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 少年の怪我は数日で快方に向かった。全身傷だらけだった少年だが、特に酷かった顔の傷は塞がりかけて赤く盛りあがり、それを少年は長めの前髪で隠すようにしている。だが、それ以上に酷かったのは、少年の心の傷だった。あれ以来少年は独りで塞ぎこんでしまっている。
「今朝も何も召しあがりませんでした。このままでは・・・」
「判っておる。が、無理やり食べさせるわけにもいかんじゃろうが」
「それはそうですが・・・」
「もう少し様子を見て、身体に障るようなら、わしから食事をとってくれるようお願いしてみよう」
 村人達は気遣わしげに奥の部屋を覗き込むが、少年は寝台に腰掛けじっと俯いたままである。

 変化があったのは少年が目覚めてから更に5日ほど経った日の事。
 その日、少年は夜明けと共に起き出した。
「おお、どうなさいました?食事の用意ならできております」
 安堵の表情を浮かべて問いかける長老に、だが、少年は首を左右に振った。
「食事はいりません。私はプカサスに戻ります。あなたを始め村の方には随分お世話になりました。ありがとう」
 少年はそれだけ言うと真っ直ぐ戸口へ向かう。
「お、お待ち下さい!」
 突然の展開に長老は唖然とし、慌てて少年の後を追いかける。
「無理をなさいますな!身体もまだ完全に回復されてはおられないでしょう?」
 パルマンは立ち止まって振り返る。顔色が青白いのは怪我のせいだけではあるまい。城での彼を知っている者が見たなら、その憔悴ぶりに目を疑ったであろう。
「はっきり言ってくださって結構です。もうプカサスに私の居場所はない、そういうことでしょう?」
 その瞳の余りの暗さに、長老は絶句した。わずか17、8の少年の瞳とは思えない、絶望と深い悲しみに彩られた瞳。
「そ、そんなことは・・・」
「いいのです、私にも判っています。でも、私は事の真相を知りたい。父上はどのような最後を遂げられたのか、賊の正体は何なのか、なぜ私が死んだことになっているのか・・・せめてそれくらいを知ることは許されるでしょう」
 自分に何か言えることはないか、老人は長い人生経験と乏しい語彙を懸命にひっくり返し、だが、結局は頷くことしかできなかった。
「そうまでおっしゃられるなら・・・エク・・」
「その名は呼ばないで下さい!」
 彼の名を呼びかけた長老を、パルマンの思いがけず強い語調が遮った。
「その名は・・・もう必要ないものです。私がここにいたことは黙っていてください。あなた方の為にもそのほうが良いと思うのです」
 淋しげに、だがきっぱりと言いきった様は、指導者に相応しいと言うのに・・・。
 老人は口惜しい思いを押し隠して頷いた。
「ここの心配は無用です。皆家族のようなものゆえ、口外するものはおりますまい」
 そして、少し躊躇った後で付け加えた。
「あなた様のお父上には大層良くしていただきました。あなた様が味方を必要とするなら、どうかわしらを思い出してください。この通りのおいぼれでも多少のお手伝いはできましょう」
「私がどんな味方を必要とするというのです?私はただ真実を知りたいだけ。それ以上のことは望みません」
 パルマンは目を伏せた。感情の高まりを押さえているのだろうか、握り締めた拳が小さく震えている。が、それも直に収まった。
「ですが、長老のお心使いには感謝します。このお礼はいつかきっと。・・・では」
 何かを振り切るかのようにきっぱりと踵を返すと、少年は村の出口へ向かった。
「エクトル様・・・どうかご無事で・・・」
 老人はその後姿が見えなくなるまで見送っていた。

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 男は何度も何度も手紙を読み返した。
「───これは『愛』の共鳴石。かつてかのレオーネ殿より預かりし物。余に忠実なる者よ、どうかこの石を預かってほしい。そして、そなたの判断にて、愛の姿を見せてくれた者にこの石を託して欲しい」
 手紙には小さな石が同封されていた。
「陛下・・・貴方はこの事を予見していたのですね・・・」
 無骨な頬を雫が伝う。
「このナレサ、確かにお預かりしましょう。そして、この石を然るべき者へ託すこと、お約束いたします」
 男は丁寧に手紙を畳むと、石と共に懐にしまった。

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 「お願いです。ゼノン隊長に会わせてください」
「ゼノン閣下はご多忙の身だ。お前のような子供に会うわけないだろう!」
 城の門の前で、衛兵が誰かと揉み合っていた。
「少しでいいのです。一言でいいのです」
 訴えかけているのは少年。
「ええい!うるさい!」
「余りしつこいと牢屋にぶち込むぞ!」
「お願いします」
「邪魔だ!」
 衛兵が大きく手を振ると、手に握られていた槍の柄が少年の頬を強く打ち、少年は道端に弾き飛ばされた。
「ふん。ゼノン閣下にお会いしたいだと?身のほど知らずめ!」
 衛兵は道端に倒れた少年を二人がかりで担ぎ上げると、その身体を城の前の広場に放り出す。
「おととい来いってんだ!」
 打ち所が悪かったのか、少年はぐったりと動かない。が、市民は遠巻きに見守るばかりで少年に近づこうとはしなかった。衛兵の怒りを買うのを怖れているのだ。
 と、独りの男が足音も高くやってきて、少年の側に屈みこんだ。
「おい、大丈夫か?」
 男の声にも応えはない。
「おい、そこの。放っておけ」
 衛兵の言葉に男は顔を上げた。その片目が眼帯で覆われている。
「少しやり過ぎではないのか?」
「何を!?」
「おい、やめとけ。あれはガゼル艦長だ」
 いきり立つ衛兵に同僚が囁いた。その声が男にも届いたのだろう、男は立ち上がって衛兵に顔を向ける。
「いかにも、俺はガゼルだ。で、ものは相談だが・・・」
 相談と言いつつ男の視線は刺すように鋭い。
「な、なんだ?」
「『なんだ』だと?決まっているだろうが。え?」
 ガゼルはその眼帯と長い髪に隠された顔を衛兵に近づける。と衛兵が一歩後退った。
「ひっ」
「俺の頼み、聞いてくれるか?」
「い、いいから、は、早く言え!」
 衛兵の声は悲鳴に近い。それをさらに脅すかのごとく、ガゼルはその片方だけの眼でにやっと笑った。
「この少年は俺が引き取っていいな?」
 こくこくと首だけで頷く衛兵を尻目に、ガゼルはその逞しい腕で道端に倒れている少年を担ぎ上げた。重さなど感じていないかのように余裕の笑みを見せて踵を返す。が、衛兵の姿が見えなくなった途端、その顔に緊張が走った。
「本物だろうか・・・?だとしたら・・・一体どう言うことだ?」
 肩に担ぎ上げた少年にちらりと視線を送り、ガゼルは自分の船の待つ港へと急いだ。

(続く)

 主人公は苛められる運命なのかしらん?(^^;)
リクエストにお答えして、ガゼル、妙に恰好良くなりました(笑)
おまけに・・・うっかりナレサの存在を忘れていたりして(^^;) ぐはっ・・・。

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