何も言えない強気の自分 5



 やってしまった…
まさかあの程度の感情の制御もできないとは…

マイクロトフはそれこそ自己嫌悪の海にどっぷり沈みながら厩への道をとぼとぼと歩いた。
どうしていつもみたいにできないのだろう…
敵だって自分より腕の立つ物には素直に賞賛できるのに…
覆水盆に返らず…今更フォローもできない。
あの二人はどう思ったろうか…さぞかしあきれたか、怒ったか…。
 

いや!今からでも遅くない。

戻っていって無礼な行動を謝って、そして賞賛と尊敬を持ってして…

…ずっとあの二人の向かい側で仕事をするのだろうか。

とたんに意識が地の底にUターンする。

いや!それではいけない!

よしんば俺がこの状態でもこの作業には終わりがある!
それまで我慢できれば…

でも作業が終わったからといってこの感じはなくなるのだろうか…
無くならない気がする。
役立たず…
自分はフリック殿よりカミューの役に立たない。
この純然たる事実が自分の頭に君臨している限りは…
大体どうしていつも通りにできないのか…
見事にぐるぐる回転している。
どうも肝心なところが分かっていないようだ。

「マイクはね…普段あまり悩まずに進める分だけ精神的な壁にぶつかると
深く考え込んじゃって抜けられなくなるタイプだろう…?」
急にカミューの言葉を思い出す。
「だからそういうときはね、一人でため込まずに私に話してごらん?言葉にならない断片でもいいよ?」
きっと少しは楽になるから…
前に伸び悩んで一人無茶な練習を繰り返しイライラしていた頃に言われた言葉。
言われた言葉と笑顔で急にすーっと心が軽くなるのを感じた。

「カミュー…」

でも…でも…
言えるわけ無いだろう!!!!こんなこと!!
 

こんなこと?

大体、言うとしてどういうんだ?

『一緒に仕事をしたくない』
『俺は役に立っているのか?』
『フリック殿とあまり…』
 

どっかん!!(思考爆発、急停止)
 

…今俺は何を言おうとしたのだろう…
なんだかすごく恐ろしいことを考えなかったか?
頭を振ってとにかく不穏な思考を追い払わねば。
とにかく話は仕事!仕事のことだ!!
悪いのは俺!
俺は今どこかおかしいのだ!!!!

深呼吸を繰り返しとにかく頭を冷やそうとつとめてみる。
 

「………なぁに百面相しているんだ?団長」
「あ!カロン…」
青騎士団一番隊隊長カロンがいつの間にか後ろに立っていた。
「見ていて飽きないなぁ。」
悪戯っぽい含み笑いと余裕のある態度が、ちょっとだけ誰かを思い出させる古くからの友人。
「なんだその百面相って」
「百面相で悪ければおきあがりこぼしだな。うつむいて暗くなっていたかと思えばいきなり顔を上げて、復活したかと思えば即また落ち込んで。また顔を上げたかと思えば今度は怒りだした」
なにかあったんなら相談に乗るぞ?と年上風をうかされて少し顔をしかめる。
別にカロンに限ったことではなく騎士団の上層部は部下だがことごとくマイクロトフより年上で先輩だ。
ずっと一緒に仕事をしているせいもあって特に若い部下達の見ていないところではマイクロトフはこずきまわされ、かわいがられている。
でもいまはそんな子供扱いは気分がめいるだけだ。
「別に何も…」
「さっきの態度はとても何も、っていう感じじゃありませんね」
ぴんと額をこずかれる。
「痛いぞ、本当に大したことではない!」
「ふーん、ま、いいけど、さっきみたいに一人じたばたはあまりするなよ?他の連中が医者を呼ぶぞ?」

「こらカロン!なにマイクロトフを苛めているんだ」
二人の姿を見付けて駆けてきたのは副官のリグウェルだ。
「人聞きが悪いなぁ、苛めてなんかいませんよ。マイクロトフが落ち込んでいたから訳を聞いていたところですよ」
「どうでもいいがもう若い騎士達が集まってきている、その態度を改めておけ」
「了解、副官殿!」
「でも確かに顔色が冴えないな…なにかあったのか?」
リグヴェルにひょい、と覗き込まれ思わず顔を逸らす。
視線が合わせられなくってよけいに怪訝な顔をされる。
「いや…なにも…」
隠し事はできるような性格でなくても云うわけにはいかない。
というか言えない…。
「そうか…、ならば何も聞かないが…つまらないことでも何かあったら少しは頼ってくれおまえに倒れられるのはきついからな」
「そうそう、みんなおまえに頼りっきりですからねたまには逆もいいんじゃないですか?団長?」
「たよりに…?」
「ええ、もちろん頼りにしてますよ?団長」
にっこり笑いかける、こういう時は口調はともかく、この二人は昔ながらの先輩の顔。
実力があってもちょっと不器用な後輩がかわいくてしかたがないらしい。

「頼りに…」
その言葉は今のマイクロトフには純粋に嬉しいものだった。
この言葉は自分が誰かの役に立っているのだということ。
自分が足手まといではないということ。
でも、あの場所では自分はカミューに頼りっぱなしだった。
フリック殿のように頼られる事など無いのだ…。
そういえば自分はカミューを頼ってばかりいたけれど、カミューに頼られたような覚えはほとんどない。

「そ…か」

唐突に理解する事実。
いつだってカミューは一人でやってきた。
自分の手なんか必要としたことはない。
何にも気がつかずにカミューに助けてもらってばかりの自分。
そんなのが隣にいて仕事が進むわけはない…
「そっか…俺は…本当に役立たずなんだな…」
「はぁ?」
「団長?」
「役立たずなら…足を引っ張るだけならいない方がましだよな…」
どうやら自分はあの部屋に帰らない方がいいらしい。
自分のためにも…カミューのためにも…。
「……」
「…………」
思わぬ深刻さにびっくりしたのは側にいた二人の方である。
変に踏み込めない雰囲気ありありである。
しかしいったい我らが団長及び可愛い後輩を捕まえて役立たずとは何事だろう…。
先ほどまで団長は小会議室で仕事をしていたはずだが…?
二人は思わず目線で会話をする…。
当然思い当たるのはたった一人だけ、赤い邪魔者。
でもあの人に限ってマイクロトフを邪魔者扱いにするわけは絶対にない。
??????

「マイクロトフ様馬が大体でそろったようです」
「団長!みなが号令を待っています。結構手こずりそうですよ」
ともかく二人は次の瞬間目配せをして、どつぼにはまったマイクロトフを引っ張り上げることに決めた。
そうしてそれは、あっさりと成功した。
そもそも目の前のやるべき事を放棄できないのが自分の所の団長である。
マイクロトフはその言葉ですっくと立ち上がると部下達に号令をかけだす。
「前もって割り当てた通りに班を組んで新馬の登録を始めること!
色、あざ、特徴、サイズ、体調気性も気付いたことは名前の下に書き込んでおけ
あと馬具を合わせるのを忘れるな。
軍用のは通常と形が違うし重いからなるべくなら今からならしておくように!
8班のみは自分の馬に乗り柵や線から出た馬をもとの場所へ追いやるように!
以上、散開!!!」
団長の号令と共に各々の持ち場へと散っていく。
ピンとはりつめる空気。
さすがうちの団長こういうことは腐っても忘れない。
おもわず隣の二人はこっそり苦笑した。
 

「団長、俺も参加していいですか?」
どこの班にも混じらないで、カロンがにっこりとマイクロトフの隣に陣取り話しかける。
「ん…?あれ?そういえばカロン…何故お前…ここにいる」
馬の確認だけでは各部隊長は呼ばれない。
「やぁぁっと気付いてくれましたか…」
こりゃ重傷だ。
盛大にため息をついて、思わず肩をすくめる。
「俺の馬は今身重だからさその間代理で良いのがいるんですよ」
おめでたい話でしょう?、とめげずににっこり。
「そうか!ユーリアが身ごもったのか」
「今朝はっきりしたんで…」
「どうした?珍しく歯切れが悪いな」
「どうもレヴァーザックの子らしいんですよ…」
馬番の話によるとね、と嫌そうに首を振る。
犬猿の仲のかたぶつ第3部隊長自慢の愛馬の名前を聞いてぷっと吹き出す。
「ならば父母共に良い馬じゃないか!なんにしてもめでたいことだな」
「ええ!だから生まれる前に死ぬわけにはいかないんですよ。先手を打って良い馬を確保しなければね」
良い馬はつばを付けておく気だと堂々と宣言する。
「今日は確認だけだ。ひいきはせんぞ」
「そこをなんとか。出産前祝いだと思って」
「なら、首に名札でもかけておけ。」
「ええ、そのつもりでちゃんと紐と紙を用意しています…っと副官殿が呼んでいますよ」

カロンはいい馬が目的だといいながら、さりげなくマイクロトフに斜め後方についてなにかと楽しげに話しかけてきた。
あの栗毛がいいとか、白いのが素質はありそうだがむらっけもありそうだとか。
気を使ってくれているのだ、とさすがにマイクロトフも気付く。
手をさしのべるのではない、さりげない気晴らしの気遣い。
自然に笑みがこぼれる。
ありがたいな…と思う。
元気を出そうと思う。
素直にそう思える。
あの場ではあの二人にあんなに気を使わせて…
でも全然そう思えなかったのに…。

何が違うのだろう…
 

再び沈み始めた思考を次の瞬間怒号と悲鳴が断ち切った。
 

「団長!気をつけて下さい!!暴れ馬です!」
 


 
 



 
 

変な奴らがたくさん…(爆)

(2002.8.7 リオりー)