何も言えない強気の自分 10



反対に赤の方…
 

どんちゃん騒ぎの一夜が明けて、朝、カミューは昨夜のつけもあって、当然のようにマイクロトフの練習時間なる早朝には起きられなかった。
さわやかな朝はとりあえずアセトアルデヒドの匂いと頭の芯に残る鈍痛に彩られていた。
マイクロトフはいつもの時間に起こしにきてくれないし、それだけでも最悪の精神状態になるのに十分だというのに、それでもどうにかいつもの朝食の時間に食堂へ行ってみればマイクロトフはとっくに朝食を終えた後だという。
おまけに朝食を終えて探しに行けばまったく捕まらない。
あっちでだれと練習していた、だのこっちでだれと話していた…だの聞いて飛んでいけば、マイクロトフは次の相手を探して移動した後。
どうやら城内をあちらこちらと移動しているらしい。

しかも対戦相手がことごとく
「いつにもましてお元気で…」
「強いとは思っていましたが今日は特にすばらしい!気迫も集中力も」
「とても楽しく相手させていただきました。良い勉強になりましたよ」
「面白かった」
などと言ってくれば不機嫌にならないわけが無い。

(あいつは私には会いにこないくせに他でなにをやっているんだ!)
昨日の態度とまったくかみ合わない。
”あいたくない…”
”ごめん…”
いつものマイクロトフからは考えられないほど気弱げな瞳…あんまり視線を合わせてはもらえなかったけれども。
あんなことは言われたくないし、あんなマイクロトフは見たくない。
自分が悪いならすぐ謝ろう。
プライドなんかどうだっていい。
何回だってずっとだって謝るよ。
マイクロトフが悪いのなら……あんまり考えられないのだけれども、話してくれればきっとゆるそう。
実際にマイクロトフが自分で思うほど悪いことが出来るわけもないのだ。
悪いというなら自分を避けてくる今の行動が一番悪い。
どうしてそれを理解してくれないのか。
こっちがどれだけ心配するか分かっていないんだろうか(分かっていないんだろうな…(ため息))。
でも今日は今朝から元気だという。
朝ご飯も人一倍食べたという話。
人をおこしにもこないでいい度胸だ…などと自分で起きたらどうだ?そこんところ大人としてどうよな怒りもそう長くは続かない。
何一つ分からないまま会えない時間があまりにも重い。
自分ばかり空回りしているようで何一つ本当のところが分からない。
捕まえて話をしなければ…。
 

-----とりあえず思考------
 

「マイクロトフ!おまえはいったい」
「カミュー!!…すまない俺は…」
「いいんだ、何も言うな…私はお前がいてくれれば!」
「すまないカミュー…」
 

-----思考沈没-------

焦りばかりが増して二日酔い気味の腐敗しかかった思考も空まわるばかり。
妄想も空まわっているのは、やはり妄想源の欠乏によるバイオリズムの低下か…。
 

そうこうしているうちにシュウに捕まって会議室に帰らなければならなくなった。
正直シュウをぶっ飛ばすことも、頭をよぎったというか本気で考えたが、それをやって後々恨みを買いたくもないし(一応シュウは侮れないという認識の範囲内に入っているようだ)、仕事が遅れてよけいマイクロトフに会えなくなるのは自分なのだ。
その辺の計算は働いたらしい。
変なところで計算が働く自分が結構イヤになるというのはこういう時だ。
もう気分は最悪を通り越して凶悪になっても無理はないことだと思われた。
 
 

  実際に、山のように積まれた書類で雑然としていながら常に和やかなムードが漂っていた小会議室は、今日は朝から異様な雰囲気に包まれていた。
まず、とにかく会話がないのだ。和やかにはなりようがない。しかしクールでもない。
仕事はいつものようにすばらしいスピードで処理されていたが中央に座す二人、かたやカミューは全くの無表情でもう一方のフリックは二日酔いと隣からのプレッシャーでで沈没寸前だった。

あからさまに機嫌が悪いなら悪いで、ぶすくれていてくれれば会話のしようもあったかもしれない。
しかしカミューは”私情は仕事に差し挟まない”を一応表面上は守って見事に無表情に笑顔を張り付かせていたのである。

書類を持っていけば
『何だ貴様よけいなものを持ち込みやがって、それをこの私にやれというんですか?この私に』
という言葉に出さないのに何故かはっきりくっきり幻聴まで聞こえてしまいそうなオーラと、背中が寒くなるような完璧な笑顔でお出迎えをしてくれる。

書類を引き取りに行けば
『人を部屋に閉じこめておいてやらせておいて、あなたは自由に外を歩けるんですか…』
とでも言いたげな恨めしそうなオーラを背中に受けるハメになり。

何かあったか尋ねようとすれば…
『なんにもありませんので口出し無用』
ととりつくしまもない。というかとりつきたくもない雰囲気がありありなのである。
にっこり笑って手も目は笑っていない、背後には吹雪が吹き荒れる。
部屋の雰囲気はすでに魔界か異次元だった。

あのシュウですら用件もそこそこに、後は書類を見てくれと部屋を後にしてしまったのだから事態の異常性はわかろうというものだろう。
この場合最大の被害者は当然のことながら、昨日に引き続き、一緒に仕事をしているフリックであった。
こっちはこっちで運がいいのか悪いのか、昨日のどんちゃん騒ぎできれいさっぱり二日酔になっていて、隣のオーラにつぶされるより前に自分の空っぽの胃からくるむかむかとの戦闘が最優先事項になっていたりはする。
しかし、せっかくの二日酔い、できれば自分は病人だからと休めばいいものを、いったんは顔を出そうなんて真面目に会議室に来てしまったからやっぱり運が悪いというか、性格的に要領が悪いというか…。

来たら来たで隣のオーラが
”私がまじめに仕事をやっているんだからまさかそちらさんは逃げ出したりはしないでしょうね?”
と圧迫をかけているような気がしてならないのでフリックは半分泣く泣くものも言わずに書類と組み合っているのである。
最初は、同じというかそれ以上飲んだはずのカミューが平気な顔をしているというからもしかして、同じ立場の自分もがんばらなければいけないとでも思ったのかも知れないが、すぐにそれは間違いであったと知ることになる。

カミューは元気なのだ、フリックとは違い。
元気に不機嫌で、元気に八つ当たり的な凶悪オーラをまき散らしているのだ。

いくら半分は自分のむかむかに意識を取られているとはいえ、この凶悪オーラさすがに隣にいてとんでもなく気分のいいものではない。
日のようににこやかに相談しながら共通事項を確認、処理というわけにはいかないので、とりあえず普段やっている個人的職務を二人で並んでこなしているだけなのになんで頭の上に超弩級のプレッシャーが降ってこなければならないのか。
会話をしていない=個人的に始末できる仕事に現在は従事しているのだから、自分の執務室に戻ってやればいいものだがなんせ回りの人間が、自分たちはしばらくここに詰めっきりであると認識しているものだから仕事や急ぎの連絡が全部この部屋に来る。
ので逃げ出す理由も見つからない。
逃げ出せるほどの用事もこういう時に限ってはどこからも降っては来ない。
とりあえず朝食の時間には一度は顔を合わせる、ご機嫌伺いの熊も朝から見かけない。
やはりこの状況にはかかわりたくないのだろう。
状況を察知して遁走したとしか思えない。腹立たしいほどこういう時は要領のいい男である。
風船つけて飛ばしてくれる有り難いモンスターも、もちろんこんな所では巡り会えないわけで…(いたところで瞬間的に消し炭だろうが)。
そして、その他の人間も、この部屋に来るとフリックの哀れな姿を見ては巻き添えになりたくないとばかりにその部屋から逃げ出すのである。
フリックは今日も、とことんめぐりあわせの悪い男のようであった。
 

そんなフリックの唯一の頼みとする救いはやはりマイクロトフであった。
あの几帳面な男は必ず朝10時に報告兼共同仕事の参加にくるのである。
カミューのどん底の不機嫌の原因であり、それを解消できる唯一の男。
マイクロトフが来たらなんとでも理由を付けてこの部屋から出よう。

べ…別に逃げるんでも仕事をさぼるんでもないぞ。
二人っきりにしてやるだけだ。

その方が二人のためにもいいに決まっている。
そうフリックは心の中でいいわけを繰り返し、あと1時間、あと30分とカウントしながら
あたかも幸運の女神でも待ちわびるように10時を、マイクロトフを待った。
しかしさすがフリック。彼に幸運の女神というものは縁がないらしい。

捕らぬ狸の何とやら?

10時に訪れたのは幸運の女神でも運命の神でも無かった。
 

「失礼します。青騎士副団長リグウェル、入ります」
「同じく青騎士騎馬隊、一番隊隊長 カロンはいりまーす」
みょーに明るい挨拶とともにおどろ線ただよう部屋に入ってきたのは
腕に仲良く一つずつ傷薬の湿布を貼った。マイクロトフの部下、青騎士副団長リグヴェルと青騎士一番隊長カロンの二人であった。

 


 
 
 
 
 
 
 


やっぱりここにきて不幸な人が…(笑)

(2002.8.22 リオりー)