何も言えない強気の自分 9



 周りの陰謀からか、己の不始末からか、夕べの決意に反してカミューが優雅な朝寝(マイクロトフと比べるのが間違いなのだが)に埋没しているころ、マイクロトフはいつもよりもなおさら早く稽古場で稽古にいそしんでいた。
夕べのおどろ線をしょっていた彼に比べるとまるで別人のように元気でタフで、ついでに暴走していた。
有り体に言えば開き直ったのだ。
 

夕べ、マイクロトフはマイクロトフなりに夕べ今の状況の脱却を考えた。
夕飯も食べずに不て寝して、おまけにカミューを寝室に入れなかったとあれば、そりゃぁ考える時間もたくさんあろうというものだ。
考えて考えて考えて考えた結果、たどり着いた答えは考えてはいけないということだった。
もしかしていつもの状況がそれなのではないかと思われるが、もちろん当人にはそんなことは関係ない。
当たり前のことだが現状は覆せない以上、考えればどつぼに沈むだけなのだ。
それはわかっているのだが最大の問題は考えたくなくても考えてしまうということだ。
実際いつもよりたくさん寝てもまだありあまる時間、そのことがぐるぐる頭の中を回っていた。
昨夜の逃げのこともあってか自己嫌悪の嵐でドツボも良いところだった。
おまけにいつもより早く寝たものだからいつもより早く起きてしまった。
起きてまだ綺麗に星が瞬いている空を見上げて、その日最初のため息なんかもついてしまったくらいだ。
光景だけなら涼しげで綺麗だが、当然本人にとってはさわやかな朝とはとても言い難かった。

寝ても醒めてもカミューのことが頭を離れないなんて…

夕べ酒場でくだをまいていた酔っぱらいが聞いたら飛び上がって喜んだかも知れない。

「ばかだな…俺は…」

なんて少しつかれた顔に影など落として呟いている図なんか見た日には、それこそ何も考えなくていい状態に強制的に放り込まれそうなのだが、あいにくと本音というものはお互いのあずかり知らないところで呟かれて届きはしないものらしい。
 

そのぐるぐる回った思考を捨てるために思い付いたたった一つの答えが
「動いて何にもかんがえなくなれるくらい疲れる!」
であった。
くだらないことを考える時間があるのがいけない。
考えるくらい暇だったり体に余裕があるのがいけない。
戦争で戦っている最中はなにも余計なことは考えていないではないか!
だいたい考えすぎるのはいけない。
考えすぎると体と心のバランスを崩してノイローゼになるというぞ!

要するにどう言い訳をつけようと、逃げの体制を取ったのである。
彼らしくもないと言ってはこの場合かわいそうなのだろうが…。
そういう考えのもとにマイクロトフは愛剣ダンスニーを腰に下げ、練習用の剣で一番重い剣を持ち出して、星の出ている朝から素振りに励んでいたのである。
 

…考えることはかなり極端だが余計なことを頭から追い出すという点においては、この対処法はかなりあたりまえの考えであり、その頭から追い出す方法として酒とか薬とか女とかを選ばなかったあたり、マイクロトフの精神の健康性がうかがわれる。
しかしマイクロトフが健康的に、前向きかつ少々逃避的に始めた開き直りは周りに相当の被害をもたらした。
何事も健康的で前向きならいいっていうわけでもないらしい。

まず最初の被害者は当然のごとく青騎士団員達だった。
マイクロトフは自分のメニューを周りに押し付けるほど愚かではなかったが、自ら打ち込みの相手役を買って出て青騎士たちをことごとくたたき伏せてしまったのだ。
手加減をしては相手のためにならないし、なにより自分が疲れられない!
これは、相手にはあまりにもかわいそうな話だった。
しかしまだ青騎士達はよかった。
多少の荒行には慣れっこだし、そこそこみんな打たれ強い。
団長自らの本気の稽古だから、あざの一つや二つ、勲章ですまされた。
次の赤騎士団員にはそんな慣れもなければ打たれ強いわけではないので、なかなか悲惨な状態になった。
 

「なんなんだかな…これは」
赤騎士に訓練をつけるマイクロトフを目の前にして、思わず目をジトにして呟いたのは昨日の惨状を知っている副官リグヴェルだった。
とりあえずさすが副官というべきか、彼は何年かぶりにマメをつぶしたのと左肘に軽い痣で済んでいた。
「良い傾向って言えばいいんじゃないですか?」
こちらはやはり昨日を知っているカロン。
こちらは青騎士団随2と自称するだけあって(随一はMY団長)、右手首に剣がかすったあと一つ。
ただし全力の一撃を受け止めたのでしばらく関節が悲鳴を上げていそうある。
これで済んだのだから大したことないと言うべきか、青騎士団自慢の彼らですらこれだから他はさぞかしと言うべきか…。
「冗談だろう?!昨日とプラスマイナスがひっくり返っただけに見えるぞ俺は!」
「マイナスよりプラスの方が好きですけどね〜」
「お前の好みなんか聞いていない…」

なんてのほほんと会話をしていたが…今日の彼らは昨日とは違い役立たずだった。
とりあえず赤騎士への被害はまったく止められなかったというか止めようとしなかった。
彼らが被害を受けてくれている間は自分達は無事なのだ。
悲しい現実である。
やったことと言えばとりあえず心の中で”成仏してくれよ”と手を合わせたぐらいなものだった。
手を合わせたところでだれが救ってくれるわけもなく、目の前では着々と屍が積み上げられている。
「まぁ、ああやって発散しているうちは大丈夫ではないですか?」
「本人が大丈夫でもなぁ」
「じゃぁ止めてみます?」
「…………」

うちに籠もるマイナスのエネルギーより、プラスの方が外部の人間にとっては対処がやっかいな場合が多い。
今、全てのエネルギーが一方方向に向き、おまけにそれがけた外れのパワーの持ち主であるマイクロトフであれば彼らといえどもどうしようもないのは当たり前である。
実際ミューズの一件では彼らは全く自分の上司を止められていない。
というか部下に身体はって止められなければならない上司というのも何だが…。

「唯一の抑止機関はどうした」
「さぁねぇ…」
あの時止めに入ったのは…実際止められていないが、とりあえずカミューなのだが…。
「あれじゃなきゃ駄目かな」
「駄目というか今回は」
「…その抑止機関が原因なんだろうな」
夕べの一件を見ればまぁ誰にでも分かるというモノだが。
「呼びに行きます?」
「いや…いい」
「そうですよねぇ。爆発しているときに原因ぶつけても、なんかあんまいい想像できないんですけど」
呼びに行かないのはその他いろいろな感情的都合があってのことだが、この際ここではあまり関係がない。

「次っ!!」

やはりのほほんと、もしくはどこかもの悲しく会話が進む中
当の超特別の爆発指定物にされたマイクロトフの声が飛ぶ。
どうやら赤騎士の訓練も終わりに近づいたようだ。
まともに立っている人間がほとんどいなくなった。

「とりあえずどうします〜?」
「とりあえず医務室に手配を…」
「それと、とっととここを抜けだしましょうね」
ここにいつまでも突っ立っていたらまた訓練の相手をさせられないとも限らない。
冷たいと言われようとなんだろうとそれだけはごめんである。
とりあえず彼らは生け贄とか人柱になるという気持ちとはほど遠いところにいた。
「……行くか…」
リグヴェルとカロンはこっそり顔を見合わせてうなずいた。
そして再度は心の中で、それはとても丁寧に赤騎士達に手を合わせて、そしてこっそりとその場を逃げ出したのであった。

見捨てられた羊たちに、合掌…。
 
 
 

ちなみに影の犠牲者はホウアン先生とトウタで、朝も早くからたたき起こされ、溢れ返った痣だの擦り傷だのの怪我人で朝食も食べられなかったそうだ。
 
 
 

その後、マイクロトフはいつもより早く朝食を摂りにいき、夕べのぶんも取り返すいきおいで食べ、その後城中を歩き回ると、腕の立つ人を見つけてはかたっぱしから練習試合を申し込んだ。
マクシミリアン、リキマル、ガンテツ…みんな練習相手としては不足無い自分のエモノには
それなりの自信を持っている人たちだったが、暴走状態のマイクロトフでは相手が悪かったというしかない。
おまけに城主につきっぱなしのマイクロトフは少々レベルが高かったりするから、相手になった腕の立つもの達はそろって医務室行きにはならなかったものの明日は見事な青あざと、湿布のにおいは免れない状態となった。
片やマイクロトフは疲れ知らず。
疲れ知らずというか頭の中の自分が悪と認定した感情を排するのに命懸けになっている状態なので、周りが見えていない。
もしかしてけなげとかひたむきとかいう誉め言葉で飾れてしまうかもしれない青い台風は無敵に城内をかけめぐったのであった。
 

 

 


 


ぶっちん…2

(2002.8.19 リオりー)