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 「王子、王子。朝ですよ。いい加減にお起き下さい」
 侍女の笑いを含んだ声が聞こえる。
「もう起きてるよ」
「目が覚めていても布団の中にいたのでは『起きている』とは言いません」
 わざとしかめっ面をした男が、入口の扉から声をかける。
 今日もまたいつもと変わらぬ一日の始まり。
 と、その侍女と武官の顔が急に崩れた。
「ひっ!?」
「・・・お忘れですか?王子」
「忘れてしまわれたのですか?私達はあなたの為に・・・」
 真っ赤に染まった視界の中で、親しかった二人の変わり果てた姿が問いかける。
「エクトル様・・・」
「やめろ!やめてくれ!」

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 「もし。もし。どうされました?」
 パルマンは遠慮がちな、聞き慣れない声に目を覚ました。
ここは?今のは夢?
頭を振りながら体を起こすと、そこは見慣れない部屋だった。
 「お目覚めになりましたか」
 掛けられた声に視線を巡らせば、そこにいたのは一人の老人。心配げに覗き込むその顔に見覚えはない。
「ここは・・・?」
 今だ夢と現の境界をさ迷いながら問いかけると、老人はあからさまにほっとした様子を見せた。
「ここはゲザルクという小さな村にございます。私目はそこで長老をいたしておる者」
「ゲザルク・・・」
 はっきりしない頭を叱りつけつつ、聞き覚えのあるその地名を記憶の中から探し出す。ゲザルク・・・ああ、そうだ。帝都プカサスからクルドを抜けて行く、海に面したヌメロスの北端。そこにある小さな村の名だ。いつだったか、小さな頃父上にねだって視察に連れていってもらっ・・・父上!
 小さな村の名を思い出した途端、鎖を辿るかのように次々と記憶が蘇る。
父上は、どうなったのだ?城は?皆は?あれからどれくらい経ったのだ!?
色々なことが頭の中に渦巻いて、パルマンは小さくうめき頭を抱えた。
「どうされました?ご気分が悪うございますか?」
 思わず手を伸ばし、何かに気付いたかのように慌てて引っ込めるその老人の仕草が、パルマンをはっとさせた。
そうだ、私は王子。見苦しい様など見せられない。
「いえ、大丈夫です。それより・・・あなたが私を助けて下さったのですね」
「はい、プカサスからの帰り道で倒れているあなた様を見つけ、失礼かと思いましたがこの東屋へお運びいたしたのです」
 老人は質問に答えながら目の前の少年を見つめた。
 気付いた当初は多少混乱していた様だが、寝台の上でピンと背筋を伸ばした様子、年上の者に敬語を使われても不思議とも思っていない様子は単なる子供ではあるまい。やはり彼は・・・?
 聞こうか聞くまいか迷ったが、やはり今は聞くまいと思った。この少年が予想どおりの人物なら、今その名が公になることは少年にとってもこの村にとっても決して良いようには働かないだろう。
「私は・・・私が助けて頂いてからどれほど経っているのですか?」
「7日ほど・・・」
「7日!?7日も経ってしまったのか?」
 少年は今までの落ちつきはどこへやら、寝台から身を乗り出して老人に問う。
「さ、左様です。全身怪我をしておられましたし、酷い熱で・・・。正直このまま意識を取り戻されないのではないかと・・・」
 老人は少年の勢いに一歩後退り、慌てて答える。
 実際少年の怪我は酷かった。全身傷だらけ、中でも右顔面と左の顎辺りの傷は酷く、その跡は一生消えまい。端正な顔立ちだけに一層無残である。が、少年は今はそんなことには気が回らないようだ。寝台から急いで降り立とうとして、そのまま床に倒れこんだ。
「無理をなさってはいけません。まだ身体が回復されていないのです」
 差し出された腕を押し退け、少年はふらふらと立ちあがる。
「こうしてはいられないのです。戻らなければ、プカサスに戻らなければ!」
 パルマンは必死だった。あれから7日。父が、皇帝が無事なら良いが、万が一そうでなかった場合、王子たる自分はプカサスにいなければならない。優しかった人達と共に逝けなかったのはそのためなのだから。
 だが、長老の言葉が彼を打ちのめした。。
「プカサスへは・・・行かぬほうがよろしゅうございます・・・。ラウゼン皇帝の即位でごたごたしておりますので、街道の通過も何かとうるさく・・・」
「ラウゼン・・・皇帝・・・?」
 一体何を聞いたのか、パルマンにはすぐには理解できなかった。父の死は覚悟していた。だが、王子たる自分はここで生きているのに、なぜラウゼンが皇帝になったのか?きっとどこかに誤解があったに違いない。
「ならばなおさら!」
 老人は困った顔で首を左右に振った。
「あなた様が何者かは伺いますまい。ですが・・・ラウゼン様が皇帝に即位したのはもう四日も前のこと。前皇帝エクトルさま及びその王子が賊に襲われお亡くなりになり、他に継ぐ者もいないとて、補佐役だったラウゼン様が即位なされたのです。ゼノン閣下が支持された事もあり、大きな反対もなく決まったとか・・・民衆も皆ラウゼン皇帝を歓迎しております」
「・・・それは事実なのですか?その・・・皇帝も王子も、というのは」
「ゼノン閣下が確認されたと聞いております。ゼノン閣下は時々王子の剣の指南をされておられましたから、まず間違いないことかと」
 パルマンは目の前が真っ暗になった。父王の死もさることながら、あのゼノンが自分の死を確認した?そんなことはありえない。自分はこうしてここにいるのだ。それに彼の武官と自分とを間違えるとも思えなかった。なぜ?いったいどうなっているのか?それとも・・・自分は既に死んでいて夢を見ているのだろうか?これはあの悪夢の続きなのだろうか?
 力なく寝台に腰掛けてしまった少年を、老人は気遣わしげに見遣った。が、掛ける言葉があるはずもない。少年の震える背中に、毛布を一枚かけてやるのみである。暖かい毛布も少年の心を暖めてやる役には立たないと知りながら・・・。

(続く)

 主人公・・・不憫ですわ・・・(^^;)
今回は少し短かったかしら。それにしても、6回では終わりそうもないな・・・。

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