何も言えない強気の自分 8


酒が進むこと一刻。
カミューの落ち込みは見事にどん底のままだった。
さすがにうっとおしい事この上ない。
基本的にここの人間は、騒ぎは好きでも辛気くさいことはまっぴらごめんである。
酒がまずくなる。
やはりちょっとはなだめてやらなければダメらしい。

「まぁちょとは離れるんだな。マイクロトフなら自分で決着つけて出てくるさ」
そう判断したビクトールは苦笑いを浮かべたまま自分のとっておきの酒をまた注いでやる。
「おや、ビクトール殿すいぶん分かったようなことをおっしゃいますね…」
おお?今度は顔色は変わっていないけど絡み酒か?でも熊なら気にしない。
沈没されているよりマシ。
喧嘩なら買ってやろうじゃないの。
ただ、落ち込みまくった振られ男には負けると思うなよ、という雰囲気をにじませてにっと笑ってやる。
「んーー?おまえよりはな」
その雰囲気はあやまたずに通じたようだった。
一気にカミューの周りを取り巻く雰囲気が険悪になる。

びりっ
「????」

そして一瞬走る奇妙な感覚にフリックが顔を上げる。
「どうした?フリック」
「いや、今一瞬何かの波動が…」
「ビクトール殿にマイクロトフの何がわかるというんですか…?」
この、いつもにっこり笑ってのらりくらりな奴の絡み酒につきあうのはちょっと面白いかもしれない。
そんなことを思うのはビクトールぐらいなものだろうが…
じっさいフリックはさっきから、隣ではらはらしながらビクトールに視線で制止の合図を送っている。
「わかるさぁ、おめぇみたいな出来過ぎの若造には分からないことをな…」
にやり…上目で相手の目を見て挑発するように笑う。
ぴしっ
「誰が出来過ぎ君ですって…?」
いきなりの険悪ムードに、慌てたのは隣にいるフリックである。
おまけにさっきから腕に感じるこの波動は…
「もちろんおまえだな?すくなくともおまえには努力とかそういう泥臭い世界で生きてきた奴の転んだ時の気持ちなんざわからねけだろうからなぁ」
ぴりっ
また腕の雷鳴の紋章が共鳴の波動を伝えてくる。
これは合体魔法発動するときの…

「げ」
慌てたのはもちろんフリックの方
飲んだ酒がすーっと冷める気がする。
共鳴のもとはもちろん…
「あ、あのなカミュー落ち着け…」
「やだなぁ、私は落ち着いていますよ?フリック殿」
ぴりっ、ぴしっ、ぴしっ
ここにきて初めてフリックは気がついた。
こいつ間違いなく酔っていやがる。
にっこり笑った顔は見事なまでに美しいが案の定目があぐらかいて座りまくっている。
一見見ただけでは分からないがこいつ邪魔する奴は間髪入れずに最後の炎で消し炭にするつもりだ…。

整列!かまえ!うちかたよーーい!

幻聴までが聞こえてくる。
ここで誰かが邪魔でもしようものならにっこり笑ってこの辺一帯火の海にされるかも。
フリックの背中にさーーっと冷たいものが走る。
これ以上あおらんでくれぇ!ビクトール。
今のところターゲットはビクトールのようだが…
”かんべんしてくれ…巻き添えだけは嫌だ…”
結構友達がいのないことを思うがそれは責められまい。
「お、おい落ちつけってカミュー」
な?な?と、心の中を汗で一杯にしておきながらなだめてみる。

「マイクから…何か聞いているのですか?」

一応人前では形を付けてマイクロトフとよんでいたのがいつのまにかマイクに変わっている。
もちろん反対側に座る人の話なんか聞いてはいない。
座った目で目の前のさしあたって敵であるところのビクトールを睨み付けている。
答え方次第では即消し炭という気配がありありである。
この場合フリックは眼中にない、ないが…。

「いんや?何も?そもそも会ってすらいねぇもん俺」
肩をすくめて軽く苦笑する。
こういう殺気をぶつけられて平気でこういう態度でいられるのはさすがにこいつくらいだと思う。
カミューも殺気を当たり前のように受け流されて気が抜けたのか、怒りの波動が少しだけ引くのが感じられる。
「ま、まぁとにかくマイクロトフを捕まえて事情を聞いた方が…
でないと本当のことが分からないぜ?」
ここぞとばかりに一生懸命フリックがフォローの後押しをする。
ここで入れるフリックも実はたいした神経なのだが本人は現在は必死でそのことには自覚なんか無しである。
ここで喧嘩されたって何一つ解決にはならない。
カミューには是非とも話し合う相手がちゃんといることを思いだしてもらわなければならないのだ。
「もちろんですよ!明日朝一番でマイクを捕まえて問い質します!
締めだされたって今晩のようにはいきませんとも」
ぴしっ…
(うわー)
カミューの心のというか怒りに反応するようにフリックの雷鳴の紋章が共鳴する。
「今度閉め出したらドアを燃やしてでも…」
ぴしっ…
ぎょっとするが今度はさすがにいきなり発動される事はなさそうだ。
どうやら目標は本日最大の障害だった部屋のドアに決定したようだ。
本当の障害はむろんそのドアを閉めたマイクロトフなのだがもちろんこれは標的にはなりようがない。
「そーだそーだ。行け行け!理不尽な仕打ち受けて黙ってるんじゃねぇ。」
隣のグラスに酒をついでやりながらビクトールは至って陽気に煽る。
ビクトール…おまえいったいどっちの味方だ…。
フリックは思わず襲ってきた目眩にこめかみを強く押さえる。
だいたいなんでこんなに両方ともハイなんだ?
はっきり言って素面ではこのプレッシャーはきつすぎる。
何度胸の中で十字を切ったかわかりゃしない。
この状況で自分のできることって言うと…

つぶれたビクトールをかついで部屋に帰る…ぐらいか。
目眩というかなんとなく絶望に似た虚脱感がフリックを襲う。
相手が悪すぎる…。
(すまない、バーバラ)
とりあえず力不足を心の中でわびる。
これ以上神経が持たないようだ。
「ビクトール!酒」
空になったグラスをつきだすとビクトールが気前良く酒を注いでくれた。
よし!飲んでやる!
飲んで一緒になってしまえば恐いもなんか無い。
とうとうフリックも事態の収拾という理性的かつ良心的な作業をあきらめて逃避に出たらしい。
もっとも素面でいたところでこの二人相手ではどこまで対抗できるか分からないというか勝ち目がないからかまうことではないのだ。
「今日は特別だ!真面目に働くおまえ達をねぎらって俺様秘蔵の酒だ。行け!一気!」
「おう、サンキュー」
秘蔵の酒を一気はないもんだ。味わって飲めぐらいいえないもんかと思うけれども
そういうゆっくりとやる高い酒はきっとビクトールにとって良い酒じゃないんだろう。
つっこみ反論一切ナシで有り難く煽って…
「………★!!」
もうちょっとで吹き出すところだった。
「ビ、ビクトール!この酒!」
「なんだ?この酒がどうかしたか?俺様秘蔵のハードラムだぞ?」
ハードラム…別名海賊の酒。アルコール度数45%を軽く越え
ものによっては70%以上ある、通常の透明なラムと違って琥珀色の独特の
強いボディが好まれる強烈な酒。
好みが分かれるので一般ではあまり良い奴は手に入らない。
なるほど確かにビクトールの秘蔵と呼ぶにふさわしい酒だろう…ふさわしいだろう…が
こんな酒さっきからチェイサーもナシに煽っているのか?この二人は!
カミューの前のテーブルを見ればカミューの酒は赤ワイン。
そのグラスにさっきからビクトールはラムを注いでいるのだ。
もちろんカミューも自分のグラスとビクトールのグラスに自分の赤ワインを気前良く注いでいる。
変な、ちゃんぽん…?、もしかしてハイの一因って…。
いや、頭の悪いつっこみをしている場合ではない。
今より若い頃に仲間とやった馬鹿な飲み方の思い出がさーーっと頭の中をよぎる。
どちらも不純物が多くて悪酔いを起こしやすい酒なのにチャンポンなんて最悪だろう。
こいつら味覚どうなっているんだ?
もともとうまいものは知っていても、あるものでそこそこいけてしまうビクトールはともかくカミュー!
おまえ結構味にうるさい方ではなかったか?
味覚障害気味なのはマイクロトフだけではなかったようだ。
ちなみにフリックが先ほどまで飲んでいたのはビールだった…。
大きいジョッキでなかったのは幸いだがそれでも普通のグラスよりばかでかいビール用のグラスに、なみなみとつがれたハードラムには躊躇しないではいられまい。
「とにかく!」
どん!とカミューが隣でテーブルをたたく。
「このままではらちがあきませんので明日朝一番でマイクが朝練に出るところを捕まえて話をします!なにごともそれからですよね!」
決意表明。
それは結構なんだが、今すぐ行ってドアを吹き飛ばしても問い質してこないこの決意とは何なのか。
さしずめ寝ているマイクロトフを起こさないようにする愛とよべるしろものなのかもしれないが、それは返せばここでの騒ぎが続き、こちらの被害が増えると言うことだ。
「ま、がんばれ」
あきらめの境地で背中をたたいてやれば
「ありがとうございます…あ、どうぞ」
とグラスに酒をつぎ足してくれた。
正気は半分どこかへすっとんでいても気配りは忘れない男カミュー。
この場合は思いっきりありがた迷惑だった。
自分のことだけやってればいいのに…
「あ、ども」
フリックもむげにできない性格だからひきつった笑いを浮かべて礼までいってしまう。
これもチャンポンになるのかっと思って眺めたら丁寧にそそがれたグラスの二種類の酒はアルコール度の違いから綺麗に二層のブースカフェになっていたりする。
重さの違いから分かたれた綺麗な色の二人。
これをこのまま崩さずに飲めばチャンポンしたことにならないで済むだろうか…不毛な考えが頭をしめるがその考えは瓶を構えてとっとと飲めとゼスチャーするビクトールの姿であっさりと捨てさせられる。
「こんな事で負けるくらいなら今までやってくれませんでしたよ。私は絶対マイクロトフを捕まえます」
うう…こいつらテンション高すぎる。
そうでなければマイクロトフの隣なんか歩けないかもしれないが、こいつもたいがい騎士らしく熱い所がある。
「こうなりゃ自棄だ!バーバラ!俺のカルバドスの瓶出してくれないか!」
フリックは手持ちの酒のなかで一番アルコール殿高いものを持ってくるようにカウンターに声をかけた。
アルコール度は高くても甘くて口当たりの良い酒だ。
「カミュー!俺のオゴリだ!がんばれ」
勢いよく蓋を開け隣のグラスに追加する。
もったいないのは100も承知でつぶしてしまえ作戦にでたらしい。
「ありがとうございます」
にっこりわらってご返杯。
だからこういうときにそういうことに気付かなくてもいいってば。
だいたいこいつ本当に酔っているんだろうなぁ、全く顔に出ていないけど。
酔っていなくてこれだったら恐い。
本気で普段のつきあいを考え直さなければならなくなりそう。

「おめぇも飲め!フリック」
「おう!もちろんだ!」

腐れ縁の良心、フォロー魔、そして最後の砦。
最後の砦は…フォローも何もかも投げ捨てたらしい。
投げ捨てたならいっしょになって飲まねばやっていられない。
「おら!ビクトール注げ!」
「お…おう…」
こうしてフォローを無くした集団は、その後人数の追加をとともに屍を増やして夜中まで続いたのである。

当然カミューの決意とやらは当人の意志力とは関係ないところで、ハードラムと赤ワインとカルバドスの海に沈没させられる羽目となる。
何事も自分が何を飲んでいるかを自覚する程度の味覚は大事なようである。
もっともいつもの朝練の時間にマイクロトフの部屋に行けたとしても
マイクロトフはいつも以上の早寝がたたって,明け方前に起き出してしまい、それこそ星の出ているうちに部屋を出ていってしまっていたので、空振りになっただけだったろうが…。
 
 
 
 

 


 
 


こいつら…書きやすい…。

(2002.8.14 リオりー)