何も言えない強気の自分 4



 ずるい…
 

いつもは昼食は二人で取っていたのにな…。
なんで今日に限って、フリック殿が一緒なんだろう。

ずるい…

あんな人がいるなんてな…
カミューみたいに優美とか言うのではなく、さりげなく洗練された物腰。
紋章と剣を使いこなし頭の切れる…
カミューの隣にいて自分なんかよりよっぽどしっくりくる存在。
自分よりよっぽど役に立つ存在。

ずるい…
 

…ばっかばかしい!!
 

ここまで考えてマイクロトフはおもいっきり自分の顔を平手うちする。
こんなのただの嫉妬ではないか!
相手が自分より仕事ができるから。
カミューの隣にいて役に立つし並んでいても自然だから…。
くだらない!くだらない!くだらない!くだらない!
なんてくだらない!
出来ることがなんでいけない!
なんでずるいって事になるんだ。

とどのつまりは自分が役立たずで、
自分がつかえなくって
自分がだめなのを認めたくないから
フリック殿に転化しているだけなのだ。
最低なのは自分だ!
こんな事を考えても仕方がない。
こういう感情を排除するにはちゃんと仕事ができればいいのだ。
いきなりは無理かもしれないけれども余計なことを考える暇があったら前に進め!

…今までだってそうしてきたはずだ。
自分よりこういう仕事が得意な人はたくさんいた。
今の副官なんかそうだ。
こと書類仕事に関しては俺なんか足元にも及ばない。
でもこんな気持ちになったことはない。
もう一回ぴしゃんとやって気合いを入れる。
とにかくこれしか自分の取り柄はないのだから。

そうして気合いを入れ直す。
それが永久螺旋のはじめの位置の戻っただけでも。

いつまでその繰り返しが続くのか…

仕事が終わるまで…
気力が続くまで…
 
 

「ただいま…マイク」
「ただいま、さ!さくさくやるか」
「そうですね、いい加減かたをつけたいですね」
フリックとカミューが二人仲良く帰ってくるのを見て浮上しかけた意識がいきなり沈没するのを感じる。
「ただいま…」
顔を上げないように、仕事から目を離さないように返事をする。
「こっちは終わったからどうする?」
「あと西の林間道の確保ですね。その件に関してはシュウ殿から要請が入っています。」
「要請って…道の確保と改修工事に1000人まわせってやつだろう?やっかいだな」
「とにかく演習地をここの側に設定して待機の兵をローテーションでまわすと言うことで…」
「それでまわせても500がいいところだ、そんなにあわてて回収する理由は何だろうな」
「直接伺ってみますか…うまくいけば800ぐらいまでは落とせるかもしれませんよ?」
「そうだなこっちは交渉…かな800ならなんとかなるか?」
「それならなんとなりますか」
「近隣から作業者をつのって…金は融通してもらう…」
「あとは両サイドのむらの警備の交代要員を利用すれば…途中空白日ができますが…」
嫌でも耳に入ってくる、楽しげですらある、よどみない…会話。
大丈夫、でも大丈夫ではない。
だからとにかく回りの音は聞かないこと。
目の前の光景は見ないこと。
無理矢理集中して目の前の仕事に集中する。
割り当てられた、みんなより少ない仕事すら
こなせないようではよけい精神的に落ち込むことは分かっていたから。
とにかく一切回りを遮断して今の書類を仕上げる。

だってこれしか自分の取り柄なんて無い。

ああ、なんだ最初からわかっていたのではないか。
こういうことに関しては自分は足手まといだって。
自分より出来る奴は沢山いるってわかっていたではないか。
わかっていて見ないようにしていたのか。
ならばよけいに自分らしくないことをした。

でも…

…カミュの隣にいるのがあの人だからだ…。
カミューによく似た力を持つ、人として惹かれずにはいられないような人。
自分よりも一回りも二回りも深く大きな人。
同じ青を纏い自分よりもカミューの隣にいて、似合うこの人だから…
 

見たくない…
 

「マイク…?」

外の世界は一切遮断したい。

「マイク」

ほっといて欲しい。
がんばるから。

「マイク!」
 

見たくないんだ。
だってお前はこっちをみないじゃないか。 
この間から話をすれば彼の話ばかり。 
自分なんか目の前にいてもみてなんかいない。 
 

見たくないんだ、これ以上。
カミューの隣でさも当たり前に仕事をこなすフリック殿なんて。
剣も最高クラス、紋章も手足のように使ってこういうことに関しても俺よりもよっぽどカミューの隣にふさわしい…それをつきつけられるのも。
 
 

ずるい…

繰り返される不毛な思考。
胸の痛み。
何一つ勝てないのに…
何よりも見たくない!
それに嫉妬している自分なんて!
だからってそんなことで、目の前の仕事を止めて逃げ出す自分なんてもっと見たくない。
だから声をかけないで、顔を上げさせないで。
話なんか出来ない。
だから何も聞かないように、心に入れないように頑張っているのに…

「マイクってば!」

…うるさい。

「…なんだ?」

「集中するのも良いけれどこっちの話も聞いてよ」

うるさい!うるさい!うるさい!

「悪かった…でどの仕事だ?俺は遅いから隣においておいてくれると助かる」
言い方がぶっきらぼうになるのはもうしかたがない。
仕事しているから…見たくないから…顔なんか上げたくない。
「仕事じゃないよ、お茶飲まないか?」
「お茶ならいい、こっちは終わった」
終わった分を目の前のカミューに押し付けて席を立つ。
やるべく事をやって席を立つなら許されるだろう。
視線は下を向いたまま。
「ちょっと…マイクどこへ行くんだ?」
「……新しい馬が入ったから確認してくれといわれている…」
「新しい馬?いいね私も行こうか?」
気を使ってくれているのだろうか?
「こなくていい。今回は数と健康の確認だけだ…俺一人で十分だ」
「でも…」
「くるな!今は他の仕事が大変だろう。つまらないことに気を取られるな」
突き放した言い方に、明らかにカミューの顔が曇る。
というか曇ったようだ。顔なんか見ていないからわからないけど。
「私は何か気に障ることをしたか…?」
「なにも…」
なにもしていない。悔しいほど完璧で、自分なんかよりずっと上等だ。
「だったらなんで!」
「いまはそんなことをしている暇では無いといっているだけだ」
「そうじゃない!私がいいたいのはそのマイクの態度だ!」
「…………」
「マイク…私が何かしたというなら…」

「違う…」

「マイク」
「おまえが悪いことなんか何もない…」
「だったらこっちを向いて!ちゃんと話してよ!」

「でも今は…」

「…?」

「今はおまえの顔を見ていたくない」
「!!っ…どういう…」
「すまない…」
「マイク!」

裾をひるがえし逃げるように部屋から飛び出す。
もう、今のマイクロトフにはそれしかできなかった。

螺旋の終わりは気力の限界。
分かり切った結末。
抜け出る出口が心の中にどこにもないのなら…。
 

 



 
 

ぷっちん…
自分でも何かいているのか分からなくなってきましたが…
先が長い…