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 あれから何年立っただろうか・・・7年、いや、8年か・・・。
私は一人のヌメロス国民としてこの国の為に戦ってきた。だが、これで良かったのか、という迷いは常に私を責め苛んだ。一人生き残ったこと、ゼノンの言葉に唯々諾々と従い、ヌメロスが軍事国家と化し他国を侵略するのを黙認してきたこと・・・。
 あれ以来、ガゼルとは良き友人でいる。あの隻眼の艦長は私の顔を見るたびに、私に「立て」と言う。今のヌメロスが良いはずがないと。だが「自分が立てば良い」という私の言葉には笑って首を振った。「俺はそんな器ではない」と。確かに彼は武人であって治世者ではない。
 それでもガゼルは折に触れて念を押す。このカヴァロへ我々を乗せてきたときも、何度も繰り返した言葉を置いていった。
「いいか、事を起こす時は俺に一言言ってくれよ」
 私にはそんなつもりはないというのに。
「あんたはそう思っていても、いつかこの国があんたを必要とする」
・・・今更、だ。もうエクトルは死んだのだ。何度そう答えたことか。私はもはやこの国から忘れ去られた存在。だが・・・

 パルマンは長い間白紙の便箋を前に考え込んでいた。何度も紙に書きつけ、消し、破り、そしてまた書く。途中まで書かれて消された文字が、彼の迷いを表しているようだった。
 そんなことが一体何度繰り返されただろう。ペンを投げだし瞳を閉じて・・・そうして瞼の裏に思い浮かぶのは、長い黒髪と緑の瞳が美しい娘。自らの危険を顧みず人々を癒す歌声の持ち主。
 あの娘に、アリアに会ったなら是非聞いてみたかった。なぜあのようなことができる?なぜあれほど優しくなれる?あなたに迷いはないのか?捕われることに恐怖はないのか?・・・身を尽くして、それが受け入れられないかもしれないとは思わないのか?
 パルマンはゆっくりと眼を開き、再びペンを取る。

「ヌメロス帝国の名誉を汚さないためにも、命令の変更を希望されたし
                  帝国軍司令、ゼノン閣下に具申す パルマン」

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 「教えてくれ。自分の危険を顧みず、占領下のカヴァロにまで来て市民を治療するなんて・・・どうしてそんな目立つようなことをしたんだ?」
 カヴァロはメリトス女史の部屋で、扉の向こうを伺いながらパルマンは問う。捕われの身のアリアを逃がすため、今は一刻一秒を争う時だと知っていながら、それでも問うてみたかった。
「ヌメロスが私の力に興味を持ち、私を捕らえようとしていることは知っていました。しかし、私の力で救える人がいるなら、私にとって・・・それはなにより優る使命なのです」
 アリアは淡々と答えるが・・・それで良いのだろうか・・・?
「私には判らない。命あらばこそ使命も果たせるというものだ。たとえ、自分は良くても・・・自らを犠牲にすることで他者を救っても、救われた者はそれで幸せだろうか・・・」
 瞳の奥にあの優しかった侍女と武官の面影がよぎる。私を生き長らえさせるために命を落とした沢山の者達。その重さに打ちのめされて、それでも(それだから、か)生きていくしかなくて。失われた優しい人達から託された思いを叶えることすらできず・・・後悔と迷いを友に漠然と日々を送る自分。それでも生き残った私は幸せなのだろうか?
 (だから・・・貴女(あなた)にも生きていて欲しい。そう、私のためにも・・・)
 喉元まで出かかった言葉を飲みこみ、パルマンは水路に足を踏み入れた。
もし再び会うことがあれば、その時には自分の気持ちに正直になろう。今は・・・アリア、どうか私に勇気をくれ。真実を告げる勇気を。過去を振りきる勇気を。あの男と対決する勇気を。
「ヌメロスの同朋達よ!私の言葉を聞いてくれ!全てはゼノン司令の陰謀だったのだ!」
 パルマンの告発に兵たちがざわめく。そして、現れたのはゼノン。
 第三者には一人の武人とその上官との対決に見えたに違いない。それがかつての弟子と師、王子とその指南役であると知っているのは当人達だけである。
「血迷ったか、パルマン」
「・・・ゼノン司令。正気も正気。人の道を見失い、血迷ったのは、あなたの方だ」
 パルマンはかつての師をひたと見据え、迷うことなく断言した。ゼノンは一瞬目を見開き、それから視線を逸らして呟く。
「・・・変わったな、パルマン。お前が私に立てつく日が来ようとは・・・。一体何がお前を変えたのだ?」
「私はこれ以上このヌメロスが傷つくのを見ていられない。他国を侵略し、沢山の人々の不幸の上に得たものがヌメロスの人々を幸せにするとは思えない。・・・たとえこの国が私を必要としなくても、私はこの国を愛している。愛しているものの不幸を黙って見てはいられない」
「・・・愛か、甘いなパルマン。そんな物ではこの国は救えぬ。愛だけでは人は生きていけぬ」
「だが!愛がなければ生きていけぬ!この国を、この国の景色を、この国の人々を、私は愛している」
 声には出さなかった言葉。それは・・・。
「(そして多分誰よりも彼女を・・・)」
 その沈黙をどう受け取ったのか。ゼノンは再び視線を上げるとかつての弟子を睨みつけた。
「やはり袂を分かつしかない様だな、パルマン」
「そのようです」
 二人の視線が絡み合い、次の瞬間ゼノンが手を大きく振る。
「こやつを討ち取れ!」
 パルマンの周りをばらばらと兵士が取り囲む。その数7人余り。
もはや・・・これまでか。だが、時間は十分に稼げた。これが、私の、彼女に対するせめてもの・・・。
耳の奥にあの瀕死の傷を癒してくれた歌声が木霊する。あの優しい声を守るためなら私は・・・。
 「隊長殿ーっ!」
「パルマン隊長ーっ!」
 覚悟を決めたパルマンの耳に、聞きなれた声が聞こえて来、複数の人影が視界に飛び込んで来る。解散するという言葉に耳も貸さず、捨て身で飛び込んで来た四人の部下。
「お前達・・・」
 言葉に詰まり、結局何も言えずに命令だけを下す。
「この包囲網を突破する!」
「了解!」

 槍を突き出す手に迷いはなかった。
 アリアはきっとその重い役目を果たすだろう。傍らには頼もしい味方もついている。
ならば。自分もこの身でできる精一杯の事をしよう。
このヌメロスに再び穏やかな日々を取り戻すために。
いつか、胸を張って彼女の前に立つために。

(続く)

 「たとえ、自分は良くても・・・自らを犠牲にすることで他者を救っても、救われた者はそれで幸せだろうか・・・」
この「NightMare」という話はパルマンのこの言葉から生まれました。彼にいったい何があったのだろう、それを自分なりに考えたらこんなお話に・・・。
 科白が臭いのは・・・パルマンって臭い科白多いじゃないですか・・・(ということにしておこう)

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