何も言えない強気の自分 6



「団長危ない!!」
その声に、とっさに身体を伏せた。
が右額に微かな痛み。
避けたつもりが避けきれなかったらしい。
「団長!血が!!」
「大したことはない、かすっただけだ騒ぐな!」
傷を押さえてみると大したことはないが少し切れているらしい。
右の手の平に血のシミ。
やはり集中力を落とすとろくな事にならない。
 

暴れ馬の方は側にいたカロンがいち早く手綱を押さえて馬の動きを封じにかかっている。

「ちっ…駄目です!団長」
「どうしたカロン」
「ちっともおとなしくなってくれません。力ずくで押さえられない事もありませんが
このままですと馬の首の方がいっちゃいます!」
「どうして暴れ出した?」
「わかりません…ただ馬具をつけて試乗に入ったとたんの出来事でした…」
「錯乱でもしたのか!?それとも!記録係!この馬の経歴にそのようなことはあるか?」
「いえ…回ってきた書類にはなにも…ただ頭が良く、あまり人に慣れない性格でおとなしいとしか…」
「とにかく他の馬をどけろ!パニックが伝染するぞ。回りを広く開けて…」
馬は元来気の弱い生き物だ。
一頭が暴れ出すと他に伝染して手が着けられなくなりかねない。
我ながら迂闊だった。
対応が後手後手にまわっている。
すでに回りの馬は落ち着かなくなってきている。
暴れ出しているものさえいる。
ここで騒ぎが起きればこの人数では押さえきれないだろう。
そうなるとまた回りに迷惑をかける…。
それだけは…。
 

とにかく回りを落ち着かせなければ、そう思って顔を上げると右目に軽い痛み。
視界がふさがれる…目に額からの血が入ったせいだ。
ふき取ろうとした左腕の甲も血がべったりと付いている。
思いの外傷が深いのかも…
ん?左腕の甲?
血の付いた左腕の甲を見て、右の手を見る。
自分の傷は右額で…傷を押さえたのも…

慌てて目を上げると暴れ馬は逃げだすでもなく首を振って、どうにか動きを押さえようとする騎士達を寄せ付けないでいる。
もしかして…
「カロン!他の奴も手を離せ!その馬からとにかく離れろ!」
「団長?!」
「いいから離れろ!」
その声でざざっと馬の回りにいた騎士達が離れる。
馬はやはりどこかに逃げ出すことなく辛そうに暴れるだけ…。
目的の痕跡はすぐに見つけられた。
「やはりな」
もっとよく見るために近づくと回りの青騎士達から悲鳴が上がった。
「今取り押さえさせます。団長危ないですからお下がり下さい」
「俺が取り押さえる」
回りの制止の声など無視してふらりと馬の前に立つ。
一度目を伏せて、そしてゆっくりと顔を上げて馬と目を合わせる。
怒っているのかおびえているのか…馬は賢い動物だから目を見ればすぐに分かる。
この馬は怯えている、苦しんでいる…。
「大丈夫だ…」
じっと目を見て笑いかけてみると馬も少しは落ち着いてくる。
賢い馬だ。人の言うことが分かる馬のようだ。
「落ち着け…今助けてやる…」
目を合わせるようにして語りかけると救いを求めるような視線が帰ってくる。
肩の力が抜ける。
「ふぅ、そういうことか…。馬の名は?」
「イザラ…です。」
「そうか、ではおまえら…馬の回りから離れろ」
「しかし」
「下がれ、大丈夫だ俺を信用しろ…」
この言葉で騎士達はざっとなみのように回りから下がってくれた。
じっと目を見ながら落ち着かせるように手は出さずに馬に近づく。
「イザラ…大丈夫だ…」
イザラはもう暴れてはいない。
大丈夫だ…なんどもそういい聞かせて側に立つ。
決して手綱にさわらないようにして首に手を回し抑えるようにして鼻の頭をなでてやる。
「イザラ…じっとしていろ。すぐにそのハミをはずしてやる」
その言葉が分かったのか馬はあっさりとおとなしくなり差し出すように首を下げた。
頭がいい馬というのは確かなようだ。
「よし…よしよし、今はずしてやるぞ…」
手綱とハミを手早くはずしてやる。
「誰か…綺麗な布と消毒液を…」
「マイクロトフ様…」
騎士達にハミをなげてやる。
「見ろ、ハミに血が付いている…こいつは顎と奥歯に問題があるようだな。通常のハミでは
合わないようだ。昔からそうだったのだろう?誰も聞いていないのか?」
布と消毒液で傷口を綺麗にしてやる。
しみるはずだがおとなしく頭を預けてくれる。
「いえ…能力は高いのですが、気性が少々荒いとしか…」
「合わないハミをつけさせられていればそうなるだろう…大分手綱に対しても恐怖感があるようだ。
職人を呼んでイザラに合うものを作ってもらうのがいいだろう…賢い馬だ…役に立ってくれると思う…」
手当を終えて頭をなでてやると甘えるようにすり寄ってくる。
優しい目。信頼のまなざし…そんなのが無性に嬉しくて首に手を回して抱きしめてやる。
「目を見ればわかる。俺は見てやれなかったから気付いてやれなかったんだな…」
悪かったな…そういってまた首に手を回して何度もなでてやる。
 

カミューの目もフリック殿も…誰にもみせられなかったんだ、自分のこの目を…。
あげくにひどいことを言った。
「ごめん…」
イザラが慰めるように首をすり寄せてくる。
「すまない…人の勝手で傷つけて…」
本当にすまない。
カミューごめん。
役に立たない奴で。
つまんない奴で。
おまえがフリック殿の方がうまく仕事が進むからって大事な仕事相手に妬くような最低の奴でごめん。
つまんないこと言って本当にごめん。
おまえが悪いわけじゃなにのに…。
自分なんて要領の悪い奴でがむしゃらにやるしか脳がないから。
自分よりできる奴なんて今までだっていくらでもいたのに。
俺なんかよりおまえの隣に立ってふさわしい奴なんて大勢いるのに…
自分はずっと自惚れていたんだ。
おまえの隣に立てるのは俺だと…。
本当につまらない。
おまえの隣の当たり前のようにいるからって、並び立てるからって俺より合っているからって
俺より役に立つからって…認められなくてごめん。
フリック殿すいません。

ちゃんと認められない…そんな自分の感情が一番嫌い。
 
 

「情緒不安定…あのマイクロトフが…笑っていいか?」
笑うと言うにはほど遠い表情でカロンが目を丸くしている。
「好きにしろ…しかし団長っていっぺんはまるとぐるぐるまわるタイプだから」
「何か他に何も考えずにやらなきゃならないことでもあればいいんろうだうどね…」
「山ほど仕事があったはずだが…?」
会議室の書類の山を思い出してリグヴェルが首を傾げる。
「さぁ…あのままじゃまずいから、さしあたりこんな所で…」
ひょいと寄りかかっていた柵の掛けがねを外す。
「お、おい!」
「団長〜今の騒ぎで柵が一個はずれて馬が一部逃げ出しました〜」

「何ぃ!!自分の馬のある奴整列!囲い込むぞ!」
起きあがりこぼしもかくやあらん。笑えるくらいに即復活。
回りにてきぱきと指示を出し自ら馬に乗って飛び出していく。

「こんなもんかな〜、しかし面白すぎ」
こんどこそクックと笑いながら見えないように走り回る馬に手を振る。
「あのなぁ…カロン…」
ぐったりと疲れたような声だがどこか笑っているのは副官。
「しかたないでしょう?相談もしてくれないであんな落ち込み見せられちゃ…」
「本当になんなんだろうなぁ」
「とにかく団長のメンタルケアの一部は俺達の役目でしょ?」
若すぎで暴走気質でも、騎士として誰よりも自慢の団長を少しでも支えるのが自分でも誇り。
「そのメンタルケアの大部分を担う奴はどうした…」
「そこなんですよね…ひっかかるのは…」
「少し原因を調べるか…」
「ですね…あんなマイクロトフは見ていられませんよ」
「それまでは引っ張り上げるのはしばらくこの手か?」
「それしかないでしょう?」
にっこり笑う奴と肩をすくめる奴…
持つべき物は落ち込む暇を与えないいい性格の部下なのか。
とにかくその後はハプニングありまくりの実に疲れる、かつ有意義な仕事になった。
 

そしてその夜…。

「明日の朝にでもよろしいのではないですか?」
昼の団長を心配したのか、報告に向かう団長のあとをリグウェルとカロンが後ろから気遣わしげについてくる。
「そうはいかん。明日の野外訓練は赤騎士団を中心にしたフォーメーションの練習だ。早くカミューに指示書を書いてもらわないとらちがあかない」
可愛い部下のおかげで過酷なまでに増やされた仕事はいい気分転換になったらしい。
マイクロトフはしゃきっと背中を伸ばして果敢に小会議室に向かった。
しかしとどめはこの先に待っていた。
マイクロトフが小会議室の廊下角一つ分だけ来たときに話し声が飛び込んできた。
「ふーー今日は大分進みましたね」
「ああ、これならばあと3日で一応の片は付くかな」
「まぁ、何もなければですけれどもね」
疲れた顔に何とも楽しそうな笑みを浮かべて肩をすくめる。
「ははっ、そうだな今日は本当にさくさく行ったもんなぁ…」
「マイクロトフがいませんでしたからね」
「やっぱ…いると仕事がやりづらいか?」
「やりづらいと言うか…こういう時は…」

「…団長?」
精神的に疲れもきていたマイクロトフは今度こそ無理に対抗するのを止め廊下から回れ右をし自室にもどった。
そして夕食も取らずにいつものように訪ねてきたカミューをも完璧に閉め出しふて寝を決め込んでしまったのだ。
これはマイクロトフ人生26年で初の快挙であった。

 


まだ続く…
というかこれギャグ話だったんですね(自分で言わないそこ!)
イザラは”星”という意味です。
(2002.8.8 リオりー)