何も言えない強気の自分 7


マイクロトフの初の快挙にただでは済まなかったのが当然の事ながら締め出しをくらったカミューの方である。
いつもと違って(おい!)心当たりらしい心当たりが全くない。

「それですごすご帰ってきたってのかぁ!なさけねぇなぁ…」
「うるさいですよ、ビクトール殿」
「まぁとにかく一杯飲めや!」
「言われずともそうしております!」
こういう時にやることは誰しも同じらしい。
本命に思いっきり振られて、飲まずにやってられるか!といったところか。
酒場の隅で妙にささくれている奴とそれつきあう物好き二人…
物好きといってすまされるのか腐れ縁2匹、ビクトールとフリックが両脇からなだめるように座っている。
 
 

一応どちらもお人好しという定冠詞はつきそうだがだいぶ傾向が違う。
「本当になにもしてねぇの?」
「何もしていませんって!!」
導火線に火のついたような状況を楽しむ傾向のビクトール。
「とにかく今はそっとしておけよ…明日には状況も変わっているだろうし向こうも落ち着くって…な?」
人ごとなのに妙に自分事のように気を使うフリック。
「原因もなにもわからないのに落ち着いていられますか!」

実際カミューは本当に仕事三昧だった。
この辺はもうマイクロトフにほめてもらえると思う。
 

以下カミューの妄想

「すごいじゃないかカミュー」
「すごいかな?私が本気を出せばこんなものさ。まぁ…でもまぁたしかに頑張っているよ」
「そうだろう、これだけの作業をこなすなんてちょっとやそっとじゃできないぞ」
「うん、頑張っているから…そうだなぁマイクからなにかご褒美が欲しいな」
「ご褒美?」
返事がわりに隙をついてふわりと唇を奪う(ちなみにカミューの都合のいい思考回路でできた部屋にフリックはいない)
「/////なっ…何をするんだこんな所で」
「何ってご褒美…疲労回復代わりにね」
「ばか!///何がご褒美だ!仕事は一生懸命やるものだ!!」
「はは!そういうと思った。わかってますって」
「まったく…/////」
「マイク顔真っ赤」
「カミュー!!!」
「はいはい、せっかくマイクと二人だからね(くどいようですがミューの都合のいい思考回路にフリックはいません)」
 

以上妄想完了
 
 

………………はぁ〜〜〜
なのにこの状況。
理由なんかさっぱりわからない。
部屋に籠もって真面目に仕事をしていたのだから思い当たることなど無くて当たり前。
それなのに”顔を見たくない””ごめん”おまけに問い質す隙すら与えてもらえず
部屋にも入れてもらえないのだから、酒場の隅で眉毛を八の字にするしかないと言うものだ。
 

「仕事にかまけてほっといたんじゃねーの?」
こういうときに限って現れるのが、にぎやかしにきたんだか追い落としにきたんだか分からない口調のビクトールだったりするから事態は好転するのやら転がり落ちるのやら。
「こんな事をいうんなら早く終わるようにこっちの仕事に出てもらいたいもんだな」
反対側にはいやいやながらもフォローに入らずにはいられない貧乏くじ男フリック。
言い方こそ違えどどちらも気を使って、はけ口になってくれているんだろう事はカミューにもよくわかる。
よくわかったって解決にならないから酒のペースは下がらない。
「おや?聞き捨てならないですねぇ。そーんなへまはしません!」
放っておくなんてとんでもない!グラスの酒を一気に流し込みながら言う。
どうでもいいがずいぶんピッチが早い気がする。
「仕事は仕事の時間だけ!せっかくのつかの間の平和ですし、一緒にいられるのですから
夜は必ず側にいましたよ」
「書類ばかりで体力はあまってるしなー」
本当にこいつは心配してくれているのか?ただのひやかしだったら酒の邪魔だから叩き出したい…。
ビクトールが意味ありげに小声で入れたちゃちゃにこころなしか赤くなったのはフリックのほう。
「ば…」
「なかがおよろしくて結構ですね!」
こういう時に惚気や痴話喧嘩なんか見たくもない。まったくよそでやって欲しい。
「おいおい、突っかかるなよ。そっちだって昨日まではなんともなかったんだろう?なんかやったんじゃないのか?」
こういうときの相手としてはビクトールは天下一品かも知れない。
相手の感情に巻き込まれず、疲れず反発をあまり買わずに話ができる。
しかも実は人の話を聞くのが得意で面倒見が良い。
今も気前良くビクトール秘蔵の酒とかいうラベルのない瓶から琥珀の酒をせっせとついでやりながら相手の口が開くのをさりげなく待っている。
「そういう心当たりはまったくありません!なんの落ち度も…あったのでしょうかね…私に…」
 だんだん声が小さくなる。
思い当たるところが無くってマイクロトフが怒るのは前に何回かあった。
いや、理由はあるのだいつだって。
自分は意外に不器用で鈍いのかもしれない。
「確かに最近様子が何となくおかしかったけどなぁ…」
空のビールジョッキをフリながらフリックがひとりごちる。
「フリックも思い当たるふしがないってのか?」
ずっと一緒にいたんだろう?ビクトールの目線の問いにフリックはあわてて頭を振る。
「これ、といってなぁ…」
となりで首をひねって悩みだしたフリック殿を横目で見ながら
カミューは一緒にいたときのマイクロトフのことを一生懸命思い出してみる。
頭に残るのはあの態度と…”ごめん”の言葉。
何がごめんなんだろう。
言ってくれればいいのに。
たいがいのことは許せるよ?
何も言わないでごめん、顔を見たくないではあんまりだ。
ちょっとだけ心に引っかかることは、昼時フリックと仕事の話をしていたとき見せた表情。
取り残されたような、怒っているような…。
気にしてくれているようで嫉妬でもしてくれているようで
悪戯心でことさら仲良くして見せた。
でも、仕事の話だし、そのことはマイクロトフもよく分かっているはず。
マイクだって仕事にかかるとこっちなんか見てくれないし、自分の仕事中に相手にかまおうとするとぴしゃんと拒絶される。
それくらい公私混同を嫌う男だ。
こと、今回の仕事に関しては自分より厳しい彼が特に何かを言うはずもなく…
いいや理由がそれであってくれたらいいのに…。
でもそんなはずはない。
だってそうなら謝るのは当てつけみたいなマネをした自分のほう。
マイクロトフがごめんなんて言う必要はないのだ。
何度思い返してもそれ以外に思い当たることがない。
何か見落としているのだろうか…。
「落ち度なんて…」
それっきり、またカミューは黙りこくって沈没を始める。
(やれやれ…意外に青いのな…)
思わずビクトールは隣で頭をかいてしまう。
 
 

ビクトールは側にいたわけではないので本当のところは見て取るわけにはいかない。
いきさつはフリックからだから話半分だし
その話というのもフリック本人がなにも分かっていないので本当に大事なところがどの辺なのかはさっぱりだが…
あながち自分の想像は間違っていないと思う。
ま、熊のカンだがけっこうあたる自信はある。

落ち度なんか思い当たらないのは本当だろう。
だいたいカミューの落ち度なんかマイクロトフに構い過ぎて回りにあきれられるとかマイクロトフ本人に逃げられるとか、その辺のことしか思いつかない。
自分のこととなると嫌みなほど出来る奴だ。

今回はその落ち度無しのそつがなさ過ぎるところが問題だなんてたぶんこの男は理解できないんだろうなぁ…。

ビクトールは自分の酒を隣についでやりながら思う。
そもそもこんな出来過ぎな奴と同じ立場に立って仕事をしなければならなくって、コンプレックスでつぶれずにいられるなんてマイクロトフぐらいなものだろうとは思う。
自分より上の力の持ち主に素直に向けられる賞賛とあこがれの瞳。
その瞳の持ち主を思い出す。
わずかに群青の色合いを感じさせる子犬のように邪気の欠片もない目。
自分としてもあの目は好感のもてるものだった。
ああいう奴だからカミューも自由にやりたいように仕事もできるし息もつけるのだろう。
それでも何一つ含むところがない人間なんてあるわけもなく。

「落ち込むなよ…俺もずっと一緒に仕事をしていたから言うけどカミューに問題なんか無かったぜ。」
フリックのなぐさめに、この男も理解していなかったか…ビクトールはちょっと苦笑いをする。
こいつも割と才能に不自由しない男だからな。
今まで二人では、出なかった問題が噴出したとなるとすると原因はどちらかというとこっちか。
なるほど、こんな奴に並んでたたれては努力とかそんなもんで泥臭く頑張ってきた奴にとってはやりずらかろう。
2対1でたった1人取り残される気持ちは最悪の物だ。
自分達ぐらいにはっきりと仕事を分けてしまって、しばらく仕事場では顔を見ないくらいの方がいいんだか、彼らは一つの隊ではなく2つの独立した隊で一つの組織を支える同種の柱だからそうもいかないか…。
ちったぁ俺が動いてやらなきゃ駄目かね?
そんなことはないと思うがこのままずるずるはよろしくない。
巻き添えはフリックと決定しているのがなおさら良くない。
しばらくもめて自分の位置を見直せってんだっていう気もするけれど…。

もうちょっとこの自信過剰男の落ち込む姿を見ているのも悪くないかな?
やっぱりなぐさめるとか事態収集の方向とは逆に頭が行くビクトールは
根っからの騒ぎ好きだったりもするのだが…。
 

 


 
 


赤様が受難なのか
とばっちりが受難なのか。
一旦ここで切り。

(2002.8.12 リオりー)