〜エピローグ
白い帆船が次第に小さくなっていく。
「行ってしまいました・・・」
「ああ」
「皆良い方ばかりでした」
「ああ」
「あの方達がいなかったら、どうなっていたことか」
「ああ」
「・・・パルマン?」
上の空の返事ばかりを返すパルマンに、アリアが怪訝そうに振り返った。
「あ?ああ・・・」
パルマンは珍しくもがしがしと頭を掻くと、何やら決心した様に居を正した。
「アリア」
「はい」
「今更ではあるが・・・」
「はい?」
きょとんとした表情のアリアに、パルマンは苦笑する。いつもは大人びた印象の彼女だが、こんな表情をすると幼く見えて可愛らしい。
「改めて言わせて欲しい。あなたは私にとってかけがえのない人だ。・・・できれば、このままずっと私の側にいてくれないか?」
「パルマン・・・」
アリアの緑の瞳が大きく見開かれた。
「私は『パルマン』という名以外、身分も財産も家族も何も持たぬ。ヌメロスはあの通りだし、しばらくは復興で休む間もないだろう。・・・それでも貴女が傍らにいてくれるなら、私はがんばれる。だから・・・」
言葉に詰まったパルマンをアリアの瞳が優しく見つめる。
「私も家族と『アリア』という名以外何も持っていませんわ」
アリアはほっそりとした手を伸ばし、男の鍛えられた腕に添える。
「それでもお側に置いてくださいますか?」
「アリア・・・」
「パルマン・・・」
男の腕が娘の華奢な身体に伸ばされ、そのまま二人はしばらく動かなかった。
「そうと決まったら早速シュルフへ行かなくてはね、姉さん」
「アルトス!」
背後の声に慌てて腕を解き振り返れば、そこには姉に良く似た優しい面立ちの少年がにっこり笑って立っていた。
「いやだ、全部聞いていたの?」
「僕は最初からここにいたよ。僕の存在を忘れていたのはそっち」
パルマンもアリアも真っ赤になったが、その照れた笑みは幸せな色に染まっていた。
その晩パルマンは夢を見た。
「良かったですわね、エクトル王子」
「やっぱり生きていてよかったでしょう?」
優しかった侍女と武官。それに沢山の者たちが笑っていた。
侍女の腕には黒髪の可愛い赤ん坊が抱えられている。その腕が伸ばされ、パルマンの腕に赤ん坊がそっと下ろされた。赤ん坊はきゃっきゃと笑っている。
「どうかお幸せに」
人影は次第に薄くなっていき、やがて消えた。
「パルマン?どうなさったの?」
優しい声に目が覚めた。傍らには暗闇の中に浮かぶ白磁の肌。
「いや、ちょっと夢を見ただけだ」
「でも・・・」
「でも?」
白く細い指先がそっとパルマンの目元に伸ばされた。
涙・・・?
「悲しい夢でも見たのですか?」
「いいや、嬉しい夢だった」
パルマンは照れた様に小さく笑い、傍らの身体に腕を回した。
「夜明けまではまだ間がある。もう少し眠ろう」
・・・悪夢は二度と見なかった。
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