10.エドフとコム・オンボ

 

 明るい朝の日差しが、窓から差し込んでいる。三井は、眩しくて目が覚めた。首を左右に回して辺りを見回す。隣のベッドで眠る牧の背中が見える。

 牧の姿を見ていて、ふと、昨日の午後のことを一つ一つ思い出し初めて、三井は慌てて視線を逸らした。少し火照ってしまった頬を隠すようにして、掌で覆う。

 なるべく意識をその記憶から離して、三井は、ゆっくり起き出し伸びをする。躰が、重い。特に腰から下が、まだ少し辛い。昨日は牧の思うように流されてしまい、あの後は体がいうことを利かずさんざんだった。その名残が、未だに自分の躰を支配している。

 三井が、せっかく押しやった記憶を再び呼び戻してしまったことに、軽く舌打ちをする。これからの旅が、毎日あれでは身が持たない。

 『ったく・・・お前のせいだからな!』

 照れ隠しに牧の背中に八つ当たりの目を向けると、目覚ましのベルが鳴った。

 牧の手が、ゆっくりと目覚ましを掴み、ベルを切る。身体を俯けてゆっくりと起きあがる。頭が、少し寝癖で乱れている、眼も少し眠たげでぼうっとしている。牧の寝起きの姿を三井は、始めてみた事に気づいた。

 「・・・・!」

 牧が、三井に気がついて、一瞬戸惑った表情をしたが、すぐさま、いつもの牧に表情を戻した。何となくそれがおかしくて、三井はくすくす笑ってしまう。

 「おはよう、牧」

 「・・・三井?起きていたのか・・・・」

 「あぁ。なんかまぶしくってよ・・・」

 牧が、三井を誘うように両手を広げる。自分から足を運んで、牧の腕に抱かれることに、三井はたまらない恥ずかしさを感じて、関心の無いような答えを返した。

 「なんだよ、それ・・・」

 そのつれない三井の問いに、牧は溜息をついた。しかし、めげずに続けることにした。三井が、そういう事を恥ずかしがることは、いつものことだから。

 「なんだよは、無いだろう?おいで、三井」

 再び腕を広げ、三井を促す。

 「ったく・・・」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、三井は、牧のベッドに腰をかけて牧の腕に収まる。牧が三井を抱きしめて、キスをしてくる。

 「・・・んっ・・」

 長めの口づけを終えて、二人の目があった。

 「おはよう三井・・・。躰の方は大丈夫か?」

 「え?お、おう・・・。別に何ともねぇよ」

 何でそんな事を聞くんだと、少し警戒しながら、三井が答える。

 「そうか、よかった。昨日は、かなり辛そうだったからな」

 「な・・・・」

 一気に三井の顔に朱が走る。昨日、牧に悟られたくなくて、がんばった努力はいったい何だったのかと悲しくなった。

 牧は、三井が、触れて欲しくなかったところをつついてしまったことに気がついて、フォローを入れることにする。三井の額に手のひらを当て、熱を計る仕草をする。

 「もう、熱も下がったみたいだし、よかったな、本格的な風邪を引かずに済んで」

 「え?」

 「昨日は、熱っぽくて、ずいぶん辛そうだったからな。なんともなくてよかったよ」

 牧は、三井と付き合いだして、ずいぶんと、話のすり替えがうまくなったと思う。

 気難しい三井の機嫌を損ねないように、傾向と対策を身につけたのだ。

 この扱いにくい三井を、完全に自分のものにしたという確信はまだ無い。

 しかし、いつか牧なしでいられないようになればと淡い望みを抱いている。

 とりあえず、三井の機嫌を繋いだ事に安心した牧は、三井の頬や、額に、軽いキスを繰り返す。

 「お、おう・・・なぁ、牧、今日の予定ってどうだったっけ?」

 三井は、牧に昨日の事を悟られたのではないとわかって、ほっと安心した。とにかく、体調の話題から離れたくて、話を変えようとした。

 「ん?今日は、確か、エドフのホルス神殿と、コム・オンボの神殿を見学する予定だったぞ。朝食は7時から8時までだった。そろそろ支度しなくちゃな」

 牧に促されて、着替えと洗顔をするために、立ち上がる。

 

 

 朝食は、いつもの食堂だ。相変わらず、バイキングが続いている。ツアーも中日にさしかかり、ツアー客ともかなり仲良くなった。

 食堂での話題は、給仕のうち、とことんボケたボーイの担当のテーブルに座らないようにということだ。飲み物の注文を、大抵1品は間違えるらしい。牧と三井は、たまたま、その担当テーブルに座ったことはなかったのだが、今朝は、とうとう、その彼の受け持ちテーブルに当たってしまった。

 食後のコーヒーが、来ない。給仕のチーフに頼んで、やっとコーヒーにありつけた。

 毎回ミスを繰り返しているという噂を、ツアーのメンバーから聞いて、今度からこのテーブルだけは避けようと、牧と三井は心に決めた。

 しかし、牧たちのツアーに割り当てられた4つのテーブルのうちの一つに必ず彼の担当のテーブルがあるため、もたもたしていると、その席に座らなくてはならなくなるのだ。

 新婚カップルの一組が、ほとんど彼のテーブルの常連になりつつあり、半ばやけで、今日はどんなボケをみせてくれるか楽しみだと笑っていた。

 

 

 食事の後、すぐに集合になった。

 船の1階のロビーに集合がかかる。船は、エドフの町にいつの間にか停泊していた。

 今朝早くエスナの船着き場からエドフの町に向かって船は出発したらしい。

 集合して、ガイドの引率で船を出発する。船をでるときに、搭乗カードをもらう。ドアを出たら、そこは、また船の入り口だった。

 エドフの岸壁から、何重にも船が、並んでいる。彼らの船ソネスタ号は、岸から4艘目に停泊していた。船から船にタラップを掛け、隣の船に移る。隣の船のロビーを通り抜けて、また隣の船に移る。そうやって、3艘の船を通り越して、岸に着いた。

 「なんだか、うちの船って、小さくねぇ?」

 「そういえば、ほかの船と比べると小振りだな」

 「ロビーの派手さは、あんまりかわんねーけどよ」

 「というより、どこもみんなロビーに力を入れているという事かもしれないな」

 「ロビーだけは、ほかの船の客も通り抜けるからな」

 「見栄か」

 二人とも笑いながら、タラップを渡り岸に移る。岸の土手をよじ登り、川岸のアスファルト道路にたどり着く。

 ここからは、ホルス神殿まで馬車を使う。

 ツアー客4人に1台馬車が割り当てられる。

 乗った馬車の車体番号を覚えておくようにと、指示がある。

 牧達の馬車は93号だった。

 舗装されているのかいないのかよくわからない砂色の道を、細かい砂埃を撒きながら馬車に揺られていく。地面はあまり滑らかとは言えず、細かい振動の合間に段差を越えた衝撃がある。

 エドフの町は、人口約二万人。製糖工場のある町として、栄えているようだが、馬車から見えるところは、あまり大きな町には見えない。土壁の箱のような家が続いている。カイロやルクソールで見た、大きなビルは視界に入らない。徒歩や自転車で人が往来していく道を、馬車が通る。道端には、牛や鶏などの家畜がいる、のどかな風景だ。

 「なぁ、あのトラック変じゃねぇ?」

 「そうか?」

 「あの『ダットサン』って文字のやつだよ・・・」

 「すこし古いな」

 「向こうの『ニッサン』と一緒じゃねぇ?」

 「そう言われれば・・・その向こうのフィアットの車体とも似ているな」

 「さっきから、何かいろんなトヨタ見たぞ」

 「きっと、日本で国産車にフェラーリのステッカー張ってるのと同じじゃないか?」

 「うん、そーだよな、日本車もブランドなんだもんな」

 なかなか、古くて、もとのメーカーがよくわからない、小型トラックが、道端のそこここに止まっている。その、車体には、ニッサンや、トヨタ、ダットサンなどの文字が、ペイントされている。ちょっと笑ってしまう文字もあって、神殿までの道を、飽きさせない。

 

 

 十分ほど馬車に揺られていくと、土産物屋のかたまった一角につく。ホルス神殿の門前商店街と言ったところだろうか。

 馬車が、あちこちで、動いていて、かなりのラッシュ状態だ。馬車はここまでということなので、下車して、ツアーの一行に合流する。

 そこに、大型観光バスが、やってきた。馬車とタクシーと観光客でごった返すそう広くない道で、方向転換を始める。いきなり大渋滞が起こる。

 「何で、バスがこんな所まで入ってくんだ?」

 「もう少し人の少ないところで、方向転換すればいいのになぁ」

 しかし、周りの人たちは、慣れっこなのか、平然としている。身動きがとれない観光客に、ここぞとばかりに土産物を売ろうとする。

 ようやくバスが方向を変えて去っていき、人の流れが動き始める。牧達のツアーも、神殿に向かって歩き始めた。

 広場の横に続く壁の途切れたところから、チケット売場に向かう。一本の少し大きな木がある所が、ゲートのようだ。そこは、グラウンドのような広い場所で、正面に何層かの壁が続いているのが見える。その壁の中が、ホルス神殿のようだ。

 ガイドに連れられて、その壁の外周を歩いていく。ゲートから見て、ちょうど反対側に回り込むと、ホルス神殿の塔門に辿り着く。その前は、広場になっており、塔門と記念写真を撮る人であふれている。

 現存するホルス神殿は、プトレマイオス朝のもので、修復がほぼ終了している。塔門には、ホルスと、その母イシスの前で、プトレマイオス十二世が、敵を打ち据える場面を描いたレリーフがある。その塔門をくぐると、列柱が巡らされた広い中庭がある。そこから、次の第一列柱室への入り口に、二体の隼の姿をしたホルス神の像がある。

 「おっ、このトリと写真とろうぜ」

 「三井、それはただの鳥じゃなくて、ホルス神だぞ」

 「ホルス神って何だ?」

 「両目が太陽と月になっていて、天空を司っている神だそうだ。隼の姿で、表されるらしい。黄泉の国の神のオシリスと、死者の内臓を守る四女神の一人イシスの子供だ。エジプトでは、王が、ホルスの化身だと考えられていて、各地で崇拝されていると、このガイドブックに載ってるぞ」

 「・・・何か、わかったよーでよくわかんねーな、ま、いっか。とにかく、こいつと写真とろうぜ」

 「・・・あ、あぁ」

 牧は、とりあえず向かって左側のホルス神と、三井の写真を撮る。

 「牧、牧、次は、こっちのへたってる奴ととろうぜ」

 向かって右側のホルス像は、破損が激しく、台座部分がなく王冠もない。足の部分も、少し壊れていて、何となく、ぐったりしたように見えるのだ。

 牧は、言われるままに写真を撮り、今度は無理やり三井にカメラを交代され、自分も、ホルス像と写真に収まった。

 第一列柱室から中にはいると、中には太い柱が、林立している。柱のあちこちに、十字架が彫られている。ここの神殿もキリスト教徒の隠れ家になっていたようだ。外から見えるレリーフの顔の部分は、破壊されているものが多い。神殿の奥に進んでいくと、部屋の壁が、すすけているように見える。これは、実際キリスト教徒が、内部で、炊事をしていたために、壁に煤が付いてしまったのだそうだ。

 神殿の壁面には、レリーフが施されている。

 「なんだか、妖しいよな」

 三井が、ホルス神とプトレマイオス何世かが、向かい合っているレリーフを見て、ぼそっとこぼした。

 「見つめ合っているみたいだな、そう言えば・・・」

 「手だって絡ませてるしなぁ・・・」

 どういう場面なのかは、よくわからないが、何となくあやしい雰囲気のするレリーフだった。横目に見ながら進んでいくと、神殿の外、外周壁との間に出た。壁面にホルス神の伝説がレリーフとして描かれている。

 「あ、カバを、槍で射止めてる。でもこのカバ結構抵抗してるなぁ」

 「かなり執拗に責め立てているのにな」

 「手強い敵なんだなきっと・・・」

 「この壁面全部がその伝説のようだな。」

 父オシリスの敵であるセト神を討つ場面が、外周のうち1面の壁中に描かれている。セト神は、オシリス神の弟で、砂漠の神、暴風の神である。犬のような、ロバのような、何なのかよくわからない頭をした神で、この神殿では、カバや、ワニの姿で表されている。ホルス神が、戦いでセト神の化身のカバや、ワニを懲らしめている場面が、延々と表されているのだ。

 ホルス神の戦いを延々と見ながら、もとの中庭まで戻る。そこが、集合場所になっていた。

 

  <エドフ:ホルス神殿・ゲート>

   集合して、また、来た道を戻って、ゲートの外に出た。

 壁の前の門前商店街の広場は、馬車であふれていた。牧と三井は、同乗していた人たちと一緒に93番の馬車を懸命に探す。ようやく見つけて、車上の人になった。

 来た道を、同じように馬車で戻っていく。

 船着き場の前で、馬車を降り、岸の土手を降りる。

 「あれ、船が少なくなってる」

 「本当だ。もう他の観光地に出発したんだな」

 船は、朝より数が減っており、ソネスタ号は、2隻目の位置で、待っていた。

 1隻目のロビーを通り抜け、ソネスタ号のロビーにはいる。搭乗カードを渡して、搭乗完了だ。ロビーの端で、おしぼりと、レモンジュースのサービスがあった。埃にかなりまみれていたようで、ほっとする。

 全員が搭乗して、船は、次の目的地コム・オンボに向かって出発した。エドフから、コム・オンボまでは、陸路でおよそ70キロほどの距離だ。船では、のんびりと行って、3〜4時間だ。

 この日の昼食は、デッキで、バイキングだった。外の景色を見ながら、いつもとは少し違う、バーベキューのメニューも加わって、なかなか豪華な昼食だった。

 昼食の後、船長が操舵室を見学させてくれる。そう大きくはない部屋だが、大柄な操舵士が、舵を取るキャビンの前で、船長と記念写真を撮った。

 次の目的地、コム・オンボまでは待機時間なので、一旦部屋に戻る。

 「ホントにのんびりしてんなー」

 「そうだな、ゆったりとした時間の中にいると、日本の暮らしが信じられないな」

 牧が、三井の後ろに近づいて、抱きしめようとしたが、それに気づかずに三井は、デイバックの中をごそごそしている。

 「あった!」

 捜し物を手に、ソファに座る。

 「何だ?」

 取り残された牧は、少し機嫌を損ねたが、すぐ、三井の側に行く。三井は、ギザのメナ・ハウスで買った、絵はがきを出して絵を確認していた。

 「おう、絵はがき出すって約束しちまったからな」

 「そういえば、メナ・ハウスで切手も買ったな」

 「だろ?もう、船にいんのも2日だし、そろそろ手ぇつけねーと間にあわねーよ」

 「そうだな、大人しく葉書を書くとするか。そうだ、三井、デッキで書かないか?少し風もあって気持ちいいかもしれないぞ」

 「よし!そうしよう」

 二人で、デッキまであがる。少し日差しが強いが、川面の風が気持ちいい。デッキに並べられたテーブルセットに腰掛けて、大人しく神奈川の友人達に手紙を書き始めた。

 

 

 しばらくして、牧が顔を上げて、熱心に書いていた三井の葉書をふと目にした。

 

『桜木、元気でやってるか?

 俺は今、ナイル川の上だ。

 クルーズ船でルクソールからアスワンに行く途中なんだ。

 この間は、ピラミッドも見たし、ラクダにも乗ったぞ。

 このハガキがつく頃には、もう日本に帰ってると思う。

 約束だからとにかくハガキ送るな。

 土産は、あまり期待しねーで待ってろ。

 また体育館に遊びに行くよ。じゃーな。

              ナイル川にて 三井 寿』

 

『流川、元気でやってるか?

 俺は、今エジプトだ。

 こっちは、砂漠ばっかりだ。

 ナイル川のクルーズ船に乗ってるんだけど、

 土手の向こうはもう砂漠なんだぜ。

 もしかしたら、もう土産もって部室に行ってるかも

 しんねーけど、とりあえずこれも土産の一つだ。

 じゃぁな、桜木と喧嘩して安西先生に

 ご迷惑おかけすんじゃねーぞ。

 また遊びに行くな。1ONしようぜ。

              エジプトにて 三井 寿』

 

 「なんだ、バスケ部の後輩ばかりじゃないか。その辺にあるのもそうだな。後輩全員に出すつもりか?」

 「あっ!おい、見んなよ!別に誰に出したっていいだろ」

 「まぁそうだが・・・。湘北は仲がいいなと思ったんだよ」

 「ま、まぁな、うちは、少人数だから・・・・お前ん所とは違うよ」

 「そうだな。俺はせいぜいバスケ部宛に1枚だな」

 「なんだよ、それじゃそのハガキの束は何だよ」

 見せろと言って牧の葉書の宛先に目を通す。

 「このへんは、海南の3年の奴らだよな。これは親戚か?なんだ?何で藤真にハガキ書いてんだ?こっちは仙道じゃねーか」

 「藤真は、エジプトに来る前にたまたま会ったんだよ。それで、葉書を出すって話になったんだ。仙道もな・・・」

 「ふーん・・・・」

 「なんだ?妬いているのか?」

 「ばっ・・・馬鹿ヤロ・・・違うよ!何で俺が妬かなきゃなんねーんだ!」

 「そうか?俺は、お前が、桜木や流川や宮城や赤木や木暮に葉書を出すのが気になるぞ。その上、この束の底にある仙道あての葉書はどういう訳なんだ?」

 「え?あっ!そ、それは・・・っ。こ、この間電話がかかってきて・・・・」

 「ふーん・・・・」

 「な、なんだよ・・・・。変な口まねすんなよ」

 「わかった。とにかく、葉書を書き終えてしまおう。もう少しだろう?」

 「お、おう・・・・」

 

 

 残りの葉書を書き終えて、二人は、一旦部屋に戻ることにした。集合時間までは、まだ1時間近くあった。部屋に戻って、葉書とアドレス帳をしまう。

 牧は、先程から、機嫌がよくなかった。仙道が、ちゃっかり、三井とコンタクトをとっていたり、それを、三井が隠していた様子にも少し腹を立てていた。

 三井は、牧が、むっつり不機嫌なのを横目で見て、戦々恐々だった。

 別に隠していたわけではないが、仙道のことが、不機嫌の原因のような気がして困った。

 仙道とは、たまに会っている。向こうから、ストリートバスケのお誘いの電話があったりすると、バスケ馬鹿の三井は、仙道とのバスケにふらふらと誘い出されてしまうのだ。

 牧とつきあうようになった後も、仙道のお誘いは、続いていた。三井としては、浮気とかではなく気の会う年下の友人と遊んでいるという感覚だったのだが・・・。

 考えごとをしていた三井の躰を、後ろから牧が抱き抱えて、ベッドに転がる。

 「な、何だよ、牧!離せよ」

 「嫌だ。どうやら、しっかりと確かめねばならないことがあるようだな。三井?」

 「確かめるって何だよ・・・・?」

 「仙道のことだ」

 「えっ?」

 「とぼける気か?」

 「何のことだよ?」

 「どうやら、躰に聴いた方が良さそうだな」

 牧の手が、三井のジーンズのボタンをはずし、ファスナーをおろしていく。

 「やっ!やめろよ!牧」

 三井がもがくが、後ろから抱き留められていて、振り解くことができない。

 牧の手が、三井の下着の中に入れられた。

 「や、やだっ!牧!」

 「聴かせてもらおうか。仙道とどんな関係なのかをね・・・」

 「ま、まきっ!」

 右手で下着の中の三井自身を攻められ、左手で胸を撫で上げられて、三井の躰から力が抜けた。牧は、後ろから三井の首筋にキスを繰り返す。

 そして、集合時間間際まで、三井は、牧に責め立てられて、仙道とどんなところに遊びに行ったかを一つ残らず報告させられ、二度と仙道と二人で遊びに行かないことを涙ながらに誓わされてしまった。

 

 

 「三井、そろそろ集合だぞ。泣き顔を洗ってこい」

 突っ伏して泣き顔を隠している三井に、牧は声をかける。

 「ま、牧のバカヤローっ」

 がばっと飛び起きて泣きはらした目で、三井は、牧を睨み付ける。

 「俺は、謝る気はないぞ」

 「牧・・・」

 「俺は、真剣にお前とつきあってるつもりだ。今のは、お前の素振りが、曖昧だったから問いつめた」

 「・・・・・」

 「お前は、俺とのことは、真剣じゃないのか?片手間に仙道と息抜きできる程度のものなのか?」

 「牧・・・俺・・・」

 「反省しているなら良い。わかるな?三井?」

 「・・・・・」

 三井は、こっくりと頷いた。それを見て牧は、厳しかった顔の表情を和らげた。

 「さぁ、三井、そろそろ集合だぞ」

 三井は、乱れた着衣を整えて、顔を洗いに行った。鏡の中の自分は、真っ赤に目を腫らしていた。

 牧の嫉妬が怖いということが身にしみてわかってしまった。

 二度とこんな目に遭わないように気をつけねばと思う。

 浮気などしたことも、するつもりもなかったが、友人すら作れなくなるのは困る。

 牧に隠し事はしないようにすることくらいしか、対策法がないというのが情けないが、自分だって牧のことは好きなんだから、何とかなるさと、やっと、楽天的な考えが浮かぶ余裕が戻ってきた。

 ばしゃばしゃと顔を洗う。

 すっきりとしたが、まだ目元が赤い。時間が迫っているのであきらめてバスルームを出た。

 「まだ目元が赤いな。サングラスでもかけるか?」

 「うん・・・そうする」

 牧は、今一つ元気のない三井に少しやりすぎたかとも思ったが、こういうことは、なぁなぁではいけないと気を取り直す。三井の肩を抱くと、大人しく寄り添ってきた。目元にキスをすると、伏し目がちだった視線が牧を見る。額にキスすると目がそっと閉じられた。唇に触れるだけのキスをすると、牧のシャツをキュッと掴む。

 続いて深くキスをしたかったが、タイムリミットだった。

 「残念ながら今はここまでだ。集合時間だよ」

 三井を促して、部屋を出る。

 

 

 船は、いつの間にか、接岸していた。タラップを通って、岸に降り立つ。岸に沿った道の先に小高い丘があり、そこに、これから訪れるコム・オンボ遺跡が見える。プトレマイオス朝の建物で、グレコ・ローマン様式の柱が林立している。COM・OMBOという綴りの町は、パンフレットには、コム・オンボとあるが、実際ガイドなどは、コモンボと発音していた。

 一行は、土産物屋の屋台を右手に見ながら、神殿への道を行く。

 神殿に入ると、美しいレリーフの施された柱が前庭の周囲に立っている。その奥に太い柱の林立した列柱室と至聖所がある。

 この神殿は、左右対称の建物で、二組の神々に捧げられたということで、至聖所も2つある。片方の神のグループは、セベク神とハトホル女神、パヌブタウイ神の三神、片方は、ハロエリス神、サントノフリト女神、コンス神の三神の構成になっている。セベク神は、ワニの姿、ハロエリス神やコンス神は、隼の姿で表されるため、柱のレリーフには、ワニや、隼の姿をした神の絵が刻まれている。

 前庭の横にある、小さな建物の中に博物館で見られるような、ケースがあり、その中にワニのミイラが、数体安置されている。ワニは、セベク神の化身として、大切にされ、死後は、ミイラとしてまつられたという事だった。

 この神殿では、定期的にワニのミイラの虫干しが行われるということだが、今回は、その機会に恵まれなかったようだ。

 一通り、ガイドの説明が終わり、後は、自由に散策して、船に帰ることになった。

 「三井、見ろ」

 牧が、指さす方向に目をやると、ナイル河の対岸に広がる地平線に夕陽が沈もうとしていた。

 「うわー。きれいだなぁ・・・」

 パノラマで沈む夕陽を写真に収めた。

 日が沈んだとはいえ、まだ明るいが、次々と神殿の柱が、ライトアップされ始めた。柱をバックに写真を撮って、船に戻ることにした。

 物売りの攻撃に遭いながら、船に戻る。神殿に近い店の方が、最初にふっかける値段が高い。同じものを売っているので、神殿から遠い店の方がお得なようだ。

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Revised: 2001/04/30 .