何も言えない強気の自分 3



 

 自分は足手まといで役立たずだ…。
自覚さえしてしまえば自分の中で、話がつながるのは早かった。
ついでに精神的に転がり落ちるのも…だが。

朝から、自分の前に割り当てられた小さな山を見て、もう今日何度目になるかわからないため息をつく。
さすがに仕事中のため息まで勘定はしていないが、それを数えたらとんでもない数になりそうだ。
 

いままではずっとカミューと二人だった。
こういう仕事はカミューには及ばないけれどもそこそこ出来ると自負していた。
それがここであっさりと覆された。
カミューは自分と仕事をするときはずっと自分のペースにあわせてくれていたのだ。
それは目の前の処理された書類が雄弁に語っている。
なによりも側にいればもっとわかる。
 

そんなことにも気付かなかったなんて…。
それをまざまざと見せつけてくれたのがフリック…
 

フリックと仕事の話をするカミューは楽しそうだ。
パートナーとはこういうことを言うのだろう。
お互いがお互いの力を引き出している。

「フリック殿はすばらしい人だね」 
 「そうか」 
 「いままでは、他の人と仕事をするのなんて煩わしいだけだと思っていたけれど  こういうのは悪くないな」 
「よかったな」 
そんな会話を腐るほど。
自分は煩わしいですか。
そんな言葉の影に気付かないほど、カミューは新しい有能なパートナーに夢中だ。 

自分では駄目だ。
自分は隣に立っているつもりで後ろで服の裾を引っ張っていたのだ。

自分はカミューの隣にはふさわしくない。
立つだけの力が認められない…
自分よりふさわしいのは…

いたたまれなくなった。
自分は無意識に自惚れていたのだ。
それはフリックの出現であっさりと崩された。
仕事をしている二人を見ているのがつらくなった。
そうしてマイクロトフの足も会議室から遠のいていった。

でもマイクロトフには自分に割り当てられた仕事がある。
それを投げ出せるほど無責任ではない。
 

逃げることも目をそらすこともビクトールみたいに割り切ることも…
他者をうまく使って切り抜けることも出来ずに
つもる書類と一緒に心の中にも吐き出せない空気がたまっていく。
投げ出してしまえばいっそ良かったのかもしれない。
でもそんなことをすればマイクロトフの仕事を引き受けるのはカミューだ。
カミューに仕事を押しつけてこの心が軽くなるかと言えば…

もちろん答えはノーだ。

隣に立つ資格どころか側にいる…騎士団長を名乗る資格すら自分は持てなくなるだろう。
これは自分が出来ないのが問題なんだから、逃げ出せばよけい精神状態が悪化するのなんか目にみえている。
回りの目だってここに立つことを許してはくれないだろう…。

だからここ一番で踏みとどまって目の前に突きつけられた無能のレッテルと向き合ってあがくしかない。
自分の前に見えない壁があってその向こうで二人が自分の分からない話を楽しそうにしているのを眺めていなくてはいけない。
このやりきれない感情を押さえ込んで飲み込んでしまわなければならない…。
それしかないのだ…。
 

本当になんで…

カミューの隣にふさわしい人間だと…。
なんでそんな風に思えていられたのだろう…。

カミューの隣のことを思うと一番胸焼けが酷くなる。

胸に刺さった魚の骨。
咳をする事すら出来ない今の状況では骨が作る傷がじわじわと広がっていくのを胸を押さえて隠しているしかないのだろうか。
自分が隠し仰せるのだろうか。
こんな見せられないみっともない無能な自分を。
みっともない感情を…。
こんな隠し事の苦手な人間が…。
 

もちろんこういう仕事ばかりが彼らの仕事ではない。
フリックとビクトールほどではなくても忙しいときの役割分担はこの二人にもあった。
カミューが書類をメインで片づけて、マイクロトフはその間の赤騎士の訓練や馬の訓練の指揮を引き受ける。
こういう今は新兵の訓練と能力の見極めもする。
 

でもそんな基本的なこと自分でなくたって出来る。
特に自分なんて頭が固いから決まり切ったカリキュラムに従ったことしかできていないと思う。
この間もつい無理をさせて新兵達をへばらせてしまったばかりだ。
これがカミューだったらもっとわかりやすく、そうだな新兵の心をリラックスさせ、
回りとうち解けさせるようなことも出来たかもしれない。

これがフリック殿なら…………。

よけい沈んでいく気持ちをマイクロトフは押さえられなかった。
今やっている仕事だって自分じゃない方がきっといいのだ。
あの二人ならずっと…
あの二人なら…
 

フリック殿ならもっと…
 
 

それに書類仕事だってしないわけにはいかない。
だからできるだけこっそりと、できれば自分の執務室で処理をした。
今回の資料も新兵の能力、体力、流派、性格傾向、協調性その他
現場でほとんど仕上げた。修正は夜中にやった。
今日はその報告に来たのだ。
その報告を元に新兵をその力にあった部隊へ振り分けるために。

その日の夜は、カミューは先に自室へ来ていて、いってくれたら手伝ったのに…とにっこり笑っていってくれた。
ありがたくなかった。
そんなに俺は頼りないか、といってしまいそうになった。
分かっている、そんなの八つ当たりだ。
だから、おまえのほうが書類ばっかりじゃないか。
俺の分は大したことないから心配にはおよばん、と断った。
あの時はなんとか笑って言えたと思う。

こんなの自分じゃない…
自分よりカミューの方が出来る事なんて前からわかっていた…。
認めるところは認めて、賞賛と尊敬の念…
そうしてそれを見習い自分を高めるために努力。
なんどもそれを思い返しては気合いを入れ直すのに
あの二人を見ると気力が削られていくような気分になる。
繰り返される努力と感情の螺旋。気力を奪い合う二つの思い。
尊敬の感情とそういう人たちと共に仕事の出来る喜び…
尊敬と羨望、
いつものように思えてもいるのに、それとは違うところで認めきれない自分がいる。

こんなの自分ではない…。

ため息がまた一つ…
新兵の訓練報告書が出来上がる。
書類ができてしまうと今度は報告と、その資料を基にした新兵の振り分け作業になる。
どこの隊がどれだけ必要で、これからどんな任務が振り分けられるか決めるのはあの二人…。

だから朝からあの二人と顔をつき合わせての作業となった。
相も変わらず目の前をよどみなく流れていく仕事。
阿吽の呼吸とはこういうことを言うのだろうか。
自分ではこうはいかない。
”どこでつまっているの?”
”手伝ってあげるから早く終わろう?良いワインが手に入ったからさ”
いつもくれる優しい言葉が思い出される。
そうやっていつだってさりげなくフォローしてくれた。
いつだって自分は足を引っ張っていたのか…。
癖になったため息を一つ。
気付かれると心配されてしまうから、口の中での小さなため息。
表に出ていかない分、体の中にうっとおしく蓄積していく。

アノフタリナラ…

「どこでつまっているの?」

上から降ってきた言葉にマイクロトフは驚きのあまり椅子から飛び上がるところだった。
いつの間にかカミューはマイクロトフの目の前に来ていつものようにさりげなくにっこりと笑いかけてくれる。
いつもなら、これだけで煮詰まっていた気持ちも、仕事も軽くなるような解けるような気持ちになれるのだけれども…
今日は逆だった。
放っておいて欲しかった。
手伝ってもらわなければ出来無いだなんて冗談じゃない。
「どうした?俺に分かることならやらせてもらうぞ?」
となりで同じようにフリックがフォローするように話しかけてくる。

こういう時のこの二人は妙に似ている。
仕事に関する考え方や進め方、柔軟性なんかが…
仕事における精神的な双子みたいだ…。
いつもはカミューからだけの言葉がステレオになってふってくる。
柔らかな容姿。
人を安心させる様な優しい笑顔、
多くの荒くれの兵士達にしたわれる器量。
紋章を自在に操り、また剣の腕前でも負け知らずの強さ…。

むか!

胸につっかえてものが嫌な熱を持つ。
「結構です!」
つっけんどんに言ってからはっと気付く。
(最低だ、せっかく親切で言ってくれているのに…)
それはよく分かるのに。
でもどうしようもないほっといて欲しい。
「…すいません。でもそちらの仕事の量の方が遥かに多いのですからこちらの方は放っておいてくれませんか?自分でできますので…」
「でも、もう昼食に時間だし煮詰まっているならみんなでやった方が…」
「そうそう遠慮なんかしないでくれ…な」
ね?と隣同志で同意を求めるように首を傾けて…そして笑いかける。
人に警戒心を抱かせない…優しい微笑み。
「煮詰まっていると言うほどのものではありません!…ああ昼食の時間ですか、いきましょう」
踏み込ませない強さでさしのべられた手をつっぱねる。
もうこれ以上この二人が並んでいるところを見ていたくなかった。
特にフリック殿を見るのがつらかった。
嫌な感情が渦を巻いて言わなくても良いことを言ってしまいそうだった。

だからあの時打ち切ったのに…

あの二人は簡単な仕事と称する物を昼食の席に持ちこんだのだ。
ゆっくりと進む食事。
柔らかい時間。
さも簡単なことのように冗談すら交えて話される仕事の会話。
楽しそうなその二人の姿…。
結局昼食の間中一番見たくない光景を間近で見続ける羽目になってしまったのだ。

胸につかえた骨を押さえながらの食事がおいしいわけはなかった…。