何も言えない強気の自分 12


ここは城のすぐ横の緑の丘…
空はきれいに晴れ渡り渡る風は涼しく、運動をした後のほてった体に気持ち良い。
マイクロトフは胸いっぱいに緑の風を吸い込み、目いっぱい伸びをする。
「うん!」
いい風だ。
そういえばこんな感じ久しぶりだ。

場所に慣らす意味合いで、散歩に連れてきたイザラを木陰に連れていき休ませてやる。
自分は丘の上の方の斜面に立って光と風を身体いっぱいにうけるよう何度も深呼吸する。
今まで貯めた身体のよどみを全て吐き出すように何度も何度も。
そして見事な紺碧の空を仰ぐ。

こうやって空を見上げたのなんてどれくらいぶりだろう。
それほどまでに余裕が無くなっていたのだな。
そういうことに気付けるようになっただけでも上出来というところだろうか。

何も考えずに体を動かすのは良いことだ。
やはり自分はこういう方が向いている。
夢も見ずに寝ることができるほど疲れるにはまだまだ動き足りないが
城の周りを30周走って、そうすれば赤青合同の訓練の時間だ。
訓練が終わったら自分の執務室で無心に仕事をしよう。
周りに誰もいないほうが集中できる。
まだ、あそこに行って平然と仕事はできないだろうことは胸にわだかまる卑しい感情の存在で悲しいかなよく分かる。
しかもあんな事を言ってしまった後だ、顔を会わせるのはあまり気が進まない。
だから今は謝罪の意味も込めて一人でいよう。
仕事の邪魔はしないから…。
仕事だって二人に追いつかないまでも、限界までがんばればきっと夢も見ずにぐっすりと眠れるはずだ。
今の仕事の片がつくまではそれで良いではないか。
たまにはこういう時があっても…。

とりあえずマイクロトフが選んだ心の平安はあきらかにカミューの意志を全く無視するもので
ついでに私的な部分(つまり恋人)をもほっぽらかすものとはどうも当人は気付いていない。
相手にすれば、悲しいほどつれない男である。
眠るの件も一言その恋人にいえばとりあえず朝まで夢も見ずに寝られる状態にしてくれるだろうに…
まぁ、朝練もでられなくなって別の自己嫌悪の嵐に陥りそうではあるが。
しかし、そんなつれない彼の中味はひたすら至って真面目にけなげに恋人を思っていた。
とりあえずこれは彼にとってはなにより彼の仕事を邪魔しないため…なのだ。

ごめんカミュー今までで気付かなくて。気付けなくて。
お前は優しいから俺のことを邪魔だといえなかったんだよな…。
それなのに俺と来たら迷惑ばっかりかけて…
今回のことも…
 

(がんばる…がんばるからカミュー…)
 

フリックのことも思い返して心の中で頭を下げる。
まだ隣にいるあなたを落ち着いて見ていられるなどできませんが…
こういう時の勝ち目の無い劣等感は動きを止めるから会わない…それでいい。
でも側にいれば嫌でも目にはいるし落ち込まずにいられないなら少し離れる。
たとえ寂しくても辛くても、それしかないのだ。
未熟な自分がすべていけない。
一人になれば後は自分の問題だ。
「よし!!!がんばるぞ!」
ばしんと両手で頬を叩いて、とりあえず気合いを入れ直す。
 
 

「相変わらず元気だなぁ?」

いきなりかけられた声にびっくりしてそちらを見ると、斜め前の丘の斜面に寝転がっている男が一人…
「ビクトール殿…」
「よう!マイクロトフ、良い天気だな。昼寝にはもってこいだぜ」
「……はぁ」
昼日中みなが仕事に立ち働いているときに何をやっているのだろう…昼寝?
「天気はいい、陽気は最高、風もいい感じとくればこんなときに仕事やっている奴の気が知れねーなぁ…」
うーんと一つ伸びをして起きあがりにっとわらいかける。
「…そうですね」
彼がいうとそんな気になるのがすごいなと思いながら、つい引き込まれて笑い返す。
「おまえもサボっていかないか?」
さすがに何を言うんだろうこの人は…
「いえ…惜しいですがすぐ戻らなければ」
「ふん…城に戻ってご乱行の続きかい?」
「ごらんこう…って」
「午前中派手に暴れていたそうじゃないか。かわいそうにちったぁ手加減してやれよ」
何で知っているんだはもしかして愚問なのかも知れない…
が、たいがいこの人も人の神経を逆なでするのが得意な人である。
こういうときは他に言いたいことがあって人の気に障るような言い方を選ぶ。
「失礼します」
残念だけど何が言いたいのか分からないしつき合う余裕もない。
というかあんまりその話題には乗りたくなかった。

「浮気もたいがいにしておけよ?」
なのにこの人はこっちのいうことを聞いているのかいないのか。
「浮気ってなんですか!」
「カミューが嘆いていたぜ?」
「それと浮気と何の関係があるのですか」
「カミューが会いたいって言っているのに避けまくったあげくに他の人と手合わせとくらぁ…
通常の練習とかってーのと違うよなぁ。
そりゃぁ騎士としては浮気なんでないかい?おまけに手当たり次第と来る。
何があったか知っているわけじゃねーけど、ぶつける相手を
間違っているんじゃねーっの」
笑いながら言うから、この人の言っていることは何が本気で何が冗談なのかわからない。
でもついてくることは痛い。

だれでもいい…忘れさせてくれるなら…。
必死で頭から追い出そうとしてできない相手に…

「そういうわけでは…」
ぶつける相手といわれてもできるわけなんかない。
「ま、わからなくもないけどな…」
「はい?」
ビクトールはいきなり視線を逸らして頭をかきながら苦笑いする。
糾弾されたような気持ちからいきなり肩すかしをくらってマイクロトフは相手の顔をぽかんと見る。
「ま、なんだな、カッコつけてもしょうがいからな」
「はぁ」
言っている意味が分からない。
「相手…してやろうか?」
「なんの」
「もちろんコレの」
すらりと星辰剣を抜きはなってみせる。
さっき浮気とかなんとか言った矢先になんだろうこの人は…
「あのービクトール殿…あなたはさっき…」
「ああ!いいんだって!カッコつけるのはナシ!ナシ!俺の方もたまるもんあるんだよ!」
「たまるって…」
「ああいうときだけステレオだもんなぁ…」
「………」
「ああいう当たり前みたいに口うるさい事言うのってフリック一人で十分だぜ」
まぁったくつまらない話だ。
部下やら立場の違うシュウなんかと一緒に仕事をしているのは気にならないくせに
隣にいるがあのカミューだって言うだけでこんなにつまらない気持ちになるなんて。
あいつの隣に同じ立場で肩を並べて風切って歩ける奴がいるって言うのがこんなにもむかつくことだなんて知らなかった。
自分から仕事を押し付けておいてこのざまはない。
確かに言えるもんか。仕事でもおまえの隣は俺のもんだなんて…な。
仮にも愛する奴に肩を並べられ無いどころか他の奴らにその場所持って行かれてだだこねるなんざ、男としてのプライドが許すものか。
これで生業が全く違えばぶつかる物はないのだろうが
残念ながら愛する相手は同時に同じ戦場に立つ戦士同士のライバルでだってあるのだ。
だから何も言えない。つっぱらかっているといわれようが、無用のプライドといわれようが
男として負けを認めるような言葉なんかはけるわけもないのだ。
 

「それとも…俺じゃ不足かい?」
口に出せない言葉にかえて不敵に笑ってみせる。

「………不足なんて!」
でも相手には間違いなく伝わったらしい。

取り巻く空気が変わる。

高揚。

「疲れているならいいんだぜぇ」
「この程度疲れのうちには入りませんよ」
相手の挑発にマイクロトフの口元にも不敵な笑みが浮かぶ。
この程度の挑発には乗らないという意味を込めて。
単純に見えて戦場ではこれほど頼りになる奴も見ない、戦場のど真ん中を駆け抜ける青の旋風。

星辰剣をかまえる。
「真剣…しかも星辰剣をもちだしますか…」
「あたりめぇだおまえさんのダンスニーにはコレくらい必要だろう?
本気でやるならこれでなくっちゃな
だいたいおまえと模擬刀で緊張感のない練習試合なんかやりたくないぜ
だいたい刀があっと言う間におれっちまう」
まさしく本気だ。
「そういえばちゃんと手合わせをしたことはありませんでしたね」
城主殿が出かけるときはほとんど出ずっぱりの二人だがたしかに向かい合って手合わせの経験はほとんどない。
マイクロトフはいつだって試合に応じただろうがビクトールが面倒くさがったのが原因なのだが…
「ま、お互い忙しいもんでね」
うそぶいてみせる言葉ににっこりと笑う。
「そうですね」
つっこみはなし、今のチャンスを行かせればいいのだから。
マイクロトフはゆっくりとダンスニーを引き抜く。
チィ…ン
鍛え上げられた鋼の剣の先とさやが独特の音を立てる。
 

そしてその音が戦いの中でも滅多にお目にかかれない
見事ですさまじい試合の始まりの音になった。
 
 

 


 
 


 
 
 


今回は短め。
や、しかし何やってんのこやつら
やっぱりビクトールって書きやすいんだなぁと実感。

(2002.8.22 リオりー)