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 「ガゼル、だと?あの男が日に何度もやってくるとは珍しいな」
「では、閣下は多忙だと伝え追い返しますか?」
 部下の問いにゼノンは少しの間考え、首を振った。
「いや、いい。会おう。ここへ通せ」
「はっ」
 下がっていく部下の背を見るともなく見ながら、ゼノンは首を傾げた。あのガゼルという男はラウゼンやブレガーを嫌っていたはずで、それに手を貸している自分に対しても良い感情を持っているはずがないのだが・・・。
 コンコン。
「ガゼル艦長がおいでになりました」
 開いた戸から入ってきたのは隻眼の艦長。
「何か忘れ物かな?」
「いいや、俺の用はさっき終わっている」
「では、何の為の再訪かな?」
 ゼノンの問いに隻眼が皮肉を含んだ笑みを浮かべる。
「用があるのは俺じゃない。こっちの少年だ」
 男は身体を開くと、背後に付き従っていた少年を前へ呼び出す。
「ほらよ、あとはあんた次第だ」
「いったい・・・?」
 ゼノンが首を傾げると、前に押し出された少年が俯いていた顔を上げた。
「お久しぶりです、ゼノン隊長・・・」
「・・・エクトル王子・・・生きていたのか・・・」
 流石に絶句してしまったゼノンをガゼルが横目で睨む。
「一体どう言うことだ、ゼノン。あんたは王子が死んだのを確認したと言ったよな?え?」
 一歩前に足を踏み出しゼノンに詰め寄ろうとしたガゼルだが、それをパルマンの声が押し留めた。
「ガゼル艦長、お願いですからゼノン隊長と二人だけで話をさせていただけませんか?」
「しかし・・・」
「お願いです」
 訴えかける緑の瞳に、ガゼルは渋々退室した。
 扉が閉まると、ゼノンは少し落ちつきを取り戻したのか、皮肉げに笑った。
「よろしかったのですかな?ガゼルを追い出して」
 パルマンはそれには答えず、真っ直ぐな瞳でかつての武術の師を見つめた。
「なぜ、なぜ私が死んだなどと・・・」
 言いたいことは沢山あっても、言葉は僅かしか出てこない。
「仕方がなかったのだ。王子の生死は判らず、かと言っていつまでも皇帝を空位にしておくことはできぬ。民を動揺させないためには新しい皇帝を据えねばならず、その為には王子も皇帝共々死んだことにする他なかった。私の言うことが間違っているかね?」
「それは・・・」
 確かに間違ってはいない。だが・・・だからといって感情が納得するわけではなかった。
「王子こそ、生きておられたならなぜ早く名乗り出られなかった?今頃出てこられても民が混乱するだけだと言うことは、賢い王子ならお判りだろうに」
 心の中ではいくらでも反論を唱えられた。だが、それは言葉にならない。論理だけで言うなら、パルマンに勝ち目はなかった。
「民は前皇帝と王子を失ったことで、逆に闘志を燃やしている。今のプカサスを見たかね?民は皆このヌメロスを良い国にしようと一生懸命なのだ。軍の志願兵も続々と集まっており、志気も高い。ヌメロスは皇帝と王子を失って、逆に未来を手に入れたのだよ。結局あなた方親子の死は無駄ではなかったのだ」
 自分たちの死がこの国の為になったといわれて、パルマンは喜ぶことも悲しむこともできなかった。それでも搾り出す様に言葉を紡いだ。
「・・・一つだけ教えてください。父上は、誰に殺されたのです?」
「何を言っておられる。賊に決まっている。あなたも見たのであろう?」
 その言が果たして真実なのかどうか、表情から読み取ることはできなかった。17、8の子供が海千山千の大人相手にその裏を読み取れ等、どだい無理な話である。「知らない」と言われれば、それ以上詰め寄ることもできなかった。
「となれば・・・私をどうされるつもりですか?もはや私は存在してはならぬ者・・・いっそのこと殺しますか?それもいいかもしれません・・・。今ならまだ先に逝った者に追いつけるかもしれませんから」
 少年は俯いて唇をかんだ。
「馬鹿なことを。私は殺人狂ではない。・・・王子、あなたのことは私の胸だけにしまっておこう。一人の人間としてヌメロスの為に働くと言うのはどうだ?」
「私に軍に入れと?」
「流石明敏なことだ。その通り。あなたの腕は直々に指南した私が一番良く知っている。それを埋もれさせるのはもったいないとは思わないか?」
 それはつまり自分の指揮下に入れ、ということであり、上官権限でパルマンをどうとでもできる立場になるということだ・・・。が、パルマンにとってはもうどうでも良かった。
「あなたの良いようになさってください・・・」
 退室しかけた背中へゼノンが問いかける。
「あの男は、ガゼルはあなたの素性を知っているのか?」
「いえ、哀れな子供に同情心を抱いたのではないでしょうか?」
「あれが、そんな玉かな?もっともたまたま気まぐれを起こしただけかも知れぬが」
 ゼノンにとってあのガゼルという男は底が知れない部分があった。だが、あの腕は切り捨てるには惜しい。今は一人でも優秀な武人が必要なのだ。

 「唯々諾々と従うか・・・」
 俯いて部屋を出て行く少年の背を見送りながら、ゼノンは複雑な心境だった。自ら手を取り足を取り武術を教えてきた子供。それなりの愛情を感じてもいたが・・・。
「これもヌメロスのため。ヌメロスがこの大陸に覇を唱えるためには、あなたでは優しすぎる。あなたがもう少し苛烈であったなら、私は間違いなく次期皇帝としてあなたを推したものを・・・。いや、そのような性格であったなら、皇帝を殺めた時点で私はあなたに殺されているだろうな・・・」
 ゼノンは少年が去った扉から無理やり視線を引き剥がした。
「・・・あなたが悪いのですよ、王子。恨むならご自分を恨むことですな」

(続く)

 一寸の虫にも五分の魂。・・・違った。泥棒にも三分の理、ゼノンにも三分の理(笑)
パルマンが慕っていたという設定にしてしまったばかりに、ゼノンが完全な悪役になりきれませんでした・・・。
あ、パルマンはこんな奴じゃない、という方、お許し下さいね。なんとなくアリアに出会う前のパルマンって(仕事以外では)無気力君だったイメージがあるもので・・・。

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