に写ろうぜ」
「あまりこの姿は残したくないな・・・・」
「いいじゃんか。旅の思い出だろ?」
「まぁ、それはそうなんだがな・・・」
三井に押し切られる形で、牧は、記念写真の中に不本意な姿を残すことになってしまった。
ガラベイヤを着て、デッキに上がってみる。夕刻はライトアップされていた、コム・オンボ遺跡も、今は、夜の闇の中に紛れて見えなかった。デッキで、互いに写真を撮る。その後、ロビーに降りて、派手な調度品とソファーのある場所で再び写真を写す。通りがかったクルーに、二人そろっての記念写真のシャッターを押してもらう。
写真を撮ったクルーには、首筋がすっきりとした服なので、いっそう華奢で儚げに見えるもともと若く見られがちな三井と、実年例よりかなり老けて見える押し出しのいい、いかにもアラブ人のような牧と並んでみると、ご主人様とお小姓のように見えてしまう。
クルーが、妖しい妄想を首を振って振り払おうとしながら、仕事に戻るのにも気がつかず、三井はご機嫌で写真を撮りまくっていた。
ガラベイヤ・パーティが、3階のディスコで開催された。
ほとんどの乗客が、参加しているようだ。三井達のツアーの他には、ヨーロッパからの2団体と別の日本の2ツアーがこの船に乗り込んでいる。(他に数人のグループもいくつかあったようだ)
パーティーは、ダンス大会から始まった。中央のライトの当たる場所で、ダンスをめいめいが踊っている。牧や、三井も、とりあえず参加させられる。
ダンスが、一通り終わった後、全員参加のゲームが行われた。みんなでぐるぐる踊り回りながら、司会の合図で、決められた人数の輪をつくるのだ。輪からはずれるとゲームアウトで、踊りの中から抜けていく。椅子取りゲームのようなものかもしれない。近くの人間で、とっさに輪を作るわけだが、やはり見知った人間とグループを作りがちなので、大人数なツアーの方が、有利ではある。
三井達も、それなりにがんばって残っていった。合図があって、近くの顔見知りと輪を作る。最後に年輩の女性が加わって、気がつくと規程より一人多かった。牧は、外れようとした女性に輪を譲って、踊りから外れた。三井が、あまりにも嬉しそうに踊っているのが、可愛くて抱きしめたくて側にいるとやばかったのだ。壁ぎわにある、ソファに腰掛けて、持ってきたカメラで、三井を取り始める。
三井は、順調に残っている。背の高い彼は、それなりに目立っている。バスケで鍛えたフットワークはこの程度では疲れを知らない。素早く周りの人数を見極め、輪を作る。嬉しそうに踊っているので、周りのお姉さん方にも概ね好評のようだ。彼が動けば、思うように輪ができていく。
しかし、やはり三井も女性に譲ることになってしまった。同じツアーの女性があぶれそうになって三井の近くにいたため、彼も輪を譲って、牧の側へと外れてきた。
「お疲れさん」
「いやぁ、それなりにおもしろかったよな。久しぶりにからだ動かしたし」
「あぁ。見ろ、最後の合図だ。うちのツアーの人が残ったな」
「ホントだ。あの二人が優勝か」
最後の二人は、キャプテンから賞品がもらえた。エジプトのおみやげ数点の中から好きな物を選んで、持ち帰る。やはり女性だけにアクセサリーの類を選んでいた。
その後、もう一つゲームがあった。ハネムナーのカップルの限定参加だ。
ミイラつくりゲームだ。カップルの片方がじっと立っていて、もう片方が、相手をトイレットペーパーでぐるぐる巻きにしていくのだ。一番きれいにミイラをつくったカップルが優勝となる。
各ツアーから、新婚さんカップルが押し出されてくる。
大抵は、旦那さんを奥さんがぐるぐる巻きにしていたが、牧達のツアー代表は、奥さんが、ミイラにさせられていた。
「新婚さんかー。良い思い出だよな」
「なんだ?三井もミイラになりたいのか?」
「ち、ちがっ・・・。俺はただ・・・・」
「幸せそうで良いなと思ったか?」
そう言うと、牧は、そっと三井の手を握った。
「ば、バカ・・・っ。こんな所で何すんだ」
三井があわてて、声を潜めて、牧に抗議する。
「大丈夫だよ。ガラベイヤが隠してくれてるさ。俺達だって、気分はハネムーンだって事、三井は忘れたのか?」
牧も、少し声を落として三井に話す。牧の手は、ゆったりとしたガラベイヤの陰で、周りからは、見えないのをいいことに、三井の手を握って離さない。
「わ・・・忘れちゃいねーけど・・・」
「なら、もっと新婚気分にひたってもいいだろうに・・・」
「え?」
「俺は、もっといちゃいちゃできると思ってたんだがな・・・。三井は、ガードが堅い・・・」
「牧・・・」
「俺としては、残りの日々で、三井がもう少し打ち解けてくれると嬉しいんだがな・・・」
「俺は・・・・」
「ま、三井は、恥ずかしがり屋だから、無理だろうけど・・・・」
確かに、自分が恥ずかしがり屋なのは、自覚していることだが、この旅行で、三井は三井なりに、牧に歩み寄っているつもりだった。牧の口調では、まだ足りないということなんだろうか。しかし、牧に無理だといわれて、三井は、カチンときた。三井は、少し意地になって、牧の言葉に反応する。
「無理って何だよ。俺だって、やればできるさ」
「ほう・・・それはそれは・・・」
「信じてねーな」
「じゃぁ、見せてもらおうか」
「・・・どうすりゃいいんだよ・・・・」
「ま、とりあえず、部屋に帰ってからだな。さすがにこんなところでべたべたは、ちょっとできないしな」
「お、おう・・・」
牧の、何か企んでいるような笑みに、三井は、言ったそばから後悔を始めてしまった。この様子では、何をやらされるかわかったものではない。逃げ出したくても、船の上では、如何ともしがたい。牧の、良心に訴える作戦しかないかと、三井は、溜息をこぼした。
二人が、他人が聴けば痴話喧嘩のような、やりとりをしている間にゲームが終わり、優勝者にプレゼントが贈られた。パーティーは、一応これでお開き。ホールは、まだ開けているのでゆっくりご歓談くださいといったところだ。
「さて、帰るか」
牧が、ゆっくり立ち上がり、部屋に戻り始める。三井も渋々後に従う。
部屋に戻って、牧が、三井を振り向いた。
「三井、さっき言ったこと、本気か?」
「う・・・・」
ごめんなさいと言えばいいのに、三井は、口ごもる。ここで、素直に謝れれば、苦労も少ないのだが、意地っ張りな三井は、それすらできない。
「何だ、やっぱり、もののはずみか」
牧が、態とらしくふぅっと溜息をこぼし、大げさに肩をすくめる。止せばいいのに、三井は、その挑発に乗ってしまった。
「やればいいんだろっ!何だってやってやろーじゃないかっ!」
「ほう?」
「何がして欲しいんだよっ!」
引くこともできず、三井は、墓穴をずんずん深く掘っていた。牧は、内心やれやれと思いながらも、せっかくの据え膳状態なので、より一層おいしくいただこうと、策をめぐらせた。
「じゃぁ、俺がその気になるように誘ってみてくれよ」
「へ?」
「まずは、ちょっと狭いが、シャワーを一緒に浴びるってのはどうかな?」
「あんな狭めーとこで、俺達二人、入れねーだろ」
「入ってみなきゃわかんないだろ」
「わ、わかったよ・・・」
おもむろに頭の布をはずして、ガラベイヤを脱ぎ捨てようとした三井を、牧は止めた。
「わかってるか、三井、俺をその気にさせるんだぞ」
「え?」
「まずは、それを色っぽく脱いでくれよな。その後、俺の方も脱がしてくれるか?」
「なっ!」
三井は、首まで真っ赤になって固まってしまった。いっしょにシャワーを浴びるなんて事も、したことがないというのに、牧の前で、色っぽくストリップショーなんてできるわけもない。ガラベイヤに手をかけたまま、うつむいてしまった三井に、牧は言わんこっちゃないと思ったが、ここで、手を休めては、せっかくの楽しみもフイになる。
「まぁ、急に色っぽくもできないだろうから、普通でいいよ」
そう言って、三井を促す。三井は、少し、牧の視線から、体の中心を逸らしてもそもそと、ガラベイヤを脱ぎ捨てる。ガラベイヤの下は、Tシャツと、ショートパンツだ。腕組みして三井を舐めるように見ている、牧の視線を頬に感じながら、Tシャツを脱ぐ。
「三井。こっちを向いてくれないと、楽しくないぞ」
三井は、もう半泣き状態だ。身動きができない。
「ふぅ・・・じゃぁ、俺が脱がしていいかな?」
牧は、近寄って三井のショートパンツに手をかける。
「い、いやっ、じ、自分で脱げるっ!」
勢いで、三井は、ショートパンツと、トランクスを脱ぎ捨てた。
「そうそう、次は、俺を脱がしてくれよ」
身を隠すものが何もなくて、羞恥で、躰を赤く染めながら、三井は、半ばやけくそで、牧の衣装をはがし始めた。
牧の、精悍な体躯が三井の前に晒されていく。すべて、牧から服をはぎ取って、三井はほっとする。
「さて、一緒にシャワー浴びよう」
牧に促されて、二人で、バスユニットに入る。やはり、大柄な二人が入るにはそのスペースは狭かった。
「そうだな、互いに、洗いあうってのはどうかな?」
「・・・」
三井の頭の中は、牧を罵倒する言葉で溢れていた。オヤジ、スケベ、ヘンタイ・・・エトセトラ。
「じゃ、先に洗ってやるよ」
牧が、三井の頭から、シャワーを浴びせる。この、シャワーは、天井に据え付けなので、それこそ、頭から湯を浴びてしまうのだ。
一旦湯を止めて、牧がボディソープを手に取った。三井は、嫌な予感に牧を見つめる。予感というのは、こんな時に限って当たるものだ。牧は、泡立てた手のひらで、三井を洗い始める。
「ひゃっ、ま、牧・・・。勘弁・・・」
「何でもするって言ったのは、お前だぞ」
三井は、牧の手のひらで、体中泡だらけにされて、泣きそうになった。気持ち悪いというわけでもないが、泡の上を牧の手のひらが、イヤらしく這い回るのにどんどん躰が、敏感になっていく。
「さあ、今度は、俺を洗ってくれるんだろ」
泡まみれのままの三井に、牧はボディソープを手渡した。
「躰で洗って・・・はくれないだろうから、手のひらでいいよ」
泡踊りなんて、冗談じゃない。三井は、渋々手のひらに泡をつけて、牧を洗い始めた。
「な、何してんだよ」
牧が、三井の躰に触れてくる。
「イヤ、もう少し洗い足りないかなと思ってね」
「もう十分だからっ!大人しく洗われてろよっ!」
「はいはい・・・」
牧は、三井がせっせと牧の躰を洗い出したので、とりあえず大人しくされるままになっていた。
しばらくして、なんとか洗い終わったので、三井が牧を見る。
牧は、シャワーの栓を引き、湯を降らせる。三井の躰を、壁に押しつけるようにして、二人で無理やり湯を被った。三井が、抗議をしそうだったので、キスで、口をふさぐ。
すべての泡が洗い流される頃には、三井はキスと、頭から被る湯とで、息継ぎが苦しく、ぐったりとしてしまった。湯を止めて、牧が、三井を抱きかかえながら、バスタブを出る。バスタオルを、三井に被せて、バスルームから出るよう促す。
「何だ、三井、もうへばったのか?」
「う、うるせー」
「その調子ならまだ元気だな。じゃぁ、これからが、本題だ」
「ま、まき・・・」
まだあるのかと、三井は、泣きそうになった。今日の牧の戯れは、三井の許容量を超えている。無意識に目を潤ませて、勘弁して欲しいという表情で、牧を見る。
「そんな顔したって、だめだぞ。三井が言い出したんだからな。それとも、ギブアップするか?」
「うるせーっ、どーすりゃいいんだよっ!」
またしても、三井はここで強がってしまった。学習能力がここまでないとは、と、牧は、半ばあきれてしまったが、三井に惚れてしまった弱み、そこが可愛いんだよなと納得するあたり、牧もずいぶんおばかさんなのかもしれない。
「さぁ、俺をその気にさせてくれよな」
「え?」
「ベッドで、俺を誘って見ろ」
「ど、どうやって・・・?」
「まずは、一人でやってるところが、みたいな」
「それって・・・」
「簡単だろ?いつも一人の時にするようにすればいいんだから」
牧は、そう言ってベッドに腰掛け、腕を組む。三井は、途方に暮れた。人前で、何でそんな一人上手を披露せねばならないんだっと、牧を睨み付ける。
「できない?」
「うっ・・・・」
「できないか・・・」
「まき・・・」
「やはりな・・・」
「ちくしょーっ!やりゃいいんだろーがっ!」
またもやうまく乗せられて、三井はベッドにあがる。牧の視線から躰ををずらして、そっと自分自身に触れる。
「何だ、見えないぞ、三井。やるからには、こっち向いてくれよ」
全身真っ赤になって、三井は、牧の方を向く。顔はそらしたままで、牧が見えないように、目を閉じた。こんな事は、さっさと済ませてやると、自分の世界に集中し始めた。
しかし、今日は、昼間に牧にさんざん苛められているので、躰が、ついてこない。どうしようと、三井は、パニック状態になった。終われなきゃ、ずっと、このまま、牧に躰を晒し続けることになる。意識の集中が切れて、三井は、どうにもならなくなった。
「・・・・・っ」
牧は、三井の様子が、おかしいのに気がついた。三井の側に近寄ると、うつむいて、泣いている。遊びもここまでかと、牧は、気を変えた。そっと、三井の隣に座ると三井の肩に手を回し、囁きかける。
「三井?」
「ま、まき・・・おれ・・こん・・な・・の・・や・・だ・・・っ」
嗚咽で、途切れ途切れに喋る三井を見て、牧は、罪悪感にひたってしまった。
「悪かった・・・。つい、お前が可愛くて、苛めてしまった」
「まき・・・」
「もういいよ、三井が、精一杯がんばったのは、十分わかったから」
涙で濡れた頬を、そっと唇で拭ってやる。三井が、潤んだ目を、牧に向ける。
「その気に、なった?」
牧は、内心苦笑しながらも、確かに三井の言うとおりなので、答えてやる。
「あぁ、十分さ」
「よかった・・・」
これで、もう変な命令は言われないと、三井は、安心した。
「ところで三井・・・」
牧が困ったようにささやく。
「・・・?」
訝しげに牧を見る三井の耳元に、牧は、苦笑しながらささやいた。
「その気になってしまったんだが・・・続きをしていいかな?」
「ばっ・・・・・!」
真っ赤になりながらも、三井は、牧にしがみつく。せっかくここまでがんばったのだ。仕方がない。牧の耳元で、そっとささやく。
「優しくしねーと、ゆるさねー」
「承知しました」
ガラベイヤを脱ぎ散らかした部屋の中で、自称新婚カップルの夜は更けていった。